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FLCスタッフエッセイ

2011.08.10 五感
夏の香り

西順子

 夏本番。毎日暑い日が続いているが、この季節、自然に香り(よい匂い)を求める自分に気づく。心地いい香りをかぐと、すっきりした気分になって、暑さが和らぐような気がするから不思議だ。

  • 柑橘系、ペパーミントなど、すっきりした香り
  • ひのき、ティートリーなど、森林系の香り
  • パッションフルーツ、マンゴー、桃などフルーティーな甘い香り
  • ブルーベリー、ラズベリーなど甘酸っぱい香り
  • ラベンダー、ローズなど、フローラルな甘い香り
  • シナモン、カルダモンなど、スパイシーな香り
  • みょうが、大葉、生姜、にんにくなど、食欲がわく匂い
  • 梅干し、らっきょなど、酢っぱい匂い
  • いれたてのコーヒーの香り、甘いバニラの香り・・・・・などなど

 今、好きな香りは? とピックアップしてみると、「味覚」とつながっているものが結構多いと気づく。朝のパンにつけるジャムはベリー系、食事の合間にペパーミントのガム、生姜飴、シナモンティー、コーヒー、それからバニラアイスクリーム。晩御飯のおかずには、香味野菜を入れたり、食後のフルーツ・・など、日常生活のなかで、自然に好きな香りを選んでいるようだ。

 食べること以外の香りは・・というと、スキンケアと関わっている。蒸し暑く、じめじめして汗臭く、またべとべとなりやいこの時期、入浴剤、シャンプー、石鹸、クリームなど、好きな香りを鼻からスーッと吸い込むと、気分もさっぱり、すっきりしてくる。一日の終わり、寝る前に好きな香りを嗅ぐと、ほっと一息ついて、一日の疲れがとれるようだ。

 ちなみに、ネットで調べてみると、食べるものも、そうでないものも、「香り」には効能があることがわかる。香り(いい匂い)は、実際に、心と身体に良い効果があるようだ。

 ふと、「夏の香りっていうと、何だろう?」と考えてみた。まず、海のイメージが浮かんで、潮の香りを思い出した。今年は海に行く予定はないけれど、「砂浜に青い空に青い海」のイメージが浮かぶと、海を見に行きたくなったな。

 私が子どもの頃は・・?と思い浮かべると、真っ先に「蚊取り線香」を思い出した。夏の夜は、やはり蚊取り線香。今や蚊取り線香は使わないが、思い出すと、かすかにその匂いの記憶が思い出される。郷愁を誘う、懐かしい匂いだ。

 「夏の夜」から連想すると、娘たちが幼い頃、両親や妹家族、姪っ子、甥っ子らも皆一緒に、スイカ割りをした時の甘い匂い、花火の匂いを思い出した。かわいい子ども達の歓声と共に。これも懐かしいなぁ。

 この夏は、下の娘と延期になっていた卒業旅行の代わりに、夏休み旅行に行くことにした。どんな「夏の香り」の思い出ができるのか、楽しみにしていよう。

 皆さんは、夏といえばどんな香りが好きですか? 好きな香りで、心身ともにリフレッシュして、暑い夏を乗り切りたいですね。

(2011年8月)

2011.07.12 ライフサイクル
人生の折り返し地点で

村本邦子

 まもなく50歳になる。多くの人は、40歳くらいを折り返し地点と置くようだが、願わくば百年生きたいと願っている私にとっては、50歳が人生の折り返し地点である。「50歳になるのって、どんな感じ?」と娘に聞かれて、「う~ん、なんかいい感じ。円熟?味わい?」と答えたら、「へ~、それって、素敵なことやな~」と言われた。確かに。もちろん、日々いろいろあって、感情的には上がったり下がったり、笑ったり、怒ったり、不安になったり・・・と幾つになっても落ち着きなく気持ちは揺れ動いているのだが、それでも、全体的に自分を眺めてみれば、「ようやく大人になって貫禄でてきたかも!?」と思える。

 年を取って衰えたと思うことはたくさんあるけれど(最近、一番困っているのは、蚊に刺されるとなかなか治らず、2週間ほどもかゆくて、思わず引っ掻いてしまうと、それが今度は傷になって1カ月ほども治らない。虫刺され跡は増える一方で、最近では、常にムヒを携帯している)、それでも、年を取ることに納得、というか満足しているので、50代になることが全然、嫌じゃない。これまで誕生日はあまり気にしてこなかったけど、今年は、何だか格別の思いでもって、わくわく楽しみなのだ。

