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FLCスタッフエッセイ

2019.10.09 トラウマ
認知からトラウマにアプローチする 〜トラウマへの認知処理療法(Cognitive Processing Therapy for PTSD:CPT)のご紹介その①〜

                                                                                    朴 希沙

「話を聴いてもらうだけでよくなるんですか?」「カウンセリングに意味があるんですか?」

 カウンセリングに対する、このような疑問をしばしば耳にすることがあります。カウンセラーがクライエントの話をただ「ふんふん」と聴き、受容する。そのようなイメージが一般的に浸透しているからかもしれません。

 しかし、一口に「カウンセリング」と言っても実は様々な種類や技法、考え方、歴史的背景が存在します。またうつや不安といった特定の症状によりエビデンス(治療効果に関する検証がなされているもの)が高い技法や治療法が存在し、新たな技法やその効果についても日々研究が行われています。様々な技法の中から何が最もお話してくださる方に合うのか、カウンセラーに何ができるのかを丁寧に見極めながら進めていくことが、カウセリングでは大切な作業のひとつになります。

 私は、普段は「認知行動療法(Cognitive Behavior TherapyCBT)」の技法を取り入れながらカウンセリングを行っています。認知行動療法では、人の「内面」や「心」というものを、①「認知(考え方や捉え方や解釈、イメージ等)」②「感情」③「身体反応」④「行動」に分けます。そこでは、無理に感情を変えようとするのではなく、まず考え方や捉え方の幅を少しずつ広げることを試みます。そして、これまでとは違うパターンの行動を実験的に行ってみる等、考え方と行動のレパートリーを増やすことを通して気持ちや身体反応にも働きかけようとします。このようなCBTは、うつや不安を始めとした多くの症状や悩みの整理に活用されています。

 さて、私は半年ほど前、女性ライフサイクル研究所のカウンセラースタッフ数名とともに「トラウマへの認知処理療法(Cognitive Processing Therapy for PTSDCPT)」に関する二日間の研修を受けてきました。

CPTはアメリカで2000年前後に開発され普及された比較的新しい心理療法で、基本的には12回のセッションによってトラウマの治療を集中的に行います。PTSDに対するエビデンスも蓄積されていますが、日本ではまだ広く知られていません。今回の研修も、CPTの開発を中心的に行ってきたPA・リーシック教授が来日し、開催されました。

これからCPTのトラウマに関する考え方、12回という限られた回数の中でCPTがどのようにセッションを進めていくのかといったことを2回に分けて書いていこうと思います。

CPTにおけるトラウマの考え方

 CPTは、トラウマ体験によって生じるPTSD(心的外傷後ストレス障害)に特化した心理療法です。それではまず、一体どのような症状がPTSDに当たるのか、その診断基準を以下に抜粋してご紹介します。

PTSDの症状

 PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)とい言葉は、災害や事故、事件に関連して耳にすることも多くなり、一般にも広く行き渡るようになりました。私自身も、日頃PTSD症状を抱えておられる方への対応に取り組んでいます。PTSDとは、危うく死ぬ、深刻な怪我を負う、性的暴力など、精神的な衝撃を受けるトラウマ(心的外傷)体験に晒されることで生じる、ストレス症候群のことをさします(日本トラウマティック・ストレス学会より:http://www.jstss.org/topics/01/  )。

 主な症状は、①侵入症状、②回避症状、③認知と気分のネガティブな変化、④過覚醒です。「侵入症状」とは、何かがきっかけとなり生じる、自分では思い出したくない記憶のことを指します。「フラッシュバック」と呼ばれることもあります。眠っているときは、悪夢として現れるかもしれません。

次に「回避症状」とは、思い出したくない記憶を思い出させる可能性がある刺激を避けることを意味します。特定の場所や状況、人を避けたり、避けようと努力したりすることがその例です。そこには、「記憶そのもの」を避けることと、「記憶を想起させるもの」を避けることが含まれます。このような避けること(回避)は、短期的には思い出さずに済む、恐ろしい感情に巻き込まれなくて済む、という効果が得られるのですが、長期的にはPTSDの症状を長引かせてしまうのです。

また③トラウマティックな体験をした人は、恐怖や怒り、罪悪感や恥などのネガティブな気分が持続するだけでなく、自分自身や他者、世界に対する否定的な信念や予想を持つことがあります(例:「私が悪い」「だれも信用できない」等)。④過度な警戒心や集中困難の状態、ときに自己破壊的な行動を示すことも、その症状のひとつです。

・トラウマティックな出来事を経験した後のPTSD症状からの回復と未回復

 トラウマを経験すると、誰しもに一時的なPTSD症状が生じます。それは、異常な出来事に対する正常な反応なのです。しかしCPTでは、トラウマティックな出来事からのPTSD症状からの「回復」と「未回復」に注目します。

 トラウマティックな出来事を体験すると、私達は自然に恐怖や怒り、悲しみといった感情を感じます。これは、CPTでは出来事に対する「自然な感情」と呼びます。

一方、トラウマティックな出来事が生じると、多くの場合私達はその「原因」について考えるようになります。「あのとき〇〇さえしていれば」、「こんなことが起こったのは私の責任だ」...起こった出来事「そのもの」ではなく、こうした「考え」からも感情は生じます。それは、多くの場合恥や罪悪感といったものです。

実は、先に示した「自然な感情」は十分に感じ、時間がたてば自然におさまっていくことが分かっています。しかし一方で、「考え」によって生じる感情はその考えが変わらない限りいつまでも持続し、強い感情を引き起こし続けます。私達は「自然な感情」と「思考から生じる感情」とを普段区別することはないのですが、両者の違いはCPTでは非常に重要なことです。

 また、自分ではコントロールできないような恐ろしい記憶に押し入られ、その記憶や感情、自分の考えに耐えられないと思ったら、そこから逃げよう、避けようとするようになります。もちろん、トラウマティックな出来事に取り組むことは避けたくなることなのは当然のことです。しかし、実はそのような「回避」こそがトラウマからの回復を妨げるとCPTでは考えます。

 つまり、CPTでは思考によって「作られた感情」と出来事そのものから生じる「自然な感情」とを区別し、トラウマティックな出来事から自然に生じる感情を湧いてくるのに任せて回避せずに体験し、十分に感じることができれば、トラウマから回復していくことができる、と考えるのです。「自然な感情」は、必ずおさまっていくからです。そのためには、トラウマティックな出来事が「なぜ」起こったのか、その原因に対する自分の考えや解釈(「あの時自分が〇〇さえしていなければ」「自分が悪かったから」等)について丁寧に検証し、必要があればより現実的なものに修正していく必要があります。なぜなら、原因に対する過度な思い込みや現実とは異なる考えが、トラウマティックな出来事について思い出したり感じたりすることを妨げ、結果的に症状を長引かせていることがあるからです。

