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FLCスタッフエッセイ

2008.07.12 トラウマ
ドラマの力

村本邦子

 「地獄のDecember~哀しみの南京」を観た。期待を裏切らない舞台だった。前半と後半の二部に分かれ、前半では、ナレーターとともに、新聞記者、ミニー・ヴォートリン、渡辺さんと横井さんの「告白」などの声によって、歴史的事実、舞台の背景が与えられる。後半では、被害者と怨霊の声が、ストーリー性を持って私たちに迫り、「もう一度、生まれ変わりがあるのなら・・・幾重にもかけて・・・この罪と罰を、魂にきざみこみ、懺悔の生を生きてゆけたらと思う・・・。罪人の私、その罪をどう償うのか。地獄こそ、我が住家」と渡辺さんがきっぱりと言い放ち、幕が閉じられる。

 渡辺さん、横井さんにとって、繰り返し舞台を演じることは、トラウマの再演なのだと思った。演劇という形で再演することで、現実の再演を避けることができるし、うまく共感を得ることができれば、トラウマのシナリオは変容していくだろう。一緒に観た人たちの多くが、「最後が重すぎる。地獄には住めない・・・」という感想を漏らしたが、渡辺さんが地獄に住まざるを得ないのは、一人で背負うしかないからだ。私たちが、少しずつでも分かち合うことさえできれば、それはもっと軽くなるはずなのだ。ふと、若者たちの自傷や次々起こるおかしな事件は、歴史のトラウマの現実的な再演なのではないだろうかと思った。舞台の上での再演をみなで分かち合うことができれば、現実の再演は避けられるのではないだろうか。

 よくできた舞台だった。「こころとからだで歴史を考える会」の企画だったが、心と体だけでなく頭も使って向き合うことが求められた。そして、さまざまなところにいるさまざまな人々の視点、絶望と希望、さまざまな感情が惜しみなく散りばめられており、ひとつの事象をたくさんの角度から見つめることのできる構成だった。演劇とは、なんてパワフルなツールだろう。

 二日目の企画は、「プレイバックシアター~こころとからだで考える歴史のトラウマ」。アルマンド・ボルカスさんをファシリテーターとするこのプレイバックシアターは、昨年も経験したが、素晴らしい手法だ。提供されたエピソードから、役者たちが、一人の人の心の中にあるさまざまな感情の声を注意深く聴きとって、それぞれに演じてくれる。あたかも、どの感情も無視されず、聴き取られる権利があるのだと言わんばかりに。人殺しとは、もしかしたら、自分の心のなかの声のどれかを殺すことから始まるのかもしれないと思った。自分の心のなかにあるすべての声を救うために、複数の他者が全身全霊で耳を傾け、共感しようと努力してくれること、そして、それをたくさんの人々に証人として見守ってもらうことは、どんなに大きな力になることか。

 折りしも、この二日の昼間の私の仕事は、毎年やっている芸術教育研究所の保育士研修で、ロールプレイを使うセッションをやった。即興でやってもらう寸劇を通して、現場から上がってきたたくさんの疑問に、私が答えるよりずっと説得力のあるだろう答えが見えてくる。同じ答えが提示されても、与えられた答えよりずっとよく身につくことだろう。
 
 三日目、四日目の企画は、「過去を共有し、未来を築くワークショップ~アジアの戦後世代が継承する戦争体験」で、少人数のクローズトグループだった。ここで初めて、見るだけでなく、自分の感情を演じてもらう、自分が相手の感情を演じてみるということを経験した。自分の体験を受け取ってくれた相手が、懸命にそれを表現しようとしてくれる体験は、これまで経験したことのない不思議な感じだった。私はいつでも自分の感情のすべてに責任を持つ努力をし続けてきたが、その責任を手放す感じ。おもしろいことに、手放すことから見えてくるものがある。逆に、相手の感情を聴き取る努力をしたあと、体が演じるままに任せるというのも面白かった。プレイバックで見たときには、どうしてそんなことができるのか不思議だったが、意外とできるかもしれないと思えた経験でもあった。