 一方で、いよいよ砂時計がひっくり返されるというのか、時間が逆行する予感はある。よく言われるように、人生の残り時間を数えるようになるというのに近いと思う。それだけに、残された時間を大切に使いたいという思いは強くなることだろう。人からは、「すでに十分やってきたんじゃないの!?」と言われてしまいそうだが、もっともっと自分本位に生きたいと思う。自分本位の意味は、眼先の利益ということではなくて、自分の人生にとってもっとも価値あるものを優先するということだ。一時的な情に流されたり、しがらみから何かを請け負ったり、断念したりすることなく、どんな状況にあっても、自分にとって何が一番大切なのかを見失わないということだ。

 念のため、言い添えておきたいが、百歳まで到達できなかったとしても、それはそれで、それほど悔いはないような気もする。ずいぶんといろんなことをしてきたし、少なからぬ人たちが何がしか受け取ってくれて、命の継続性のようなものを信じることができるから。前にもどこかに書いたが、昔、国語の教科書に出ていた「ゆずり葉」という詩は、子どもの頃、どうしても好きになれなかったけれど、今となっては、とても共感する。「私たちは次世代に何もかも喜んで譲っていくよ」という詩である。もっとも、原発のことを考えると、決してそんなふうに美しく言えない罪悪感で一杯になるけれども。

 そうは言っても、聖人になる予定は今のところないので、許される限り、人生を愉しむことを追求したい。自分が人生を愉しむことが誰かの何か善いことにつながっていくというような人生後半を送れたら嬉しい。

(2011年7月)

2011.05.12 カウンセリング
セルフケアのヒント~肯定的な感覚(リソース)を強める

西 順子

 新緑が美しい季節となりました。植物の生命力から、活き活きとした自然のエネルギーを感じます。一方で、連休明けのこの時期はわけもなく憂鬱になったり、焦ったり、疲れが出やすい時期でもあります。新しい環境や生活の変化に適応しようとして、一時的に強いストレス状態に陥っていると言えるでしょう。眠れない、食欲がない、頭痛や腹痛など、ストレス反応が身体に出る方もあるでしょう。強いストレスがかかると、ストレス反応が生じるのは「自然なこと」です。ストレスを何とか乗り越えようとして、心と身体が闘っているのです。ここでは、ストレス反応を和らげるためのセルフケアの一つとして、肯定的な感覚(リソース)を強める方法を紹介しましょう。

 肯定的な感覚にはどんなものがあるでしょうか。例えば、ハーブや花の匂いをかぐ、和ませる音楽や元気の出るエキサイティングな音楽を聴く、公園を散歩する、ペットと遊ぶ、熟した桃やオレンジの味を楽しむ、マッサージを受ける、美しい絵を観に美術館に行く・・等は、直接に感覚とつながり、自分を慰める行動です。

 皆さんは、どんな感覚の経験が好きですか? 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚など、五感の感覚ごとに、心地よい経験を思い出し、それを行動に移してみましょう。心地いい感覚に意識を向けて、その感覚に留まってみましょう。その感覚を呼吸と一緒に吸いこむようにして感じてみるのも効果的です。実際に行動できないときは、想像力を使うこともできます。心地いい感覚の経験をイメージし、イメージの世界のなかで感じてみましょう。

 ストレスを感じ、心身にさまざまなストレス反応が出ているとき、肯定的な感覚の経験を意識的に取り入れることで、ストレス反応を緩和し、心身の状態を落ち着かせることができます。カウンセリングでは、自分自身のストレス反応について理解し、ストレス反応を緩和させるために身体感覚を用いた方法を使っています。関心のある方はカウンセラーにお尋ねください。
                             
                            (2011年5月発行:ニュースレター特集より)

2011.05.10 こころとからだ
ヨガ入門

西 順子

 ソマティック・エクスペリエンス(SE)トレーニングも今年はいよいよ三年目の最終年。5月連休に札幌で開催されたが、テーマは「統合」。これまで学んだことを統合しながら、症候群のような、より複雑なストレス症状を理解するというものだった。そのアプローチ法はとてもシンプル。シンプルであって奥深かった。今回のトレーニングの講師はブラジルから来て下さったラエル先生。その先生がまたとても素晴らしかった。その先生の安定感と落ち着き、そして日本まで来て下さった熱い思いに胸を打たれた(一週間のトレーニングの間、どんどん日本語が上手になられたが、私たちに直接自分の言葉で伝えようとして下さる姿勢にも頭が下がる思いだった)。そして、まさに心身統合されている先生から、安定化、統合というテーマについて学べたこと、尊敬する先生に出会えたことに心から感謝だった。先生は趣味で合気道をやっているというから、日頃から心身を鍛練しておられるのだろう。今回のトレーニングで、「心身統合」が私のキーワードとなった。