 以上、今回はCPTのトラウマに関する考え方を中心に紹介しました。次回はどのようにセッションを進めていくのかについて、その概略をご紹介できたらと思います。

                        ・・・続く

【参考文献】

CPTの概略を知りたい方には

伊藤正哉、樫村正美、堀越勝著 『こころを癒すノート:トラウマの認知処理療法自習帳』 創元社

CPTを専門的に学びたい方には

PA・リーシック、CM・マンソン、KM・リチャード著 『トラウマへの認知処理療法:治療者のための包括手引き』

2019.10.08 目次
目次:FLCエッセイ

カテゴリー別:

[カウンセリング] 
2018年01月  カウンセリングの窓から~女性の心理的成長のための四つの課題
2017年03月  カウンセリングの窓から~花をいけること
2016年07月  もう一人の自分の声に支えられて
2015年10月  トラウマとレジリエンス~カウンセリングで大切にしていること [トラウマ]
2015年05月  カウンセリングの窓から~母娘の心理と癒し〈娘編〉
2015年03月  カウンセリングの窓から~思春期の娘と母〈母編〉
2015年02月  カウンセリングの窓から~女性の傷つきと怒り
2015年01月  カウンセリングの窓から~人生の選択に迷うとき  「女性の生き方」
2014年11月  カウンセリングの窓から~私って誰? 本当の私らしさって?
2014年08月  『モモ』の世界と時間泥棒-時間泥棒・・VS心理療法?!-
2014年07月  カウンセリングの窓から~性暴力被害への理解と対応を
2013年10月  安全な場所を創る 
2011年05月  セルフケアのヒント~肯定的な感覚(リソース)を強める
2011年06月  「心」と「身体」をつなぐトラウマケア  [トラウマ]
2007年07月  トラウマ反応とケア          [トラウマ]
2007年01月  身体感覚との対話
2005年10月  人生の物語を紡ぐ  

[トラウマ]
2015年04月  セルフケアのヒント~アートセラピーの手法を用いてトラウマに対処する
2014年06月  女性のトラウマとセルフケア
2014年05月  女性のトラウマとライフサイクルの危機~映画『8月の家族たち」を観て考えたこと 
2013年12月  クリスマスカレンダー
2013年09月  中秋の名月
2013年05月  環境とつながる~「今、ここ」にいること   [カウンセリング]
2012年01月  トラウマと身体~ソマティック・エクスペリエンス(SE)と出会って
2011年10月  市民の力~被災地に心を寄せる人々
2011年02月  恐怖症の克服
2009年12月  安全でサポーテイブなコミュ二ティを創る 
2008年08月  非暴力と平和を願う~その2
2008年07月  ドラマの力
2008年05月  非暴力と平和を願う
2006年12月  今年のキーワード~トラウマ心理療法、アート、選択
2004年08月  「戦争とトラウマ」を考えて
2003年09月  トラウマ・キルト・プロジェクトの夢

[虐待]

2012年12月  子どものトラウマ~2012年を振り返って   [トラウマ]
2012年07月  ボストン・トラウマセンター研修に参加して  [トラウマ]


性的虐待]
2014年11月  性的虐待の発見と対応・ケアを   [トラウマ]
2011年12月  子どもへの性的虐待を考える~臨床的援助と予防と  [カウンセリング][トラウマ]
2011年10月  見知らぬ人からの手紙

[DV]
2015年12月  ドメスティック・バイオレンス(DV)家庭で育った子どものトラウマと回復 [トラウマ]
2015年11月  DVを受けている女性を支える~なぜ逃げられないのかを理解する
2015年07月  DVを受けている女性を支える~家族、友人、知人として
2014年08月  DV被害者支援と支援者支援
2012年09月  安全でサポーティブなコミュニテイづくり~相互信頼を実感して


[いのち]
2016年04月  語り部バスに参加して
2015年08年  生と死と、自由と愛と~『レ・ミゼラブル』を観て思い巡らしたこと [本/映画]
2007年06月  生老病死~病院臨床に関わりはじめて
2007年03月  嬉野の「命の水」
2005年04月  秘密の世界
2005年04月  安全といのち
2003年05月  自然の声に耳を傾ける

[こころとからだ]
2019年02月  安眠のためのセルフケア
2018年01月  生理にまつわるエトセトラ
2017年09月 「やめてみる」ことで変わる,こころの休息-コミックエッセイ「もっと、やめてみた。」より-
2016年12月     牧場でのひととき-リソースを育む
2015年12月     カナシミのちから(映画インサイド・ヘッドを観て ※ネタバレ注意) [本・映画]
2015年08月  日々のほのぼのエピソード探し
2015年05月     からだの声に耳をすます
2014年10月  女性のストレスとストレスマネジメント
2013年02月  ヨガ入門Ⅱ
2011年05月  ヨガ入門
2010年09月  ドキドキとワクワクは、生活のスパイス
2009年09月  ソマテイック・エクスペリエンス(SE)トレーニングに参加して
2009年07月  身体の声を聴く~身体感覚のリズム
2008年08月  ワークショップ体験~体とつながる
2007年01月  身体感覚との対話  [カウンセリング]
2005年12月  アロマとともに・・・
2005年08月  心の声を信じる
2004年02月  自転車は相棒

[仕事]
2016年03月  あなたのキャリア・アンカーは?~シャインに学ぶ「自分らしい仕事生活」
2004年10月  文化祭の季節に思う

[ライフサイクル]
2018年01月  2018年を迎えて思うこと~女性のライフサイクルと共に
2014年09月  女性のライフサイクルと仲間
2014年04月  初心忘るべからず
2011年07月  人生の折り返し地点で
2010年11月  お弁当の楽しみ
2009年09月  ひとり旅
2009年06月  おさがり
2008年04月  新車がやってくる!
2007年04月  棚の整理は心の整理

[子ども/子育て]

2018年06月  フィンランド便り①~フィンランドの保育園事情
2016年08月  アメリカの出産で感じたこと-サポーターの大切さ
2016年06月  「スマホに依存している」といわれる姿の向こう側
2016年05月  お弁当作り雑考-日米での比較
2016年04月  子どもたちにとっての喪失体験-出会いと別れの新学期-
2015年01月
  思春期の子どもの世界--通過儀礼と心の成長
2015年11月  出産や子育てを語ること-否定的感情を語る-『楽しく、出産』を読んで
2015年10月  
大人も子どもも楽しめる絵本のすすめ  [本/映画]
2015年08月  思春期の子どもの成長を支える~「バケモノの子」を観て思い巡らしたこと [カウンセリング]
2015年06月  "落ち着かない子ども"の気持ち
2014年12月  大人と子どもをつなぐ絵本の魅力
2013年11月  温かい関係性を育む~「具体的にほめる」ことの勧め
2013年07月  思春期の山を乗り越える
2013年01月  子どもの行動に困ったとき~親子の相互関係を育もう
2010年03月  巣立ちの春
2009年01月  子どもたちの巣立ちを迎えて
2008年02月  受験生とのつきあい方
2007年11月  私の原点~「つながり」の体験   [仕事]
2006年09月  子どもの時間
2006年03月  巣立ちの予感・・・
2003年12月  子どもな学ぶ~人とのつながり、そして平和
2003年07月  懇談の季節に・・・

