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1992.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
サバイバーと関わる人のための手引

村本 邦子(FLC研究所)

1 ケアされるべき対象は誰か?

 治療的ケアということを考える時、主な対象として3種類が考えられる。まず、チャイルド・セク シャル・アビューズの被害にあった子ども、それから、子ども時代に被害にあい、それが心的外傷となっている大人、最後にチャイルド・セクシャル・アビュー ズの加害者である。この特集の関心は、被害にあった子ども、子ども時代に被害にあった大人に対する治療についてであるので、加害者の治療は非常に重要な問 題ではあるが、他の研究に委ねたい。加害者について言えることは、罰則を重くすることも必要だが、それ以上に必要なのが治療だということである。治療を受 けない犯罪者は犯罪を繰り返す可能性が高い。そのため、加害者の治療はすなわちセクシャル・アビューズの防止策でもある。また、治療の結果、加害者が自分 の責任を認めるようになれば、子どもが自分の証言が真実であることを証明しなければならないという負担から開放されるという付加価値がある。
 4番目の可能性として、被害者を取り巻く周囲の人々も治療を必要とする場合があろう。とくに家庭内におけるチャイルド・セクシャル・アビューズの場合、 家族全員が問題を抱えることになるため、援助が必要となる。女性がレイプされた場合、その夫やパートナーにも実は援助が必要だということが認識されていな いために、しばしばレイプによって女性の体と心が破壊されるだけでなく、彼女の「関係」までもが破壊を受ける結果となるのと同じように、子どもが被害に あった場合、多かれ少なかれ親や他の家族のメンバーも傷つくものである。

2 被害にあった子どもへの対応で気をつけること

 子どもが被害にあった場合は、医学的な検査や治療、法的措置が必要であったり、とくに家庭内の被 害であれば、被害が繰り返されないように危機介入も必要になろう。子どもが被害にあった場合、その被害体験からのトラウマはもちろんのこと、それを報告し たさいの大人の対応や各専門機関をたらいまわしにされ、何回も繰り返し嫌な体験をしゃべらされることなど、二次的な被害によるトラウマが指摘されている。 清水隆則(1991)によれば、チャイルド・セクシャル・アビューズによる被害は初期トラウマ(事件直後に被りやすいもの)と長期トラウマ(事件後かなり の期間かかって形成される問題行動)とに分類され、初期トラウマはさらに内在因(虐待行為それ自体にかかわる被虐待児の反応)と外在因(虐待事件に対する 関係者や社会の反応)とに分類される。初期トラウマの外在因に関しては、事件の調査と処遇にかかわる専門職の数が多いほど、配慮を欠く専門職の取り扱いが あるほど、トラウマは増大する。また、被害児童が犯人の訴追手続きに証人などとして関わる方がトラウマは強くなると言う。この場合、トラウマは「親にまと わりつく」「特定の人を恐れる」「入眠障害」などの問題行動によって測られており、アメリカのデータをもとに相関関係が調べられている。彼の結論は、トラ ウマを増やさないための関係者の役割として、必要な場合以外事件を他人に口外しないよう家族を指導する、初期ケース処遇に関わる専門職は、処遇に際して是 非とも必要なものに限定する、児童が訴追手続きに巻き込まれる時はその危険性を心得ておく、たび重なる質問攻めを防止するなどの配慮が必要であるとしてい る。これらは、すべてすでに紹介した犠牲者中心アプローチに則るものである。
 子どもの証言がどこまで信用できるか、あるいはいかにしたら信頼できる証言を引き出せるかは、子どもに関わる大人の対応や理解にかかっている。子ども は、加害者を必ずしも嫌い怖がってばかりいるわけではなく、ふだんはその子をかわいがっているように思われる近親者が加害者であれば、その関係を子どもが 大事に思っている場合も考えられる。その場合、子どもは加害者をかばったり、証言を取り下げたりする可能性がある。また、加害者が親であれば、もう一方の 親を慮るあまり、子どもが告発するのを躊躇して機を逸する可能性もあるし、子どもが加害者の巧みな繰りに乗せられて、悪いのは自分であると信じたり、大人 にとっては非現実的にしか聞こえない脅しを子どもであるがゆえに容易に信じてしまうこともある。また、小さい子どもの自己中心性によって、自分は唯一無比 であり、自分の体験が他の人には決して理解できないだろうと信じてしまうこともある。その他、チャイルド・セクシャル・アビューズ適応症候群と言われるも のを紹介しておこう。これは、精神科医シュミット(R. Summit, 1983)によって指摘されたもので、セクシャル・アビューズにあった子どもたちがその状況に適応して生きていくために形成する症状である。この知識を持 つことは、治療を改善し子どもを効果的に支持するのに役立つだろう。
 チャイルド・セクシャル・アビューズ適応症候群の5つは以下のとおり。