 これまでも、多少はドラマセラピーを経験している。ひとつの有効な方法だとは思ってきたが、私自身に関しては、とくにドラマの力を借りなくても、自分の気持ちを扱うのに不自由を感じてはこなかった。ただし、この歴史のトラウマ、つまり個のレベルを超えた集合的トラウマを扱うには、ドラマの力がとても役に立つのだと感じた。今さらドラマセラピストにまではなれないが、部分的にちょこちょこ取り入れることはできるかも。そして、自分ももっともっと人の助けを借りていこうと思った。

(2008年7月)

2008.05.10 トラウマ
非暴力と平和を願う

西 順子

 今年の年報のテーマは、「世代を超えて受け継ぐもの」。このテーマについて取り組むために課題図書を読んだり(『ザ・レイプ・オブ・南京』『沈黙という名の遺産』など)、親の歴史を聴くインタビューを行ってきた。自分自身の歴史をも振り返り、受け継いだものを内省するなかで、負の遺産が今では正の遺産となっていることに気づかせてもらった。年報執筆に向けて取り組みながら、個人レベル、マスレベルで世代を超えて受け継ぐものについて思い巡らす今日この頃であるが、そんななか、4月にたまたま二つのミュージカルを観劇した。
 一つは、劇団四季の「ウエストサイド物語」。もともとミュージカルが好きだし、特にパワフルなダンスが好きなので、楽しみにしていたのだが、観劇しおわって、感動したというのかエネルギーを感じて心と身体が震えるようだった。社会の貧困と差別、憎しみと暴力、平和を求める闘いと願い。歌やダンスを通して表現されるものには、負のエネルギーと正のエネルギーとが渦巻いていた。差別、虐待、暴力、その連鎖を断ち切ろうとして生き抜こうとした若者の姿に、現代にも通じる非暴力への願い、祈りを感じた。平和とは人を愛することであると感じた。
 もう一つは、夫に誘われて、内容は知らずにたまたま行くことになった、大阪・憲法ミュージカル2008実行委員会主催の「ロラ・マシン物語」。このミュージカルはフィリピンで従軍慰安婦にされたトマサ・サリノグさんという実在の人物をモデルにしたもので、大阪では若手弁護士らが企画し、公募で集まった市民100人が演じている。物語では、戦時性暴力による深い苦しみと悲しみ、それを生き抜き、超えて生きようとする人間の尊厳をかけた正義を求める闘いが描かれていた。主人公、そして民衆のエネルギーが渦巻く舞台、平和を求める願いに、魂が揺さぶられるようだった。感動とともに、同じ過ちを繰り返してはいけないこと、人間の尊厳を奪うことがあってはならないこと、真実と向き合うことが大切なこと・・を伝えてくださった、トマサ・サリノグさん、出演された市民の方々、このミュージカルを創った方々、企画された方々に感謝したい気持ちとなった。

 二つのミュージカルを観劇して、暴力へと向かう負のエネルギーと、非暴力と平和を求める正のエネルギーが拮抗するなかで、その渦を超える正のエネルギーを感じとった。正のエネルギーは、「生」のエネルギーでもある。負の遺産と向き合うことで、負のエネルギーを非暴力と平和を求めるエネルギーに変容させていくことができるのではないだろうか。まずは私にできるところから、一人一人の人間の「歴史」の真実と向き合っていきたいと思う。 
 7月には、ドラマセラピストの方の平和教育ワークショップとプレイバックシアターに参加する予定であるが、ここでもまたどんな体験ができるのか、とても楽しみである。

(2008年5月)

2008.04.12 ライフサイクル
新車がやってくる!

