2022年8月9日 朝日新聞デジタル「5歳児に戦争の話、トラウマにならない?心理学者と考える平和教育」 村本邦子へのインタビュー記事が掲載されました。
2022年8月21日 朝日新聞「戦争、子どもにどう話す」村本邦子へのインタビューが掲載されました。
(下記、インタビュー内容)
平和や戦争について、考えることの多い季節です。 ウクライナで凄惨(せいさん)な状況 が続くこの夏、子育て中の記者も、我が子と戦争や平和の話をしてみたい。でも、うまく伝えられる自信がない――。そんな思いを抱え、 心理学の視点から歴史や平和教育の研究を続ける立命館大学 人間科学研究科の村本邦子教授に話を聞きました。
――以前、5歳の子どもを沖縄の平和祈念資料館に連れて行きましたが、「怖い」 と言って走って出ていってしまいました。親のエゴだったのかなと反省しました。
子どもの発達の中でも、死や暴力といった次元の理解は年齢によらず様々で、何歳からどのような体験をさせるかは難しい問題です。大切なのはその前後の、親をはじめとした 大人との日常だと思います。
――親との日常ですか。
ドイツとイスラエルの心理学者の共同研究で、子どもの発達とホロコーストを教えた時の影響について調べたものがあります。 年齢だけでなく、子どもの日常や大人との関係性が関与するということが明らかになっています。もちろん日本とは歴史的な背景が異なりますが、参考になります。
――具体的にはどういうことでしょう。
例えば、今年の沖縄慰霊の日の式典で小学2年生の女の子が読み上げた「平和の詩」が印象的でした。 美術館で沖縄戦の様子を描いた絵を見た時に怖くなったけれど、「おかあさんにくっついた あたたかくてほっとした これがへいわなのかな」「こわいをしって、へいわが わかった」というものです。そうした関係性があってこそ、受け取れるものがあるのではないでしょうか。
――確かに、子どもが安心できる環境の中で伝えたいです。
平和資料館のような場では、子どもにとって刺激になるものもあります。見るかどうかを本人が選択できることも大切です。子どもの心理的な防衛反応として、怖がる以外に、ふざけて真面目に見なかったり反発 したりすることもあります。そうした時には無理をしないことも大事だと思います。
二次受傷、本当に心配な子は
――戦争教育における二次受傷(悲惨な体験についての話を見聞きすることで、自らは体験していなくても、被害者のようなトラウマ症状を示すこと)の問題について研究されていました。
平和教育を受けてきた人たちの間で、怖い思いをしたことでかえって遠ざかってしまうということがあります。立命館大学では付属校から一貫した平和教育が行われているので、中高生と先生たちに平和教育と二次受傷に関するアンケートをしたのですが、トラウマ的な反応をする子どもは、実はそんなに多くないんです。
――どのような結果だったのでしょうか。
平和教育を受けた中学生のうち、回答した124人は、ほぼ全員が肯定的評価をしていました。二次受傷を示唆させるものは、「テーマが重すぎて、必要なかった」という1人だけで、学校での事前学習、ボランティアや家族との対話などによって積極的意味が育まれていることが感じられました。先生へのアンケートでは、79名人18人が「平和教育のテーマに困難を抱えている生徒がいる」と回答しましたが、具体的な内容を見ると、二次受傷と関係していそうなものは、「気分を悪くした生徒がいた」(2人)、「見たくないと拒否する生徒がいた」(1 人)の3人だけでした。
暴力や人権への理解があってこそ
――そうした生徒たちは心配がないのでしょうか。
戦争の悲惨な話を見聞きしてショックを受けるのは自然な反応で、それがそのままに二 次受傷ということではありません。本当にトラウマティックな反応ということで言えば、気を失ってしまったり、突然眠ってしまったりということが考えられます。そうした反応を示す子がいたら、それは平和教育に限らず、日常的に気をつけて見ておくべき子たちなのだろうと思います。
――そうしたケースを除けば、心配しすぎなくていいということなのでしょうか。
一定の配慮は必要でしょうが、二次受傷のことを言い過ぎるのも良くないと改めて思っています。恐ろしいことが起きたことは事実ですから、トラウマを理由に教育の現場から消していくのは違います。ただし、平和教育は、子どもが実際に今どんな生活をしていて、その中で暴力や人権といったことをどう理解して成長していくかということが根底にあってこそだと思います。
悲惨な体験の伝承、被災地でも課題に
――子どもにとって怖い話をすることに慎重になってしまいます。
それは当然です。でも、子どもが育っていくうえで、怖い経験をしない方が良いというわけではないと思います。 戦争とは少し離れますが、 東日本大震災の被災地でも震災の生々しい記憶を子どもたちにどう継承するか、意見が分かれることがありました。体験集を図書館に寄贈しようとしたところ、刺激が強すぎるとして、断られたという方もいました。一方で、震災で助かった人の中には、昔からの津波伝承を思い出して逃げたという人たちがいました。
――難しい問題です。
災害はいつ起こるかわかりませんし、戦争に巻き込まれることも絶対にないとは言い切れない世の中になってしまいました。 怖い話だったとしても、そこから学んだことは、いざという時に困難を生き延びる力になるかもしれない。そこに、伝承の意味があるのではないでしょうか。
具体的なアクションが大切
――戦争を伝えるうえで工夫できることはあるでしょうか。
平和教育というと、戦争の怖さや悲惨さを強調してきた側面があると思います。ですが、その中で生き抜いた人や助け合った人たちがいることも、一緒に伝えたいものです。
――具体的に、どうしたらいいでしょうか。
急に戦争の映画や資料を見せるよりは、最初は絵本などを使いながら日常的に伝えていけるといいと思います。 また日頃から、暴力ではなく話し合いで解決する、いじめている人の仲間になるのではなく、心ある人たちと力を合わせて抵抗するなどの声かけが大事ではないでしょうか。それがうまくいかないと、大きなレベルでは国と国との戦争になる。そんなふうに話してみてはどうでしょうか。また、トラウマは無力感とも関係しているので、小さなことでも自分にできることがあるという感覚が持てるよう、アクションを起こすことが大切です。
――どんなアクションでしょうか。
例えば、戦争や平和について感じたことを絵や言葉にしてみる、困難な国の歴史を学ぶ、少額でもいいので寄付をする、などはどうでしょうか。つらい思いをしている友だち に声をかける、といったことでも良いと思います。
すぐにうまく伝わらなくても
――子どもにうまく伝えられるか不安です。
その時はうまく伝わらなかったとしても、子どもの心に何かが残り、後になってから生きてくるということがあると思います。
大学の国際平和ミュージアムでボランティアをしている若い人たちに話を聞いたことが あります。子どもの時の平和教育が恐ろしくて距離を置いてしまったけれど、年月が経っ てからまた関わり始めたというケースがありました。前述のアンケートでは、先生73人のうち半分が、自身が子ども時代の平和教育でショックを受けたことがあると答えています。そのうち7人が、そのテーマを避けていたことがあると答えていますが、現在は熱心に平和教育に取り組んでいます。戦争は怖いと感じた記憶が、どこかの段階で、直視しようという思いにつながるかもしれない。あの時に大人が伝えようとしたことは何だったんだろうと考える時がいつか来るかもしれないのです。 (聞き手・松本千聖)