(1)秘密の保持:子どもと虐待者の出会いは「秘密」である。子どもは、人に話しても信じてもらえないと思い込まされているし、恥ずかしく罪悪感もあり、話すことを恐れる。虐待者はしばしば、さらに子どもを威かす。
(2)無力感:子どもは信頼する大人との関係で無力感を感じる。それは固定観念にとらわれ助けを求められないという形で表現される。
(3)わなにかかり適応する:秘密が保持されるならば、子どもは虐待を受け入れるしかない。話せば家族が崩壊するからと家族を保つための重荷を背負わされ るわけである。ヒステリー症状を示したり、非行、反社会的行動、自傷などに走るメカニズムは、虐待された子どもが生き延びるための芸と言える。
(4)打ち明けるのが遅れたり、打ち明けることに葛藤を示したり、説得力を欠いたりする:持続している虐待はほとんどの場合、打ち明けられることがない。犠牲者は、家族の葛藤が引き金となって明らかになるか、思春期に入るまでは黙っている。
(5)撤回:子どもは近親姦について話しても、それを覆すようなことを言う。家族が撤回するよう子どもに圧力をかけ、我慢させようとするからである。

3 被害にあった子どもの治療

 次に具体的な治療に関してであるが、犠牲となった子どもたちにどんな援助が有効で、なぜそれが必 要かについての認識は不足している。子どもは実に回復力のある生き物であるためにアビューズによる影響は楽観視される傾向があり、「子どもだから忘れてし まうだろう」といった大人の願望が投影されることになる。しかし、子どもは年齢に応じてさまざまな発達課題を抱えており、セクシャル・アビューズによる衝 撃はこの発達課題の遂行の妨げになる。たとえば、小さな子どもは自分の欲求を現実に合わせてコントロールすることを学んでいくが、早期にセクシャル・ア ビューズを受けると子どもは激しい性的感情に圧倒され、自制心を身につけることが困難になる。このような子どもたちは、治療の場で特別な訓練を受けた治療 者によって、激しい性的で攻撃的な行動を伴う出来事にしっかり対応してもらう必要がある。
 子どもの治療には遊戯療法が行われるのが普通で、アメリカで試みられているのに、操り人形遊び、人形遊び、物語をつくる、自分が主役の絵本をつくるなど がある。操り人形は既製の動物や人形を使ったり、紙袋にクレヨン、マーカーで絵を描いて子ども自身が作り、人形をとおして自分の感情を表現するよう励ま す。人形については、解剖学的に正しく作られた人形を置くことが重要であり、それによって小さな子どもの表現を助けたり、治療者が性的な話題を受け入れて いることを具体的に示すことができる。物語をつくるという方法はR.ガードナーによって広められたもので、「始めと真ん中と終わりのあるまったく君だけ の」物語を作るよう促すと、子どもはそれが「作り話」であるということを信じて話をする気になるという。自分が主役の絵本を作るという課題は、「自分が主 役の本」が子どもの自尊心の確立に効果があるという以前からの研究に基づくもので、絵を描くことで感情を表現することもできる。
 ロサンゼルスには、必要なケアがすべてひとつの場所で受けられる「スチュアートハウス」という施設がある。そこでは、検察官、警察官、ソーシャルワー カーが一緒になって子どもの保護にあたり、専門のセラピストが無料で治療を行うそうである。ここに被害児が送られてくると、それぞれ個別のプログラムが組 み立てられ、原則的には週一回のペースで子どもの症状を見ながら進められる。チャイルド・セクシャル・アビューズが原因だと考えられる徴候(暴力行為や悪 夢などの睡眠障害など)が消えるのをめどに治療が行われ、プレイセラピーやコラージュなどの手法が用いられたりしているとのことである。スチュアート・ハ ウスにおけるセラピストたちが基礎とする理論はアメリカでももっともすすんだ理論とされ、フロイトのエディプス理論に挑戦している。成人女性の精神障害に はチャイルド・セクシャル・アビューズの経験が深く関連しているという調査結果が精神科医らの統計から主張され始め、近年のアメリカにおける研究では、フ ロイトが最初に発表した説の方がむしろ事実だったのではないかとも言われているそうである。我が国でも、このような各専門職がチームを組んで、被害者であ る子どもの利益を第一に考える立場で適切な対応ができるようなシステムづくりや、フロイトのエディプス理論の見直しなどが早急に求められていると言えるだろう。

