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FLCスタッフエッセイ

2015.12.27 DV
ドメスティック・バイオレンス(DV)家庭で育った子どものトラウマと回復

                                          西 順子

この十数年、筆者は「女性のトラウマと回復」をテーマに臨床に携わってきましたが、女性のメンタルヘルスの問題や生きづらさの根っこに、子ども時代のトラウマが影響していることも少なからずあることを見てきました。

その一つにDV家庭に育ち、暴力を目撃しているトラウマがあります。DV目撃に加えて、子ども自身が直接的に暴力を受けていることもあります。

子どもにとって家庭は、本来、安全で安心できる場所であることが求められますが、DVがあれば家庭が「安全の基地」ではなくなってしまいます。
今回は、DVがもたらす子どもへの影響と回復について、まとめたいと思います。


 DVと子ども虐待

DVにさらされている子どもは、DV現場を目撃する可能性は極めて高く、子どもは親が思っているよりも暴力の存在に気づいていると言われます。その場で直接目撃している場合もあれば、隣の部屋であるいは階下から聞こえる叫び声、相手を侮辱する声、物が壊れる音を、身を固くて緊張しながらじっと聞いています。

内閣府の調査(2014)によりますと、配偶者から暴力を受けたことがある被害者のなかで、子どもがいる人は87%で、子どもへの直接的な被害経験があった人は27.3%となっています。

シェルター入所中の被害母子への調査(2006)によりますと、子どもの暴力目撃率は100%で、各暴力の目撃率は身体的暴力97%、心理的暴力88%、性的暴力20%となりました。子どもの年齢は4~12歳です。

また同調査では、67%の子どもがDV加害者から身体的暴力を受けていました。男子71.9%、女子63.3%で、「殴られたり蹴られたり」「怪我をするかもしれないような物を投げつけられたり」「服を脱がされ、長時間外に放置される」などの直接的な暴力を受けていました。
 
暴力時に子どものとった行動は、母親をかばうために父親に向かって抵抗する、黙ってじっとしている、無視するなどでした。

改正・DV防止法では、DV目撃も子どもへの心理的虐待として位置づけられました。更にDVにさらされる子どもは、直接的に身体的・性的・心理的虐待を受ける大きなリスクもあります。

DV家庭に子どもがいれば、子どもへの虐待として認識し、被害者の安全を考えると同時に、子どもの安全を考える必要があります。


 DVの子どもへの影響

子どもは発達の途上にいます。子どもへの影響は、行動面・情緒面・発達面から身体面まで多岐に渡ります。

海外の研究(バンクロフト、2004)によりますと、DVにさらされる子どもは他の子どもと比べて、仲間に対して攻撃的な行動をとりやすく、一般的に問題行動が多いと言われ、特に男子の場合は顕著です。また、他の子に比べて、友だちと過ごす時間が短い、友だちの身の安全をよく心配する、親友がいないことが多い、友人関係に問題があるなどの特徴が指摘されています。

こうした影響は内面化され、長期的な結果をもたらす場合もあります。例えば、「自分のせいで父親が母親に暴力をふるった」と思い込んで罪悪感を覚えたり、「母親が殴られる原因を再び作ってしまうのではないか」と不安になる子どももいます。子どもの食事、睡眠が暴力のせいで乱されることもあります。

また母親に対する心理的虐待の程度や性質は、子どもの苦痛の度合いを大きく左右する要因であり、子どもの社会的行動や適応面の問題に影響を与えます。母親に対する言葉の暴力がひどいほど、男子が成長したときに暴力を振るう比率は高くなると報告されています。
 
わが国の調査(2006)でも、DV被害男女児ともに、一般対象群よりも「攻撃性」と「不安・抑うつ」において有意に高いと報告されています。攻撃的行動などの問題行動は、DVによる抑うつ症状によるものと考えられると結論づけられています。

DV被害児童は、家庭のなかで起こる慢性的な暴力に対して、自分には何もできない、母親を守ることが出来ないと自分で自分を責めてしまう自責感が強く、あきらめて誰にも相談できないことで、どうすることもできない無力感につながると考えられています。

