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2005.10.25 活動報告-論文/執筆/学会活動等
子育ての分担は誰のため?~その2(2005年)

三重県男女共同参画センター『フレンテ三重』Vol.24 より

                                                村本邦子

 
   最近、子どもたちの声をたくさん聞く機会に恵まれた。10歳前後の子どもたちが両親についての愚痴やら希望やらを語り合っていたのだが、驚いたことに、子どもたちは、「お父さんが大好き!」だった。「お父さん、日曜日、眠ってばかりいないで、もっと遊んでよ!」子どもたちは、父親を求めている。かつて、「お父さんなんて、いない方がいい」「お父さんって何なのかよくわからない」「お父さんが家にいると、緊張して楽しくない」という声をたくさん聞いた。「子どもは親の背中を見て育つ」「お父さんの出番は思春期から」と、小さい頃に関わりを持たなかったのに、思春期になって、いきなり父親がしゃしゃり出て、子どもに軽蔑され、ひかれてしまうというようなことが目立ったものだ。


 私は希望を持った。ひょっとすると、近頃のお父さんたちは、前より子育てに関わるようになって、子どもにとって、身近な存在になりつつあるのではないだろうか。思えば、私が子育てしていた頃(かれこれ15年ほど前)、夫が1人、抱っこひもやベビーカーで赤ん坊を連れて歩いていると、人々は物珍しそうに振り返ったものだ。「お母さんはどうしたんだろう?不幸でもあったんだろうか、それとも逃げられたんだろうか?」とでも言わんばかりに。今では、お父さん1人が赤ちゃんを連れていても、それほど違和感はない。むしろ、微笑ましいと見られるだろう。

 父親不在と責められ、思春期は父親の出番と言われ、使命感に駆られた父親たちは、何かしなければといきり立って、空回りしていた。昔と違って、労働の場と生活の場が切り離されている社会で、父親の背中は何も語らない。子どもにとって、ほとんど接点のない人は他人に等しかった。思いが届かず、自信喪失し、途方に暮れている父親たちに、私は、「小さい頃から、子どもに関わろう!」「子どもにとって、大切な1人になろう!」と励まし続けてきた。父親たちは、子育てに関わりたくても、いったいどうしていいのかわからなかったのだ。だって、自分自身、父親に関わってもらった記憶がなかったのだから。母親たちも同様だった。子育てする父親像に慣れ
いなかったので、父親がオムツを替え、泣いている赤ん坊をあやす姿を見ると、罪悪感から手を出してしまうのだった。

 今、若い夫婦たちが一緒に子育てしようと模索している。若いお母さんたちも子育てに悩み、お父さんたちも悩んでいる。母親が1人で有能に子育てをこなせてしまわないことは、きっと良いことなのだ。前回は、子育てを夫婦で分担しよう、それは他ならず、男性自身のためなのだと書いた。もっと言うなら、それは子どものためなのだ。夫婦が一緒に悩み、不器用ながら、共に子育てに関わるなかで、子どもたちは、自然に、両性が子育てに関わるのが当たり前だということを学ぶだろう。もちろん、生物学的な父親と母親が揃っていなければいけないということではない。シングルであっても、父親的存在、母親的存在が身近に確保されれば良いのだ。大切なことは、両性が子育てに関われるということを子どもたちが学ぶこと。次世代は、きっと、もっと良い時代になるだろう。

2004.10.25 活動報告-論文/執筆/学会活動等
家族機能の変化と家族援助(2004年)

月刊『子ども未来』7月号  掲載

                                                        村本邦子

家族と子育ての変遷

 家族は、そこで人が生まれ、成長し、働き、老い、死んでいく共同体であり、社会の基礎的な単位をなします。当然ながら、これは、時代や文化によって変化していきます。産業革命は労働と生活の場を分離し、戦後、民法改正による家制度の解体、高度経済成長に伴う都市化はこれに拍車をかけ、大量の核家族が産み出されました。こうしてできた近代家族は、人々を親族や家のしがらみから解放し、個人主義に基づく家族構成を可能にしました。つまり、愛情によって結ばれた夫婦のもとに子どもが生まれ、父親は経済的責任を果たし、母親は家事・育児の責任を果たすという新しい形です。結果的に、性別役割分業が進み、いわゆる母性神話が強化されることになりました。極端に言えば、子育てが母親による専売特許となり、子どもの私有化が進むことになったのです。

