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FLCスタッフエッセイ

2018.04.17 女性の生き方
はじめまして

                                  北村由紀恵

はじめまして。
4月から女性ライフサイクル研究所に仲間入りしました北村由紀恵と申します。
よろしくお願いいたします。

プロフィールにもありますように、これまでこどもと家族に関わる相談援助の仕事を中心にやってまいりました。

この仕事をとおして感じてきたことは、養育者、こども、それぞれに丁寧に関わらせてもらいながらも、「親子」「家族」の関係性を大事にしていくということです。
人は誰しも、関係性の中で生きています。しかしその関係性がうまくいかず、家族の中や職場の中で、あるいは友人関係の中で悩むことは珍しくありません。

関係性がなぜうまくいかないのか、ひとつには、人それぞれいろんなタイプがあり、たとえ親子であってもまったく同じということはありえません。物の考え方や受け取り方、感性は人それぞれに異なっていますが、それゆえにお互いの理解に誤解が生じ、コミュニケーションがうまくいかずにこじれてしまいます。
(例えば、同じ家族の中でも思考優位な人と感覚優位な人がいたり、ゆったりペースの人とせっかちペースの人がいたり。そうした違いの中で、お互いの理解がむずかしいこともあるわけです。)

もうひとつ私が感じていることは、社会の縛りです。特に養育者である母親が「母親だからそうしなければいけない」「妻としてこうあるべき」と思う気持ちが強かったり、「自分の育て方でこどもの将来が決まる」とプレッシャーを感じておられる方も多いように感じます。そういう思いが強いほど、こどもに対してイライラしたり、自分に自信がなくなったり、先の事がとても不安に感じたりします。

しかし、こどもも、こどもをとりまく家族もそれぞれに個性があるのですから、子育てのスタイルにも個性があってもよいのではないでしょうか。自分らしい子育てとは、また自分らしく人生を生きていくとはどういうことなのでしょうか。

こどもがいるいないに関わらず、女性が自分らしく生きていくことのお手伝いができたら、というのが私の願いです。そして、女性である私たちが自分らしくあることで、まわりの人達も(男性も)生きやすくなっていくのだと信じております。
お会いしてご一緒できることを楽しみにしております。

2018.02.02 目次
目次:FLCエッセイ

カテゴリー別:

[カウンセリング] 
2018年01月  カウンセリングの窓から~女性の心理的成長のための四つの課題
2017年03月  カウンセリングの窓から~花をいけること
2016年07月  もう一人の自分の声に支えられて
2015年10月  トラウマとレジリエンス~カウンセリングで大切にしていること [トラウマ]
2015年05月  カウンセリングの窓から~母娘の心理と癒し〈娘編〉
2015年03月  カウンセリングの窓から~思春期の娘と母〈母編〉
2015年02月  カウンセリングの窓から~女性の傷つきと怒り
2015年01月  カウンセリングの窓から~人生の選択に迷うとき  「女性の生き方」
2014年11月  カウンセリングの窓から~私って誰? 本当の私らしさって?
2014年08月  『モモ』の世界と時間泥棒-時間泥棒・・VS心理療法?!-
2014年07月  カウンセリングの窓から~性暴力被害への理解と対応を
2013年10月  安全な場所を創る 
2011年05月  セルフケアのヒント~肯定的な感覚(リソース)を強める
2011年06月  「心」と「身体」をつなぐトラウマケア  [トラウマ]
2007年07月  トラウマ反応とケア          [トラウマ]
2007年01月  身体感覚との対話
2005年10月  人生の物語を紡ぐ  

[トラウマ]
2015年04月  セルフケアのヒント~アートセラピーの手法を用いてトラウマに対処する
2014年06月  女性のトラウマとセルフケア
2014年05月  女性のトラウマとライフサイクルの危機~映画『8月の家族たち」を観て考えたこと 
2013年12月  クリスマスカレンダー
2013年09月  中秋の名月
2013年05月  環境とつながる~「今、ここ」にいること   [カウンセリング]
2012年01月  トラウマと身体~ソマティック・エクスペリエンス(SE)と出会って
2011年10月  市民の力~被災地に心を寄せる人々
2011年02月  恐怖症の克服
2009年12月  安全でサポーテイブなコミュ二ティを創る 
2008年08月  非暴力と平和を願う~その2
2008年07月  ドラマの力
2008年05月  非暴力と平和を願う
2006年12月  今年のキーワード~トラウマ心理療法、アート、選択
2004年08月  「戦争とトラウマ」を考えて
2003年09月  トラウマ・キルト・プロジェクトの夢

[虐待]

2012年12月  子どものトラウマ~2012年を振り返って   [トラウマ]
2012年07月  ボストン・トラウマセンター研修に参加して  [トラウマ]


性的虐待]
2014年11月  性的虐待の発見と対応・ケアを   [トラウマ]
2011年12月  子どもへの性的虐待を考える~臨床的援助と予防と  [カウンセリング][トラウマ]
2011年10月  見知らぬ人からの手紙

[DV]
2015年12月  ドメスティック・バイオレンス(DV)家庭で育った子どものトラウマと回復 [トラウマ]
2015年11月  DVを受けている女性を支える~なぜ逃げられないのかを理解する
2015年07月  DVを受けている女性を支える~家族、友人、知人として
2014年08月  DV被害者支援と支援者支援
2012年09月  安全でサポーティブなコミュニテイづくり~相互信頼を実感して


[いのち]
2016年04月  語り部バスに参加して
2015年08年  生と死と、自由と愛と~『レ・ミゼラブル』を観て思い巡らしたこと [本/映画]
2007年06月  生老病死~病院臨床に関わりはじめて
2007年03月  嬉野の「命の水」
2005年04月  秘密の世界
2005年04月  安全といのち
2003年05月  自然の声に耳を傾ける