このように暴力にさらされる子どもは、暴力のない家庭で育つ子どもとは著しく異なる情緒的環境で成長することになるのです。


 DVが家族に及ぼす影響

DVという暴力は、被害者と子どもに深刻な影響を与えます。そして、家族内の人間関係にも影響を及ぼします。

DVは母親の権威をおとしめます。暴力行為を目撃することは、子どもにとって行動面・態度面でのモデルとなり、子どもが周囲から受け取る建設的メッセージよりも強い影響力をもつと言われます。

DVの影響として、子どもが母親を否定的に、侮蔑的に見るようになったり、母親と子どもとの間に距離感や緊張が見られたりします。
母親にとって育児ストレスも大きく、育児ストレスの大きさから身体的暴力を振るう可能性も高くなります。その結果、母子関係が悪化してしまいます。
また暴力がない家庭より、きょうだい間の暴力も多く見られます。暴力により、家族関係が分裂してしまうのです。  

DVにさらされた子どもにみられる症状は、このような家族機能の崩壊に起因するとみられるものも多くあります。

したがって、子どもを支援しようとする専門家に求められるのは、子どもの長期的な回復と福祉のために、DVを目撃したことの情緒的トラウマからの回復を支援するとともに、母親やきょうだいの絆を修復し強化できるように手を貸すことです。


 子どもの回復のための環境づくり

こうした状況にある子どもの予後は、子ども自身のトラウマから立ち直る能力(レジリエンス)と、情緒的回復を促進する環境の有無にかかっています。
ここでは、子どもが回復する環境に必要な要素を紹介したいと思います。
 ※レジリエンスについては、こちらをご参照ください。⇒「レジリエンス~苦境とサバイバル」

身体的および情緒的な安心感が得られる環境

トラウマからの情緒的回復には、何よりも安全な環境で、安心感を得られるようにすることが必要です。とりわけ、恐怖や危険を体験した子どもにとっては極めて重要です。

適切な枠組み、制限、予測のつく環境

DVにさらされるなかでは、子どもは「いつ何が起きるかわからない」という不安を抱いています。したがって離婚や別居後に子どもの情緒的回復を促進するためには、生活に適切な枠組みや制限を加えて、予測のつく環境を整えることが重要です。
規則正しい生活リズム、行事、習慣など、子どもが、毎日の生活が変わらず訪れるという安心感や未来への楽しみ、希望をもつことができるようにすることが大切です。

暴力を振るわない親との絆

愛情をもって子育てをしようとする親との絆は、子どもが両親の対立や親の影響を克服し、元気に生活できるかどうかについて、有力な手がかりとなります。

DVにさらされた後の母子間の絆を強く健全なものとするためには、今は母親が守ってくれると子どもが感じられること、子どもが母親への尊敬を取り戻すこと、周囲の社会環境が自分と母親との密接な結びつきを支援してくれていると子どもが感じられること・・などが必要です。そのため支援者には、母親の子育てを心から支援することが求められます。

大人に対する心配からの解放

DVにさらされる子どもは、自分が母親や父親、きょうだいを自分で守らなければならないという責任感を抱えていることがあります。この負担から子どもを解放するには、大人の生活や問題についてどの程度まで子どもに話すのかを配慮することが必要です。
裁判所や児童保護機関は、母親の回復を促進することに十分配慮し、子どもの心の負担を軽くするよう努めることが求められます。

DVにさらされた子どもへの影響について理解されるよう、母子が安全に安心して暮らしていける環境が整えられるよう、そして非暴力の教育プログラムが行き届くよう、コミュニティにおけるDV被害者支援の充実を願っています。




 女性ライフサイクル研究所による取り組み

なお、女性ライフサイクル研究所では、DVトラウマへの臨床的援助からコミュニティ支援まで取り組んでいます。できることは限られていますが、できるところからできることに取り組みたいと思っています。関心のある方にご利用いただければ嬉しく思います。