村本邦子

 人の心は移ろいやすいもの。「自分は一生、絶対、やらない」と思い込んでいたのに、やるようになったってことがあるものだ。私の場合、ふたつある。ひとつは運転、ひとつはピアスだ。

 昔々、プレイセラピーでかなり長い間、おつきあいしたアスペルガーの女の子がいた。愛ちゃんというが、よく、「先生、運転しないの?運転しないと、大人になられへんで」と言われたものだ。愛ちゃんが住むところは、1人一台、車を持っているような地域だったので、大人はみんな運転していたのだと思う。なぜか、自分は一生、運転することはなかろうと思い込んでいた。

 ところが、どういうわけか、たまたま住むことになったところの駐車場が抽選で当たり、使うか使わないかという状況が訪れ、駐車場を使えるということは、かなり困難で特権的なことだということがわかったので、何を考えたのか、突然、運転免許を取ることにした。ちょうど息子が生まれたばかりで、同じく免許を持っていなかった夫と2人で、託児つきの教習所へ通い、苦労して免許を取った。

 子どもたちが小さかった頃は、よく車を使っていた。童謡をいっぱいダビングして、みんなで声を合わせ、繰り返し繰り返し歌いながら、あちこち旅行したものだ。子どもたちが学校に上がると、めっきり運転しなくなった。もともと、夫も私も運転が得意な方ではない。加えて、私は救いようのない方向音痴。迷いながら運転するので、危なっかしくて仕方がない。必要がなくなったこともあり、それから、まったく運転しなくなった。

 正確に言えば、ほんの一時期、なぜか急に運転できるような気がしてきて、運転し始めたことがあった。和歌山に二泊三日の旅行をした。帰る直前までスムーズにいって、かなり自信を持ち、「これからも時々、車で旅行することにしよう」と思ったのも束の間、環状線を降りるレーンを間違えて、あちこちからクラクションを鳴らされ、かなり恐い思いをした。それで、急に自信がしぼんで、再び運転しない状況に戻ってしまった。

 その頃、思っていたことがある。「運転できる」という感覚は、なぜか「自分が一人前の大人である」という感覚に近い。「愛ちゃんが言っていたことは、まんざら間違いでもないな」と時々、懐かしく思い出す。他の人はどうだか話したことがないので、もしかすると、これは、私だけの感覚かもしれないけど。私は、長い間、自分が大人であるという感覚を持てずに生きてきた(いまだに、とっても子どもっぽいところがある・・・)。大人の感覚は、初めて自分名義のクレジットカードを作ったとき、確定申告をするようになったとき、被扶養者でない健康保険証を持ったとき、少しずつ増えていった。運転も、明らかに、この延長線上にある。

 この春、生まれて初めて、外国でレンタカーを借り、自分で運転しながら旅をした。パックツアーでなしにハワイ島を旅しようとすれば、レンタカーを借りる以外に選択肢がないため、決死の覚悟だったが、ハワイ島は車も少なく、道もシンプルで、運転は快適だった。すっかり大人になった気分で、自信をつけて戻ってきたところ、なんと、留守中、夫が息子の引越しをしてやって、壁に当ててしまい、車は相当に悲惨な状態になっていた。修理すると50万かかるということで、いつもながら、いきなりだが、20年近く乗ってきた愛車を手放し、新車を買うことにした。

 子どもたちが大学を卒業したら、カーナビつきの新車を買って、あちこちの温泉地を旅して回るというのが私の夢だったが、なんと急な展開で、夢が実現することになった。ドキドキ・・・。新車は連休明けに来る予定だが、これからは、時々、運転して回るとしよう。今では、大人の感覚をもてないということはすっかりなくなったが、これで運転するようになったら、いよいよすっかり大人になれるような気がする。たぶん、最後のイニシエーションだ。

 「一生、やらないだろう」と思っていたはずのことが、いつのまにか当たり前のようにやることになる。人生とは不可思議なものだ。

(2008年4月)

2008.02.12 子ども/子育て
受験生とのつきあい方

村本邦子

 二年続けて受験生をやってる息子。「受験生がいると気を遣うでしょ~」と人から労われるが、ぜんぜん気を遣っていない私。

 その息子も、去年の今頃は、「なんかめまいがする」「心臓がドキドキする」などと身体症状を訴えたり、なんだかイライラピリピリしていたが、今年は、それほどのこともなく、「やっぱり大人になってきたな~」と内心、感心していた。