[女性の生き方]
2018年 04月       はじめまして
2017年 05月  女性にとって「自分らしい生き方」って?
2013年 04月  すーちゃん、まいちゃん、さわこさん
2006年 06月  元気の素
2005年 07月  大阪のおばちゃんパワー

[コミュニケーション]
2017年09月  ネガティブな気持ちの伝え方・断り方~アサーション・トレーニングからヒントを得て~
2015年07月  子育て中の夫婦間コミュニケーションのヒント
2014年12月  夫って/妻ってこんなタイプ!! 夫婦間ストレスを減らすコツ?!
2014年10月   あたりまえやん」、ほんとかな?  - コミュニケーションのヒント-
2014年07月  祖母と孫~ジェネレーションギャップ編~
2012年06月  みやげ話
2007年06月  ストレスとつき合う
2003年12月  クリスマスのしあわせ
2003年10月  ほっと一息の瞬間

[五感]
2018年11月  古くて新しい
2017年11月  おでかけしてみませんか? ・・・京都「国宝展」を訪ねて・・・
2015年08月  アロマの楽しみ -ディフューザー作り-
2011年08月  夏の香り
2011年04月  ホームベーカリー
2010年08月  古代エジプトの香油
2008年10月  おしゃれを楽しむ
2006年06月  五感を楽しむ

[自然]
2017年08月  ヒヨドリの子育てから・・
2017年07月  「緑の親指」にあこがれて-植物を育てる極意
2016年10月  ハーブでリフレッシュ!
2016年03月  蒸留水ことはじめ-3.11の日に
2013年04月  カウアイ
2011年02月  朝のジョギング
2009年04月  自然のエネルギーに満たされて~西表島体験

[コミュニティ]
2018年12月  対人援助学会第10回大会に参加して
2018年10月  フィンランド便り③-オープンダイアローグに触れて
2018年07月  フィンランド便り②-フィンランどの暮らし

2014年06月  「居場所とは何か」~学会発表のご報告
2014年03月  支えられ、助けられて
2014年02月  私の庭
2013年12月  リーダーシップ~白熱教室に学ぶ
2013年02月  編み物をしながら ・・・
2012年11月  クリスマスの贈り物
2012年03月  マジョルカにて・・・
2012年01月  スペインから「フェリース・アニュ・ヌエボ ! 」
2010年12月  2010年を振り返って~女性ライフサイクル研究所・設立20周年
2007年11月  「パールノート♪」をよろしくね!
2004年10月  前を向いて歩こう♪♪♪

[本/映画]
2014年08月  思い出のマーニー~思春期のこころ   [子ども/子育て]
2014年06月  苦手克服のコツ~池田暁子さんの整理術! シリーズから 

2019.02.22 こころとからだ
安眠のためのセルフケア

                                    西 順子

皆さんは、毎晩ぐっすりと、よい睡眠がとれていますか?
私はというと、昔は床につけばすぐに眠れ、もっと寝ていたいということはあっても眠ることに困ることはありませんでした。でも近年少しずつ、夜寝る時間が遅くなり、睡眠時間が短くなり、床に入ってもなかなか寝つけない日も出てくるようになりました。

子どもが幼い頃は保育所のお迎えの時間や子どもが帰宅する時間にあわせて、仕事をさっと切り上げて家に帰っていました。家事や子どもの世話をしていると、体力的にも消耗するので、床についてもすぐに眠れたのだと思います。
でも子育てが終わって自分の自由な時間が増えると、仕事を終えて帰宅する時間が遅くなり、夕食時間も遅くなり、寝る時間も遅くなり・・と、ワークとライフの生活時間のバランスが悪くなってしまいました。そんな生活に追われるなかで、ちょうど一年前頃、身体の不調に気づくようになりました。

それからというもの、健康のためにと「睡眠」を軸に生活習慣を見直してみることにしました。生活習慣を見直すことは、ワークライフバランスを見直すこと、そして何を大切に優先して生活するのか、生き方全体を見直すことにもなりました。

□現代日本人の睡眠の特徴は?

ところで、メディアでも睡眠に関する情報をよくみかけます。最近「睡眠負債」という言葉も知りました。わずかな睡眠不足が積み重なり、命に関わる病気のリスクを高め、日々の生活の質を下げていることが明らかになってきたそうです。

「国民の健康・栄養調査」(平成27年厚生労働省)によると、一日の平均睡眠時間は男女とも「6時間以上-7時間未満」が最も多く、6時間未満の割合が10年で有意に増加していると言います。睡眠確保の妨げになっているのは、20~50代男性は「仕事」、女性は20代が「就寝前の携帯電話、メール、ゲームの熱中」、30代が「育児」、40代が「家事」が最も高くなっています。

また、特に子どもや就労者の睡眠時間は世界で最も短いと言われています。就労者の男女別睡眠時間の国際比較では、女性は家事や育児の負担が大きいため、男性よりもさらに睡眠時間が短く、平日・休日問わず慢性的な睡眠不足状態と言います(厚生労働省e-ヘルスネット「睡眠と生活習慣病との深い関係」より)。

慢性的な睡眠不足は体内のホルモン分泌や自律神経機能に大きな影響を与えることがわかっています。睡眠不足によるホルモン分泌への影響から食欲も増大し、生活習慣病に罹りやすいことが明らかとなりました。

このように社会環境の問題ともいえる「睡眠時間」です。厚生労働省では睡眠対策として「健康づくりのための睡眠指針2014~睡眠12箇条」を出していますので関心のある方は参考にしてみてください。→★
では私自身、安眠のために努力目標にしている「安眠のためのセルフケア」をまとめてみました。

□安眠のためのセルフケア

1. 毎日決まった時間に起きるようにする。
2. 朝起きたら、日光を浴びて、体内時計にスイッチを入れる。
3. 16時以降はカフェインを取らない。
4. 夕食は遅くとも21時までにとる。
5. 寝る前にお風呂に入り、ゆったりとリラックスするまで湯船につかる。
6. 夜は、パソコンやスマートフォンを見る時間を減らす。
7. 眠気を覚えてから床につく。
8. 適度な運動(思考をストップして、身体を動かす)

その他には、夜の飲み物はハーブティやデカフェにしたり、眠気がこないときはアロマオイルを嗅いだりしています。入浴時はリラックスする香りの入浴剤を入れます。
そして床についた時には腎臓に自分の手を当て(背側の下部肋骨辺りです)神経の興奮を落ち着かせるようにしています。腎臓を休めることで、その上にある副腎も休ませます。(『今ここ神経系エクササイズ』浅井咲子著より)