親子の絆を強めるために~CAREプログラム&PCIT

カウンセリングでは、DV別居後に、子どもの問題行動ついて母親からのご相談を受けることがあります。別居直後もあれば生活が落ち着いてきた頃もありますが、特に、子どもがきょうだいや母親に暴言を吐いたりして対応に困る、どう関わったらいいかというご相談がよくあります。

子どもの暴言や暴力など、困った行動に対応するには、その場での対処だけでなく、日常の中での中での関係作りが大切です。

そのようなご相談の場合、母子平行面接で子どもと一緒にカウンセリングにお越しいただくこともあれば、親御さんへコンサルテーションとして助言させていただくこともあります。

昨年からは、子どもとの「絆」を強めることを目的に、CARE心理教育プログラムも導入しています。カウンセリングのなかで、CAREを提供させて頂くこともあれば、ワークショップとしてグループで提供させて頂いています。
※詳しくはこちらをご覧ください。⇒「CARE保護者向けワークショップのご案内

CAREでは、前半と後半で二つのテーマがあり、前半では、子どもとの「絆」を強めるためのコミュニケーションのコツを学び、後半では、一貫性をもった効果的な指示の出し方について学びます。後半の「しつけ」の部分がうまくいくためには、まず前半部分の「絆づくり」が大切になってきます。
 
次年度からは、就学前の子どもと保護者を対象としてPCIT(親子相互交流療法)を提供できればと準備中です。幼い子どもをもつ親御さんに役立てていただけるよう、取り組んでいきたいと思います。

 DVの長期的影響へのトラウマ・ケア

DV・虐待トラウマの長期的影響には、複雑性PTSD、うつ、パニックや強迫など不安障害、解離性障害、対人恐怖などメンタルヘルスの問題から、行動上の問題もあります。デートDVの被害者や加害者になるなど、親密な関係に影響を与えることもあります。

また、DV・虐待による未解決のトラウマがトラウマをよぶ「トラウマの複合」という現象が起こることもあります。例えば、日常的にDVにさらされる生活のなかで子どもは自分の感情を抑圧し、心理的に孤立してしまうことで、家庭内外で他のトラウマ的出来事に遭遇した時(性暴力被害、いじめ被害など)に親に話して助けを求めることが困難になります。そのため被害が長期化したり、適切なケアが受けられずにトラウマが放置されてしまいます。

このようなトラウマの長期的影響に対しては、心理療法として、回復のお手伝いをさせていただければと取り組んでいます。


 安全で安心できるコミュニティづくりとして

DVトラウマの予防啓発活動として、DV研修や一般向け講座を企画・実施しています。今年度は支援者向け「心的外傷と回復」を読む読書会を月一回開催しています。また、講師派遣として各地域に出向かせて頂いています。
 

必要な人に必要な情報を届けると同時に、支援者同士のネットワーク作りも大切にしていきたいと思っています。

[主な参考文献]
内閣府(2014)「配偶者からの暴力に関する調査」
石井朝子他(2006)「家庭内暴力被害者の自立と支援に関する研究」平成18年度厚生労働科学研究報告書
バンクロフト/シルバーマン(2004)『DVにさらされる子どもたち~加害者としての親が家族機能に及ぼす影響」金剛出版。

[関連記事]
2015年11月「DVを受けている女性を支える~なぜ逃げられないかを理解する
2015年07月「DV被害女性を支える~家族、友人、知人として
2006年11月「想像力とレジリエンス
2006年11月「レジリエンス~苦境とサバイバル」 

2015.11.12 DV
DVを受けている女性を支える~なぜ逃れられないのかを理解する

                                           西 順子

毎年11月12~25日(女性に対する暴力撤廃国際日)は「女性に対する暴力をなくす運動」期間です。女性に対する暴力には、夫・パートナーからの暴力、性犯罪、売買春、セクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為の他、女児への性的虐待も含まれます(1993年国連総会採択女性への暴力撤廃宣言より) 。

内閣府その他男女共同参画推進本部では2001年より、女性に対する暴力は「女性への人権を侵害するものであり決して許されるべき行為ではない」と、他団体との連携、協力の下、意識啓発活動に取り組んでいます(⇒詳しくはこちら)。