 ところが、本番の受験が始まる前夜。家に帰ると、息子が、「晩御飯食べたら、みんなで温泉行こうや」と言う。びっくり仰天した私が思わず、「みんなで温泉なんか行ってる場合なん!?一分一秒惜しんで勉強した方がいいんと違う!?」と茶化して言ってしまったところ、息子が怒り出した。「どっちみち風呂に入るんやから、一緒のことやろ。それとも、風呂にも入らんと勉強せえって言うん!?」

 なっ、何なんや、これ・・・(個人的には、温泉行きたいんだけど・・・)。受験生のストレスか!? 内心、驚きながら(息子がこんなふうにわけわからない怒り方をするのは、思春期だった中学生の一時期を除くとめったにない)、「この子は、いったい何を考えてるんだ!?」と、こっちも腹が立ってくる。余裕のある子ならともかく、志望校にギリギリ届くか届かないかというところなのに・・・(四月からずっとよく頑張ってきたが、なにしろ生まれて初めてやる勉強だから要領を得ないのか、ずっと成果が上がらなかった。それが、年末あたりから急に成果が見えてきたので、本番に間に合うかどうかといったところ)。しかし、互いに怒りをエスカレートさせても良いことはないし・・・と大人の方がググッとこらえ、黙っておく。が、息子の方は、まだ畳み掛けてくる。八つ当たりやろ!?

 「お母さん、そうやって上から目線でものを言うのやめてくれる?」「えっ、上から目線でなんか言ってへんし・・・」「言ってる。まるで、あんた馬鹿じゃない!?って言われてみたいや」。心の中に思い当たるフシなく、そんなことはない・・・とは思うが、このシチュエーションにいる息子にはそう聞こえるのかしらと思うと、ちょっとかわいそうになる。納得できない部分は残るが、「そんなつもりはないけど、そう聞こえたら、ごめんなさい」とひとまず謝っておく。

 それでも、「いったいこの子は何を考えているんだろうか。私には理解できない」と考え続けるが、ふと、試験前日で不安と緊張が高く、家族と一緒に和気藹々と温泉にでも行って、あったかい気持ちに包まれて本番を迎えたいということだったんだろうかと思いつく。たぶんそうだったんだろう。そう考えると、急に、かわいく、そして、かわいそうな気持ちになる。やっぱり悪いこと言ったかな。

 「今、ご飯、食べる気分じゃない」と言うので、夫と二人、無言で食べ始めるが(夫の作ってくれたちゃんこ鍋)、そのうち娘が帰ってきた。「一緒にご飯、食べ」と言うと、息子も気を取り戻そうと努力してか、娘と食べ始める。場を察した娘が息子の笑いを取れる話題を提供し、夫と三人、仲良く笑いを取り戻す。輪からはずれていた私が、頃合いを見計らって、「じゃあ、そろそろ温泉行こうか~」と誘うと、息子も大人らしく意地を張ることもなく、素直に「うん」と言う。こうして、受験前夜、一家で温泉へ行った。

 温泉効果がどんなふうに現れるのかよくわからないが、まっ、気分悪くて実力発揮できなかったと後々まで言われるよりは、気分よく試験を受けてもらう方が良いことは間違いない。基本的に、受験は自分のために自分でやることなんだから、受験生がいるからって、家族全員が腫れものに触るような扱いをするのには反対だが、それでも、やっぱり、ストレスフルな受験生のこと、ちょっとは気遣ってやらなきゃな・・・と反省した。さじ加減が難しい。さて、来年は、娘が受験生だ。

(2008年2月)

2007.11.12 コミュニティ
「パールノート♪」をよろしくね!

村本邦子

 今日(11月4日)は、あゆちゃん(長川歩美)と私(村本邦子)のピアノ・デュオ、「パールノート♪」(真珠の音符っていう意味です。♪のマークの丸い部分には、つやのあるパールが入っているとイメージしてね!)のデビューだった。自分でも嘘みたい!