 かつて、子どもは、家族にとって、貴重な労働源でした。「きんさん・ぎんさん」として話題になった1892年(明治25年)生まれの双子姉妹の回想によれば、「5つ、6つの頃から畑仕事、谷の井戸まで水汲み、夜なべで糸紡ぎ、眠うて手が休みよるでよう怒られた」そうです。次々生まれた妹弟の世話もあり、小学校入学は9歳時、学校は一日交替でした。母親は機織り、姉妹は糸繰りで一日働き詰め。きんさんは19歳、ぎんさんは22歳で結婚、「祝言をあげるまで、旦那さんになる人の顔なんか見たこともなかった」し、「出戻りなんかしたらもう生きとれんかった」と言います。きんさんは11人子どもを産みましたが、「栄養がようないから乳もでんかった」ので、5人が1年以内に死に、ぎんさんは5人中1人を亡くしています(総合女性史研究会編、1993)。

 ここに、わずか1世紀のあいだに、家族と子育てがどんなに大きく変化してきたかを垣間見ることができます。人々は生きるのに精一杯で、子どもが生まれ、あるいは死に、育つことは、家族の生活の些細な日常の1コマにすぎず、取り立てて、「子育て」などという発想は持たなかったのでしょう。ぎんさんをして、今は白い米が食べられ「毎日が正月」と言わしめたように、日本社会は戦後50年で急激に豊かになりましたが、その豊かな社会が産んだ弊害も大きかったのです。

現在の家族と子育て

 核家族化と少子化は、「子育て」を一大事業にし、子どもを一種の「製品」にしてしまった感があります。子育ての責任を一身に担う母親は、そこに多大なエネルギーを注がざるを得ないゆえに、自分の子育ての評価や確かさを求めるべく、「製品」としての子どもの評価を必要としました。自らもそこで育った知育偏重の社会のなかで、子どもの評価もそこで測られがちです。知育偏重の子育ては子どもたちから現実体験を奪い、情緒面での成熟を阻止し、そうやって育った世代がすでに親になっています。


 核家族で育った親たちは子育てを体験していません。「新生児を抱いたのは我が子が初めて」という母親が子育ての第一責任者となるのですから、母親たちの不安と無知にも無理からぬものがあります。マニュアルと明確に測れる評価基準とする親世代にとって、「製品」になりきれない生身の子どもは、扱いのわからないやっかいなものと映るでしょう。また、良くも悪くも「主体性」に目覚めた現代人にとって、滅私奉公を要求される子育てに無理が生じ、それをうまくやりこなそうと必死になればなるほど、その内実は歪んだものになっていくでしょう。人間関係も希薄であることから、子育ての助け合いの実践も、自分たちでは難しいものです。


 このような状況のなかで、家族は、そこで人が生まれ、成長し、働き、老い、死んでいく共同体としての機能を失いつつあります。経験のない親が隔離された実験室のような空間で子どもを育てていくということ自体が無理です。高齢化社会の問題もこれに加わります。1990年代、少子化と虐待問題がクローズアップされ、エンゼルプラン、新エンゼルプランが続けて発表され、行政が子育て支援に力を入れ始めたのも当然の流れでしょう。家族が家族として機能するために、社会が子育てをバックアップする時代が来たのです。

これからの家族援助

 子どもの権利条約によれば、子どもは、親に養育される権利をもち、親は子どもの養育と発達に対する第1次的な責任を負い、国は、親がその責任を遂行できるよう援助すべき責務があります。私たちが望んでいるのは、子育てを国が代替することではなく、各家族がより良い子育てを実践できるようなお膳立てをすることです。そのために、さまざまな取り組みが始まっています。多様な保育サービスの推進、子育て生活に配慮した働き方の改革、児童虐待防止対策、母子保健対策、母子家庭等の自立への支援など、まさに必要な援助と言えるでしょう。筆者は1990年よりずっと子育て支援に取り組んできましたが、これらハード面の変革による進歩をひしひしと感じています。