さて、前回エッセイでは「DVを受けている女性を支える~家族、友人、知人として」を書きましたが、今回もDVについてとりあげたいと思います。

DV被害を受けている女性が、辛い状況であるにも関わらず、暴力からなかなか逃げようとしなかったり、逃げてもまた戻ってしまうことがよくあります。なかなか逃げ出そうとしない被害者に周囲や支援者も苛立ち「どうして逃げないの?」「また戻ってしまうの?」と責めてしまうことがありますが、そうなると被害女性はますます孤立していきます。

女性が安全に暴力から脱出するには、他者とのつながりと信頼を保ち続けることが必要です。そのためには、周囲にいる支援者が女性は「なぜ逃げないのか」「逃げてもまた戻るのか」ということを被害者の視点から理解しておくことは重要です。
では女性は「なぜ逃げられない」のでしょうか。理論的枠組みの一つとして、ここでは「パワーとコントロールの車輪」を紹介したいと思います。

□パワーとコントロールの車輪

今から35年前、1980年にミネソタ州ドゥルース市では地域社会の9つの機関が集まり(裁判所や警察、福祉機関など)、DV介入プロジェクト(DAIP)が組織されました。1984年には被害女性たちの声をもと、暴力を理解する理論的枠組みとして「パワーとコントロールの車輪」が作られました。女性たちはなぜ暴力男性の元にとどまるのかについて、それまでの推論に異議を唱えたのです。この車輪が示しているのは、暴力は突発的な出来事でもなければ、積りつもった怒りや欲求不満、傷ついた感情の爆発でもなく、あるパターン化した行動の一部分だということです。
 

この「車輪」によれば、暴力には意図があり、車輪の中心にある「パワーとコントロール」が車輪を動かす原動力となります。車輪の一番外側には身体的暴力と性的暴力があり、内側には8つの心理的暴力があります。

心理的暴力には、①脅し怖がらせる、②情緒的虐待、③孤立させる、④暴力の過小評価/否認/責任転嫁、⑤子どもを利用する、⑥男性の特権を振りかざす、⑦経済的暴力を用いる、⑧強要と脅迫とがあります。身体に触れなくとも、外からは見えにくい心理的暴力によって、被害者は力を奪われ無力になり、服従を強いられていきます。身体的暴力や性的暴力は他の行動の効果を高めるため、恣意的に使われ結果としてパートナーが自立する能力を奪います。   
              『暴力男性の教育プログラム-ドゥルース・モデル』(2004)より

例えば、「いつまた爆発するかわからない」と恐怖から顔色や機嫌を伺い生活するうちに、「自分がどうしたいか」「何を望んでいるか」等わからなくなり、主体性が奪われていくのです。

ハーマンは「逃走を防ぐ障壁は通常目に見えない障壁」と言います。繰り返し、暴力が反復されるなかで、恐怖と孤立無援感を感じ、「他者との関係における自己」という感覚が奪われると説明しています。

□つながりを保ち続けること

では、周囲の家族、支援者はどう対応すればいいでしょうか。
私は、「つながり」を保ち続けることが大事だと思っています。それは、何かあったらいつでも駆け込める場所や、何かあれば相談できる人、助けを求められる人との「つながり」です。温かいお茶を飲みながら、たわいないお喋りを楽しんだり、一緒に笑える人でもあるでしょう。切れそうな糸であったとしても他者との「絆」を保ち続けられることがとても大切だと思います。

DVを受けている女性と共に過ごすとき、その時間を大切にしていただきたいと願います。その時間が少しでも安心できる時間であればあるほど、自分自身のことを考える余裕も生まれてくるのではないかと思います。自分自身のことも大切にしていいと思えるかもしれません。
そして、いざ女性が「逃れたい」と助けを求めたときには、タイミングをはずさずに、脱出することができればと思います。

女性が保護を求めたのにも関わらず、うまく支援につながらずチャンスを逃してしまうこともあります。そういうことが決してないよう、一人でも多くの人によって、DV被害を受けている女性が理解され、よりよい支援につながることができればと願っています。