よい入眠のためのポイントは、自律神経の副交感神経を優位にし、神経系も内臓も休めるようにすることと言えるでしょう。

□わたしの場合、ヨガのすすめ

また半年前から続けているのが、朝ヨガ、夜ヨガです。
朝は10分程度、夜は15分程度ですが、朝晩にヨガを取り入れることで、一日の始まりと、一日の終わりとメリハリがつき、身体もリセットできるように思います。

朝ヨガは、こわばった筋肉や関節を伸ばし、動かすことで、身体が目覚めて代謝があがります(少し汗ばみます)。呼吸も深くなり、いい状態で一日を気持ちよくスタートできます。
また夜ヨガでは、今ここの体験に集中することでマインドフルネス状態になります。リラックスして覚醒度が下がり、頭を忙しくしている考え事や雑念が消えていきます。呼吸も深くなり、眠気も覚えます。夜ヨガをすることで、入眠がしやすくなりました。

ヨガが心身によいことはわかっていても、一人ではなかなか習慣化できませんでしたが、半年前にYouTubeのヨガプログラムを知りました(娘が教えてくれました)。ヨガ・インストラクターさんの優しい声かけに合わせてポーズをとって、身体に意識を向けるだけなので、自宅にいながら手軽にヨガができるようになりました(数年前、ヨガを学びヨーガ教師の認定もいただきましたが、日常生活には全く活かせませんでした)。

習慣として続けられているコツは、①容易なこと、できることから、②無理しない、できない日があっても気にしない、③自分が好きなこと、楽しいことが一番、です。

ヨガの他にも、筋トレ、自律訓練法、瞑想、散歩など、自分の好きなやり方で自分にあった適度な運動やマインドフルネスの実践をすることは、よりよい睡眠に役立つでしょう。

皆さまは、安眠のためにどんな工夫をしていますか?
また工夫してもなかなか眠れない、よい睡眠がとれないという時には、一人で頑張らないで、家族に協力を求めたり、上司に相談したり、専門家にもサポートを求めていただきたいと思います。

仕事や家事・育児(学生さんは勉強でしょうか)と、一人ひとりの仕事の負担が大きく、また人間関係の悩みが多い現代社会ですが、皆さまがよりよく日々を過ごせますよう、まずは「よい睡眠」がとれるようにと願っています。

2018.12.12 コミュニティ
2018年度対人援助学会第10回大会に参加して

                                                           朴 希沙

去る111718日、立命館大学にて開催された対人援助学会に参加し、ワークショップを行ってきました。

対人援助学会とは、「既存の医療・福祉・心理・教育等の学問領域を超え、広く『人を助け、エンパワメントを実現する』支援実践や臨床研究の探求を通じて、『対人援助学』(Science for Human Services)の創造という多職種の、学問と実践の『連携と融合』の舞台となること」(対人援助学会ホームページより)を目的に設立された学会です。

既存の枠組みにとらわれず様々な領域で活動をしている専門家・非専門家の方々が集まり、お互いの実践について紹介したり交流を深めたりする刺激的な学会です。

私は、現在翻訳・出版活動を行っている「マイクロアグレッション」という概念について紹介し、ワークショップを開いてきました。

今回は、旧来の明白な差別とは異なる、現在の曖昧な形態をとる差別「マイクロアグレッション」について少し紹介させていただこうと思います。

私がマイクロアグレッションに出会ったのは、在日コリアンの当事者研究グループを行っているときでした。

近年、在日外国人を始めとして、社会的弱者の人々を攻撃するヘイトスピーチが話題になっていますが、私たちはグループを行っている際、ヘイトスピーチとは異なる日本社会で経験する形容しづらいもやもや感、心理的ダメージについて説明する言葉が必要であることを感じていました。

Microaggression(マイクロアグレッション)という用語はChester Pierceによって1970年代に初めて使われました。

Pierceは論文の中で、日常的にアメリカの黒人に向けられる、形容しづらい、しばしば無意識的に行われる中傷や侮辱を言い表そうとしたのです(Pierce, Carew, Pierce-Gonzalez, & Willis, 1978)。

現在、マイクロアグレッションは①明示的に相手を傷つけることを目的として行われるMicroassault(マイクロアサルト)、②無意識的に相手を侮辱するMicroinsult(マイクロインサルト)、 ③無意識的に相手の社会的経験を無価値化するMicroinvalidation(マイクロインバリデーション)の 3 種類に分類されています。

その中でも、マイクロインバリデーションが最もネガティブな影響を被害者に与えると考えられています。

マイクロインバリデーションとは、例えば、人種差別に悩んでいる黒人の人に対して白人が「肌の色なんて関係ないじゃない。私はあなたを黒人として見たことなど一度もないわ」と言うことや、「世界にはたったひとつの人種がある。それは、人類という名の人種さ」と言う発言等が当てはまります。

これらの発言は攻撃の意図が明確にあるわけではありません。むしろ、相手を励まそうとして言った言葉かもしれません。

しかし一方で、これらの発言は、相手の人種的・社会的経験を無視し、存在しないものとしている点で、その体験や発言を無価値化することからマイクロアグレッションの一形態とされます。

どんなマイクロアグレッションも、1 度だけなら影響は小さいでしょうが、日常的な累積によって、旧来の明白な差別以上に被害者に怒りやフラストレーション、孤独感や自らのアイデンティティへのネガティブな感情を生み出し、自尊心や自信を喪失させる可能性があることが示唆されています(Sue et al.,2007)。

ワークショップでは、マイクロアグレッション概念の紹介の他、複数の事例を会場で朗読し、それについて小グループに分かれてディスカッションしました。

小グループのディスカッションでは、マイクロアグレッションという概念への戸惑いや、自分がこれまで体験してきたこと、マイクロアグレッションが起こったらどうしたらいいか、等について話し合いました。

今回のワークショップを通して、私はマイクロアグレッションが人々の言動をラベル付けしたり評価したりするためのものではなく、対話の種になればいいなと改めて感じました。

例えば、社会的に異なる立場の人が交流した際、そこで立場の弱い人が嫌な思いをして、なかなかそれを言語化しづらいことがあるかもしれません。

マイクロアグレッションは多くの場合無意識的に生じるので禁止や予防は非常に難しいと考えています。この社会で生きている以上、差別や偏見から自由な人などほとんどいないでしょう。

だとしたら、無意識的で曖昧な差別や偏見(マイクロアグレッション)を相手に向けてしまった時、それはある意味仕方がないことと一旦受け止めた上で、そのことを契機にいかに相手と対話していくことができるのかが重要になってくるのではないかと思います。

そのためには、「なぜマイクロアグレッションをしてしまったのか」ということを個人に問うよりも、「どのような関係、状況でマイクロアグレッションは生じるのか?」ということをテーマに、マイクロアグレッションという現象そのものを探求していく必要があるのではないかと考えています。

つまり、差別の被害・加害を個人の特性や心に還元するのではなく、無意識的に私たちが共有している社会的事柄として、マイクロアグレッションという現象そのものをテーマに据え、それを「研究」するという態度で話進めていくという方法です。

私は、今回の学会でのワークショップを足がかりに、今後様々なところで同様のワークショップを開いていきたいと考えています。

日常の中での小さなすれ違いや立場の違いから生じる葛藤について、どのようにすれば安全に相手と理解し合える対話が出来るのか、今後じっくりと模索していきたいと思っています。

【参考文献】

Pierce, C., Carew, J., Pierce-Gonzalez, D., & Willis, D. (1978). An experiment in racism: TV commercials. In C. Pierce (Ed.), Television and education (pp. 62- 88). Beverly Hills, CA: Sage. 