 他方、ソフト面での進歩を感じにくいのも事実です。子どもたちの生活体験の乏しさ、知育偏重の価値観、情緒面での未熟さ、すでに否定されたはずの母性神話は、相も変わらず生きています。ひとりひとりを大切にしながらも、関係性のなかで人が育ち、育てていくという人々の意識変革が求められていると感じます。これからの家族援助は、つながりをキーワードに、いかに人の心に働きかけていけるかが課題になっていくことでしょう。この時代の親子にフィットする形で援助を提供できる援助者の育成が必要です。閉ざされた家族から子育てを解放すると同時に、私たちひとりひとりが、地域のあちこちで眼にする子どもと親に関心を持ち、血縁を越えたつながりで見守っていく覚悟も必要でしょう。

総合女性史研究会編(1993)『日本女性の歴史~女のはたらき』角川選書

1999.10.25 活動報告-論文/執筆/学会活動等
娘に女性としての自分を投影する母親たち(1999年)

子育て情報センターKANAGAWAまいんどブックレット64号』(1999年)より

                                            村本邦子

  • 娘は息子より貴重?
  • 母娘関係は永遠のテーマ
  • 母娘関係は生まれた時から始まる
  • 母親は娘に女性としての自分を投影する
  • 母親ばかりが子育てを担っていることから生じる問題点
  • 娘は母親のケア・テイカー(情緒的な世話役)になりやすい
  • 母親は自分の人生をあきらめ、娘に自分の代理を期待してしまう
  • より良い母娘関係のために


娘は息子より貴重?


 かつては、跡取りを生まなければならないというプレッシャーから、男の子が望まれたものですが、今時は、娘が望まれ、娘の方が貴重なのだそうです。「女の子は、髪をゆったり、かわいい格好させて着飾ってあげられるから楽しみ」「息子は結婚してしまえば終わりだけど、娘なら、いつまでも自分のそばにいてくれる」「息子の嫁に介護されるのは耐え難いけど、自分の娘なら安心して面倒見てもらえる」などというのが、その理由だとか。女性を貶める価値観が変化したことは喜ばしいことですが、娘が望まれる背後には、娘なら、母親の気持をわかってくれ、いつまでも自分のものでいてくれるという期待があるようです。

 親が夢を膨らませ、子どもに期待をかけることは、ごく自然でほほえましいことには違いありませんが、行過ぎた期待は、子どもにとって迷惑なもの。まだ若い独身の女性が、「娘ができたら早くから英才教育をして宝塚にいれる」と言うのを耳にしたり、まだ生まれもしない娘のために、フリルでいっぱいのドレスを何枚も買ってしまってあるという話を聞いて、人事ながら将来を心配してしまう私がいます。そもそも、娘が生まれなければどうするんだろう?仮に娘が生まれたとして、娘がそれを嫌がったらどうなるんだろう?

 それと言うのも、日々、女性のカウンセリングに携わっていて、母娘関係のこじれをテーマにした相談を聞くことが、あまりに多いからです。

母娘関係は永遠のテーマ

 「母は時々、私を傷つけた。私は、良いお母さんになりたかった。それなのに、ふと気がつくと、子どもに罵声を浴びせ、私が一番嫌だった母と同じことをしている。」「お母さんに甘えたい。お母さんに認めてもらいたい。お母さんじゃなきゃダメなんです。」「母は、ありのままの私を愛してくれなかった。母に愛してもらうために、私は一生懸命、理想の娘を演じてきました。」「仕事も夫も、お母さんの望むように選んできたのです。このままでは、私の人生ではなく、お母さんの人生になってしまう。」「お母さんが怖いんです。どこまで逃げても追いかけてくる。」

 30代、40代、時には50代になっても、女性たちの悩みの中には、母との関係が顔をのぞかせます。女性のライフサイクルに添って、女性の視点で女性をサポートしようと研究所をスタートさせて十数年。日々のカウンセリングを通じて出会う女性たちの悩みはさまざまですが、母娘関係だけは永遠のテーマと言いたくなるほど、どの世代の女性にとっても、普遍的な問題です。娘として母のことを考えると、いろんな不満を感じるけれども、母として娘のことを考えると、自分が娘の人生にどんなに大きな影響を与えているのか、怖くなる・・・。

 子育てをするとき、母たちは、母としての理想を、自分の母を基準にしてつくりあげますが、描いた理想と比較して、自分の母親ぶりに満足する母は残念ながら少数です。「母みたいなお母さんになりたい」と思っていた女性たちは、「母みたいなお母さんには到底なれない」と感じ、逆に、「母みたいなお母さんにはなりたくない」と思っていた女性たちは、「母みたいなお母さんになってしまった」と感じるのです。