 実習では更に「心と身体はつながっている」ということ、「身体から入ることでの心の変化」を実感。日頃から、自分自身が心身統合の状態を維持したり、バランスを崩したときには心身統合に戻れるようセルフケアすることが大切だということを再認識した。それはリラックス系のセルフケアというより、心身統一としてのセルフケアの必要性を感じた。それには「ヨガがいいよ」とSE仲間から耳にする。朝晩ヨガを続けていて、心身の状態がとてもよくなったと言う。確かに精神的にもいいし身体によさそう、私もやってみようと、まずは身近なところから、ジムのヨガ・プログラムに参加してみることにした。

 そう言えば今年度に入ってから、ジムのスタジオ・レッスンではヨガ・プログラムの時間が増えている。ヨガは人気があるようだ。パワーヨガ、ナチュラルヨガ、ヨガ・・と名称もいろいろ。どう違うかわからないが、とりあえず夜間の時間帯で出られるものに参加。今のところ、パワーヨガが面白くなってきた。とっても心地いい。ヨガのポーズは、ストレッチのようで気持ちいい。筋だけでなく、いろんな関節も動かすが、それがまた気持ちがよいものだ。難しいポーズもあるが、普段動かさないところを動かすと(縮こまっている筋肉を伸ばす、関節を開く等)、後ですっきりするような解放感がある。

 お手軽なものではなくて、本格的な?ヨガってどんなものかと興味をもって、友達お薦めのアイアンガーヨガ教室の体験レッスンにも行ってみた。はやり本格的! じっくり90分間、ヨガのポーズに集中する。アイアンガーヨガの特徴は、丁寧なアライメント(正しい姿勢)のアサナ(ポーズ)にあるらしい。確かに、じっくりと呼吸と共にアライメントのポーズに集中するが、まさに心身統一の、静かな時間だった。慣れないポーズは、痛かったりもしたが、終わった後は心地よい疲れ。そのあととても眠くなったのは不思議だった(ヨガで副交感神経が優位になったのか・・)。

 ヨガのなかでも、ヨガ療法とされるものは代替医療として取れ入れられつつあるから、とても心身の健康のためによいのだろう。今のところ「心地いい」「落ち着く」という実感しかないが、続けていくと心身への効果が期待できるのだろう(冷え症もなおるかも)。

 心と身体の声に耳を傾けながら、心身統一するためのセルフケアの時間をつくっていけるといいなと思う。

(2011年5月)

2011.04.12 五感
ホームベーカリー

村本邦子

 しつこいぐらいにあちこちでアピールし続けているが、今、ホームベーカリーが素晴らしい。これを発明した人はなんてすごいんだろうと惚れ惚れしてしまう(炊飯器もすごいと思うけど)。私が使っているのは、パナソニックのSD-BMS102。その日の気分で粉の調合をして、タイマーをセットしておけば、翌朝には焼き立てほやほやのパンが食べられる。準備にかかる時間はたったの5分。

 朝食はずっとパン派だった。海外でいろんなパンを食べるチャンスがあるが、トーストは日本のが一番だと思っている(もちろん、ドイツやフランスのパンは大好きだが、基本的においしくないところが多い)。バターだけでも十分おいしいが、ジャムやサラダ(ポテトサラダや卵サラダなど)をのせると一層おいしい。仕事帰りに通りがかるあちこちのおいしいパン屋さんで食パンを買って帰るという生活を長年続けていたが、今年になってホームベーカリーを買ってからは、ほぼ百パーセントこれだ。

 基本は白パンかフランス食パンだが、ライ麦パンや全粒粉パンにしたり、くるみやレーズン、オレンジピールなどを焼き込んだりもする。分量を量って入れるだけなので、本当に5分で準備できてしまうのだ。もちろん、手のかけ用はいろいろある。途中でいろんなものを入れたり、混ぜたり、取りだして形を変えたりすることで、アンパンとかメロンパンとか、デニッシュやクロワッサンだって出来る。どこかの食べ放題みたいに、ほうれん草や人参、わかめやゴボウやゴマなど和風食パンだって自由自在だ。でも、今のところ、私は5分でタイマーセットできるものしかやっていない。それで十分なのだ。

 感動するのは、私たちが寝ているあいだに、この小さな調理機器が、5時間ほどもかけて、混ぜる、寝かす、練る、発酵させる、焼くという作業をやってくれるということだ。カタカタカタカタ、ペタンペタンと、時々、働く音が聞こえるのも何だか可愛い。まるでセンダックの真夜中の台所みたいではないか。パナソニックのHPにある「西洋の食卓に根付いた日本の技~ホームベーカリー5話」(http://panasonic.co.jp/ism/bakery/vol01/index.html)というのも、ほんわかしていてなかなか良い。ホームベーカリーを開発し、海外に売り出した人々の物語だ。今では、14か国で使用されているらしいが、何事にも数々の人知れぬ苦労があるものだ。