□小さな一歩から

1994年、米国のベルリンという小さな町のサバイバーによる集まりから始まったインターナショナル・パープルリボン・プロジェクト(IPRP) があります。国際的な女性への暴力根絶を訴えるキャンペーンです。現在、40カ国以上に知られ、国際的なネットワークに発展しています。
このキャンペーンには、誰でも、一人でも参加することができます。紫色のリボンを購入して身に着けたり、車につける等、小さな努力から始めることができます。

私もこの二週間、パープルリボンを身につけてみたいと思います。


[参考文献]
『暴力男性の教育プログラム-ドゥルース・モデル』(2004)エレン・ベス、マイケル・ペイマー著、波田あい子訳、誠信書房。
『心的外傷と回復』(1999)ジュディス・ハーマン著、中井久夫訳、みすず書房。


[関連記事]
FLCスタッフエッセイ「DVを受けている女性を支える~家族・友人・知人として」
所長のブログ「トラウマと回復~援助関係について学ぶ」

                 今日はパープルリボンにちなんだ
               年に一度のパープル・ライトアップ、綺麗でした! 
                        はじめての通天閣より

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                全国のライトアップ実施予定施設は⇒こちら

2015.07.06 DV
DVを受けている女性を支える~家族、友人、知人として

                                                                           
                                                                       西 順子

 あなたが大切にしている人(家族や親戚、友人、同僚)から、パートナーや恋人との関係で悩んでいる、暴力を受けていると打ち明けられたことはありませんか。
 彼女のことを心配しながらも、なんと言葉をかけていいか、どう対応していいかと戸惑ったかもしれません。あるいは、彼女の力になりたいと協力を申し出たけど、断られてしまい無力に感じたかもしれません。

 パートナーや恋人など親密な関係にある人から受ける暴力のことをDV(ドメスティック・バイオレンス)と言います。調査によれば、女性の約4人に1人は配偶者から被害を受けたことがあり約10人に1人は何度も受けています。被害にあった女性の約4割はどこにも相談していませんが、相談したことがある人は「家族・親戚」「友達・知人」が最も多く(合せて5割)、DVに関わる専門機関や支援機関に相談する割合はほんのわずかです。
 交際相手からは(いわゆる「デートDV」)、女性の約5人に1人が被害を受けたことがあり、被害を受けた約4人に1人は命の危険を感じたことがあります。被害を相談したことがある女性は約6割で、相談先のうち「友人・知人」が約5割となっています。
                        (内閣府2015年発表:男女間の暴力に関する調査より)


 この調査結果から、DVを受けている女性が悩みを話したり、相談するのは、まず身近にいる家族や友人、知人です。女性が暴力から逃れ、回復していくためには、被害女性の身近にいる家族や友人、知人の存在が重要です。なぜなら家族や友達など身近な人との「情緒的なつながり」こそが、被害女性が信頼感や自尊心を取り戻す力になり得るからです。
 ではどのようにして「情緒的なつながり」を保てばいいのでしょうか。『DV被害女性を支える』(金剛出版)をもとに、被害女性との「関わり方」の指針を紹介できればと思います。

□アンカーの必要性

 『DV被害女性を支える』の著者、ブルースターさんは、被害女性の家族、友人らが果たす役割をアンカー(錨:いかり)という言葉で表現しました。
 ブルースターさんは心理療法家としてDV被害女性や家族と関わり、シェルターで臨床主任を務めたこともある方ですが、昔にボーイフレンドからの暴力の経験があります。「そのときは幸いに周囲に心温かい人がいてくれ、いれかわりたちかわりアンカー(錨)として働いてくれたおかげで今があり、もし、いなかったら自分の人生はかなり違った方向に進んでいただろう」と言います。