 本当は、自分の母親のようなお母さんだろうと、自分の母親とは違ったお母さんだろうと、自分らしいお母さんであれば、それで良いのですが、娘がつねに、自分の母親との関係のなかで自己定義していくとところに、母娘問題のテーマがあります。

母娘関係は生まれた時から始まる


 オギャーと生れ落ち、「お嬢さんですよ」の声を聞いた瞬間から、母娘関係はスタートします。生まれる前から女の子だとわかっている場合もあるでしょうし、女の子だと決めつけている場合もあるでしょう。いずれにしても、それが現実のものと確認された時、あなたは、最初に何を思ったでしょうか?

 喜んだ人、がっかりした人、さまざまでしょう。自分の理想だったお嬢さま、奥さまコースを歩ませたいと空想する人もいれば、大きくなってから、二人でおそろいの服を着たり、交換したりする仲良し母娘を夢見る人もいます。娘が生まれた瞬間、「これで、老後の面倒を見てもらえる」と思ったという人もありましたし、「この子も自分と同じように、社会のなかで差別され、性暴力の危険に晒されて生きていかなければならないのかと苦しくなった」と言った人もいました。

 私自身のことをお話しますと、娘が生まれたとき、私は、なぜか、「この子には仕事を持ってちゃんと生きていって欲しい」と思いました。同時に、そんな自分をおかしく感じ、笑ってしまったのです。最初に息子が生まれたとき、私は、彼の将来を勝手に空想することはありませんでした。「どんな道であれ、責任を持って自分の人生を歩んで欲しい」と思っただけです。それが、娘には、仕事への期待が生まれたのです。

 ちょうどその頃、私は、自分がどんな形で仕事を続けようかと迷っていました。上の子が生まれてからは、週一日だけ非常勤のカウンセラーをしていたのですが、娘を生むときに産休がとれず、いったんやめざるを得ませんでした。子育てを中心にして、適当な非常勤の口を見つけるのがいいか、それとも、自分のペースで仕事を続けられるように、部屋を借りて開業するか悩んでいました。子育てしながら、女性がフルタイムで仕事をするのは、まだまだたいへんです。うちは核家族で、子どもが病気をしたときにあてになる人もいませんでした。

 そんな私が、娘を産み、娘には、仕事をする女性を望んだのです。これは、私自身の願望だったと思います。そんな自分に気づいて、私はしっかりと仕事を続けていく覚悟が決まりました。危ない、危ない。もしも、私が、自分自身の仕事をおろそかにして、子育て中心の生活を送るなら、仕事する女性という自分の理想を、娘に押しつけてしまったことでしょう。「自分の夢は娘に期待するのでなく、自分自身が生きなければならないのだ」と腹を括った私は、3ヶ月の娘を抱えて部屋さがしをし、女性ライフサイクル研究所を立ち上げたのです。

母親は娘に女性としての自分を投影する


 基本的に同性であるということは、同じだからよくわかるという気持を強めます。母親は、男の子については、よくわからない部分があることから、自分とは別個の他者として尊重する姿勢を持つことができます。それに対して、娘には、娘が通る道は、自分も通ってきた道だから、よくわかるという思いを抱きやすくなります。娘は同性であるがゆえに、母親は、そこに、女性としての自分を投影しやすくなるのです。それは、そんなふうに生きたかったけれど、生きられなかった自分であり、自分が生きることを早々にあきらめた人生、これまでの自分の人生をリセットして、
娘として新たに生まれ直し、再出発したいという願望かもしれません。

 父親が息子に、母親が娘に、自分の理想を託す、期待するということを、一概に否定することはできませんが、それが過剰になれば、子どもたちは、自分の人生を生きることができず、親の代理人生を生きさせられることになってしまいます。子どもが親の期待に応えられない場合、親は、やむなく、自分の理想を修正し、少しずつ、ありのままの子どもを受け入れるようになっていくでしょう。

 でも、小さな子どもは、まだ、自分自身の価値判断ができませんから、一定の年齢までは、親の言うまま、思うままに成長するかもしれません。子どもの方が、親の期待に応え続けることができてしまった場合、むしろ、後になって、母娘関係の修正が大きな課題になります。母娘関係のこじれが表面化するのは、多く、娘の思春期です。子どもは思春期になると、親から独立した自分を築くために、反発し始めます。この時期、親子関係が葛藤に満ちたものになることは、ごく自然なことですが、これをスムーズに乗り越えるためには、子どもの小さいうちから、親の方が、ちょっとした心構えをしておくことが大切なのではないかと思うのです。