4 チャイルド・セクシャル・アビューズの長期的影響について

 ここから問題にしていくのは、チャイルド・セクシャル・アビューズを経験した大人の癒しの問題である。さきほどのトラウマの分類で言うならば、長期トラウマにどう対処するかということになる。まず、長期トラウマとしてどのような症状が考えられるか見てみよう。

・抑鬱
 子ども時代にセクシャル・アビューズを経験した大人にもっとも一般的な症状は抑鬱である。多くの統計的研究によって、これは支持されている。たとえば、 身体接触を伴うチャイルド・セクシャル・アビューズの経験者は非常に高い割合で長期にわたる抑鬱を経験し、病院にかかる割合も多い(Peters, 1984)。大学生への調査では、犠牲者の65%が抑鬱症状を経験しており(非犠牲者43%)、18%がこの症状のために病院にかかっている(非犠牲者 4%)(Sedney and Brooks, 1984)。

・自己破壊的傾向
 自己破壊的になることも多くの研究によって裏づけられている。カウンセリングセンターにおける調査では、チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者の 51%が自殺企図の過去を持ち(非犠牲者は34%)31%が自傷欲求を訴えている(非犠牲者は19%)(Briere, 1984)。大学のサンプルでも、自傷を考えたことのある者は犠牲者の39%(非犠牲者16%)、一度でも自殺を試みた者は犠牲者の16%(非犠牲者 6%)である(Sedney and Brooks, 1984)。

・不安発作、悪夢、睡眠障害
 臨床におけるデータでは、犠牲者の54%が不安発作を経験(非犠牲者28%)、54%が悪夢を報告(非犠牲者28%)、72%が睡眠障害(非犠牲者 55%)(Briere, 1984)。大学のサンプルでは、59%が神経過敏と不安を訴え(非犠牲者41%)、41%が過度の緊張に悩まされており(非犠牲者29%)、51%が睡 眠障害を示しているという(非犠牲者29%)(Sedney and Brooks, 1984)。

・摂食障害
 女性の摂食障害を治療しているプログラムでは、患者の34%が15歳になるまでにセクシャル・アビューズを経験していたことがわかった(1/3が拒食、 2/3が過食)。睡眠障害は思春期、成人してから性生活のストレスに直面した反応であると考えられる(Oppenheimer, Palmer & Brandon, 1984)。

・遊離(dissociation)
 臨床の場でのサンプルによれば、遊離の症状を報告しているのが犠牲者の42%(非犠牲者22%)、身体離脱の経験が21%(非犠牲者8%)、非現実感を 訴えるのは33%(非犠牲者11%)だった。チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者は遊離というメカニズムによってその不快な経験から逃れ、それが 後々まで症状になってしまうものと考えられる(Briere & Runtz, 1985)。

