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FLCスタッフエッセイ

2015.02.24 カウンセリング
カウンセリングの窓から~女性の傷つきと怒り

西  順子

 

 女性のカウンセリングのなかで、傷つきからの回復に「怒り」は重要なテーマです。虐待やDV、性暴力などトラウマをはじめ、他者との関係での傷つきに、怒りの感情を取り戻すことは回復のバロメーターの一つです。

 しかし、怒りの取り扱い方はむずかしく、怒りを感じそうになるや否や感情に蓋をして抑圧してしまうか(あるいは怒りを回避して切り離すか)、我慢をため込んで爆発してしまうか、どちらかになりがちです。本来、怒りとはエネルギーに満ちた生命力です。命を肯定するためには、そのエネルギーを破壊的ではなく、建設的に方向づけていくことが必要です。
 
 今回は怒りのガイドブック『もっとうまく怒りたい!~怒りとスピリチュアリティの心理学』(キャスリン・フィッシャー著、村本邦子訳)から、女性が自分の怒りと取り組む際のヒントを紹介できればと思います。

●感情によい悪いはない

 米国の心理学者ギリガンは「少女から大人になる女性のターニング・ポイント」について研究しましたが、その結果わかったことは、女性が少女から大人になっていく過程は、「沈黙」と「つながりの喪失」の旅だということでした。特に思春期以降になると、本当の感情、特に怒りの感情を表現することをやめます。関係を維持するために、感情を手放し、自分の経験を抑圧して、周囲に適応していくことを学びます。

自分の声を断念することで、女たちは自分の感情すべてを経験する権利や、もって生まれた才能を放棄してしまうのです。 

しかし本来、感情によい、悪いはありません。どの感情も耳を傾けられるべき大切なものです。善悪の判断は感情ではなく、行動に対してなされるべきものです。

こころとからだの「境界」が侵害されるとき、怒りを感じるのは自然な反応です。自己と他者、そして世界とのつながり方がどんなものであるか、怒りを通じて「からだ」からの重要な情報を与えてくれるのです。

怒りを感じることを避けて、怒りから切り離されると、創造的な洞察力は制限され、他者の感情に共感する能力が損なわれます。沈黙させられた怒りは、ひきこもり、批判、過小評価など、変装した表現で現れることもあります。
 

●怒りを認める~気づきの実践

 では怒りと、どのようにしてつながることができるでしょうか。怒りと再びつながりをもつための有効なアプローチには、マインドフルネス(瞑想法の一つ)があります。マインドフルネスは、深い気づきのことで、判断抜きに、あるがままを受け入れるよう励まします。

 判断抜きの気づきが難しいのは、内なる批評家がつねに働いて、何を感じるべきか、感じるべきでないかと口出ししてくるからです。「こんなことに惑わされてはいけない」「こんなことで腹を立てるなんて、もっと広い心でいなければ」「そんなこと感じるなんて、なんて私はバカなの」など、「~すべき」「~べからず」に声を傾けていくと、自分が悪い存在に感じられてしまうでしょう。

 この批判的な声を脇に置き、自分の中で起こっていることに、十分に耳を傾けてみましょう。マインドフルネスの気づきは、ただありのまま、怒りを認めます。判断を下すことをしません。私たちの中にある複数の声に耳を傾けることを許します。

 

●怒りの対処法

怒りのエネルギーを前進させ、生きるエネルギーに転換していけるよう、自分や他者を傷つけることなく、怒りを取り扱う方法を紹介しましょう。

・休止をとる・・時間を置く方法です。夫婦喧嘩などあらゆる個人的関係において、これが有効です。

・腹式呼吸・・ゆっくりと深い呼吸をすることで、「闘争か逃走か」といった身体反応が緩和され、脈拍数が減り、筋肉を緩めることができます。

・からだを動かす・・これによって、高レベルになっている体内のアドレナリンを散らすことができます。どんな活動、スポーツも役に立ちます。

・瞑想する・・瞑想することで、怒りを衝動的に表現するのでも、逆に避けようとするのでもなく、怒りの感情に持ちこたえ、抱えることができるようになります。

・信頼する人に打ち明ける・・自分の感情を洞察するもっともよい方法の一つです。何が起こったのか? なぜ腹を立てているのか? どんな反応ができるのか? 感情に含まれている情報をより分けることに役立ちます。

・思う存分泣く・・女性が怒りを表現するもっとも普遍的な方法のひとつは、泣くことだそうです。涙は怒りを健康に解放してくれます。感情的な涙は、ストレスに対する免疫システムを高める化学物質を含んでいることがわかっています。涙は浄化作用と治癒力を持っています。

・からだで知る・・多くの女性が、からだから切り離されています。これを変化させる第一歩は、自分のからだの感覚に注意を向けることです。からだの声に耳を傾けて、自分の反応とつきあってみましょう。

   ・・・自分にできそうなことはありましたか? うまくつき合うヒントが見つかったでしょうか?
 