[こころとからだ]
2018年01月  生理にまつわるエトセトラ
2017年09月 「やめてみる」ことで変わる,こころの休息-コミックエッセイ「もっと、やめてみた。」より-
2016年12月     牧場でのひととき-リソースを育む
2015年12月     カナシミのちから(映画インサイド・ヘッドを観て ※ネタバレ注意) [本・映画]
2015年08月  日々のほのぼのエピソード探し
2015年05月     からだの声に耳をすます
2014年10月  女性のストレスとストレスマネジメント
2013年02月  ヨガ入門Ⅱ
2011年05月  ヨガ入門
2010年09月  ドキドキとワクワクは、生活のスパイス
2009年09月  ソマテイック・エクスペリエンス(SE)トレーニングに参加して
2009年07月  身体の声を聴く~身体感覚のリズム
2008年08月  ワークショップ体験~体とつながる
2007年01月  身体感覚との対話  [カウンセリング]
2005年12月  アロマとともに・・・
2005年08月  心の声を信じる
2004年02月  自転車は相棒

[仕事]
2016年03月  あなたのキャリア・アンカーは?~シャインに学ぶ「自分らしい仕事生活」
2004年10月  文化祭の季節に思う

[ライフサイクル]
2018年01月  2018年を迎えて思うこと~女性のライフサイクルと共に
2014年09月  女性のライフサイクルと仲間
2014年04月  初心忘るべからず
2011年07月  人生の折り返し地点で
2010年11月  お弁当の楽しみ
2009年09月  ひとり旅
2009年06月  おさがり
2008年04月  新車がやってくる!
2007年04月  棚の整理は心の整理

[子ども/子育て]
2016年08月  アメリカの出産で感じたこと-サポーターの大切さ
2016年06月  「スマホに依存している」といわれる姿の向こう側
2016年05月  お弁当作り雑考-日米での比較
2016年04月  子どもたちにとっての喪失体験-出会いと別れの新学期-
2015年01月
  思春期の子どもの世界--通過儀礼と心の成長
2015年11月  出産や子育てを語ること-否定的感情を語る-『楽しく、出産』を読んで
2015年10月  
大人も子どもも楽しめる絵本のすすめ  [本/映画]
2015年08月  思春期の子どもの成長を支える~「バケモノの子」を観て思い巡らしたこと [カウンセリング]
2015年06月  "落ち着かない子ども"の気持ち
2014年12月  大人と子どもをつなぐ絵本の魅力
2013年11月  温かい関係性を育む~「具体的にほめる」ことの勧め
2013年07月  思春期の山を乗り越える
2013年01月  子どもの行動に困ったとき~親子の相互関係を育もう
2010年03月  巣立ちの春
2009年01月  子どもたちの巣立ちを迎えて
2008年02月  受験生とのつきあい方
2007年11月  私の原点~「つながり」の体験   [仕事]
2006年09月  子どもの時間
2006年03月  巣立ちの予感・・・
2003年12月  子どもな学ぶ~人とのつながり、そして平和
2003年07月  懇談の季節に・・・

[女性の生き方]
2017年 05月  女性にとって「自分らしい生き方」って?
2013年 04月  すーちゃん、まいちゃん、さわこさん
2006年 06月  元気の素
2005年 07月  大阪のおばちゃんパワー

[コミュニケーション]
2017年09月  ネガティブな気持ちの伝え方・断り方~アサーション・トレーニングからヒントを得て~
2015年07月  子育て中の夫婦間コミュニケーションのヒント
2014年12月  夫って/妻ってこんなタイプ!! 夫婦間ストレスを減らすコツ?!
2014年10月   あたりまえやん」、ほんとかな?  - コミュニケーションのヒント-
2014年07月  祖母と孫~ジェネレーションギャップ編~
2012年06月  みやげ話
2007年06月  ストレスとつき合う
2003年12月  クリスマスのしあわせ
2003年10月  ほっと一息の瞬間

[五感]
2017年11月  おでかけしてみませんか? ・・・京都「国宝展」を訪ねて・・・
2015年08月  アロマの楽しみ -ディフューザー作り-
2011年08月  夏の香り
2011年04月  ホームベーカリー
2010年08月  古代エジプトの香油
2008年10月  おしゃれを楽しむ
2006年06月  五感を楽しむ

[自然]
2017年08月  ヒヨドリの子育てから・・
2017年07月  「緑の親指」にあこがれて-植物を育てる極意
2016年10月  ハーブでリフレッシュ!
2016年03月  蒸留水ことはじめ-3.11の日に
2013年04月  カウアイ
2011年02月  朝のジョギング
2009年04月  自然のエネルギーに満たされて~西表島体験

[コミュニティ]
2014年06月  「居場所とは何か」~学会発表のご報告
2014年03月  支えられ、助けられて
2014年02月  私の庭
2013年12月  リーダーシップ~白熱教室に学ぶ
2013年02月  編み物をしながら ・・・
2012年11月  クリスマスの贈り物
2012年03月  マジョルカにて・・・
2012年01月  スペインから「フェリース・アニュ・ヌエボ ! 」
2010年12月  2010年を振り返って~女性ライフサイクル研究所・設立20周年
2007年11月  「パールノート♪」をよろしくね!
2004年10月  前を向いて歩こう♪♪♪

[本/映画]
2014年08月  思い出のマーニー~思春期のこころ   [子ども/子育て]
2014年06月  苦手克服のコツ~池田暁子さんの整理術! シリーズから 

2018.01.18
生理にまつわるエトセトラ

                            朴希沙

 早いもので年が明け、1ヶ月がたとうとしています。

 12月・1月はクリスマスに年末、お正月とイベントが目白押しですが、皆様いかが過ごされたでしょうか。

 2017年秋から冬にかけて忙しくしていた私は、年末年始ずっと行きたかった旅行にでかけました。疲れを癒やして楽しみたい!と前々から楽しみにしていたのです。

 ところが残念なことに、私にとっては鬼門の時期、生理前と日程が重なってしまいました。

 女性にとって生理に関する悩みはなかなか大きなもの。体調が悪くなったり、気持ちの余裕がなくなったり、調べてみると様々な不調が出る方が多いようです。私は生理前になるととかく気持ちがネガティブになり、普段ではなんとも思わないようなことにすぐ悲観的になります。自分に対しても否定的になり、「どうせ私なんて...」「もう私はだめだ...」と思いつめます。イライラと張りつめて、周りの人にも八つ当たり。普段は毎日楽しく過ごしているだけに、生理前の不調は私の目にも、お恥ずかしながら周囲の目にも明らかなようです。