 ピアノのことは、ブログやエッセイに、これまで何度も書いてきたが、私にとっては、大人になってから始めた趣味であり、長く続けながらも(かれこれ13年ほど?)、なかなか自信が持てないでいた。それでも、毎年、子どもたちと一緒に、発表会で連弾をするのが楽しみだったが、いつの間にやら、子どもたちも成長し、いろんなことに忙しくなり、中学卒業と同時にやめてしまったので、そんな機会も失い、意気消沈していた。

 ところが、縁あって、去年、音大を出てピアノをやってきたというあゆちゃんが、研究所のスタッフに加わってくれた。「一緒に弾く機会があったら嬉しいな~」と言っていたのだけど、何となくの思いつきで、NPOの年次大会でミニコンサートをすることになった。それから、お互い、忙しいなか、かなり頑張って練習して、何度もスタジオを借りて音あわせもした。これが楽しくて楽しくて、やればやるほど、「もっとやりたい!」という気持ちが高まって、終わってしまうことが受け入れがたくなってしまった。

 「これからも続けて一緒にやって行かない~?」おずおずと提案したところ、あゆちゃんも賛成してくれて、「やった~!」。コンサートに向けて行った「認知行動療法」の成果で、今は認知の歪みがだいぶ修正されたが、そのときにはまだ、「大人になってから始めた趣味に毛が生えただけのピアノと本格的なピアノを一緒にするなんて、厚かましすぎないかな?本当は嫌なのに、気を遣ってつきあってくれてるんじゃないかな(構造的力関係があるし・・・)?」なんて疑念も拭い去れずだったけど。

 演奏の評価はともかく、「気持ちよく楽しく、聴いてくれている人たちとのつながりを感じながら、身も心も全存在をかけて・・・」など目標として掲げた細項目の平均点は92点。私にとって、今日は大きな第一歩になった。練習のプロセス、本番で緊張しすぎないための「認知行動療法」のプロセスを通じて、相棒の力を借りながら、自分自身と向き合った4ヶ月だった。

 とりあえずは、来年のミニコンサートに向けて、明日から、さっそく新しい曲に入っていくが(楽譜ももうバッチリ準備してある!)、機会があれば、今後、他のところでも演奏できたらな~と思っている。コンサートホールで聴くプロのピアニストの洗練された演奏はもちろん素晴らしいけれど、もう少し身近に、気楽に、一緒に音楽を楽しんでもらえたらいいな~と思う。うちのNPOの「安心とつながりのコミュニティづくり」のオールタナティブとしても考えられたら。まだレパートリーは少なすぎるけど、ご希望があって、スケジュールさえ合えば、ボランティアで演奏をさせてもらいに行きたいと思っていますので、どうぞよろしく!

(2007年11月)

2007.11.10 子ども/子育て
私の原点~「つながり」の体験

西 順子

 先日、助産師さんたちの研修があった。ご縁があってその1つのコマで周産期のケアについて話をさせていただいたが、その準備の過程で関連図書を読みながら、自分自身の体験を振り返ることとなった。

・・一人目のお産は、里帰り出産で、私が生まれた病院でだった。その時のお産は、あとで振り返ると「孤独」だった。出産後、すぐに母子分離され、赤ちゃんを抱かせてもらえたのは、次の日の夕方頃だったろうか。出産後、一寝入りした後、赤ちゃんと離れている切なさに、新生児室まで這うようにして、赤ちゃんに会いに行ったことは、今もその切なさの身体感覚として思い出す。
 その後、村本が女性ライフサイクル研究所を設立したと聞き、仕事が休みの日にはグループに参加するようになった。そこでは、女性学や女性心理学の本を読みながら、妊娠・お産など、女性の体験について語り合った。自宅出産の体験、助産院での出産体験、病院での体験など、さまざまな女性の体験を聴くなかで、いろんなお産があること、女性が置かれている状況、人それぞれの女性の生き方や選択があることを知った。そんななかで、二人目は納得のいくお産がしたいと、助産院を選んだ。