 それは、娘は自分ではない、娘は自分とは別の独立した人格なのだということを認めることです。父と息子にも同じことが言えるのですが、母親ばかりが子育ての大半を担っているという現実は、母娘関係にとりわけ困難な問題を引き起こします。

母親ばかりが子育てを担っていることから生じる問題点


 人と人とが関わりあうとき、関わりの時間が長ければ長いほど、大きな影響を与えることになるのは必然です。もちろん、人生には、誰かのたった一言によって人生が大きく変わったというようなことはあるかもしれません。関わった時間と影響力がきれいに正比例するというわけではないでしょう。それでも、一般的には、長い時間をともに過ごした人から受ける影響は大きくなるはずです。ましてや、人格形成の基礎がつくられる人生初期に長い時間を一緒に過ごす人々から受ける影響力は大きくて当然です。

 子育てを母親一人が担っているという状況において、母親が子どもに絶大な影響を与えることになるのも無理はありません。子どもにとって母親が重要だから、子どもが母親から多大な影響を受けるのではなく、母親ばかりが子育ての大半を担っているという現状のために、子どもが母親から多大な影響を受けるのです。「子どもにとって母親は絶対的存在。責任を持って、しっかり子育てして」というのは、むしろ逆だと思います。母親が一人で責任を負えば負うほど、子どもにとって絶対的存在になってしまうでしょう。

 そもそも、「自分が誰かの人生に絶対的な影響を与えることができたら、その人は立派な人間になること間違いなし」と言えるほど、自分に自信を持っている人などいるでしょうか?母親であってもなくても、みんな欠点だらけの人間です。人格の土台が形成される幼少期、子どもたちがいろんな人から影響を受け、その中から、自分なりの個性を育んでいける方がよいのだと思います。

 愛着理論で有名なボウルビィは、一人の養育者より、複数の養育者が子育てに関わる方が、子どもは安定した人格を形成すると言っています。大家族での子育てや、保育所を利用した子育てでは、努力せずとも、母親以外の大人が子どもと接する時間が確保されますが、専業で母役割をこなしている場合、これには努力が必要になってきます。子育ての負担を一人で抱え込むのでなく、夫や家族、友達や近所の方々に子育ての一部を担ってもらうよう、子育ての責任を手放す必要があるのだと思います。

 現状としては、母親が子育ての大半を担い、その母親は娘に自分の理想を投影するのですから、ますます、母と娘の間の距離感はなくなっていきます。それだけに、娘は、母親と違う自分らしさを育てていくことが難しく、思春期以降の課題となる分離独立のプロセスは困難になります。

娘は母親のケア・テイカー(情緒的な世話役)になりやすい


 母娘関係が困難になる理由は他にもあります。それは、母親たちが娘に望む期待のなかにも潜んでいます。母親たちは、「娘は母親の気持をわかってくれ、いつまでも自分のものでいてくれる」と期待する傾向があります。


 最近では男女平等が進み、男の方が虐げられているという意見まで耳にするようになりましたが、少なくとも、子育ての現場で、「女の子はやさしく」という規範は、まだまだ健在です。男の子が自己主張することは奨励されますが、女の子が主張すると、わがままだとレッテルを貼られることが多いものです。男の子に対してより、女の子に対して、人の気持がわかる優しい子であって欲しいという期待が強くなるのです。

 このような規範のもとで育てられた女の子は、男の子と比べ、他者の気持に敏感で、場に対する配慮をすることが得意です。しかも、女の子は、同性である母親をモデルに成長しますから、家族の中で、ほとんどの場合、ケア・テイカーの役割を担っている母親をまね、男の子よりも感情面に敏感に反応します。こうして、母親の気持がよくわかる娘がつくられていきます。娘は、「お母さんを喜ばせてあげたい」という気持が強く、母親の良い娘になろうと努力することでしょう。

 大人になってから、子ども時代、母親のカウンセラー役をやらされていたと語る娘たちがいます。靖代さんもそうでした。父親から怒鳴られながらも、祖父母に仕え、家事をこなす母親がかわいそうで、子ども時代、ずっと、母親の愚痴を聞いてあげていたそうです。具合が悪い時でも、学校で辛いことがあった時でも、母親に心配をかけたくないばかりに、自分のことは話さず、聞き役に回って、母親を支えていたのです。