 焼き立てパンの香りで目覚め、おいしいパンとコーヒーで満たされて、1日が始まる(ついでながら、朝、世界各地のコーヒーを取り入れるのも楽しみだ。今のお気に入りは、練乳いりベトナムコーヒー)。毎日、朝食が楽しみというのは幸せなことだ。ホームベーカリーの素晴らしさを周囲に熱く説いて回る私だが、なぜか今のところ、自分も買ってホームベーカリーを始めたという声は一人も聞かない。別にパナソニックの回し者ではないが、この幸せを分かち合いたいのだけど・・・。みなさんにお勧めです!

(2011年4月)

2011.02.12 自然
朝のジョギング

村本邦子

 何を隠そう、ひょんなことから朝のジョギングを始めた(隠すどころか自慢してる!?)。自分がジョギングするなんて、元旦には思いつきもしなかったことで、新年の抱負にさえ入らなかった。

 1月2日、まだ読んでいない村上春樹のエッセイ集を数冊鞄に入れて、飛行機に乗った。たまたま最初に読んだのが、ランニングについてのエッセイ(春樹は相当にシリアスなランナーである)。長距離走は瞑想的であり、女神で言えばアルテミス的である。「そう言えば、昔、私も走っていたことがあったな」と、その感覚を懐かしく思い出していた。奇しくもその夜は中学時代の同窓会。私のなかで、すっかり思春期気分が高まって、「ちょっと走ってみるのもいいかもしれないな」なんて、(その時は)非現実的に思ったのだ。

 そうこうするうちに、年末年始で4キロも体重が増えたことが判明。「ちょっとやばいかなぁ~」と思いながら、周囲にブツブツ言いふらしていると、ある人から「100歳まで生きようという人にとって、中年になってから太るのは用心した方がいいよ」と厳しい指摘を受けた。たしかに・・・。体重なんて気にしないで好きなだけ食べていた若い時とは、もう体が違うのだ。何か運動でも始めた方が良いかな?スイミング、それともジョギング?

 「とりあえず、今の私にどの程度走れるのかしら?」と一度だけジョギングを試してみることにした。大人になってから、どういうわけか、ちょっと走って心拍数が上がると眼が腫れ上がるという怪奇なアレルギーにかかったりしていたので、走るのは実に30年ぶりだ。自分が走るなんて半信半疑・・・、というより九割九分は疑惑のまま走ってみた。やってみると、驚いたことに、結構走れる自分がいたのだ!この調子ならいくらでも走れそうと感じつつ、とりあえずそのくらいにして様子を見守ったが、筋肉痛さえ起こらなかった。毎日、重い荷物を持って文字通り走り回っている今の私の生活スタイルでは、それだけで相当に足腰鍛えていたのかもしれない。

 そんなわけで、平気で10キロ走れてしまう自分にすっかり気を良くして、朝、6時に起きて走っている。年をとってからは若い時のようによく眠れないので、どっちみち早くから眼ざめて、布団の中でダラダラしていたのだ。「朝から走っていたら疲れちゃってお昼、元気がなくなるんじゃないかしら?」と思っていたが、そんなことはない。むしろ、体がしゃんとして元気なくらいだ。これが、「リラクセーション」ではなく、「アクティベーション」の効果なのだろう。

 あっと言う間に1週間が経過し、「これなら続けられそう」と自分を信頼したところで、ジョギング用のシューズとウェア、そして、iPodとNIKE+を導入。ナイキの靴に入れたセンサーとiPodが連動して、ジョギング・データをパソコンに送ってくれるというすぐれもの(最近、ハイテクづいている私だ。と言っても、iPodの電源の入れ方がわかるまでに2週間近くかかってしまったけど)。

 実際に走ってみると、世の中には、走ったり歩いたりしている人々が案外たくさんいることがわかった。みんな、それぞれに黙々とマイペースで、抜かす人、抜かされる人がいても、とくに気にする人はいない。たぶん、選手を除けば、他者と競う人はどこにもいないだろう(あえて言うなら、自分への挑戦があるだけだ)。黙々とそれぞれが自分に向き合う姿は、まったく人生そのもののようで、なんだかすごくいい感じ。だんだんと顔見知りもできるし、しかも、人々のあいだには、なんとな~く、ある種の仲間意識、コミュニティ感覚が感じられる。