 アンカーとは船の錨(いかり)のことで、アンカーの仕事は船の安定を保つことです。鎖がたるみすぎてもいけないし鎖を断ち切ってしまうこともありません。いつも鎖をピンと張って船を近くにおくことで、船の方も自分のいるべき位置がわかります。
 DV被害女性を支えることも同じで、アンカー(錨)の役割を果たす「人」が必要だと言います。第三者であるアンカーとのつながりが保てることで、DV被害女性はよりよい解決に向かうチャンスができます。アンカーとの平和な関係のもとで、女性も自分本来の強さに目覚め、自己を取り戻す力を得られるのです。

 しかし、DVを受けている女性との関係で、家族や友人が知らず知らずに演じている典型的な役が二つあり、それを「逃亡者」と「救助隊」と言います。逃亡者タイプの人は被害女性と気持ちの上で離れる傾向にあります。救助隊タイプの人は巻き込まれ過ぎる傾向があります。この中間になるのがアンカーで、アンカーは大切な人との物理的な距離を保ちながら、相手に敬意を持ち、支えとなる接し方をします。
 アンカーとは、相手が本来持っている能力を支援し、力づけ、伸ばしていく人のことです。その女性が自分の長所や感情や欲求に目が向けられるよう助け、自力で最も安全な判断ができるよう手伝う人です。

□DVを受けている女性を支援するにあたっての原則

 女性を支援しようとするときの原則は、エンパワメントと「つながり」です。あなたが女性のことを大切に思い、いくら善意であったとしても、エンパワメントの原則がないと支援はうまくいきません。エンパワメントとは、人は本来生まれながらにして、生き抜く「力」が備わっていると信じることからスタートします。そして、相手を変えようとしないことが重要です。女性を変えようとすると、あなたは支配する立場になり、彼女の力を奪い孤立させてしまいます。アンカーとして集中しなくてはならないのは、大切に思う女性と信頼関係が持てる人になることです。信頼は、心が通じ合うかどうかにかかっています。

 DVの話をうちあけられたときの原則を、ブルータスさんは12カ条としてまとめています。

1. 信じること
2. 彼女が虐待されている事実を真剣に受け止めること
3. 中立を守り、片方に味方しないこと
4. 彼女の判断を尊重し、批評しないこと
5. 彼女の気持ちを尊重すること
6. アドバイスはしないこと
7. 彼女ではなく、あなた自身をコントロールすること
8. あなたのとらえた現実を彼女に見せること
9. 共感を心がけながら、客観性を保つこと
10. あなた自身の欲求を満たして、手本を見せること
11. あなたにできることとできないことを伝えること
12. 援助を申し出るときに条件をつけないこと(見返りを期待しないこと)

                「DV被害女性を支援するにあたっての12カ条」『DV被害女性を支える』より


 DVを受けている女性を支え、支援したいと思っているけど、どう関わればよいかという声を家族・親族だけでなく、地域で活動している支援者の方からもお聞することがあります。そこで、その思いが、うまく女性とつながることができればと思い、「アンカー」について紹介しました。DV被害女性に「アンカー」という存在があればどんなに安心できることだろうかと思います。
 もちろん、DV被害者支援は一人ではできるものではありませんので、危機介入や緊急事態にはDV専門機関につないで、援助やアドバイスを受けることが必要な場合もあるでしょう。また自分自身の身を守ること、セルフケアも大切にしていただきたいと思います。

 DVを受けている女性が、身近にいる他者との間に〈信頼の絆〉が結ばれていくことを祈っています。

 なお、DVを受けている女性の支援について学ぶ講座を企画しました。家族として友人として知人として、隣人として何ができるかを共に学び、共有する機会を提供できればと思います。詳しくはこちらをご覧ください→「講座:DV被害女性を支える~家族、友人、知人として」