 そこで今回は、気分転換に色々と試みてみました。

 生理前にイライラしたりネガティブになってしまう方に何かヒントになれば、色んな方と生理に関する体験をシェアしたい!と思い、紹介させていただきます。

*試みたことリスト*

①自分の好きなものに没頭する

 まず手っ取り早くできることとして、諦めて自分の好きなものに没頭するよう試みてみました。

 普段はやらなければいけないことを優先させても、この時ばかりは「自分は今不調な時期」と諦めて自分の好きなことをできるだけしてみました。例えばただ好きな本を読む、見たい動画を見る、ドラマを見る等です。生理前には甘いものも無性に食べたくなりますが、それも思い切って、普段買わないようなものも買って食べてみます。「今自分は大変な時期だから」と諦めてしまうと、意外と楽しいことを心置きなくする余裕が生まれることもあります。

②瞑想

 これは、以前生理前にイライラした時家族から「瞑想してみるのはどう?」と言われたことが頭に残っていて、試してみました。

 特に今回は熊野宏昭さんが書かれた『実践!マインドフルネス』を参考に、呼吸に注意を向けた瞑想を試みました。確かに瞑想をすると気持ちがスッキリして、はればれとした心持ちになります。瞑想は続けることが大切で、1回でどうにかなるようなものではないのですが、瞑想という行為自体から学べることがたくさんあるように思いました。

③姉や友人と話す

 しかし、生理前の不調は手ごわいもの。①や②を試しても、なかなか思いどおりにはいきません。そんな中で一番効果があったのは、姉や友人と生理にまつわる体験についてシェアすることでした。生理前後の心身の不調やその時のエピソード、どんな風に対処しているのかについてそれぞれの体験を教えてもらったり、私の体験を話したりしました。 

 そうすると、普段は「こんなに気持ちが揺れて、自分はダメだなあ」と思っていることでも、「みんな色々な症状で苦労しているんだ!」「自分だけじゃないんだ」と分かり、ほっとします。そして、「これは自分の問題というより、多くの女性が抱えていることなんだな」と少し距離を置いて眺めることができるのです。さらに、お互いの体験を分かち合うことで、連帯感もはぐくまれて以前よりももっと仲良くなれるような気がします。

生理前の不調はつらいですが、そんな時こそ同じような状況にある人・女性たちと互いの体験をシェアできる機会でもあることに、気づかされました。

 今までちょっと恥ずかしく、なかなか切り出しづらかった話題ですが、改めてもっと色んな人と生理にまつわる体験をシェアしてみたい!と思いました。日々のこと、体調のこと、生理のこと・・・女性たちが気軽に、安心して話し合える環境や関係性が広がっていくことを願っています。

参考文献:

熊野宏昭著 『実践!マインドフルネス: 今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン』 サンガ出版

2018.01.08 カウンセリング
カウンセリングの窓から~女性の心理的成長のための四つの課題   

              
                                     西 順子

今年度の女性心理学フリートークでは『女はみんな女神』の読書会を行っています。
私自身、『女はみんな女神』との出会いは27年前にさかのぼります。以後、本書は人生のバイブルともいえるような存在となってきました。自分らしさを肯定できると同時に、人生の困難を乗り越えるための知恵を授けてくれたように思います。

今回、このエッセイでは、先月12月の読書会でテーマとなった「錬金術の女神、愛と美の女神アプロディーテー」から「心理学的成長の比喩としてのプシュケーの神話」を紹介したいと思います(『女はみんな女神』326-330頁)。この神話は、「女性が発達させなければならない四つの課題」を表しています。

女性が人生の途中で道に迷い悩むとき、この「四つの課題」は普遍的なものとして、現代の女性にも通じるものがあると思います。神話をイメージするだけでも混沌から抜け出して、知恵と勇気と冷静な落ち着きを得られるように感じます。皆様にとっても、人生の困難を乗り越えて成長するヒントとして何がしか役に立てていただければ幸いです。

■プシュケーの神話とは

『女はみんな女神』の著者ボーレンは「心理学的成長の比喩としてのプシュケーの神話」と題し、女性が心理学的成長するための比喩として重要な象徴的意味を解説しています。

神話にでてくるプシュケーは、エロース(愛の女神アプロディーテーの息子)と再び結ばれることを求めている人間の女性で、何よりも人間関係を大事にして、他の人々に対して本能的あるいは感情的に反応します。プシュケーはエロースと仲直りするために女神アプロディーテに自分を差し出しますが、アプロディーテーはプシュケーを試すために四つの課題を与えました。四つの課題とは、女性が発達させなければならない能力を象徴しています。ではこの四つの能力とは何か、ボーレンの解説と共にその課題をみていきましょう。

■ 課題1~種の選り分け

プロディーテはプシュケーをある部屋に連れていき、うず高く積まれた種の山を見せた。それはトウモロコシ、大麦、キビ、エジプトマメ、レンズマメ、ソラマメの種がごちゃごちゃになったものである。そしてプシュケーに、晩までにそれらの種を種類別に分けなければならないと言いつける。プシュケーはその仕事をこなすことができないように思われたが、アリの一群が彼女を助けにやってきて、種を種類別に分け、それぞれの山に盛り上げた。

重要な決定をしなければならない女性もしばしば、互いに葛藤しあう感情や鎬を削る忠誠心を、まず一つ一つ選り分けなければなりません。「種の選り分け」は内面の仕事であり、女性が自分の内面を正直に見つめ、自分のもろもろの感情、価値観をふるいにかけ、重要でないものから真に重要であるものを選り分けることが求められるのです。

これは混乱した状況にとどまり、事態がはっきりするまで行動しないことを学ぶことであると解説されています。アリとは直観のプロセスの比喩であり、プシュケーがアリを信頼したように、「種の選り分け」のプロセスは、意識的なコントロールを超えて、自分の直観を信じることが大切となります。