 それから自然との出会い。暗いうちに走り始めると、走っている最中に陽が昇り始め、走り終える頃には、すっかり朝が始まっている。ドラマチックな空の色の変化や川の照り返し、鳥の群れやそびえたつ橋の姿、ビルのきらめきと、自分が壮大な自然のドラマの中心にいるような錯覚を覚える。毎日、梅のつぼみが少しずつ膨らんでいく様子にさえ気づくことができることも嬉しい。なぜだかわからないけど、ジョギングしていると自分の体の様子にも敏感に気づくことができる。不思議なものだ。

 というわけで、なかなか毎日というわけには行かないが(6時より早くは起きたくないので、朝、早く家を出なければならない日はパス)、走り始めてもう3週間になるが、自分の変化としては、何と言っても自信が増した(これ以上いらんやろって気がしないでもないけど)。朝6時に起きて10キロ走る自分だと思うと、「何があっても怖くない!」と強気になれる(だって、ちょっと前まで、朝6時に起きて10キロ走れと言われても、そんな怖いこと絶対にできるはずがないと信じていたから)。それから、肩凝りが少しましになって、寒さに強くなった気がする(血流が良くなったんだと思う)。

 いろいろ調べてみると、ジョギングほど脂肪燃焼に効果的なものはないらしい。最初の3か月は変化ないらしいが、3か月を過ぎた頃からメキメキと効果が表れ、体重が減るらしい。春の私はすっかりnice bodyのはず。う~ん、楽しみ!

(2011年2月)

2011.02.10 トラウマ
恐怖症の克服

西 順子

 つい最近まで飛行機恐怖症だった。怖くても、飛行機に乗ることを回避することはなかったが、一人では乗れなかった。一人で乗らないといけないような状況もなかったが、家族旅行などで乗る時は、決死の覚悟を決めて乗っていた。それが、一年前から一人で乗る必然性が生じた。そして昨年ようやく一人で飛行機に乗れるようになった。

 初めて一人で乗れたのが愛媛行きの飛行機。講師の仕事のために一人で搭乗したが、ほぼ平常心を保ちつつ、無事に空港に降りたったときのしみじみとした感動は忘れない。一人でタラップを降り、地上を歩いているとき、「乗り越えられたんだ」という穏やかな喜びを味わった。いつの間にか恐怖を克服できていたことが嬉しかった。

 自分の恐怖体験とその克服の過程から、たくさんのことを学んだ。この場を借りて、自分の体験と学んだことを振り返ってみたい。

 飛行機恐怖症になったきっかけは、1995年の阪神大震災である。それまで何も思わずに普通に飛行機に乗れていたのだが、震災以降、飛行機に乗るのが怖くなった。震災直後、電車で揺れたときに一瞬恐怖を感じる、ということが数回程度あったと思うが、いつものように乗り物には乗ることができていた。でも、なぜだかわからないが、飛行機にだけとても恐怖を感じるようになってしまった。

 私自身が震災体験で直面したのは「大きな揺れ」だった。一瞬何が起こったのかわからない、15階建ての鉄筋コンクリートの建物がゆっさゆっさと揺れることは想像を絶していた。ゴジラが襲ってきたのかと錯覚するような「怖い」体験だった。だから、飛行機が怖いのは「揺れる」のが引き金になっていると理解していた。でも何も被害にはあっていないのに、「こんなに怖がるなんて変」と恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちでもあった。

 「揺れへの恐怖」が「死の恐怖」とつながっていると理解したのは、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)のトレーニングでだった。EMDRはPTSD(外傷後ストレス障害)に効果があるとされるトラウマ治療法だが、トラウマ臨床に役立てればと、2000年に最初のトレーニングを受けた。実習では、自分自身の不安体験を扱うが、私は「震災での揺れ」を取り上げた。震災体験時の記憶をイメージして、眼球運動を行うなかで、驚いたことに震災にまつわる他の記憶も出てきた。出てきた記憶は、震災から10日後の頃、ボランティアとして被災地に出向いたときに、そこで目撃した光景だった。起こっている出来事に対して、自分はあまりにも無力であった。大阪に戻ってきた時にも神戸と大阪のギャップに茫然とした。そのいくつかの光景を思い出したとき、私にとっての震災体験には、神戸に入ったときに体験したことも重なっていると理解した。そして、「大きな揺れ」に直面したとき、一瞬「死ぬかもしれない」と感じたのだと気がついた。

 日常生活のなかでは、そのような恐怖を感じることはなかったが、飛行機に乗ったときにだけ「もしも何かあったらどうしよう」と死の恐怖に圧倒されそうになるのだと理解した。今までオブラートのように自分を守ってくれていた「世界に対する安全感、信頼感」に亀裂がはいったということだと理解することができた。