Sue, D. W., Capodilupo, C. M., Torino, G. C., Bucceri, J. M., Holder, A. M. B., Nadal, K. L., & Esquilin, M. (2007). Racial microaggressions in everyday life: Implications for clinical practice. American Psychologist, 62, 271-286.

Sue, D.W.(2010). Microaggressions in Everyday Life: Race, Gender, and Sexual Orientation. Hoboken, N.J.: John Wiley & Sons.

2018.11.15 五感
古くて新しい

                                     北村由紀恵

秋は木々の彩りも鮮やかになり、吹く風も心地よく、自然の中を歩くにはとてもよい季節です。

私は仕事の合間に奈良や京都に出かけ、自然の中にある神社やお寺を巡るのが好きです。
日常生活の慌ただしさから解放されてホッと一息つくのが、自分にとってとても大切な時間となっています。

古くからある神社やお寺では、自分が21世紀の時代に住んでいることも忘れてしまうような何とも言えない時間の流れを感じます。


10月には奈良の興福寺に行きました。

随分前から再建のために工事されてきた中金堂の、落慶法要が大々的に営まれたのですが、ご縁があり参列させていただきました。

秋晴れの青空のもとで、真新しい美しい中金堂がお目見えしました。五色幕が風に揺られ、僧侶の読経に合わせて散華がきらきらと空を舞い、うっとりするようなひとときでした。

中金堂は本来興福寺の中心となる建物ですが、西暦710年に藤原不比等によって興福寺が建立されて以来、なんと7度も消失したそうです。

そのたびに再建はされて来たのですが、今回は江戸時代の消失の後、300年ぶりの再建となるそうです。創建当時の天平建築の形をそのままに再建されています。

平成も最後の年になりますが、古式の建築の方法が継がれていることが素晴らしいと思いました。しかし今回使った木材などは海外から輸入したものだそうです。創建当時はきっと国内のものだったでしょう。

新しいけど古い、古いけど新しい。古来より続く日本の文化の流れを感じました。


夜には記念のコンサートが中金堂前で行われ、ヴァイオリニストの古澤巌さんが演奏されました。

こちらもまた、ヴァイオリンというヨーロッパの歴史ある楽器で、クラシック音楽を現代風にアレンジした素晴らしい演奏をされ、その迫力にみな引き込まれました。


いろんな時代や国が交差する中に身を置いている自分を感じ、こんな日を生きていることになんだか感謝の念が生まれてきて、お堂の中の仏像にそっと手を合わせました。

2018.09.16 コミュニティ
フィンランド便り③ーオープンダイアローグに触れて

                              朴希沙

20186月半ば~9月頭まで、私はフィンランドの中部に位置する大学の街、ユヴァスキュラで過ごしました。3回連続のフィンランドからの便り。最終回は、フィンランド発祥の精神医療、オープンダイアローグについて紹介します。

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はじめに

オープンダイアローグという言葉を聞いたことがあるでしょうか?

これは、フィンランド発祥の投薬に頼らず平等で開かれた対話によって治療を行う精神医療の実践のことで、その民主的でユニークな手法や治療実績から現在世界中から注目が集まっています。

私は8月末~9月頭にかけて、オープンダイアローグが実践されているフィンランド北部の小さな町、トルニオを訪ねました。

今回は、実際にオープンダイアローグを創ってきた人たち、そして現在実践されている人たちとの交流を通して学んだことについて書いていきたいと思います。

オープンダイアローグとは?

オープンダイアローグとは、日本語では「開かれた対話」を意味します。

その手法は、統合失調症という、従来は投薬治療が中心である心理的な病に対してさえ、対話の力によって結果的に治癒をもたらし、症状の再発をおさえることから、精神医療の世界では驚きを伴った注目が集まっています。オープンダイアローグは1980年代から着実に成果を上げ、現在はフィンランドの公的な医療サービスとして、西ラップランド地方のトルニオでは無料で治療が提供されています。

その過程は驚くほどシンプル、そして考え抜かれたものです。

*参加者に対して、オープンであること

まず、患者さんやその家族から、病院に相談の電話が入ります。

オープンダイアローグでは医師・看護師・心理士・ソーシャルワーカーといった医療に従事する人々との間での協同・対等・民主的な関係が非常に重視されています。この電話をとるのも、様々な役職の医療従事者ですが、電話をとった人が責任を持って治療チームを結成し、初回ミーティングに臨みます。そして24時間以内に、相談者が安心して話し合いを行える場所に、治療チームが出向きます。

そう、オープンダイアローグは1対1の、診察室やカウンセリングルームで行う治療とは根本的に構造が異なっているのです。それは基本的に2名以上の専門家がチームとしてミーティング(診察やカウンセリングとは呼びません)に参加し、相談者を(無理に)病院に連れて来ることなく、治療を進めていきます。重篤な急性の精神疾患であっても、この基本原則は変わりません。

そして、このミーティングには相談者本人に関わる重要な人物であれば、誰でも参加することが出来ます。家族でも、恋人でも、友人でも、学校の先生や近所の住民でも参加できるのです。まず参加者に対して、非常にオープンであるといえます。

またこの際結成された専門家による治療チームは、同じメンバーで継続的に相談者本人とその関係者を支えていきます。

*決定に対して、オープンであること

次に重要な点ですが、投薬や治療の進め方、入院等についての決定は、本人がいないところでは決して決めないし、そのことに関する話し合いも行いません。

治療に関するあらゆる決定は、本人を含む関係者全員が参加するミーティングで決められます。そこでは、ひとりひとりの意向が十分に尊重され、傾聴されます。

患者から必要な情報を聞き出し、医師が一方的に治療方針を決めたり、患者やその家族がいないところでカンファレンスを行ったりしません。代わりに、「リフレクティング」という手法を用いて、相談者やその家族の眼の前で専門家同士が話し合います。

その意味で、何かを決定することに対して、非常にオープンなのです。

*不確実であることに対して、オープンであること

オープンダイアローグは、「技法」や「治療プログラム」ではなく「哲学」や「考え方」であることが、しばしば強調されます。性急な結論や治療方針を決めるのではなく、対話それ自体が目的だからです。だから、「今後、どうなるんだろう?」という不確実さ、不安感にいつも耐えて進んでいかなくてはいけません。

それを可能にしているのが、継続的に、必要であれば毎日でも同じ専門家チームに支えられて開かれるミーティングです。

結果や今後の不確実さに対して開かれていること、これもオープンダイアローグにおいて重要な哲学です。

だからたとえ意見が対立していてもそれをすぐにひとつの意見にまとめようとしたり価値判断をしようとしたりしません。意見が異なる中で傾聴とやりとりを続けていくこと、それが重視されるのです。

そのために、1度のミーティングではなんの合意にも至らないこともあります。その場合は何も決まらなかったことが確認されます。

◎それは、どんな体験だったのか?