例えば、やらなければならない仕事、周りとの人間関係、家族のなかで起こる様々な問題など、「問題が山積み。どこから手をつけていいか」という状況はよく起こることです。
また「やりたいことがたくさんあるけれど、どこからどういう優先順位で手をつけていいか」と思い悩むこともあるでしょう。考える時間もなく、突発的に問題が起こり、巻き込まれることもあるでしょう。あるいは、焦りから慌てて行動に移しても、空回りして消耗し、更に状況が悪化してしまうこともあります。
そんな時、まずは一度立ち止まり、自分の内面を見つめて「種の選り分け」をすることが役に立つことを教えてくれています。

■ 課題2- 黄金の羊毛の獲得

アプロディーテが次にプシュケーに与えた命令は、太陽の恐ろしい牡羊から黄金の羊毛を獲得せよということであった。太陽の牡羊たちは野原にいる巨大で攻撃手で角のあるけだものであり、互いに衝突しあっている。もしプシュケーが彼らのなかに入って、その羊毛を獲得しようとするなら、きっと踏みつぶされるであろう。その仕事ができそうもないと思われたそのとき、またしても、助けがやってきた。今度は緑色をした葦(あし)である。葦は日が沈むまで待つようにとプシュケーに忠告する。その時刻になれば牡羊は散らばって寝るからである。それで彼女は、黄金の羊毛を刈り取ることができた。

象徴的に言えば、黄金の羊毛は力を表しており、それは女性が何かを達成しようとするとき、破壊されずに獲得する必要があるものです。人間関係を大事にするため傷つきやすい女性は、他者たちが権力や地位をめぐって鎬を削っている競争の世界に入っていくとき、そこに含まれるもろもろの危険に気づかないなら、傷つけられるか幻滅し「踏みにじられ」てしまうでしょう。

これは権力を得ながら同情心に富む女性であり続けるという比喩です。プシュケーのような女性が傷つけられずに黄金の羊毛を獲得するためには、観察し、待ち、段階を追って間接的に権力を獲得するのがよいと教えてくれています。

例えば、私はこの神話から、DVから逃れた女性のことを思い浮かべました。
自分の「自由に生きる権利」を守るためには、DV男性から離れるしかないと決意したとき、女性は観察し、待ち、その時を見計らいます。もちろん、女性一人ではなく、そこには葦のように助言し、相談にのってくれるも味方の存在があります。安全に家を出るとき、安全に生きる権利を自分の手に取り戻す重要な一歩を踏み出したといえるでしょう。

■課題3--水晶のフラスコを満たすこと

三番目の課題は、小さな水晶でできたフラスコを禁じられた川の水でそれを満たすことであった。この川は、もっとも高いところに位置する崖のてっぺんにある泉から冥界のもっとも深いところへと滝のように落ち、大地をめぐって再びその泉から現れてくる。プシュケーはその川を見つめていると、フラスコをいっぱいにするという仕事はできそうにもないように思われてきた。今度は、一羽の鷲がやってきて彼女を助けた。

鷲は距離をおいたパースペクティブで風景を見つめ、必要とされているものをつかむために急降下する能力を象徴しています。プシュケーのような女性は個人的なことにあまりにも関わっているために「木ばかりが見えて森が見えない」でいます。
関係を重視する女性にとって、人間関係で何らかの感情的な距離をとることは重要です。そうすることで全体のパターンが見えてきて、重要な細部を取り出し、意味のあるものをつかむことができると教えてくれています。

例をあげるとすると、親子喧嘩や夫婦喧嘩などでお互いに相手のよくないところが見えて、「どうしてそうなの?」と相手を否定したり、批判したり、問い詰めたりするコミュニケーションパターンになり、喧嘩がエスカレートしてしまうことがあります。そういう時は、まずは感情的に距離をとることが必要といえるでしょう。距離をとり、全体がみえれば、何を本当に大切したいのか、大切にしたいものがわかるものです。そして、それを得るためにどんなコミュニケーションをとればよいか見えてくるでしょう。

■課題4 ノー(NO)を言うことの学習

第四の、かつ最後の課題は、ある小さな箱をもって冥界にくだり、それを美の香油で満たしてくることであった。プシュケーはその仕事を死に等しいものと考える。今度は、遠くを見る塔が彼女に忠告を与えた。あわれな人々に出会って彼らから助けを求められても、三回「心を固くして同情心に動かされず」彼らの懇願を無視し、歩み続けなければならない。もしそうしなければ、彼女は永遠に冥界にとどまることになるであろう。

目標を設定して、助けを求められてもそれを固辞することは、人間関係を大事にする女性にとっては-特に困難です。三回ノーを言うことでプシュケーが達成する仕事は、「選択」を行うということです。

多くの女性は人から何かを押し付けられて、自分自身のために何かをすることから注意をそらされています。彼女らはノーを言えるようになるまでは、何を計画しても、また自分にとって一番よいどんなことでもそれを成し遂げることができないと言います。

例えば、もし女性がノーを言えないとどうなるでしょうか。
他者のために自分の時間とエネルギーを費やし、他者の世話したり働き続けると、心身ともに疲弊してしまい、自分のためによいことができないばかりか、心身の不調に陥ってしまうことにもなりかねません。

ここまで、『女はみんな女神』から四つの課題についてみてきました。
最後に、著者ボーレンは次のように言っています。

この四つの課題を通してプシュケーは成熟します。彼女は自分の勇気と決断力が試されるごとに、もろもろの能力と強さを発達させます。しかし、何を獲得するのであれ、彼女の根本的な性質と重要だとみなすものは変わりません。彼女は愛の関係を重視し、そのためにどんな危険をも冒し、そして勝利するのです。