 怒りを生命のエネルギーへと変容させていくために、怒りの感情あるいは怒りの反応(身体でとらえられる感覚)に気づき、あるがまま認めることが第一歩です。

 しかし、怒りとつき合うのが難しく、怒りに圧倒されてしまい罪悪感に悩まされたり、怒りが内向して抑うつが続いたり、無力感に苛まれてしまうとき・・など、一人では対処できないようなときは、いつでもご相談ください。

 フィッシャーは「怒りとは、本来、よりよく愛することのひとつの側面」であり、「健康なスピリチュアリティに不可欠なもの」と言います。女性ライフサイクル研究所では、内なる怒りの声(声なき声)に耳を傾けながら、その声の理由や意味を理解し、よりよく生きるエネルギーへと変換していけるよう、カウンセリング/心理療法を通してお手伝いができればと思っています。
 
 ⇒カウンセリングについてはこちらをご覧ください。

 ⇒文献 『もっとうまく怒りたい!~怒りとスピリチュアリティの心理学』(キャスリン・フィッシャー著、村本邦子訳) ※怒りを深く理解し、癒しのプロセスについて学びたい方に、お勧めです。こころとからだ、そして魂とつながるヒントが得られることと思います。

                                                                               もっとうまく怒りたい!
                                     

2015.01.13 カウンセリング
カウンセリングの窓から~人生の選択に迷うとき

西 順子

 人生とは旅のようなもの。ライフサイクルの段階に応じて状況も変わり、質的な変化を求められます。
 
 進学、就職、再就職など、どんな進路に進むのか進まないのか、どんな仕事につくかつかないか・・。
 恋愛、結婚、離婚、再婚など誰といつどんな関係をもつのか持たないのか・・誰と共に人生の旅をするのか・・など。
 人生の変化の節目ではさまざまな選択の「とき」があり、どの「道」を選ぶのか選ばないのか、選択に迫られると言えるでしょう。
  
 人生の節目は危機でもありメンタルヘルスに不調が現れやすいものです。これまでの旅の疲れを休め、エネルギーを充電しつつ、次の人生の方向性を見出すときでもあるでしょう。

 しかし人生の分岐点では、あなたが自分で決断する前に、誰かが「こうすべき」「こうしたほうが、あなたのため」と圧力をかけてくることもあります。

 ではどうやって、自分の人生の「道」を選択し、歩んでいけばいいのでしょう。あなたが本当に納得いくためには、何を指針に選択すればよいのでしょうか。

 人生の「選択」をするときの指針、あるいはヒントとして、ここでは『女はみんな女神』から、著者ボーレンの言葉を紹介したいと思います。

 「人生は自分で選んだのではないさまざまな状況にみちているが、常に決定を行わなければならない瞬間がある。それが結節点となって、物事のなりゆきが決まったり性格が変えられたりする。自分の旅の主人公になるためには、女性は、自分のおこなう選択が決定的に大事だという態度で始めなければならない。あるいは、初めのうちはあたかも大事であるかのように振る舞わなければならない。」(350頁より)

 つまり、自分が行うこと、行わないこと、自分の態度によって自分を決定していくと言います。このことを精神科医であるボーレンは自分の患者さんから教えられたと言っています。

 たとえば、親から見放され、虐待されながら生き延びてきた人々が、自分を虐待した大人のようにならなかったこと、トラウマ的経験は爪痕を残し、無傷ではないけれど、それでも信頼や愛と希望、自分を大切にする気持ちは残っていること。それは「なぜそうなのか」と考えたところ、こうした人々は、子どもの頃、何らかの仕方で自分を恐ろしいドラマの主人公として自分を理解しており、心のなかの神話、空想生活、想像上の友達をもっていたと言います。
 自分をお姫様だと感じて空想生活に逃げ込んだり、戦士だと考えて、どうすれば家から出られるかの計画を練っていたり・・、どのように反応したらよいかを自分で選んでいたのです。自分がどのように扱われているかとは別個に、自分についての感覚を維持したのです。 