 今は思春期の娘、鏡ちゃんは、小さい頃から、母親にあちこち引っ張り回されたことが嫌だったと語ります。本当は、あちこち出歩くより、家にいて、のんびり絵を描いたり、本を読んだりして過ごす方が良かったのです。鏡さんの母親である秀子さんは、小さい頃、よその家と比べて、あまり遊びに連れていってもらえず、寂しい思いをしてきました。将来、子どもができたら、あちこち連れていってやりたいと思い、鏡ちゃんが生まれてからは、休みともなれば、張り切って、あちこちの遊園地や百貨店に連れて行き、娘が喜ぶ顔を見ることに満足を得ていたのです。鏡ちゃんは、思春期になるまで、母親の機嫌を損ねるのが怖く、また、母親を喜ばせたいがために、自分の本当の気持を抑え、母親に合わせてきたそうです。

 人の気持がわかるやさしい子であることは、決して悪いことではありませんが、過剰になると問題が生じてきます。親が子どもの世話をしなければならないのに、子どもの方が親の感情の世話をするというのでは、役割の逆転です。いつもいつも、自分の気持を抑え、他者の感情を優先してばかりいると、うまく自己を形成することができなくなってしまいます。

母親は自分の人生をあきらめ、娘に自分の代理を期待してしまう


 他にも困難があります。世間では、母親になったからには、自分のことは後回しにして、子どものことを最優先して尽くすことに喜びを見出すものだという考え方が氾濫しています。これは、誤った考え方です。いつもいつも、自分のことを後回しにする人間は、自分の主体的な人生を生きることができません。自分の人生を生きることのできない人は、誰かの奴隷として生きるか、逆に、知らず知らずのうちに、誰かを奴隷のようにして生きることになってしまいます。


 すでに見たように、母は娘と一体化し、距離感を失ってしまう傾向が強いことから、「娘のために」という大義名分を振りかざして、娘に自分の代理人生を期待してしまうかもしれません。ただひたすら子どものためにと頑張っている時の気持は純粋なものだとしても、人は、エネルギーを注いだものには、どうしても見返りを期待してしまうもの。子どもが思うような成果を見せてくれないとき、または、子どもが母親の価値観に挑戦してきたとき、「あなたのためを思えばこそ・・・」「子どものために、これだけ一生懸命やったのに・・・」の言葉で、将来、子どもを脅迫してしまわないでしょうか。

 弥生ちゃんの母親、公子さんは、ピアノをやりたかったという夢を娘に託し、弥生ちゃんが小さい時から、音楽の英才教育を施しました。弥生ちゃんは、公子さんの期待に十二分に応えて、メキメキと腕を上げ、毎年、コンクールで賞を取り続けました。公子さんの夢は膨らむばかりでしたが、弥生ちゃんは、大学を選ぶ段になって、母親に反発し始めたのです。弥生ちゃんが、「音楽は趣味にしたい。受験は勉強で勝負する」と言い切った時、公子さんは全身の力が抜けたと言います。家計を切りつめ、安くないレッスン料を繰り出し、車で送り迎えしたこれまでの苦労はどうなるのでしょう?しばらくの間、二人は大きくぶつかり、へとへとの状態が続きました。

 公子さんの話を聞いて、私が感心したのは、公子さんが、最後には、娘の言い分を認め、「これからは、娘に期待するのでなく、自分の人生を一生懸命に生きよう」と決意されたことです。公子さんは、自分が家庭に入ってしまったことを後悔し、娘には、社会で活躍して欲しいと願っていたのですが、この後、大学院に入学し、現在は専門職として働いています。

 幸か不幸か、ある程度まで、母親の期待に応えることができてしまった娘たちは、どこかで壁にぶつかります。それは、息切れしてきて、これ以上、母の期待に応え続けることはできないと自分の力に絶望したときや、これまで母親の言うとおり打ち込んできたけれど、本当は自分のしたいことではなかったと気づいたときかもしれません。子どもが小さいうち、問題は表面化しないことが多いものですが、思春期に衝突が起こります。