■カウンセリングの窓から

女性が人生の問題について悩むとき、この四つの課題に直面していることも多いのではないでしょうか。自分自身の経験として、カウンセラーとしての経験からも実感します。

カウンセラーとしての経験では、女性がカウンセリングに初めて来談されるとき、混沌とした状況において、何をどこからどうしたらよいか、どう手を付けていいかわからないと混乱していることが多いものです。カウンセリングでは、混沌した状況を整理しながら、もろもろの感情や考え(価値観)、身体の声に耳を傾けながら、大切にしたいものを大切にできるように重要なものを「選り分ける」作業のお手伝いさせていただいています。

また、他者にノーを言うことが課題であることも多いものです。他者の気持ちがわかり愛するがゆえに、よい娘、よい母、よい妻として周囲の期待に応えようとして自分を見失ってしまい、かえって大切にしたいものを犠牲にしてしまうこともあります。
あるいはノーを言うときに、抑えていた感情がいっきに爆発したり、攻撃的になってしまい、他者に伝わらないばかりか自己嫌悪に陥ってしまうこともよくあります。

そんな時、まずは自分の感情について認めることが大切です。感情によい悪いはありません。どんな感情も認められるべきものです。感情を認めることができたなら、その次には、その感情の源(例えばトラウマとなっている過去の未解決の感情・葛藤など)にも目を向けてみることも必要です。カウンセリングでは、感情を認め、理解し、緩和したり消化するお手伝いをしています。

物事の見方、捉え方が変わることで感情が変わることもあります。感情が抱えられるようになり、本当に大切にしたいものを大切にする決意をもてれぱ、現在に焦点をあてて、自分も相手も尊重する自己主張(率直な自己表現)も可能となるでしょう。

プシュケーの神話から、女性の人生の課題は個人だけの問題だけではなく普遍的な問題でもあると知ることで、勇気づけられ、心強く感じられるのではないでしょうか。

カウンセリングでは、女性が困難を乗り越えて、自分が大切にしたいものを大切にできるように、人生のある時期を共に寄り添う伴走者となれればと願っています。


【引用文献】
『女はみんな女神』(ジーン・シノダ・ボーレン著、村本詔司+村本邦子訳)新水社。

【関連記事】
2017年9月インフォメーション「女性心理学フリートーク『女はみんな女神』読書会のご案内」
2015年1月FLCエッセイ「カウンセリングの窓から~人生の選択に迷うとき」
2014年11月FLCエッセイ「カウンセリングの窓から~私って誰? 本当の私らしさって?」



2018.01.07 ライフサイクル
2018年を迎えて思うこと~女性のライフサイクルと共に

                                                                                                                     西 順子


2018年、新しい年があけました。皆さまはどのような気持ちで新しい年を迎えられましたでしょうか。

私にとって2017年は所長に就任して4年目の年。無事に3年が過ぎたという安堵と同時に「継続は力なり」の気持ちで、コツコツと目の前にある与えられた役割(臨床家として、所長として)に取り組む日々を過ごしました。

また同時に私自身の人生のライフサイクルの段階では親の介護や看取りの年となりました。仕事や自分の生活、他者との関係とどうバランスをとれるか、自分の限界に突当りながら、自分にできることを模索し、今もその道の途中にいます。

仕事、家族、他者との関係など、人生を生きるうえで悩みは尽きませんが、悩みを乗り越えていくには、人との「つながり」が重要であることをしみしじみ実感した一年でもありました。心を寄せて共感してくれる人、温かく支えてくれる人、悩みを一緒に考えてくれる人、至らないところを許してくれる人・・と、人の助けや優しさで、人生で出会う課題を何とか乗り越えて、人として成長していける途上にいられるのだと感謝しています。

5年目の今年も、自分に与えられた人生を全うできるように、一日一日を大切に努めていきたいと思っています。

女性ライフサイクル研究所のスタッフと共に、女性としての人生を生きながら、同じ時代を生き抜く女性の支援を志していきたいと思いますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

2018年が皆様にとって希望に満ちた一年となりますよう心よりお祈りいたします。

2017.11.02 五感
お出かけしてみませんか? ・・・京都「国宝展」を訪ねて・・・

                                      西川 昌枝

先日、家族に誘われて国立京都博物館で開催されている「国宝展」に行ってきました。

私は日本の古物より西洋アンティークが好きで、はじめ乗り気でなかったのです。が、
「悠久の歴史と美を伝える類まれなる国の宝が集結」と紹介されていて、「これを見逃したらもう見られないかも」と考え直し、観光客のごった返す京都に向かいました。

意外と人気で、立派な博物館は混雑していました。ただその中にも、のんびりした雰囲気があったのは国宝の持つ効果でしょうか。
薄暗い場内は、見覚えのあるような仏画、絵巻物、土器、衣装、金工、美術品の数々が美しくライトアップされていました。

試験でも検定でもないから、気楽に見てただ感じるだけ。それなのに、本物の国宝には、教科書の写真からは伝わらないものが備わっているのか、眺めているとほぅと溜息が出るのもありました。

「これ、教科書で見たことあるなぁ」と思うとき、同じ言葉をつぶやかれる人の多かったこと!
むかし開いた教科書のおかげで、おぼろげでも知っている気分を味わっていると、
ふわーっと、教科書を手にしていたその当時・・小学生の頃の記憶まで思い出されてきたのでした。

それは教科書の匂いであったり、資料集の表紙、ランドセル、教室、チャイム、制服の白と紺、昼休みの運動場、ゴムとび、野花を摘み摘み帰った道、、
展示室の中で、すっかり忘れていた子どもの頃がつぎつぎと蘇ってきて、くすくす笑いが出そうでした。

そんな思い出と一緒に、千年前の暮らしを想像(妄想?)したり、国宝を「漫画みたい」「細かい」「よく残ったなぁ」と他愛ないことを言いながら回っているうちに、受身で訪れたとは思えないほど上機嫌に、やたら元気になって退場しました。

話がそれてしまいますが、京都は私にとって特別な町なのです。というのも、京都は、初めて一人暮らしを始めた町で、世間知らずだった過去の自分にふと立ち返ることできるところ。そして人生のページが次々にめくられた場所でした。

子どもの私、若かった私、今の私。それが一続き。京都でのたくさんの失敗も今は笑えるなぁと。
たまには、思い出のある場所を訪れて、ノスタルジックな思いにふけるのも楽しいものだと思いながら和菓子を買って帰りました。

ちなみに国宝展は、開催期間が四期に分けられていて、それぞれの期間で国宝が入れ替わります。それに、京都の町も年々観光都市として進化していて、興味をそそるものがたくさんありますよ。
 
次は一期にはなかった「金印」を見にいってみようかな。

2017.09.17 コミュニケーション
ネガティブな気持ちの伝え方・断り方〜アサーション・トレーニングからヒントを得て〜

                                                                                                                        朴 希沙


ちょっとしんどいなあと思いつつ、人から頼まれるとつい引き受けたり、無理をしたりしてしまう...。
皆さんは、自分が「嫌だな」「ほんとはしたくないな」と思ったとき、相手に対して断れる方でしょうか?それとも断るのは苦手な方でしょうか?