日本にいたころ、私はオープンダイアローグについては本や論文を通して見聞きしていて、それは実際どのようなものなのだろうかととても興味を持っていました。今回、実際にトルニオの町を訪ね、実践されている人たちとお話していく中で、次のようなことを感じました。

*不確実さに耐えることを支えているもの

日本にいた頃、私が非常に難しいと感じていたことのひとつが、「不確実であることに耐える」というオープンダイアローグの基本的なスタンスでした。

話し合うこと、対話すること、それだけがまずは目的であるという在り方には非常に惹かれるものの、「それで、どうするの?」「何も決まらなかったら、相談者も治療者も不安じゃないかな?」と思っていました。ですが、実際に実践されている方々のお話を聞いていくうちに、それは「心のもちよう」とは異なるものだと感じました。

なぜ、不確実であることに耐えられるのか。それは、継続的に同じメンバーで話し合っていけるという確信があり、そのことに対するしっかりとした安心感があるからだということに気づいたのです。

継続的に複数の人々の間で話し合っていける、ということに対する信頼感が、不確実さに耐え、結論を急がずにいることを支えています。

また、「話し合い」と「不確実なものへの耐性」というこのふたつはコインの裏表のような関係であることも分かってきました。

つまり、話し合いが継続してできるからこそ不確実さに耐えることができるし、不確実なものに開かれているからこそ多様な人々の間での話し合いを継続できるのです。

そのためには、スタッフや専門家の間の関係性が非常に重要だと思いました。そこでの信頼関係や関係性が話し合い全体を支える土台になるからです。

チームで働くことの素晴らしさやその可能性について、改めて実感し、また驚いたのでした。

100%の同意を求めないからこそ、話し合いを継続できる

次に私が驚いたのは、異なる意見、対立する意見に対して現地の方々が非常に落ち着いて反応されている、ということでした。

これは私の感覚ですが、日本では異なる意見を言うことそれ自体が難しく感じられたり、対立が避けられがちになったりすると思います。逆に対立や意見の相違が明らかになった場合、相手に対する怒りや「同じでないこと」に対する強い感情が湧いてきたりもするのではないでしょうか。これは、私は日本及びアジアの文化ではないかと感じています。

それに対して、オープンダイアローグを実践されている方々は「個人」というものが非常にしっかりと確立していると感じました。相手と自分とはそもそも異なる存在だし、100%同じ意見になることが重要でもない、という認識を根本的に持っておられると感じたからです。

皆で何かひとつのことに決めなくてはいけない時はあるでしょう。しかし、オープンダイアローグでは(事務的なことをのぞいて)話し合いの中で自然に答えがでることを待ちます。異なる意見を説得してひとつの意見に集約させなければいけない、とは考えられていません。

同じ意見になることは、重要ではないのです。それよりも重要なのは、意見が異なり、違う人間でありながらも互いに話を続けているという関係性なのです。

どんなに親しい間柄でも、互いの全てを知っているわけではなくそれぞれ大切な自分のスペースを持っていて、そうでありながらも深い関係性を持続している、ということが私には衝撃的に感じられました。これはひとつの、カルチャーショックのようなものだと思います。日本にいたころは、非常に親しい間柄といえば家族のようになんでも共有している、同じような意見である、というイメージがありましたから。

以上、非常にざっくりとですが、3つのオープンという視点からオープンダイアローグについて、そして実際にトルニオの町を訪ねて私が感じたことについて紹介させてもらいました。

またこの3ヶ月間、フィンランドでの生活で新しい価値観に触れ、多くの刺激を受けました。特にフィンランドの女性の在り方、生き方に対して驚きと憧れを感じました(これについてもまた書ける機会があれば、と思います)。

これからの問いは、この体験を今後の自分の実践にどのように活かしていけるか?とういうことです。

異なる文化や価値観に触れるということは、自分の中に新しい物の見方が生まれる、ということでもあると思います。これまで当然だと思っていたことが、実はそうではない。私達の社会で当たり前だと思われていることが、違う社会にいけば当たり前ではない。例えば私達の社会では「子どもは母親が育てるのが当たり前」と思われていますが、フィンランドではそうではないんです。むしろ「父親と母親が平等に育児を担当するのが当たり前」である社会でした。

短い期間でしたが、フィンランドで得た新しい物の見方を大切に、今後の日本での実践や生活に活かしていきたいと思っています。

図2.png

【参考文献】

斎藤環著・訳(2015) 『オープンダイアローグとは何か』 医学書院

2018.07.08 コミュニティ
フィンランド便り②-フィンランドの暮らし

                                朴 希沙


現在、私はフィンランドの中部に位置する大学の街ユヴァスキュラに来ています。6月から3ヶ月間、ここで姉・姪・甥とひと夏を過ごします。フィンランドってどんな国?実際に来てみると日本と違うところもたくさんあるようです。3回連続のフィンランドからの便り。2回目は、フィンランドの田舎の暮らしをご紹介します。

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6月後半の週末、私たち家族はユヴァスキュラから車で1時間ほどの小さな町、カンガスニエミに行きました。
ここには、姉の知り合いのペッカさん一家が暮らしています。ペッカさんは、私たちが暮らすユヴァスキュラが「都会過ぎるから」とカンガスニエミに住んでいます。でもユヴァスキュラにも森や湖があるし、歩いているとちょくちょくうさぎもみかけるので、私たちは少し不思議に思っていました。

ユヴァスキュラからカンガスニエミまでの道は、ずっと森と湖が続いています。
湖と森が織りなすフィンランドの夏の景色は爽やかでとても綺麗です。
フィンランドには有料道路はないそうで、高速道路にも乗りましたが料金をとられることはありませんでした。「パーキングエリア」と言われた一角にも小さなパン屋さんのようなものがひとつあるだけで、日本の高速道路とはかなり異なります。

そしておうちに到着してみて...びっくり!
2018年、フィンランドは世界幸福度ランキングで1位をとっていますが、今回その暮らしを少し体験させてもらい、その理由を垣間見ることができました。実際、素晴らしい生活が広がっていて、私たち家族はみな驚いたのです。今回は、ペッカさんご家族にご了承をいただき、その暮らしをご紹介します。

ペッカさん家族が暮らすお家は、とても素敵なおうちでした。
広々としていて、どこもきちんと整っています。派手だとか、ゴージャスだとかそういうことではなく、おうち全体から飾り気のない、静かな愛情が伝わってくるのです。