 一方、赤ちゃんとの生活にも慣れ始め、いい時間を過ごせるようになったというのも束の間。当時勤めていたクリニックには育休がないため産後8週明けで職場に復帰した。それについてはいろいろ悩んだが、自分も生き生きと生きること(仕事を続けること)は、子どもも生き生きと生きることにつながるはず、と決意したのだが、実際には、子育てと仕事との間で葛藤する日々だった。そんな思いもグループのなかで語った。また、女性の体験にも耳を傾けた。そんななかで、「自分だけじゃないんや」という発見と体験があった。仕事をしている、していないに関わらず、女性が「こういうお母さんであるべき」という周りからのプレッシャーや期待を受けて苦しんでいることを知った。「自分だけじゃない」、それだったら、私は私らしく、私らしいお母さんであったらいいんだと思えた。
 当時読書会で読んでいた『女はみんな女神』の本にも発見がいっぱいあり、女性が人生を主体的に生きるということはどういうことかについて多くのことを学んだ。特に「その真の代償は、それを得るために諦めるものであり、とらなかった道である」という言葉が胸を打った。諦めた道、喪失を受け入れることで、自分の選んだ道がよりはっきりと照らし出されるということも経験した。

 女性たちと語り合い、つながる体験(個人を超えて普遍的なものとつながる体験)のなかで、自分の人生を振り返り、自分自身の過去も現在も受け入れ、これから先の人生を見通せたこと、それが今の私の原点となっている。それが、スタッフや家族、周囲の人とのつながり、そして、今の仕事へとつながってきている。私が女性たちから感じさせてもらったこの体験~自分を肯定し、力を感じ、普遍的なものとつながる体験を、他の女性達にもつなげていくことができればと思う。私が女性たちに助けられ、支えられ、力づけられてきたように、女性が自分の人生の主人公として生きていくことのお手伝いができればと思っている。

 助産師さんの研修では、自分の体験も話した。その後、感想やご意見、助産師さん達の体験もお聞きしたが、立場は違うものの、助産師さん達と「つながり」を感じれたことも嬉しかった。また、助産師さん達の女性と子どもをサポートする思いにも力づけられた。講師の経験を通して、暖かいつながりを感じさせて頂いたことにも感謝したい。

(2007年11月)

2007.07.01 カウンセリング
トラウマ反応とケア

西 順子

 女性ライフサイクル研究所では、設立以来、トラウマからの回復のための心理的援助に力を入れてきています。ここでは、トラウマとは何か、トラウマがもたらす心理的影響としてトラウマ反応についてお話したいと思います。

 〈トラウマとは〉一般的に、心身に不快をもたらす要因をストレスと呼んでいますが、ストレスが非常に強い心的な衝撃を与える場合には、その体験が過ぎ去った後も体験が記憶の中に残り、心理的な影響を与え続けることがあります。このようにしてもたらされた心理的な後遺症のことを、「トラウマ(心的外傷)」と言います。

 〈トラウマ反応〉トラウマが与える心理的な影響のことを、「トラウマ反応」と呼びます。トラウマ反応は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が代表的ですが、うつ、心身症としてもあらわれます。これらは、極度のストレスに対する人間の正常な反応の一つです。

 PTSDの主な症状は三つで、(1)侵入的症状、(2)回避症状、(3)過覚醒症状です。
(1)侵入症状とは、トラウマとなった記憶、イメージ、臭い、音、その感覚が、人々の生活の中に 「侵入」してくることです。フラッシュバックや悪夢など、侵入症状は極度の苦痛を引き起こします。
(2)回避症状とは、トラウマとなった記憶を思い出させる状況、人、出来事を避けることです。苦痛   を避けることで、親密な付き合いから引きこもったり、愛や喜びといった感情を経験することができなくなることもあります。
(3)過覚醒症状とは、トラウマ体験によって、世界への安全感、信頼感に亀裂が生じることによ      り、ビクビク緊張して常に警戒してしまうことによります。その結果、睡眠障害、集中困難となり、ビクビクして驚きやすくなります。