また、相手は冗談で言ったことでも自分が傷ついてしまったとき、その気持ちを伝えるか伝えないか、これもなかなか難しい問題です。
なんて伝えたらいいか分からない、でも「また嫌なことを言われるかもしれない...」と思うと次に会うのも億劫で、親しかった友人とも距離が出来てしまうことだってありますよね。

相手と自分のしたいことが違う時、相手はそんなつもりがなくても傷つけられたとき、自分の気持ちを伝えるのはとても難しいことだと思います。
今回は、私自身の体験をふりかえりながら、断り方や気持ちの伝え方について考えてみたいと思います。


◎ 自分自身の体験から ~「ちょうどよく言う」って難しい!~

私自身について振り返ってみると、小さい頃は嫌なことを言われてもなかなかその場で言い返すことができず、もやもやした気持ちになっていました。
言葉でうまく表現できないときには、泣いたりだだをこねたりして解消していたような気がします。
それがいつ頃からか、「嫌なことを言われたら、絶対に言いかえそう。後で後悔したりもやもやしたりしたくない!」と思うようになりました。
そして「嫌だな」とか「これは言われたくない」と感じたら出来るだけ本人に「さっきのこと、嫌だったんだ」と言うようになりました。
いつも言えるわけではありませんが、言葉で相手に伝えられるとスッキリしたり、言えたこと自体が嬉しかったりました。

ところが、相手に「ちょうどよく伝える」のは難しいこと。言い過ぎてしまったり、伝えたいことが上手に伝わらなかったりすることがあります。
時には言った後に気まずくなってしまうことも。
言えずにもやもやするのも嫌だけれど、上手に伝えることも難しい。

誰かに何かを頼まれて、断る時も似ています。
「引き受けてばかりだとしんどいから、今度からしっかり断ろう」と思っても、なんと言っていいか分からない。
溜まっていた思いが爆発して「自分でやればいいでしょう!どうして私にばっかり頼むのよ!」と攻撃的になってしまったり、「(ほんとはやりたくないけど)...いいよ、やるよ」と結局引き受けてしまったりすることもあるかもしれません。

コミュニケーションは試行錯誤、「絶対にこれ!」という答えにはなかなかたどり着けないようです。
 


◎ アサーション・トレーニングからヒントを得る

言い過ぎてしまったり我慢し過ぎてしまったり、私たちは対人関係で様々な体験をしますが、よくみてみると特定の人との間にはどうも一定のやりとりの「パターン」が形成されやすいようなのです。
皆さんも「あの人とはいつもこうなるなあ」というやりとりが、なんとなく思い浮かんだりしませんか?
「あの人にはいつもこう言ってしまうなあ」と自分をふりかえることもあるかもしれません。

けれども、一度出来たパターンを変えるのはなかなか難しいこと。
自分も相手も大切にしたいけれど、なんだかうまくいかない...そんなときは、コミュニケーションに関する考え方や技法から、ヒントが得られるかもしれません。


そのひとつに、アサーション・トレーニングがあります。
アサーション・トレーニングとは、1970年代頃からアメリカで用いられるようになったコミュニケーション技法のひとつです。
これは当時、人種差別撤廃運動や女性達の権利獲得運動の影響を受け、社会的に弱い立場の人々が、自分も相手も大切にしながら自身の意志や気持ちを表現するために活用されました。


アサーション・トレーニングでは自己表現のパターンを、

① 自分の都合だけを優先し相手を無視する「攻撃的」、
② 自分のことを押し殺して相手に合わせる「非主張的」、
③ 自分の気持ちを伝え相手の話にも耳を傾ける「アサーティブ」と分類してみます。

そして、相手と自分の関係の在り方や、自分の表現の傾向を探ります。
そして、相手も自分も大切にしたいと思ったなら、出来るだけ「アサーティブ」な関係を目指して表現の仕方を工夫していきます。
その際には以下のようなことを大切にします。それは、

・出来るだけ落ち着いて話をすること(話し出す前に一度深呼吸)
・はっきりと、率直に自分の意志を伝えること(「今日は疲れているので出来ません、明日なら出来ます」等)。
・自分を主語にして気持ちを伝えること(「○○と言われたら、とても悲しい」等)。
・ネガティブなものもポジティブなものも両方伝えること

といったことです。

◎ 試行錯誤しながら

私の体験にアサーション・トレーニングの考え方を用いてみると、私は最初相手にネガティブな気持ちが伝えられず「非主張的」な状態だったと言えます。
それを変えたくて自分の意見を言うようにはなったのですが、なんとか伝えなくてはと「攻撃的」になってしまったり、言おうとしたものの結局うまくいかず「非主張的」になったりしていたようです。
例えば大切な相手なら、「嫌だった」と言うだけでなく「あなたのことは大好きだし、これからも仲良くしたいんだよ」とポジティブな気持ちもあわせて伝えると、話し合いはもっとうまくいくかもしれません。

また、相手との距離をとって今は気持ちを伝えないでいることも、時には必要なのかもしれません。
いつでもみんなと「アサーティブな関係」を築く必要もないのですから!
それでも、相手も自分も大切にしたいと思える関係ならば、大切に育んでいきたいものです。