・自己評価の低さ
 犠牲者が自己評価の低さという傾向をもつことも研究によって裏付けされている。犠牲者は孤立感を感じやすく(とくに父娘の近親姦の犠牲者に甚だしい)、 否定的な自己評価については、初期の影響でははっきりしないが、長期の影響ではそれが強く出てくる。クーパースミスの自己評価インベントリーを用いた調査 によれば、犠牲者の19%が「非常に悪い」(非犠牲者5%)、「非常に良い」は犠牲者のわずか9%(非犠牲者20%)という成績だった(Bagley and Ramsay, 1985)。臨床の場でのサンプルではその差がさらに著しく、近親姦の犠牲者の87%が自己評価にダメージを受けたと報告されている(Courtois, 1979)。

・対人関係へのインパクト
 チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者は女性との関係についても男性との関係についても、対人関係の困難を訴える。近親姦の犠牲者はその79%が 母親に敵意を抱くのに、加害者に敵意を抱くのは52%である(de Young 1982)。治療を受けにきた近親姦の犠牲者の60%が母親を嫌い、40%が父親に強い否定的感情を向けているという(Meiselman, 1978)。近親姦の犠牲者は母親を憎み、自分をも含めて女性に軽蔑を感じている(Herman, 1981)。
 また、他者に対する不信感が強く、他者と親密な関係を持ちにくい。臨床の場でのデータでは、男性恐怖を感じている女性が犠牲者の48%(非犠牲者 15%)、女性恐怖を感じている女性が12%(非犠牲者4%)だった(Briere, 1984)。とくに近親姦の犠牲者にはこの傾向が甚だしく、これも臨床の場のデータでは、犠牲者の64%が夫やセックス・パートナーに葛藤や不安を感じて おり(非犠牲者40%)、39%が結婚していなかった(Meiselman, 1978)。同じようなデータが他にもある。
 子ども時代のセクシャル・アビューズが後に親となった時に影響を与えるとする研究が少なくともひとつある。それによれば、子どもが虐待されている家庭に いる母親のうち24%が近親姦の犠牲者(子どもが虐待されていない家庭の母親で近親姦の犠牲者は3%)だった。犠牲者にとって親しみと愛情に性的意味を付 与されてしまう傾向があるため、母親が子どもと情緒的にも身体的にも距離をとろうとすることで、チャイルド・アビューズに走りやすい土台ができてしまうと 考えられる(Goodwin, McCarthy and DiVasto, 1981)。
 もうひとつ深刻な影響として、子ども時代に犠牲者になるとその後も犠牲者になりやすいということが研究によって裏づけられている。980人の女性に対す る調査で、チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者のうち33%~68%(幅があるのは定義によって数が変わるためである)が後にレイプの犠牲者に なっている(非犠牲者でレイプされたのは17%だった)(Russel, 1986)。その他にも同じようなデータがいくつかある。また、犠牲者の38%~48%が夫による肉体的暴力を受けており(非犠牲者では17%) (Russell, 1986)、治療を受けにきた犠牲者のうち49%が大人になってからも殴られる経験をしている(非犠牲者では18%)(Briere, 1984)。

・セクシュアリティへの影響
 臨床の場でのデータでは、近親姦の犠牲者のうち87%が性的適応の困難を報告している(非犠牲者20%)(Meiselman, 1978)。数値は違っても、この傾向は他の研究でも裏づけられており、近親姦の犠牲者は非犠牲者と比べて性的不安が強く、性に罪悪感を持ち、性関係に不 満をもつ傾向があることもわかっている(Langmade, 1983)。
 一般のランダム・サンプルによる調査でも同じ傾向が確認されている。近親姦の犠牲者の80%が性的行為をリラックスして楽しむことができず、セックスを 避けるか禁欲するか、もしくは逆にセックスを強迫的に求めるという(Courtois, 1979)。大学生の調査では犠牲者の方が性的な自己評価が極端に低い(Finkelhor, 1979)。なお、チャイルド・セクシャル・アビューズと同性愛(レズビアン)との関連性はない(Finkelhor, 1984 ; Fromuth, 1983 ; Meiselman, 1978)。