 またボーレンは次のよう言っています。重要な決定をしなければならないとき、特に状況が混沌としているときは、「女性が自分の内面を正直に見つめ、自分のもろもろの感情、価値感や動機をふるいにかけ、重要でないものから重要であるものを選り分けること」(328頁)が大切です。

 たとえば、仕事と家族の問題が重なって鬱になり仕事を辞めたがもう一度仕事につきたいというとき、何を大切にするかによって、さまざまな選択肢があります。 

 家族(例えば子育てや介護)や家庭生活とのバランスがとれる条件で再就職の道を探る・・、
 今は働くよりも、将来的に自立できるようまずは資格をとる勉強から始める・・、
 以前していた仕事の経験を活かせるよう、同じ職種でもう一度働けるところを探す・・
 家族とは離れて自活して暮らせるよう、やりたい仕事よりも条件のよい職を探す・・、
 心身の健康を第一にして、まずはボランティア活動を通して自分の生きがいを見出す・・等、

 長期的なスパンにたって未来を見ながら、何を優先して何をあきらめるのか、優先順位をつけながら、自分にとってもっとも大事なものを理解していくことが必要となるでしょう。

 そのためには、慌てて答えを出さず、まずはじっくりと考えて、自分のペースで決心する事を大切となってきます。人生の選択に迷うとき、あなたにとって大切なものを、自分の心にすんなりと受け入れられるかどうかに基づいて決断することが大切です。
 なぜなら、その結果を引き受けて生きていくことになるのは自分に他ならないからです。
 
 女性ライフサイクル研究所では、人生の道に迷いこみ、暗くて先が見えない時、十字路で立ち止まるとき、自分にかなう「道」を発見できるようお手伝いができればと思っています。必要なときはいつでも、カウンセリングの「場」を訪ねてみてください。

関連記事:
FLCエッセイ「カウンセリングの窓から~私って誰?本当の私らしさって?」
論文「女性の自己実現と心理療法~『血と言葉』を女性の視点から読み直す」
論文「想像力とレジリエンス」
年報「特集:人生の選択に迷うとき~新しいライフサイクルをめぐって」
 『女性ライフサイクル研究』第15号

2014.11.02 カウンセリング
カウンセリングの窓から~私って誰?、本当の私らしさって?


西 順子

 「私って誰?」「本当の私って・・?」「自分のことがわからない」・・など、カウンセリングをお受けするなかで、自分自身についての悩みをよくお聞きします。
 特に青年期は、「自分とは何か」「自分はこれからどう生きていくのか」と自分に問い、考える時期ですので、自分について悩むのは自然なことです。

 エリクソンは、青年期の発達課題は「アイデンティティの確立」として重視しました。「自分とはこういう人間だ」「自分は自分である」とはっきりとした自分を感じ、自分を発見的に知ることで、アイデンティティ(同一性)が形成されるといえるでしょう。

 さらに、アイデンティティ形成は、青年期のみならず一生涯を通じて続く無意識的な発達プロセスです。女性心理学によれば、女性は「個の確立」よりも「関係性」が優先されて発達すると言われます。現代では女性の生き方も多様化しているため、「個の確立」と「関係性」との相互作用の中で、自分らしさを獲得し、人生の段階によってアイデンティティも変容していくと言えるでしょう。

 今回ここでは、「私らしさ」について知るためのツールの一つとして、ギリシァ神話に登場する「7人の女神」を紹介したいと思います。7人の女神は、女性のなかにある「行動や感情に影響を及ぼしている内的な力」「強力な生得的パターン」あるいは「元型」を人格化したものです。
 これを理論化したのは、ユング派でフェミニストの精神科医ジーン・シノダ・ボーレンで、「自分が何者であるのか」について、女性のなかにある内なる力と、文化や家族がどう影響を及ぼすかの両方の視点から、「女神の物語」を通して記述しています。