コミュニケーションには答えも教科書もありませんが、活用できる考え方や技法はあるようです。
人間関係は山あり谷あり、試行錯誤の連続ですが、時にはそんな考え方や技法からヒントを得て、よりよい日々をつないでいきたいと思うのでした。

2017.09.04 こころとからだ
「やめてみる」ことで変わる,こころの休息―コミックエッセイ「もっと,やめてみた。」より―

                                                                                                                                                                                            福田ちか子

8月は、夏休みやお盆休みがありましたが,「休息」をとることはできたでしょうか。

行事ごとがあったり、中々お仕事のお休みがとれなかったり、出かける人の多さに圧倒されたり...で、「せっかくのお休みなのに休めなかったな」「アレもコレもしたかったのにできなかった...」などなど、休みのはずが休めなかった後悔が残ってしまうこともあるのではないでしょうか。

ストレス社会といわれる昨今,いつも何かをみたり,考えたりしていて,完全に「休息」をとるモードになることは,なかなか難しいことではないかと思います。

私もいつもお休みが近づくと、休みにはアレをしようコレをしようと予定が膨らんで、でも終わってみるとあんまり何もしていない、ということがお休みの度にあるように思います。このパターンは変えられたら良いな...といつも休みが終わってから思っては、また次のお休み前には同じループに入ってしまう。

自分のクセやパターンを変えるには、きっかけや「よしっ」という思い切りが大事だなとつくづく思います。でも自分のパターンやクセを変えようと思うと,結構エネルギーがいる気がして腰が重くなるついつい先伸ばしにしてしまったりします。

そんななかで、わたなべぽんさんの『やめてみた。』シリーズの中に、「よしっ」これならできそう、やってみようかな、と省エネでできそうな,ちょっとしたパターンを変えてみる工夫がたくさんあってとても素敵だなと思ったので、紹介したいと思います。

このシリーズでは、ぽんさんが日々の生活の中で、繰り返し起きるモヤモヤや、プチストレス、プチ失敗に、「ん?」と立ち止まって違和感に気づき、無意識にあたりまえになっていた習慣や考え方のクセを、「やめてみる」ことで、新しい見方や考え方をもてたり、それまでの自分のパターンやクセが変わったりする様子が紹介されています。

それは例えば、いつも出先で雨が降る度にビニール傘を買っていた自分に気づき、買うことをやめる、というルールを作って実行するうちに、前の日に天気予報をじっくりみる習慣ができて翌日の行動に余裕が生まれたり。

また,思い切ってカラーやパーマをやめてみたところ、それまで定着していた自分のイメージとは,また違った髪形やスタイルに出会い,そこから気分が変わって軽く日々の生活に運動をと取り入れる気分になったり。

とても身近なところからのチャレンジで、これならちょっとできるかも、と思えるようなヒントがたくさんありました。

もう一つ良いなと思ったのが、「一度やめてみたけどまたはじめたものたち」の紹介があったことです。
「やめてみたからってなにも一生やめつづけなくてもいいんだよね」「自分がやりたくなったらまた初めて見たって別に良いんだ」というぽんさんの気づきが、新しい考え方を取り入れる時に起きがちな、「~しないと」という思考を和らげて、肩の力が抜けるような感じをもたせてくれるようでした。

私も、この夏のお休みには、アレもコレもと予定を考えることをあえて「やめてみ」ました。

その日の気分で自分がしたいことを,その日の気分と相談しながらやっていくことで,"○○しないとな~"と思いながら時間が過ぎていく感覚が減って,予定を考えて"あ~あれもするつもりだったのにな""~できなかったな"という気持ちで終わっていた時と比べて,ゆっくり休めた感じがありました。

また,その日の気分にまかせた方が,案外したかったことができたような実感も,もてた気がします。


引用文献:わたなべぽん 「やめてみた」 幻冬舎
     わたなべぽん 「もっと、やめてみた」幻冬舎

2017.08.01 自然
ヒヨドリの子育てから・・・

                                          西川昌枝


野鳥の中でも、スズメやツバメはかわいらしいけれども、ヒヨドリは野生的過ぎて愛しく思ったことはありませんでした。少し前までは、、、。初夏から思いがけず身近にヒヨドリがやって来たその日々をここに書かせて頂くことにします。

私は、家の玄関前に少し大振りなオリーブの鉢植えを置いてます。
5月の中頃、ナイロン紐のくずと小枝が落ちていて「おかしいなぁ」と思ったのが始まり。家の周りでピーヨピーヨという鳴き声がよく聞こえるようになり、小枝を口にくわえた灰色のヒヨドリと目が合って「これは何かある」と気付きました。

よーく見てみると、ヒヨドリのペアがたった1.5mほどのそのオリーブの中にこっそり(堂々と?)巣を作りかけていました。びっくり。

すぐ近くで人が出入りするこの落ち着かない場所での営巣は途中で諦めるだろうと思っていましたが、その後もヒヨドリは「ここに決めた」とばかりにせっせ、せっせと枝やナイロンを運んできては巣を熱心に見事に作りあげました。

5月16日巣に卵がひとつ、それから1日1個ずつ増えて4つになり、母鳥がどっかり姿を現して卵を温め始めました。ヒヨドリの度胸たいしたものです。


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この展開にちょっとワクワク。でも人が真横を通ったり(通路だし)、じっと見つめると怖がって飛んでいってしまう。結局人が母鳥の神経を刺激しないよう、静かに距離をとって配慮する生活に変えました。

それから俄然この卵がどうなるか気になり始め、朝夕、窓を細く開けて双眼鏡で巣を覗きました。抱卵するのは母鳥。父鳥は時々けたたましい鳴き声と共に姿を見せましたが、母鳥に代わって巣に入ることもなく、ただ「ちょっと顔見せに来ましたよ」って挨拶程度を済ませ、飛び去るのでした。
たぶん巣で卵の世話をするのは母鳥だけで「なんだか不平等だな」と思いました。