 トラウマとなるような出来事を経験すると、精神的に傷つきやすくなり恐怖感が残るため、自分はおかしくなってしまったのではないか、自分が弱いからだ・・と思ってしまう方もありますが、そうではありません。まずは、自然な反応であることを理解しましょう。

 カウンセリングでは、トラウマを受けた方が自分のトラウマ反応を理解し、症状をマネージメントし、心身のコントロールの感覚を回復していけるよう、お手伝いができればと思っています。

                                                  (2007年7月発行:ニュースレター特集より)

2007.06.12 コミュニケーション
ストレスとつきあう

村本邦子

 「なぁ、久しぶりに動作法やって~や・・・」ストレスでしんどくて吐きそうと訴えている娘。この子は友達に恵まれ、自分のことで悩むことはないんだけど、特定の誰かを嫌って排除するようなことができないために、激しく対立する友人やグループの間に立たされ、振り回されるハメになることがある。

 「自分で背負いきれないほど、人の荷物しょったらアカンで。そんなことしても、誰のためにもならんからな。相手のためにもならんし、自分のためにもならん。荷物が自分でしょえる重さを超えたら、きっぱり線引かな~」「うん・・・自分でもわかってるんやけどな。今日、ちゃんと話して帰ってこようと思ったけど、限界やった。明日はちゃんと話すわ」

 自分がどこまで人の荷物を背負えるか、背負えないものはきっぱりと線引いて引き受けないというのは、本当のところ、とても難しい。まず第1に、自分のキャパを十分に知っていなければならない。そして、はっきりとノーを言わなければならない。荷物の持ち主が自分に近しい人であればあるほど、これは難しい。私自身、娘くらいの頃は、うまくバランスを取れずに悩んだものだ。私の場合は、友人ではなく、家族の荷物だったけど。

 ベーシックに肩上げからやり始めるが、体がピクピクひきつっているのがわかる。娘の肩は、本来、ものすご~く柔らかく上がるのだ。片方ずつゆっくりと、手を当てながら何度かしているうちに、少しずつ、ピクピクがなくなり、スムーズに上がるようになる。もう片方、そして両肩。何度も繰り返して、片開きまでやると、ずいぶん楽になったと言う。それは、援助しているこちらにもよくわかる。

 友人関係のごちゃごちゃを親に詳細に語れないこの年齢の子に、詳しい話を聞かず(聞かなくても、概要は推測できるのだけど・・・)、体のことだけで何かしてやれるツールがあるのはとっても良い。「動作法」なんて言葉、よく覚えていたもんだ。たしか、受験のストレスの頃、何度かやってやったんだと思う。

 しばらくすると、「せっかく少しリラックスしたのに、頭が考えてしまうから、また、体が緊張してきた・・・」と言う。「じゃあ、次は、タッピングタッチで行くか」。こちらは、前に一度やった時、息子とともに、「なんか怪しい」とあまり喜ばれなかったんだけど、今回は、「やっぱ、いいな~」と受け入れられた。その後は、すぐ寝付けたようだ。

 人との関係で、ストレスは避けられない。ストレスに自覚的であること、早めに手当すること、誰かにSOSを発信すること、自分の体を労ること・・・いろんなことが今後の人生のための勉強だ。ふだんは、ほとんどもう不要となりつつある親役割だけど、あと少しだけ、残っているものがありそうだ。

(2007年6月)

2007.06.10 いのち
生老病死~病院臨床に関わりはじめて

西 順子

 ご縁があって、今年の4月から病院で週一回、非常勤の心理士として勤務することになった。総合病院だが、婦人科と小児科の所属のため、女性や子どもの相談、カウンセリングが主な仕事となる。これまで、女性ライフサイクル研究所を中心に、女性センターや学校でのカウンセラーも経験してきたが、主に女性や子どもの問題に関わってきたので、病院臨床でもこれまでの経験を活かしていけるだろうと思っていた。しかし、これまでの経験を活かせるところと、新たに勉強していかなければならないことがたくさんあることを日々痛感しているところである。もちろん、臨床の現場によって、どんな方々が来られるか、何が求められているか、それぞれの場での特徴はあると思う。それぞれの場に応じて、新たな学習が必要であるし、経験を積んでいくことも必要である。病院臨床でも、新たな学習が必要なことはもちろんだが、またこれまでとは違った体験をさせてもらっているな・・と感じることがある。