狩りと月の女神・アルテミス
 短いチュニックをまとい、弓と矢をたずさえ、ニンフを従えて荒野を歩き回る、野生に親しんだ女神です。月の女神でもあることから、光の使者としても表されます。
 アルテミス元型は、女性の自信と独立心を表しています。好奇心旺盛で、自分の狙った目標に集中し、追求していくことに喜びを感じます。犠牲になっている女や幼い者への思いやりがあり、女同士のつながりを大切にします。男性とは対等につきあいます。
  
知恵と工芸の女神・アテーナー
 ゼウスの頭から、完全な大人の姿で飛び出してきたと言われる女神です。美しい戦いの女神として知られ、鎧に身を包んで、都市を守り、知性を支配していました。
 アテーナー元型は、論理的で計画的な性質です。よく物事を考え、感情的な状況のさなかでも冷静でいられます。英雄を好み、自分が見込んだ男性には、その片腕足らんとし、有能な部下(または妻)になります。手先が器用で、タピストリーなど美しく実用的なものを生み出す才能があります。

炉の女神・ヘスティアー
 炉の中で燃えている火の女神。画家や彫刻家によって、描かれたことがない女神です。人間の形で表されたことはありませんが、神聖なものを象徴し、儀式の中で非常に尊敬されていました。家庭や神殿や都市の中心で燃えている炎の中に存在しています。
 ヘスティアー元型は、日常生活になくてはならないものです。一人の人格のなかにヘスティア元型が現れることも同様に大切であり、自分が無傷であり健全だという感覚が生じます。ヘスティアーが求めているのは静かな心の安らぎであり、孤独のうちに見出せます。

結婚の女神・ヘーラー
 最高神ゼウスの配偶者、正妻として知られています。名前は「偉大なる淑女」を意味します。ギリシァ神話では対照的な二つの側面をもっており、一つは結婚の強力な女神として儀式で崇拝されました。もう一つは、復讐心に満ち、嫉妬深い女として貶められました。
 ヘーラー元型は、喜び、もしくは苦しみを生み出す強力な力です。妻になりたい女性の願望を表しています。パートナーがいないと根本的に何か不完全と感じます。絆を結び、パートナーに誠実となり、一緒に幾多の困難を乗り越えていく力を与えてくれます。

穀物の女神・デーメテール
 娘である乙女ペルセポネーの母親として崇拝されました。冥界のハーデスに誘拐された娘を不眠不休で捜しましたが、ついに失望して一切の女神の仕事をやめてしまったことから、地上の穀物が育たなくなりました。困り果てたゼウスのとりなしによって娘を取り戻すことができました。娘と再会してから、大地に豊穣を回復させました。
 デーメテール元型は、母親元型で、母親になりたいという深い欲求、本能を表しています。他の人を養い育て、寛大な気持ちで与え、世話をやいたりすることに満足を覚えます。育てたいという欲求が拒絶されたり邪魔されるなら、抑うつ状態になります。この元型の養育的側面は母親に限定されず、援助職など職業を通じても表現されます。

乙女、冥界の女王・ペルセポネー
 ハーデスによって地下世界に誘拐された女神です。神話の始まりは、無邪気な少女でしたが、成長してのち、冥界の女王として成熟した姿で描かれています。
 元型としては、永遠の乙女のようで、行動するのではなく他の誰かから働きかけられるのを待っています。従順に行動し、態度が受容的です。また二つの元型パターンとして、乙女から女王に成長するか、心の中で乙女と女王が存在するかになります。春を象徴し、若さ、生命力、新しい成長に向かう潜在力をもっています。

愛と美の女神・アプロディーテー
 誕生と起源には二つの説があります。一つはゼウスと海のニンフとの間に生まれた娘、もう一つは暴力行為の結果として生まれています(「ビーナスの誕生」として描かれています)。アプロデイーテーは錬金術(変容)の女神でもあります。インスピレーションを吹き込んで、変容と創造をもたらす愛の力を象徴しています。
 アプロディーテー元型は、女性の愛、美、性、官能の喜びをとりしきります。誰かに恋し、恋におちるとき、アプロディーテーが存在します。創造的機能、生殖機能の両方を成就させることができます。

 皆さんはどの女神たちに親近感をもたれたでしょうか? どの女神たちが内側にいると感じるでしょうか?
 どの女性の心のなかにも女神がいます。そしてまた、一人の女性のなかにも多くの女神がいます。どの女性も、女神から学び、ありがたく受け入れるべき「女神」から与えられた天賦の才を持っています。魅力、強み、潜在的な力が備わっているのです。
 そしてまた、子ども時代・思春期~成人期(仕事、対男性関係、対女性関係)~中年期~晩年と、人生のライフサイクルに応じて、7人の女神それぞれの人生の物語があります。傷つきと苦しみ、成長のための課題もあります。女神たちの人生の物語から、女神の素晴らしさを知ることはもちろんのこと、女性が苦悩や困難を乗り越える知恵や方法も教えてくれます。
 