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このおうちはペッカさん一家が職人さんたちとで相談しながら作ったそうです。
家族で家のタイルを張ったり、サウナも作ったりしたそうで、家のあちこちにかわいい模様が入れてあります。
フィンランドではこのように家を建てる際自分たちで作る人たちも多いそうです。職人も色々な種類の人がいるらしく、例えば窓枠専門で作る職人、台所を専門で作る職人等がいるとのこと。

この日私は娘さんのお部屋に泊めてもらいました。ずいぶん居心地のよいお部屋で、私たち家族は「このお部屋からは、娘さんが大切にされていることが伝わってくる」とすっかり感動してしまいました。
例えば、娘さんのお部屋には大きなドールハウスがあります。これは、ペッカさんの親戚の一人がコツコツと手作りしてプレゼントしてくれたものだそうです。凝った作りで、中にはサウナもあります。

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その日は夏至だったので、お昼ご飯はみんなでソーセージを焼いて食べました。フィンランドでは夏至の日はソーセージを焼いて食べるそうです。

また午後にはペッカさん家族が「パイを焼きましょう」と言ってくれました。
ペッカさん家族は夏の間、「夏の家」という山小屋のようなところに行くそうです。
そこにはペッカさんの親戚の森があって、自然のコケモモやブルーベリーが一面になっている場所があるんだとか。
「ブルーベリーがたくさんあるからね」と、大きなブルーベリーパイを一緒に焼きました。

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ブルーベリーパイを焼いている間、「夜はサウナに入りましょう」と言ってもらい、一緒に準備を手伝わせてもらいました。
サウナは薪で温めます。「夏の家」からは薪もたくさんとれるそうで、お家の薪小屋にたくさん積んでありました。やり方を教えてもらったので、すぐに火をつけることができました。
お家の周りの庭や畑にはりんごの木やお花が咲き、いちごもなっているので、姪は喜んでいちごを摘んで食べていました。

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おうちの中にいると本当に静かで、鳥のなき声と風の音しか聞こえません。

夜は、スパゲティをみんなで作って食べてから、サウナに入れてもらいました。

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薪をくべて温めた石に水をかけ、その水蒸気でサウナ全体を温めます。体が熱くなったら外に出て体を冷やし、寒くなったらまたサウナに入るということを繰り返します。そうすると体が芯から温まって本当に気持ちがよいのです。私がペッカさん家族に「とても贅沢ですね」と言うと、「ああ、そうですか?贅沢、といわれたらそうなのかもしれませんね」とおっしゃっていました。とても静かで、落ち着いたご家族でした。

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夜娘さんのベッドに横になると、かわいい模様で飾られた天窓が見えました。

次の日の朝はコーヒーとヨーグルト、シリアルを食べました。
たっぷりのヨーグルトにおうちで作ったコケモモやいちごのソース、それから蜂蜜をかけます。

ペッカさんご夫婦は娘さんのことが大好きなようで、時々娘さんのことを話します。私たちも、どんな風に娘さんを育てたのか聞きました。
「いけないことはいけないといい、よくできたら褒めてあげる。でも叱るときも褒めるときもいつもひざの上に乗せて、言い聞かせる。よく聞いていましたよ」と静かにおっしゃっていました。

帰る前におうちの周りのお散歩もしましたが、どこもお庭やお花をきれいにしていて、野菜も作っています。
お隣は自宅で床屋さんをしているおうちでしたが、ペッカさんのおうちと同じくらい大きくて、子ども用のジャングルジムや滑り台、ブランコもありました。子どもがたくさんいるおうちだそうです。

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フィンランドの田舎の方は、家が広々していて、とても美しい景色が広がっていました。私はリンドグレーンという作家が好きで、特に『やかまし村の子どもたち』という作品を何度も読んでそこでの生活に憧れていたのですが、まるでその本に出てくるような場所が実際にあったので驚いてしまいました。

夏は仕事が終わったら毎日散歩、冬はスキーを楽しんでから、おうちの暖炉であたたまるそうです。
フィンランドの豊かさは華美な贅沢さやショッピング、消費の楽しみにあるのではなく、このような日常に静かな幸福が満ちているところにあると、今回実感しました。
ペッカさんご家族が日本にいらした際には、素敵な場所にぜひご案内したいと考えています。

【関連記事】
2018年6月FLCスタッフエッセイ「フィンランド便り①~フィンランドの保育園事情

2018.06.25 子ども/子育て
フィンランド便り①~フィンランドの保育園事情

                                    朴希沙

現在、私はフィンランドの中部に位置する大学の街ユヴァスキュラに来ています。6月から3ヶ月間、ここで姉・姪・甥とひと夏を過ごします。フィンランドってどんな国?実際に来てみると日本と違うところもたくさんあるようです。そこで、今回から3回連続でフィンランドからの便りをお届けします。

フィンランド便り①-1.jpg

1回目は、フィンランドの保育園についてです。
 
現在、私の姪は4歳、甥は0歳。この3ヶ月はフィンランドの保育園に通います。私も勉強を兼ね、姪・甥たちの慣らし保育に同行しました。そこで目にしたのは、日本とはかなり違うフィンランドの保育園事情でした。

違うところその① 保育のシステム
まず、システムがかなり日本と異なるようです。
今回、姉が保育園に子どもたちを預ける際、ベビーシッター派遣か4人までの保育ママか保育園かのいずれかから選択をすることが出来ました。
また、今回姪・甥が通う保育園は幼保一体型、かつ、中学校までついています。親の育休が9ヶ月は必ず保証されるので、子どもは9ヶ月以降からしか入れませんが、0歳〜中学生までが場所を共有しながら使っていきます。
そして朝・昼・おやつの三食は保育園が出してくれるので、「起きたらすぐ連れてきて大丈夫」とのこと。
給与に応じて保育料は変わるものの、最高額で1人月290ユーロ(3万7千円ほど)でふたりめからは半額になります。

違うところ②設備
そして、フィンランドの保育園はとにかく設備が素晴らしいのです!
園庭は非常に広々していて、裏に公園がついています。室内には、食堂・お昼寝の部屋・体操室・美術室などがあり、それもいくつもあります。可能なら毎日森に遊びに行ったり散歩に行ったりします。
また子どもたちは食べたいものはカフェテリアにて自分で自由に決めます。
ちなみに、○○組というのも自分たちで話し合って決めるんだそう。「今年はトカゲ組にしよう!」とか^^

違うところ③先生の数とその様子
3歳以下には4人にひとり先生がつき、3歳以上だと7人に一人先生がつきます。加えてお給仕の先生や特別支援の先生がつきます。
そして先生たちはとってもあっさり。子どもたちを集めて一緒になにかやらせることはほとんどありません。子どもたちを好きに遊ばせていて自分たちはおしゃべりしながらそれを見ています。必要があれば行く、という感じです。服装もかなり多様かつラフで、派手でおしゃれな先生も多数いらっしゃいます。