 トラウマ反応は、「いかなる状況でその出来事を体験したか」という個人の主観体験(意味づけ)が大きく影響すること、誰もが「予期できず、防衛不能」という恐怖の状況に曝されるとトラウマを被る、と言われている。人と比べずに、私にとっての恐怖体験を認めてあげてもいいのだと受け入れることができた。

 でも、原因がわかったからといって、恐怖がなくなるわけではない。恐怖モードのスイッチが入るのは、空港についてから。「怖い。嫌だ。大丈夫やんな?」と一人でぶつぶつ。家族は夫も子どもも怖がらないので、ニコニコしながら「大丈夫って!!」と励ましてくれる。

 飛行機に乗っている間は、自分を落ち着かせるために、臨床のために学んだ方法をいろいろ使ってみた。2003年頃は、木村拓哉主演のテレビドラマ「GOOD LUCK!」を毎週欠かさず見ていたが、フィクション・ドラマとはいうものの、空の安全のために日々努力している人がいることを知ることはとても役立った。飛行機に乗っているときは、テレビドラマの映像を思い出し、主題歌「RIDE ON TIME」の音楽を思い出し、肯定的なイメージを思い浮かべるようにしていた。一種のイメージトレーニングだった。また、認知行動療法を学んでからは、「もし・・したらどうしよう」等、頭に浮かぶ否定的な認知にストップをかけていた。そして、2年前からトラウマ治療法のソマティック・エクスペリエンス(SE)を学び、飛行機に乗っている間も呼吸に注意を向けて呼吸を整え、身体が落ち着いている状態で「今ここに」いられるよう意識を向けていた。

 昨年はSEトレーニングで、自然災害についても学んだが、自然とのつながり、大地とのつながりを取り戻すことが大事であると聞いて、なるほどと思った。近年、大自然と接すること、スピリチュアルなものとのつながりに心惹かれていたので、とても納得した。

 それと何より「慣れる」ということが大事なこともわかった(曝露療法とはこういうことなんだと納得した)。昨年から飛行機に乗る機会が増えることで、次第に慣れていくことができた。慣れるために、とても助けになったのは、安心できる人がそばにいてくれたことだった。家族旅行のときは夫や子ども、仕事や学会・研究活動のときはFLCスタッフが必ず一緒だった。皆「大丈夫!!」と笑顔で受けとめくれて、そして傍にいてくれた。そして、数時間の恐怖を乗りこえたあとは、旅行は楽しく、研究活動もとても楽しく有意義な時間を過ごすことができた。

 そして昨年、初めて一人で飛行機に乗る必然性がでてきたとき、冗談半分に夫を誘うと、夫は乗り気になって観光目的で同乗してくれた(現地では別行動。私は仕事)。そしてようやく、愛媛に行く時には「一人で乗れる」と思えた。そして、無事一人で乗ることができた。

 怖いけど、恐怖を避けることなく「慣れる」までこられたのには、安心できる人のおかげであると、今つくづく感謝の気持ちである。

 今年に入っては、長崎、熊本に飛行機で行ってきた。熊本から帰りの便では、窓から外の景色をしばらく眺めることができた。ドキドキしながらも、暗闇のなか、雲の上で光り輝いている月を見ることができた。とても綺麗だった。

 一人で搭乗できると言っても、怖さが全くなくなったわけではない。今、一人で搭乗するとき、私の安心の拠り所は、客室乗務員さんである。そして機長さんである。揺れると今でもちょっと怖いが、客室乗務員さんの、笑顔で落ち着いた物腰をみると、「大丈夫」と安心することができる。また機長さんの機内放送に、「安全を守ってくれているんだ」と信頼を寄せることができる。

 恐怖症の克服には、いろんな療法を取り入れることも役に立ったが、何よりも助けとなり、また今も助けられているのは、安心できる「人」がいることである。人と安心感と信頼でつながることで、「今ここ」に安全を感じられる。今ここに生きていることに感謝の気持ちである。

 カウンセリングでは、来談された方が、不安、恐怖、回避・麻痺、解離など、さまざまなトラウマ反応を乗り超えていけるよう、まずは安全な場所を作り、さまざまな療法を使いながらも、安心できる「人」として存在し、安全へとナビゲートしていけるよう心がけている。

 トラウマの回復とは「つながり」を回復することである。治癒がおこるのは本人のもつ自己治癒力であり、それは自分自身とのつながりを回復することであり、家族や友達、周りの人々など、安全で安心できる人とのつながりを回復していくことでもあると思っている。

(2011年2月)

2010.12.10 コミュニティ
2010年を振り返って~女性ライフサイクル研究所設立20周年

西 順子

 あっという間に、今年もあと一カ月。昨年年末もエッセイの順番がまわってきて、一年を振り返って思うことを書いたが、あれから一年、月日のたつのは本当に早い。年々早くなっているような気がするが、自分のエネルギーがうまく使えていることかなと思うと、有り難いことである。