・社会機能への影響
 チャイルド・セクシャル・アビューズの経験が売買春にも関係していることがわかっている。売春婦の55%が子ども時代に10歳以上年上の相手にセクシャ ル・アビューズを受けていた(James and Meyerding, 1977)。売春婦の60%が16歳までに、平均二人から20ヶ月にわたるセクシャル・アビューズを受けていたというデータもある(Silbert and Pines, 1981)。

 セクシャル・アビューズは暴力が介入しなければそれほど心的外傷にはならないとする説や、外傷が 大袈裟に論じられすぎているとする説もあるが(Constantine, 1977 ; Henderson, 1983 ; Ramey, 1979)、以上のデータから明らかなように、セクシャル・アビューズはきわめて深刻な精神衛生上の問題を引き起こす。ここに紹介したものは、アメリカで 成された研究をフィンケルホーがまとめたものの一部である。詳細は彼の研究を参照されたし。アメリカでのデータがどこまで我が国でも適応するものかはまだ わからないものの、傾向としてはどれも当てはまることだろう。日本でもこのような研究調査が一刻も早く行われることが望ましいが、それ以前の問題として、 チャイルド・セクシャル・アビューズの定義が明確になされ、サバイバーが声を上げられるような土壌が必要だろう。
 以上のことで、チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者の心理的治療がいかに大切であるかは明白になったと思う。次にどう治療がなされたらよいのか を考えていきたいが、我が国はこれほど遅れをとっているのが現状であるから、治療についても、まず、私たち治療者は、犠牲者がいかに癒されていくのかにつ いての知識を持ち、それにつきそうことからしか始められないのではないかというのが今の実感である。そのような意味で、犠牲者をいかに癒すかではなく、ア メリカの実践に学びながら、犠牲者がいかに癒されるかを理解したいと思うのである。

5 サバイバーの治療に関わる人へ

 アメリカでは20人の女性クライエントを持っていたら、カウンセラーがそれに気づくと気づかない とに関わらず、そのうちの何人かはサバイバーであると言われる。すでに論じてきたように、我が国においても数値は別にしてもこのような傾向があることは確 かだろう。現実に心理療法や精神科の現場にチャイルド・セクシャル・アビューズのエピソードが持ち込まれることは事実だし、治療者がこの問題を認識して丁 重に聞き込めば、クライエントはそれを話そうとしたのではないかと感じられるケース・スタディもある。日本では精神療法に携わる人々にセクシャル・ア ビューズの知識がないために、必要なケアができなかったり、それどころか治療者による二重の被害があることも推測される。アメリカでこの問題が言われ出し た時、それまでのエピソードを話したために治療者から異常だと指摘されますます自己評価を貶められたり、専門家にファンタジーだと説明されることでそれま で味方であった家族の信頼を失い、ますます辛い状況に追い込まれていったという証言が相次いだ。日本では、まだこのようなレベルにあるのだろう。その例と して、チャイルド・セクシャル・アビューズについての認識がないために、さらにクライエントを追い詰めているように思われる事例を、出版されているもの (吉田脩二、1991『思春期・こころの病』、高文研)からひとつだけ紹介しようと思う。