早朝ひとときのお出かけ以外ずっと巣に居て、無表情に見えた母鳥。疲れているように見えた日もありましたが、卵が孵るのを心待ちにしてたのかも。「お母さんは休みなしで大変だね」と労ってあげたかったです。

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6月1日夜、雷雨暴風警報、外は嵐となり細いオリーブは激しく揺れて、今にも倒れるのではないかという有様に、、。植木鉢は毎年台風で倒れる軽量品。ヒヨドリはそんなこと知らなかっただろうに。

母鳥は吹き込む雨風でびしょ濡れ、それでも巣に覆いかぶさって、健気にじっと耐えて卵を守っていました。家の中に植木鉢ごと入れて安全にしてあげたいけれど母鳥に説明できるわけもなく、飛ばされそうな巣をハラハラしながら見守り、雨風が収まるまで眠れませんでした。木も巣も卵も無事で峠を越し、本当にほっとしました。

6月4日、何かちらちら見え、母鳥のお出かけの間にのぞくと雛が4羽誕生していました。つるつるのピンク色の命になってて、とにかく嬉しい。


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雛たちは一斉に口を大きく開けてピィピィと盛んに餌をねだるので、今までお気楽だった父鳥も出番となり、日に何回も餌をくわえて飛来し、父鳥も母鳥も給餌で大忙しです。 

黒い羽毛が生え目が開くとかわいくなり、一日一日賢くなり、雛だけのときは目立たないよう小さくなって眠る、誰に教えてもらったわけでもないのに、幼い雛の生き残る知恵に感心しました。


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ヒヨドリの巣立ちはとてもはやくて、孵化からたった9~10日。そんな短い日数で成長するの?と半信半疑ながら、巣立ちの日を見逃さないようにしたくて指折り数えていたら、その時はきっちりやってきました。


6月13日朝、雛達が巣の中で羽ばたき始め、母鳥が雛の羽繕いするのを見て「いよいよ今日だ」と思ってからほんの数分後、あっという間の巣立ちでした。


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父鳥が餌を巣のふちに置いたらそれが合図なのか雛達が次々巣から枝へ出て、ぱっと親鳥が空に飛び立つ。それを追ってすぐに3羽は頼もしく羽ばたいて飛び出しました。

1羽だけ巣でじっとしていて、もしや置き去りかと心配しましたが、親鳥は何度も戻ってきて、キーキー鳴いて呼びます。出遅れた雛はうまく飛べず落ちながら、それでも外へ飛び出していきました。

みな幼いのに、なんて勇気があるのだろう。いきなり飛び立っていけるなんて。


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翌日までは雛の声がどこか近くからしていましたが、それもなくなり、鳥の姿が消え静まり返って、あるのは空き巣だけ。急に淋しい景色となりました。

頭に浮かぶのは、献身的な母鳥の姿、毅然として飛び立った姿、雛の生命力、、、寂しいのと安心したのが半分半分。
これ、卒母の気分でしょうか。


7月になり、この数日早朝に甲高い鳴き声が聞こえてくるので、「もしかしたらあの子達?」と思えて頬が緩みます。私は「独り立ちしたら遠くまで旅するのかな」と想像して、一緒に空を飛んでいくような気分を味わっています。

ヒヨドリの子育ては、命がけの全力ですがすがしかった。
巣立ったヒヨちゃんたちの命が輝きますように。
ヒヨちゃんたちがこれからもどこかで元気に飛び回っていますように。









2017.07.16 自然
「緑の親指」にあこがれて  − 植物を育てる極意

                                   金山 あき子

 

 私は、植物が好きです。特に、植物の生き生きとした、葉っぱの緑色を見ると、こちらまで元気になるような気がしてきます。

 

ある時、外で緑を見ているだけでは物足りなくなり、猫の額ほどのうちのベランダにも緑をあふれさせたいな・・と思いたち、これまでにも、幾つか鉢植えを買ったり、プランターにお花やハーブ類などの種をたくさん蒔いたりしてきました。

 

英語では、植物を育てる事が上手かったり、園芸の才能がある人のことを「green thumb(緑の親指)を持っている」という言い回しがあるのですが、これが残念なことに、私の親指には、全く緑色がないみたいなのです。

 

実は、種を蒔いては、ある時は日照りで枯らし、ある時は、水のやりすぎで枯らし・・という事を続けてきました。この間、やっとこさ芽が出たパクチーは、「さあそろそろタイ料理ができるな!」と思った矢先、アブラムシに全て先に食べられてしまいました・・。パクチーが、アブラムシに完食されるのも、もう二年目です。悔しかったです。オーガニックで育てるのは、何と大変なことだろうと実感中。

 

今、かろうじてベランダに残っているのは、娘が育てたアサガオと、バジル、しそ、そして、もはや枯れかけのローズマリー。せめて、残ってくれている子たちは、大事に大事に育てようと、この暑い夏を一緒に超える決心しました。

 

そんな中、ふと、自分が小さいころ、近所に住んでいた、とあるおばあちゃんのことを思い出しました。そのおばあちゃんの庭には、ハーブやお花がいつもいい感じに、綺麗に育っているのです。タケノコご飯に入れる木の芽が欲しい時など、「少しわけてください〜」とよくお願いに行っていました。

ある時、おばあちゃんに、「どうやっていつも植物を、うまく育てるの?」と聞いたら、

「いつも、話かけてるからかなあ。『今日も、べっぴんさんね。』とか、『きれいに咲いてくれてありがとう。』とか。そしたら、植物って、本当に声を聞いてくれていて、応えてくれるわよ」。

と、嬉しそうにお話してくれたこと、懐かしく思い出しました。

 

そういえば、近ごろ、植物とゆっくりお話することを、忘れていたなあ。植物だって、生きているいのち。最近はといえば、「そろそろ食べ頃かな〜」という目でばかり見て、自分はずいぶん、よこしまな気持ちが多かった・・と少し反省。

「緑の親指」を持っていたおばあちゃんの知恵を思い出して、反省するとともに、温かい気持ちになりました。そしてもう一度、自分の心に、この知恵を、大切に残したいと思います。緑の親指になる日も近いと信じながら。

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