参考文献:『DV被害女性を支える~信頼感と自尊心をつなぎとめるために』スーザン・ブルースター著、平川(監修・解説)、和歌山(訳)、金剛出版。


関連記事:
FLCエッセイ「安全でサポーティブなコミュニティづくり~相互信頼を実感して」

2014.08.09 DV
DV被害者支援と支援者支援

西 順子

 来月、第4回目となる「DV被害者のトラウマと回復~女性と子どもの視点から援助を考える」講座(以下、DV講座)を開催する。

 これまで女性ライフサイクル研究所を中心としながら女性センターで数年、総合病院で数年以上、「カウンセリング」という枠組みでDV被害者の支援に携わってきたが、現在進行形のDVの場合、多層的に様々な支援や連携が必要であると実感してきた。特に、DV家庭に子どもがいる場合、子育て支援は欠かせない。レジリエンス(回復力)を強めるためには何が役立つのか、何が必要か、どんな支援が求められるか・・等、当事者の方々からたくさんのことを学ばせてもらってきた。

 DVに晒された母子を支えるためには、女性への支援、子どもへの支援、母子への支援と、福祉、司法、医療、教育/保育、心理などの支援から生活コミュニテイでの支援(友人、知人、地域の方々)まで必要であり、危機介入から中・長期的支援まで長期的スパンにたって、切れ目なく支援がつながるよう支援システムを整えていく必要がある。
 そのためには、安全なコミュ二ティへの「橋渡し」となるような支援が必要であると、このDV講座を企画した。支援者同士が互いに学びあい、つながれるよう、ネットワーク作りも視野に入れて、今年で開催して三年目を迎えた。これまで女性相談員、母子支援員、助産師、児童相談所ケースワーカー、子育て支援センター相談員、心理カウンセラー、教師・・など、DV家庭の母子と関わる様々な立場の皆さまにご参加いただいてきたが、問題意識や経験を共有しながら共に学びあえる「場」となっていることは本当に有り難いことである。

 そして本講座終了後も、受講くださった方々が継続して学びあい、支えあい、エンパワメントできる場を創りたいと、当初より「フォローアップ・グループ」もセットで企画し、現在まで年二回のペースで開催している。こちらのグループは、活動の趣旨からNPO活動の「支援者支援」として位置づけているが、参加くださった皆様に好評であるピア・グループスーパービジョンと、セルフケアのためのアートセラピーも定例となってきている。緩やかに、細くとも長く続けていければいいな・・と願っている。

 この支援者支援グループの発想は、これまで講師として関わらせて頂いたり、グループに参加させて頂く機会があったDV被害者支援グループの活動に触れてのことである。この出会いも、長期に渡って村本が講師を務めてきた婦人相談員の方々との温かいネットワークがあってのこと。熊本、長崎など九州で活動している支援者の皆さまのコミュニティに参加させて頂き、「温かくサポーティブでエンパワメントの場、いいなぁ~。こんな場が大阪にもあればなぁ~」と思い、「それなら自分に必要な場を自分たちで作れれば・・」というのが原点である。なので、主催者としてこの「場」を提供してはいるけれど、私も支援される一人として、仲間とのつながりを感じ、エンパワーされている。このグループは、私にとっては一つの居場所でもある。

 こんな講座ができればいいな~、こんなグループができればいいな~と思っても、一人ではできない。趣旨に賛同してくれて、思いや志しを共有し、共に歩んでいける仲間の存在、サポートし応援してくれる仲間の存在があってのことである。また、講座に参加くださった皆さま、継続してグループに参加してくださる支援者の仲間があってのことである。

 コミュニティのなかで被害者へのサポートが網の目のように張り巡らされることを願いながら、DV被害者への支援、支援者同士の支援と、私たちにできることを一歩ずつ積み重ねていければと思う。
 今年の講座、ぜひ皆さまのご参加をお待ちしています。

※関連ページ:
1. 今年度の講座「第4回DV被害者のトラウマと回復☆女性・子どもの視点から援助を考える☆」のご案内
2. DV講座、フォローアップグループを共に創ってきた桑田道子さんが代表を務めるVi-Project(子どものための面会・交流サポートプロジェクト)のホームページのご紹介
3. 参加者の皆さまから頂いた感想のご紹介