<事例>
 境界例とされる「美しい髪をした」23才の女性の症例である。「細身で、スタイルや顔の作りもよくて、シルエットだけなら美人といえる人でしたが、表情 には精気がなく、むしろ相手を拒絶するような冷たい感じ」があり、訴えは「家に篭もりっきりで、人の目が気になる、イライラして急に怒りっぽくなって母に 当たる、たまに外出するとヒソヒソ陰口をたたかれている気がする、たまらなく不安になり、毎日死ぬことを考えている等々」。インテークした男性医師に向 かって、彼女の方から「私は男性が嫌いです!」とはっきり宣言されて、女性の治療者と交代するが、この男性医師が薬の処方やスーパービジョンを行ってい る。女性治療者との間でいろいろな話しができるようになり、15回目に「急に過去の嫌なことを思い出した。誰も信じない。」と言う。思い出したことという のは、中学時より三年間も夜になると兄に悪戯されていたというエピソードである。次の回では自分に対する不潔感を綿々と綴った手紙を持参し、自分は不潔 (バイキンのよう)な女の子なんだと思い込み、周りの人よりも長くお風呂に入り、念入りに身体や顔、髪を洗い、それでもまだ洗い足りないような気がするな どと訴える。クライエントはこの「自分は汚れている」という観念を母との関係に位置づけ、母に対する恨みを述べるが、既に紹介したように、家庭内のセク シャル・アビューズでは、加害者よりも母親に敵意を感じるパーセンテージの方が高いのである。印刷されているケース記録だけから見る限り、セクシャル・ア ビューズの話題はその後まったく取り上げられていない。その後、治療者に出された薬を飲んでいるかどうか尋ねられ、クライエントは混乱し激怒しながら 「やっぱり先生は私を信じていなかったのね!」と泣きわめく。彼女に必要だったのは、絶対的に自分を信じてくれる人ではなかったか。兄のことを話した時、 母親は取り合わなかったのである。しかも、薬を処方している男性医師は、診療の合間に彼女に近づいて何かと言葉をかけ、「髪の毛にそっと触れるように」し ていたというのである。これに対して、クライエントは「はじめはあからさまに顔をゆがめたり、身をよじって避けて」いたが、「次第にいやがらなくなり」、 むしろ、わざと医師が現れるのを「待っているふしも見受けられ」たということである。医師の方にそのつもりはなくとも、これではまさにセクシャル・ア ビューズではないか。このクライエントにとって、親密さを失わないためには嫌なセクシャル・アビューズを我慢することしかできないのである。
 医師のあげるクライエントの問題点の一番目は、「自己評価が全くできておらず、それが自己の身体イメージにまで及んで」いるとのことだが、これを問題に するためにはセクシャル・アビューズの理解が必要ではなかっただろうか。また、この治療関係の限界は「母子の合体部分はそれほど大きかった」ことを意味し ていると結論しているが、彼自身「境界例は他者との関わりの中でますます境界例らしくなる」と述べているように、すべてを母子関係で読む治療者の眼差しに よって、クライエントがますます「境界例らしく」振る舞うようになったとは言えないだろうか。もちろん、境界例の原因がチャイルド・セクシャル・アビュー ズであるというような短絡的な説を唱えるつもりは毛頭ないが、それがひとつの重要な契機であり、この問題を避けては治療は進まないと思うのである。

 私たち治療者は、しばしばこのように無知からくる罪を犯し得る存在である。加害者のところで述べ たように、無自覚に力を持つ者は、無自覚にその力を乱用する可能性があり、いつでもアビューザーとなり得るのだということを肝に命じる必要がある。以下、 サバイバーに関わるカウンセラー(精神科医、サイコロジスト、結婚カウンセラー、家族療法家、ソーシャル・ワーカー)のための指針を紹介する (Engel, B., 1989)。