違うところ④子どもたちの様子
何より不思議なのが、子どもたちの様子です。
慣らし保育の日は朝からお昼過ぎまで保育園で過ごしましたが、その間泣き声をあげたのはうちの甥と姪だけでした。子どもたちは元気に遊んでいますが、かんしゃくや大声は聞こえてきませんでした。これはフィンランドの街を歩いていても感じます。子どもたちが落ち着いていて、かんしゃくをあげている子どもにまだ会っていません。別に先生たちが特段かまっているわけでもないですし、親も傍で別の人と話していたりするのに、子どもたちは自分で好きなことをしてあまり注目をひこうとしません。これはとっても不思議なことに感じます。

以上、今回は私が体験したフィンランドの保育園事情と、いくつかの写真を紹介しました。
次回も日本とは異なるフィンランドの様子について、お届けできたらと思います。


フィンランド便り①-2.jpg保育園の裏の丘


フィンランド便り①-3.jpgお昼寝室。いくつもあります。

フィンランド便り①-4.jpg園庭の一部。




2018.04.17 女性の生き方
はじめまして

                                  北村由紀恵

はじめまして。
4月から女性ライフサイクル研究所に仲間入りしました北村由紀恵と申します。
よろしくお願いいたします。

プロフィールにもありますように、これまでこどもと家族に関わる相談援助の仕事を中心にやってまいりました。

この仕事をとおして感じてきたことは、養育者、こども、それぞれに丁寧に関わらせてもらいながらも、「親子」「家族」の関係性を大事にしていくということです。
人は誰しも、関係性の中で生きています。しかしその関係性がうまくいかず、家族の中や職場の中で、あるいは友人関係の中で悩むことは珍しくありません。

関係性がなぜうまくいかないのか、ひとつには、人それぞれいろんなタイプがあり、たとえ親子であってもまったく同じということはありえません。物の考え方や受け取り方、感性は人それぞれに異なっていますが、それゆえにお互いの理解に誤解が生じ、コミュニケーションがうまくいかずにこじれてしまいます。
(例えば、同じ家族の中でも思考優位な人と感覚優位な人がいたり、ゆったりペースの人とせっかちペースの人がいたり。そうした違いの中で、お互いの理解がむずかしいこともあるわけです。)

もうひとつ私が感じていることは、社会の縛りです。特に養育者である母親が「母親だからそうしなければいけない」「妻としてこうあるべき」と思う気持ちが強かったり、「自分の育て方でこどもの将来が決まる」とプレッシャーを感じておられる方も多いように感じます。そういう思いが強いほど、こどもに対してイライラしたり、自分に自信がなくなったり、先の事がとても不安に感じたりします。

しかし、こどもも、こどもをとりまく家族もそれぞれに個性があるのですから、子育てのスタイルにも個性があってもよいのではないでしょうか。自分らしい子育てとは、また自分らしく人生を生きていくとはどういうことなのでしょうか。

こどもがいるいないに関わらず、女性が自分らしく生きていくことのお手伝いができたら、というのが私の願いです。そして、女性である私たちが自分らしくあることで、まわりの人達も(男性も)生きやすくなっていくのだと信じております。
お会いしてご一緒できることを楽しみにしております。

2018.01.18
生理にまつわるエトセトラ

                            朴希沙

 早いもので年が明け、1ヶ月がたとうとしています。

 12月・1月はクリスマスに年末、お正月とイベントが目白押しですが、皆様いかが過ごされたでしょうか。

 2017年秋から冬にかけて忙しくしていた私は、年末年始ずっと行きたかった旅行にでかけました。疲れを癒やして楽しみたい!と前々から楽しみにしていたのです。

 ところが残念なことに、私にとっては鬼門の時期、生理前と日程が重なってしまいました。

 女性にとって生理に関する悩みはなかなか大きなもの。体調が悪くなったり、気持ちの余裕がなくなったり、調べてみると様々な不調が出る方が多いようです。私は生理前になるととかく気持ちがネガティブになり、普段ではなんとも思わないようなことにすぐ悲観的になります。自分に対しても否定的になり、「どうせ私なんて...」「もう私はだめだ...」と思いつめます。イライラと張りつめて、周りの人にも八つ当たり。普段は毎日楽しく過ごしているだけに、生理前の不調は私の目にも、お恥ずかしながら周囲の目にも明らかなようです。

 そこで今回は、気分転換に色々と試みてみました。

 生理前にイライラしたりネガティブになってしまう方に何かヒントになれば、色んな方と生理に関する体験をシェアしたい!と思い、紹介させていただきます。

*試みたことリスト*

①自分の好きなものに没頭する

 まず手っ取り早くできることとして、諦めて自分の好きなものに没頭するよう試みてみました。

 普段はやらなければいけないことを優先させても、この時ばかりは「自分は今不調な時期」と諦めて自分の好きなことをできるだけしてみました。例えばただ好きな本を読む、見たい動画を見る、ドラマを見る等です。生理前には甘いものも無性に食べたくなりますが、それも思い切って、普段買わないようなものも買って食べてみます。「今自分は大変な時期だから」と諦めてしまうと、意外と楽しいことを心置きなくする余裕が生まれることもあります。

②瞑想

 これは、以前生理前にイライラした時家族から「瞑想してみるのはどう?」と言われたことが頭に残っていて、試してみました。

 特に今回は熊野宏昭さんが書かれた『実践!マインドフルネス』を参考に、呼吸に注意を向けた瞑想を試みました。確かに瞑想をすると気持ちがスッキリして、はればれとした心持ちになります。瞑想は続けることが大切で、1回でどうにかなるようなものではないのですが、瞑想という行為自体から学べることがたくさんあるように思いました。

③姉や友人と話す

 しかし、生理前の不調は手ごわいもの。①や②を試しても、なかなか思いどおりにはいきません。そんな中で一番効果があったのは、姉や友人と生理にまつわる体験についてシェアすることでした。生理前後の心身の不調やその時のエピソード、どんな風に対処しているのかについてそれぞれの体験を教えてもらったり、私の体験を話したりしました。 

 そうすると、普段は「こんなに気持ちが揺れて、自分はダメだなあ」と思っていることでも、「みんな色々な症状で苦労しているんだ!」「自分だけじゃないんだ」と分かり、ほっとします。そして、「これは自分の問題というより、多くの女性が抱えていることなんだな」と少し距離を置いて眺めることができるのです。さらに、お互いの体験を分かち合うことで、連帯感もはぐくまれて以前よりももっと仲良くなれるような気がします。

生理前の不調はつらいですが、そんな時こそ同じような状況にある人・女性たちと互いの体験をシェアできる機会でもあることに、気づかされました。

 今までちょっと恥ずかしく、なかなか切り出しづらかった話題ですが、改めてもっと色んな人と生理にまつわる体験をシェアしてみたい!と思いました。日々のこと、体調のこと、生理のこと・・・女性たちが気軽に、安心して話し合える環境や関係性が広がっていくことを願っています。

参考文献:

熊野宏昭著 『実践!マインドフルネス: 今この瞬間に気づき青空を感じるレッスン』 サンガ出版

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