2012.09.02 DV
安全でサポーティブなコミュニティづくり~相互信頼を実感して

西 順子

 先週の土曜・日曜日の二日間、援助者向け講座「DV被害者のトラウマと回復~女性と子どもの視点から考える」を開催したが、あっという間に一週間がたった。開催の一週間前から講座本番に向けて集中力が高まり覚醒度がアップ(ハード面とソフト面と両方の準備は初めて!)、当日はピークを迎え、終了後のこの一週間はこの体験を咀嚼し消化する時間だった。と同時に、次にどうつなげていけるかと新たなアイデアが浮かんだり、それを現実に照らし合わせたりして考える時間でもあった。

 私にとって今回開催した講座は、「安全でサポーティブなコミュニティづくり」の一歩だった。生態学的視点からトラウマと回復を捉えると、トラウマを受けた人は「安全でサポーティブなコミュニテイ」に接近する必要がある(女性のトラウマに関わる臨床家の使命)。昨年、年報21号の論文「女性や子どものトラウマとコミュニティ支援-個人臨床を超えて」をまとめたことで、自分のなかで「コミュニテイづくり」がより意識されるようになった。そして今年は「自分がいいと思ったこと、やりたいと思うことで、できることは何でも思うようにやってみよう」という意思があった。そして自分の考えに賛同しチームを組んでくれた仲間がいたことで、今回の講座が実現した。なので、私にとっては行動できたこと自体が嬉しいことなのだが、この二日間で経験したことはこれまでにないくらい心に響くエンパワメントの体験となった。それは何かと考えると、今回は講座開催の動機など、大事に思っていること、価値を置くことをストレートに伝えたわけだが、心をオープンにしているせいか、そこに入ってくるものはどれも新鮮で有難く感じられるものだった。

 この体験をなんと言ったらよいだろう・・と思っていたところ、ふと読んだ昨年の年報21号のタイトル「コミュニティ・エンパワメント」がぴったりきた。コミュニティ・エンパワメントとは、コミュニテイやシステムなど「場」全体の力を引き出す、活性化することを意味する(村本、2011)。二日間の講座という一つの「場」に、参加している人々のもてる力が集まり、互いにそこから学びあい、互いにエンパワーされたこと、その相互作用が素晴らしくて刺激的だった。「場」に参加している人とは、参加者の皆様とお手伝いに参加してくれたスタッフ、主催者であり講師である私たちである。その場自体が、コミュニティ・エンパワメントだったかもしれない。

 もともと私は、相互作用のなかで互いに変化、成長する双方向性の関係性がとても好きである。だからカウンセリングという仕事が好きであるが、講師という伝える仕事においても、「場」のなかで相互作用から生まれる変化や変容を感じられることは新鮮な感動であった。世の中に、こうして女性や子ども、人々に寄り添っていこうとしている方々がいるということ、真摯に学んでいこうという方々がおられることに、人やコミュニティへの信頼を感じさせていただいた。そして、信頼を寄せる気持ちをもつことで、これから私たちも頑張っていこう~と未来へと向かう希望を感じた。

他にも、もっとこんなことも伝えたい、やってみたいと思いは色々湧いてくるが、それを現実化することを考えると現実の壁にぶつかる。何をするのにも資金、人、時間、場所・・が必要である。そこにはいつも限界がある。しかし、どれも十分にはないからこそ、また工夫も生まれるというものだ。できることはほんの小さな、ささやかなことかもしれない。でも小さな第一歩からでもスタートすると、また次につながっていくと、今回の講座を経験して実感した。できれば思いつきではなく、長期的展望をもってつなげていきたい。

 今日は本社で月一回の「女性のためのセルフケア・グループ」の日だった。継続して参加くださっている方から初めて参加くださった方まで、何がしか自分を大切にしてケアするヒントを持ち帰ってくださったのなら嬉しい。アンケートには、今後希望するグループやワークショップも書いてくださっていた。女性や子どもの声に耳を傾けると、そこにはさまざまなニーズがある。

 一人でできることは限られているけれど、さらにスタッフの力も合わせていければいいな。「安全でサポーティブなコミュニティ」への架け橋となるように、コミュニテイに出向いていっての「場」づくり、研究所のなかでの「場」づくりと、小さな一歩を積み重ねていきたい。

(2012年9月)

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