カウンセラーのための指針
(1)癒しが可能であることを信じる
(2)大きな苦痛につきあう覚悟をする
(3)信じられないことをすすんで信じていく
(4)自分自身の態度(セクシャル・アビューズについて、善や悪について、自分自身の性的混乱や苦痛、異性愛と同性愛などについての態度)を点検する
(5)自分の生育暦とセクシャル・アビューズについての不安を探っておく(自分が子ども時代にセクシャル・アビューズを経験しているのなら、それは十分に癒されているのか、そうでなければ、少なくともスーパービジョンを受けること)
(6)自分に経験がない場合は、それにもっとも近い経験を探っておく(これらについての反応や感情を基にしてクライエントを理解することができる)
(7)クライエントこそ専門家である(彼女自身の癒しについては本人が一番よく知っている)
(8)クライエントの欲求が正当なものであると認める
(9)カウンセラーの性別はクライエントにとって重要である(クライエントが女性カウンセラーを望むなら、その選択を認めること)
(10)クライエントが適切な助けを求めていくのを支持する(たとえば自助グループに参加するなど)
(11)孤立感と恥の感情と戦うためにはグループ・ワークに参加すると非常に役立つ
(12)サバイバーを信じること(本人がセクシャル・アビューズを受けたことに確信を持てない時すらセクシャル・アビューズがあったことを信じること)
(13)虐待を空想するということはあり得ない(エディプス理論を使って子どもの方が誘惑的だったとするのは誤りだし、有害である)
(14)虐待に対するクライエントの責任を決して仄めかさない(子どもには絶対に責任はない)
(15)クライエントが快感を経験したとすれば、それは何ら恥じることではなく、ごく当たり前の反応であり、それでもって虐待を望んでいたことには決してならないのだということを確認する
(16)近親姦は犯罪であり、犠牲者をつくる(家族の状況がどうあろうと近親姦が正当化されてはならない)
(17)虐待を過小評価してはならない(どんな虐待も有害である)
(18)虐待者を理解するために時間を割く必要はない
(19)クライエントが虐待者を許すべきだと言ったり仄めかしたりしてはならない(許すかどうかは癒しにとって重要なことではない。これは多くの立場から反論があるが、許さなければ癒されないと信じているならば、サバイバーと関わるべきではない)
(20)サバイバーが薬物やアルコールの中毒になっていないかチェックする
(21)クライエントの処理能力を評価する
(22)子どもの権利について健康な見解を提示する
(23)怒りは虐待に対するまともで健康な反応であることを評価する
(24)クライエントが声をあげていくことを支持する(虐待者に直面したり、家族に打ち明けたり、法的措置に訴えるなど)
(25)サバイバーがサポート・システムをつくる手助けをする
(26)性的な志向がセクシャル・アビューズの結果であると言ったり仄めかしたりしてはならない(性的志向にセクシャル・アビューズがまったく関係ないと は言えないがそれだけで決まるとするのは、あまりに短絡的であり、レズビアンのクライエントに失礼である。これは同性愛恐怖症からきており、心理的外傷が なければレズビアンにはならなかったとする誤った考えに基づいている)。