 さて、今年はどんな年だったかな・・と振り返ると、やはり一番大きかったのは、今年は「女性ライフサイクル研究所・設立20周年」の節目だったこと。今年の年明けから、年報20号発行に向けての話し合いが始まったが、年報執筆の作業と並行しながら、この20年を振り返ってきた。

 特に私は、研究所の活動をまとめたいと思ったので、過去の年報を読んでみたり、当時のことを思い出したりしながらだった。ここまで来た道のりを振り返り、「今ここ」にいる地点を確認し、これから先をどう展望していくか、過去・現在・未来を行ったり来たり・・する作業だったように思う。

 秋には、無事に年報20号を発行し、設立20周年イベントも開催し、とても大きな節目となった。20周年イベントの日も、過去・現在・未来を同時に感じる場であった。イベントでも、年報20号でまとめた「研究所20年の歩み」に添って、「20年の活動報告」を発表したが、過去の歴史をたどることで、今にしっかりと根をおろせることを更に実感した。

 しかも、仲間と一緒に、歴史を積み重ね、「今ここ」にいるという有り難さと幸せを実感した。

 さて、これから先はどうしていこうか。今、私がここにいて幸せを感じられるのは、人とのサポーティブな「つながり」や、安全の基地となる「場」があるからこそである。これから先の展望についてはまだ具体化していないが、「もっとこんな場があればいいな」「安全に、人とつながれて、喜びを感じられるような、こんな場を作れたらいいな」と漠然と感じている。私の活動のテーマは「女性と子どものトラウマからの回復」。女性や子どものトラウマからの回復のために、「安全でサポートティブな場」「安全でサポーティブなコミュニティ」を創っていければいいな、拡げていければいいなと、未来への希望をゆっくりと温めていきたい。

 今年の締めくくりのエッセイを書き終えて、昨年はどんなこと書いたかなと、一年前のエッセイを読んでみた。なんと、同じようなことを書いている!思うことはあまり変わってない!? 今年は一歩進んで具体化できるといいな。

(2010年12月)

2010.11.12 ライフサイクル
お弁当の楽しみ

村本邦子

 子育て終了後、出張や夜遅くまで仕事をすることが日常になってしまって、どうしても外食ばかりになる。たまの外食は楽しいものだが、1日3食外食ともなれば、もううんざり。それで、最近は、できるだけお弁当を持っていくことにしている。朝、家から出勤できること、昼、座ってお弁当を食べられることが条件だが、週2~3日は決行できる。まずは、かわいいお弁当グッズを揃えた。和風の二段式弁当箱と、お揃いの組み立て式のお箸。

 メニューであるが、1段目のご飯。白ご飯は愛想がないので、ゆかり、わかめ、シャケ、野沢菜など、混ぜるだけの簡単なものを。時には、じゃこご飯や季節の炊き込みもする。2段目のおかずは野菜中心。頻繁に登場するのは、卵となす。理由は単に私が好きだから。出し巻き卵にすることが多いが、あおさ入りの卵焼きにしたり(伊勢志摩のホテルで食べて以来、気に入ってお気に入りメニューとなった)、細かく刻んだ野菜を入れてオムレツ風にすることもある。ニラやきのこの卵とじもいい。なすは油でいためてしょうが醤油、もしくはだし醤油をからめるか、もしくは甘辛く味付けてしまう。豚肉で巻いたり、ひき肉と一緒にするとまたおいしい。

 焼き野菜も多い。かぼちゃ、れんこん、しいたけ、ピーマン、きのこ、人参など、色とりどりの野菜を一切れずつフライパンで焼くだけ。もやしと細かく刻んだ小松菜とか、青梗菜とえりんぎの組み合わせで炒めたものもおいしい。だいたいはシンプルに塩・胡椒で味付けするが、時には中華風にすることもある。たまにはウィンナーやシーフードも一緒に。サラダ類はあまり多くないが、春菊とツナ、ポテトサラダ、きゅうりとソーセージ、ブロッコリーなどなど。あとは、お弁当の定番と言える焼き鮭、ほうれん草のおひたし、きゅうりと大葉の塩もみ。きゅうりと茗荷にじゃこの組み合わせもおいしいな。

 子どもたちのお弁当を作っていた頃は、必ずと言っていいほど揚げ物が登場したものだが、最近ではめっきり登場しなくなった。何しろ、外食が嫌でお弁当にするのだから、素材を活かしたシンプルなものがいい。それに、時間のない朝だから、10分以内で作れること。朝食を食べながら作るのだ。一人分しか作らないので、煮込みものはしないが、そろそろ寒くなってきたので、晩御飯の残りメニューもこれからは活躍するはず。かぼちゃを焚いたり、筑前煮とか、ロールキャベツとか。具だくさんの混ぜご飯が大好きなので、前夜も家で作れる時にはお弁当の分も作っておけるだろう。