 すべての母親たちが、公子さんのように、最終的に娘の主張を受け入れることができれば良いのですが、「これまでこんなにしてやったのに」「この親不孝者」などと恨み言を言ったり、「あなたは間違っている。お母さんの言うことを聞かなければ、ろくなことはないよ。」などと脅したりしてしまって、関係がこじれてしまうケースは少なくありません。そこで娘の方が自己主張をあきらめ、自分の人生を生きることを放棄してしまうなら、問題を先に持ち越すだけです。逆に、娘が、本当に自分の人生を生きるためでなく、ただただ母親への反発から、母親のもっとも嫌がる選択をしていくと、娘は、自分で自分を苦況に陥れるようなことになってしまいます。

 自己犠牲というのは一見美しく見えますが、自分の人生をすっかり投げ出した自己犠牲は、問題です。ちょっと不気味なたとえですが、自分の人生を生きずして、子どもに代理人生を期待する母親とは、寄生虫や寄生植物のように、他人の生き血を吸って、自分を大きくしていくという危険性を孕んでいるのです。

より良い母娘関係のために


ここで、母娘関係の特徴と問題点を整理しておきましょう。


①母親ばかりが子育てのほとんどを担っているために、母親の影響力が絶大になる 

②同性であるがゆえに、母親は娘に女性としての自分を投影しやすい
③女性は他者の感情に敏感であるよう育てられるため、娘は母親のケア・テイカーになりやすい
④母親は自己犠牲を求められるため、自分の人生を放棄して、娘に自分の代理を期待してしまう 

最後に、それぞれの特徴から生じる問題をクリアするために、今からできる工夫をアドバイスしておきたいと思います。

① 自分だけで子育てを担うのをやめよう。


 子育てを自分以外の大人に任せる時間をつくりましょう。どんなに立派な母親だとしても、365日24時間、いつも一緒に過ごすのは過剰です。夫、家族、友人、保育ママさん、シッターさん、誰でも構いませんが、誰か他の人にすっかり子育てを任せてしまう時間を確保しましょう。近所の子育て仲間と子どもの預け合いっこしたり、育児サークル、子育て広場など、集団の場に入るのもひとつです。

② 娘は自分とは別個の存在であることを忘れないようにしよう。


 「娘のことは私が一番よく知っている」「娘の幸せは私が決める」という考えは捨てましょう。女同士でも、理解できないほど自分とはかけ離れた人たちがいたことを思い起こしましょう。わが子と言えども、自分とは性格も好みも違う別個の人間であることに目を向けましょう。

 小さな娘が自分と違う選択をしたとき、それを尊重しましょう。たとえ、娘が自分の趣味とは違う服や靴を選んだとしても、「それもステキね!」と認めてあげるのです。娘が自分には思いもつかない発想をしたとき、「○○ちゃんは、おもしろいこと考えるのね。お母さんには、そんなこと思いつかないわ!」とほめましましょう。娘が母と違った価値観を持ってもオーケーなのだというメッセージを伝えることができます。

③ 娘をケア・テイカーにしない。


 小さい娘に自分の苦労や辛さを訴えることは控えましょう。子どもはお母さんが大好きですから、ただでさえ、母親を気遣い、心配します。たとえ、現実に困難を抱えているときでも、「今、お母さんは他のことで手一杯で、あなたに十分にかまってあげられずに、ごめんなさいね。でも、心配しなくても大丈夫だから。」と、子どもの安心を保証することが大切です。

 たいへんなときには、夫、友人、家族など、支えてくる他の大人に援助を求めましょう。

④ 娘に代理人生を期待せず、自分の望みは、自分でかなえよう。


 自分がやりたかったことを娘に託すのでなく、自分のやりたかったことは、自分でやりましょう。望みがそのままの形で叶うことはまれでしょうが、現実のなかで折り合いをつけ、今の自分にできることを考えてみましょう。

 子どもがいない時間、子どもが寝ている時間に、家事を片付けてしまうのも良いでしょうが、毎日30分でも、1時間でも、自分自身のために使う時間を確保しましょう。日記をつける、本を読む、勉強する、絵を描く、ピアノをひく・・・何でも構いませんが、子どもに直接関係ない自分の好きなことのために時間を使いましょう。子どものために自分の人生を犠牲にしたなどと恨みを持たずにすむよう、たとえ家事の手抜きをしたとしても、自分のために使う時間を作ることが大切です。

 大切な娘と末永く良い関係が持てたらいいですね。

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