- 2016.04.26 子ども/子育て
- 子どもたちにとっての喪失体験-出会いと別れの新学期―
福田ちか子
4月は、入園や入学,引っ越しや転勤,クラス替えなどいくつもの新しい出会いの時期である。そして同時にそれは、多くの別れも意味している。身近な大人と離れて過ごすことになったり、仲の良い友だちとクラスが変わったり、卒業や引っ越しで、それまで過ごした親しみのある家屋や風景とさよならする別れもあるかもしれない。そうした喪失の体験は、子どもたちにとってどのようなものか、少し考えてみたい。
子どもたちにとって、喪失体験というのは、日常に遭遇する可能性のあるものであり、また心身のバランスを揺るがす波が起こる出来事でもある。波を乗り越えて前に進む力を身につけることにつながる体験でもあり、バランスを取り切れず、調子を崩したり、喪失による傷つきを深める結果につながるものでもある。
精神分析においては、喪失体験を内的なものと外的なものに分けて捉えている(小此木、1979)。森(2015)は、外的な対象喪失とは、「大事な対象が目の前からほんとうにいなくなってしまう、なくなってしまうことを意味」し、内的な対象喪失とは、「その対象が目の前にあり続ける中で、その対象に対するそれまで抱いていたイメージを失ってしまうこと」としている。
こどもが遭遇する内的な対象喪失とは、大切に思っていた大人や、大切に思っていた友だちか裏切られるような体験や、暴力を受けること、相手の、それまでの信頼を裏切るような行動を見聞きしたときに起きうることであり、例えば、思春期に大人への幻滅を感じることや、被害体験としていじめや、虐待に遭った場合などにも起こりうる。
外的な対象喪失は、例えば、大切にしていたものを無くしたり壊れたりすること、引っ越しや進学、クラス替え等の節目に起こりやすい大切な人と別れや、大切な人との死別、ペットとの死別、両親の離婚などがあげられる。
喪失に伴う感情は、怒りや悲しみなど、一般にはネガティブとされるものであるために、子どもたちは「いつまでも悲しまないで」「早く忘れなさい」「そんな風に思わなくても大丈夫だよ」などと、周囲の大人からポジティブな感情に置き換えるように促される場合や、あるいはその喪失が周囲の大人にとっても大きな体験であり、大人たちの悲しみや、日々忙しく十分に悲しむ時間が取れない大人の焦りに圧倒されて、表現する機会が失われてしまうこともある。
先人の知恵や、さまざまな研究において、喪失体験は、その体験やそれに伴う感情を(言葉や絵、音楽などどのような形でも)表現すること、一緒に分かち合うことが大切とされている。それは喪失の瞬間に受け止めきれなかった悲しみなどの感情を感じなおす過程でもあると言えるだろう。また山本(2015)は、留意点として、現実に関わる営み(日常生活)を行うことの大切さにも言及し、喪失と向き合い表現し分かち合う時間と、喪失と距離を置き日常の現実に取り組む時間の両方を繰り返していくことが大切であると述べている。
森(2015)は、児童文学を引いて、子どもたちの回復力について、ただ距離を取り忘れ去ることが回復なのではなく、悲しみの中に「ずーっと、ずっと、だいすきだよ」などと、対象との間で確かに体験した楽しかった思い出や、良いイメージを見出し、心の中に取り込むことで成長し、その対象との体験を今の記憶に統合しながら過去のものにしていくことができる回復の過程を示している。
いくつもの出会いの裏にいくつもの別れがある新年度、大人にとっても多くの新しいことが始まる忙しい時期でもあるけれど、もしも身近な子どもに、心身のバランスが乱れるサインが見えたとしたら、別れたものを一緒に振り返る時間をもってもらうことが大切な時であるかもしれない。
参考・引用文献
森 省二 2015 絵本・童話・児童文学にみる「別れ」. 児童心理. Vol.69 金子書房.
森 さち子 2015 子どもの心を襲うさまざまな喪失体験―その体験を大人が抱えることをめぐって. Vol.69 金子書房.
小此木啓吾 1979 対象喪失-悲しむということ. 中公新書.
山本 力 2015 子どもの離別と死別-悲しみの心理臨床学. 児童心理. Vol.69 金子書房.