 自分で食べるものを自分で作って食べるというのは良いものだ。自分が好きなものを好きなようにして好きなだけ食べられるのだから。どってことない当たり前のことかもしれないが、今の私にはささやかな楽しみである。

 

(2010年11月)

2010.09.10 こころとからだ
ドキドキとワクワクは、生活のスパイス

西 順子

 子どもが成長し、子育ても終わりに近づいてきていることもあり(家には受験生の娘が一人)、一日のなかで仕事の割合が増えていっている(仕事ができるというのは本当に有り難いことと感謝)。日常生活では家と職場の往復の毎日であるが、つい、生活スタイルはワンパターンになりがちである。しかし、日常生活の中で、ちょっとしたワクワクやドキドキ、つまり新たな発見や刺激といったスパイスがあると、新鮮な気持ちでエネルギーが活性化することに気がついた。

 最近のワクワクとドキドキを思い出すと・・、

 たまたま数か月前に、食材の注文を何週もしそびれていたことから(食材の宅配サービスを利用)、別の会社のサービスも利用してみた。そこでは、有機栽培や減農薬などの安全な食材を提供しているのだが、その野菜や果物、お肉の美味しさにビックリした。素材がおいしいと、凝った料理をしなくても(そもそも凝った料理はできないが)、炒めものは「塩・こしょう」、煮物は「出汁・しょう油・みりん・酒」だけで、とっても美味しく頂ける。今は、野菜ってこんなにおいしかった?という素材のおいしさに、刺激とエネルギーをもらっている。今一番のお気に入りは南瓜。美味しくご飯が食べられるとき、満足感で幸せを感じる。

 それから、身体を動かすことについて。身体を動かしたいと思う時は、お決まりのエアロビクス・プログラムに参加していた。先日、とっても暑い日曜日の昼過ぎ、たまたまエアロビクス・プログラムがなかったため、プール・プログラムに参加してみることにした。水泳は、水着に着替えるのが面倒だし、目や耳、鼻に水が入るのが不快と、あまり好きではなかった。でも、アクアビクスは楽しそうと参加してみたが、その流れで、初級平泳ぎ、初級クロールのレッスンも参加してしまった。水泳を習うのは、20数年ぶり。でも、先生がポイントを上手に教えてくれたおかげで、苦手だった平泳ぎが、とっても気持ちよく感じられた。スイ~スイ~と水のなかで泳ぐ心地よさをちょっとだけ体験することができた。クロールはとてもしんどかったが、シニアの方々がスイスイ泳いでいる姿に凄い~と、もっと泳ぎたくなった。水泳に適した水着がなかったので丁度バーゲン中の水着と耳せんも購入し、いつでもまた参加できるよう準備は整えた。もしも・・水泳が上手くなれば、来年はダイビング教室にも参加できたらいいなと密かに思っている(ここに書いたら密かではない?)。そう考えるだけでワクワクしてくるから不思議だ。

 それから、この夏は思い切ってボディワークも体験。臨床で身体感覚を使ったアプローチを取り入れていることから、もっと身体感覚について自分自身が学びたいし体験してみたいと、今、ボディワークの一つロルフィングを受けている。ロルフィングを体験してわかったことは、日頃自分自身の身体感覚に注意(意識)を向けるようにしていたつもりだったけれど(呼吸や五感など)、自分が注意を向けていると思っていたのは、ほんの一部に過ぎなかったということ。ロルフィングを受けて、身体感覚に注意を向けて感じられる範囲が拡がった感じがする。例えば、歩いているときに、ちょっと視野の角度を拡げてみたり、脇腹あたりにも意識を向けたり、身体の軸を感じてみることで、「この世界にいる」「この世界に立っている」という感覚がもてる(ロルフィングのコンセプトは、重力との調和だそうだ)。感覚が拡がることで、身体がもっと自由になった感じがする。ロルフィングの効果かどうかはわからないが、寝つきも更によくなった。重力にまかせて寝るのか?理屈はわからないが、とにかくよく眠れるのは有り難い。

 その他にも、読みかけの何冊かの本、好きなテレビ番組など、日々のちょっとしたドキドキとワクワクをあげると、もっとありそうだ。よりよい援助が提供できるよう、まずは生活のなかでのちょっとしたドキドキとワクワク、新しい発見と刺激を楽しみながら、心身のエネルギーを保ち続けられたらと願っている。

(2010年9月)

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