 まだ勤めて3ヶ月もたたないが、病院では、やはり「生と死」について、「命」について、漠然とではあるが考えさせられることに気づく。生きる喜びと、死の悲しみが隣り合わせに感じることもある。生きる喜び、病気の苦しみ、死の悲しみを前にして、自分には何ができるだろうかと問いかける。今の私にできることは、そこに寄り添うこと・・それしかできない、できないのではないか。寄り添うことしかできないが、そこに、共にいさせてもらえるなら・・という気持ちで、お話を聞かせていただいている。

 「命」をありのまま受け入れることは難しいことだと改めて感じる。「命」には、生も、老いも、病も、死も含まれることに気づく。「命」を受け入れるとはどういうことなのだろうかと問いかける。老いも、病も、死もあるものとしての「命」を受け入れるには、スピリチュアルなものが必要といえるだろうか。スピリチュアルとは、人間の力を超えたものに対する畏敬の念、己を超えたものとのつながりを実感することなどである。

 今の私にできることは、ありのままの「命」を受け入れることに伴う苦しみ、痛みに寄り添うこと。そして、苦しみ、痛みを超えて生きていく人間の可能性も感じていたい。

(2007年6月)

2007.04.10 ライフサイクル
棚の整理は心の整理

西 順子

 年が明けたかと思うと、あっという間に4月を迎えた。桜の開花とともに春を感じるが、春の季節は、心の「春」を感じる時でもある。心の「春」とは、生命力、新しい成長に向かう力を感じ、新しい影響と変化を受け入れることである。

 研究所が設立して16年半。この間に引越しが2回あったが、現在の場所にきて5年がたった。引越しの機会は、物を整理する機会でもある。しかし、5年もたつといつの間にか、いろんな物がたまってくる。物が増えるのは家も仕事場も同じだ。最初は広く感じた本社の部屋も、随分手狭に感じるようになり、心機一転、3月は、物の整理・棚の整理をしようと思いたった(自宅の場合もそう。突然、むしょうに片付けたくなる時がある)。

 3月中には終わらせる予定が、4月に食い込んでしまったが、いつの間にかたまった諸々の物を、何が必要か不要かと選択しながら、仕分けし直し、ファイリングし直し・・、徐々に部屋や棚がすっきりと片付いていっている。なんて、気持ちがいいんだろう!

 もちろん、1人でできるはずはなく、スタッフの協力を得て、日々の仕事の合間に、手伝ってもらっているが、スタッフがさらに整理のアイデアを出してくれて、どんどんと整理をして片付けてくれるので、とっても有難い。ファイルには、分かりやすくテプラで打った見出しもつけてくれた。「大きなカブ」のお話のように、1人でできないことも、皆の力があわせられれば、思いもよらない力が発揮されるものだ・・と、力を合わせることの感動も、じんわり体験させてもらっている。

 なかには、10年も前の講演会の時のスタッフの写真、その子ども達の写真も出てきた。子ども達の、なんとかわいいこと。私も、若いスタッフから「若い~」と言われて、月日のたつ早さにしみじみ~となった。思わず、アルバムを見てみたくなったが、見ていると時間がない。それはまたいつかのお楽しみにして、一番端の棚の奥に閉まっておいた。

 新たな年度を迎えるために、棚の整理をしながら、心の棚卸しも一緒にしているように思う。物が整理されていくと同時に、心も整理されていく。片付けや整理の作業は、自分の心を静かにするときであり、自分自身の内面に精神を集中するときである。心の棚卸しは、心に「平安」をもたらしてくれる。私にとっては、そんな意味もある。

 綺麗に、機能的に仕事がしやすくなった研究所で、心新たに「春」の気持ちで6年目を迎え、仕事に精を出していこう~。

(2007年4月)

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