 サバイバーに向けて書かれたものに、次のようにあるのも参考になるだろう。被害者は誰かにその経 験を打ち明けるということがとても重要であるが、誰に言うか賢明に見分けなければならない。もしカウンセラーがほんの少しでも自分の責任を問うたり、それ ほどのことでもないと仄めかすならば、それは誤った治療者であるから、即刻治療を中止した方が良いというのである。つまり、治療者側は、チャイルド・セク シャル・アビューズの責任は全面的に加害者にあるということを理解していなければならないし、その重要性をきちんと受けとめなければならない。先に紹介し た事例にしても、治療者がそのエピソードを決して軽視したわけでなく、事実の重みゆえに沈黙を保ったのではないかと推測できるが、治療者がそれを真実とし てしっかり受けとめているということをクライエントに伝えることができなければならないのである。
 次に癒しのプロセスはどのような経過を辿るかを紹介しよう(Bass & Davis, 1988: Engel, 1989)。深い変化には時間がかかる。癒しのプロセスは自分がアビューズを生き伸び、生き残った(サバイバル)という事実に気づくことから始まり、子ど もの頃にたまたま起こった出来事によってもはや左右されない満足のいく人生を送れるよう成長することで終わる。癒しのプロセスはいきあたりばったりのプロ セスではなく、どのサバイバーも通り抜けなければならないはっきりした段階がある。しかし、それはらせん階段のように、ぐるぐる同じところをまわりながら 進んで行くものである。また、人によってはある段階はとびこしていくこともあるし、途中までで終わることもある。
(1)癒しの決意・・・セクシャル・アビューズが自分の人生に与えた影響をひとたび認識したら、癒しのために積極的にコミットする必要がある。深い癒しのプロセスは、自分が選択し、自分が本当に変わりたいと望んで初めて生じるものである。
(2)緊急段階・・・抑圧された記憶や感情を吸い始めることで心理的に大混乱が起こることもある。でも、これはひとつの段階にすぎず、通り過ぎていくものだということを心に留めておきたい。
(3)思い出す・・・多くのサバイバーが子ども時代の記憶を忘れてしまっているので、記憶と感情の両方を取り返すプロセスが必要である。
(4)それが本当に起こったことなのだと信じる・・・サバイバーはしばしば自分の思い出したことが事実かどうか疑うが、それが本当に起こったことなのだと信じるのは、癒しのプロセスのきわめて重大な部分である。
(5)沈黙を破る・・・多くのサバイバーはアビューズを秘密にしているが、起こったことを他者に話すことは強い癒しの力となり、犠牲者であることを恥じる気持ちを追い払ってくれる。
(6)それが自分の過ちではないことを理解する・・・子どもたちはアビューズを自分の過失だと信じてしまいがちだが、成人したサバイバーは、責められるべきは加害者であることを理解し直さなければならない。
(7)内なる子どもと関係を持つ・・・多くのサバイバーは自分の感じやすい部分との接触を絶ってしまっている。内なる子どもと関係を持つことで、自分自身への共感、加害者への怒り、他者との親密感を感じられるようになる。
(8)自分自身を信頼すること・・・癒しのための最善の導き手は自分の内なる声である。自分自身の認知や感情や直感を信頼することを学べば、この世を生きていく新しい基盤が形成されることになる。
(9)悲しみ悼む・・・サバイバーの多くは喪失を感じていないが、悲しみ悼むことが苦痛に栄誉を与え、解放を促す。
(10)癒しの中心部分である怒り・・・怒りは強力な解放の力となる。虐待者と自分を守ってくれなかった人にまともに怒りをぶつけることが怒りの中枢である。
(11)開示と対決・・・虐待者や家族と直接対決することが必ずしもすべてのサバイバーに必要なわけではないが、それは劇的な浄化手段である。
(12)許す?・・・許すことを薦める立場もあるが、虐待者を許すことは癒しのプロセスにとってはそれほど重要なわけではない。唯一必要な許しは自分自身に対する許しである。
(13)霊性・・・自らを超える力を感じることは本当の財産になり得る。霊性は特有の個人体験であり、伝統的な宗教、瞑想、自然、サポート・グループを通じて見出すことができるかもしれない。
(14)決意と前進・・・これらの段階を繰り返し通過することで、統合という地点にたどりつく。自分の感情と見解がしっかりしたものになる。虐待者や他の 家族のメンバーと折り合いがつくかもしれない。自分の過去を消してしまうことはできないが、人生を変えていくことはできる。癒しのプロセスに気づき、共 感、力を得て、よりよい世界に向かって歩むことができるようになるだろう。

 とくに理解すべき重要な概念は「内なる子ども」という考え方である。ふつうセクシャル・アビュー ズを受けた子どもは、自分の感情の部分を切り捨てることによって適応を保っている。この内奥にある感情との接触を回復するためには、内なる子どもを取り戻 さなければならない。多くの大人は自分のなかにこの内なる子どもがいることを忘れてしまっているが、これは私たちの一部であり、愛されることを求めている のである。過去の傷を癒すためには、この内なる子どもを愛し、慰め、慈しむ必要がある。これが癒しのキーポイントである。内なる子どもとの関係を取り戻す ためにできることは、子どもだった頃の自分を思い描いてみること、その子を象徴するようなぬいぐるみや人形を買ってみること、日記に書いたり、空想したり して、その子と会話してみることなどである。癒しのプロセスの途中で立ち止まっては、内なる子どもの声に耳を傾け、彼女が何を感じ、何を求めているかに注 意してみることが大切である。また、治療には困難がつきものであるから、途中で投げ出したくなることもあろうが、そういう時のために、「何故自分は治療を 望んでいるか?」についてのリストを作ってみると良い。そして時々それに返るのである。
 治療目的は、自己評価の改善、対人関係の向上、セクシュアリティの改善、自分の感情を理解し、表現し、解放できるようになること、身体症状の消失、自分 で自分をコントロールできるという感覚、自己意識の覚醒を高めること、健康な防衛機制を発達させること、心の平静を得るなどである。

文献

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Bass, E. & Davis, E. (1988), The Courage to heal : A Guide for Woman Survivors of Child Sexual Abuse, Harper and Row.
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『女性ライフサイクル研究』第2号(1992)掲載

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