 「私ってどういう人間?」「私らしさって?」「私は今どこにいて、これからどこに行くのか?」・・等、人生の道の途中で悩むとき、「女神の物語」を知ることでヒントが得られるかもしれません。自分のなかにある女神元型に気づくことで、「ああそうか」と私であることに納得し、「ありのままの自分でいること」を理解され、肯定され、力づけられたと感じられることでしょう。

 詳しくは、『女はみんな女神』をご覧ください。⇒こちらからダウンロードすることができます。

 なお、今年度は第一日曜日の午前中、『女はみんな女神』の読書会・女性心理学グループを開催しています。関心がある方はぜひご参加ください。⇒グループのご案内 

 女性が、私が私であることを肯定し、自分らしく、自分の人生の主人公となることを願っています。

2014.10.06 カウンセリング
女性のストレスとストレスマネジメント

西 順子

 ストレスは、私たちが生きていくうえで避けることができないものです。何か生活に新しいことや変化があり、そのことに適応していかなければならない時、人はストレスを経験します。人は新しい課題に挑戦し、ストレスを乗り越えようとして成長していくものです。しかし、人生にはうまくいくときもあれば、なかなかうまくいかないときもあり、うまく乗り越えられないときには危機的状況となります。ときには予期せずトラウマとなるようなストレスを経験することもあるでしょう。

 女性のストレスには、対人関係、家族やパートナーとの関係からくるストレス、流産、不妊、妊娠・出産にまつわるストレス、育児ストレス、介護ストレス、職場ストレス、大切な人との別れ・・など、人生のライフサイクル上で起こる様々な出来事や状況があります。

 ストレスやトラウマを乗り越えていくには、たくさんの助けやケアが必要です。ここでは、ストレスを乗り越えていけるよう、ストレスと上手につき合う(=ストレスマネジメント)ためのヒントを提供できればと思います。

ストレスとは
 ストレスとは何でしょうか。ストレスという用語は、もともとは物理学の分野で使われていたもので、物体の外側からかけられた圧力によって「ひずみ」が生じた状態を言います。ストレスをゴムボールに例えると、ゴムボールを指で押さえる力を「ストレッサー」と言い、ストレッサーによってゴムボールが歪んだ状態を「ストレス反応」と言います。それをハンス・セリエ博士が生理学の領域で適用したのが始まりです。

 ストレッサ-には、物理的ストレッサー(暑さや寒さ、騒音や混雑など)、化学的ストレッサー(公害物質、薬物、酸素欠乏など)、心理・社会的ストレッサー(人間関係や仕事上の問題、家族の問題など)があります。私たちがストレスと呼んでいるものの多くは、心理・社会的ストレッサーを指しています。
 また、ストレッサーには、日常的に起こる厄介な出来事(デイリーハッスル)やライフイベント(人生のなかでの大きな変化。死別や失業、結婚や就職など良いことも悪いことも含まれます)、トラウマとなりうる出来事(自然災害、人的災害、交通事故、暴力被害など)もあります。

 セリエは「ストレスは人生のスパイス」と言いました。ストレスが適量なスパイスとなれば、人生を豊かに味わい深いものにしてくれます。しかし、ストレスが過剰であったり、ストレスとのつき合い方がうまくいかないと、害が生じてしまいます。心身の健康に影響を与えます。

●ストレス反応
 ストレッサー(ストレス状況)によって引き起こされるストレス反応は、身体面、心理面、行動面に現れます。

身体面:不眠、睡眠過多、食欲不振、食べ過ぎ/飲み過ぎ、下痢/便秘、胃痛、頭痛、
     身体のふしぶしの痛み、肩こり/腰痛、動悸・息切れ、過呼吸・・

心理面:イライラ/怒りっぽい、抑うつ(気分の落ち込み、興味・関心の低下)、不安感/緊張感、     無気力、集中できない、自分を責める、悲観的思考/否定的思考・・

行動面:引きこもり、攻撃的行動(人や物にあたる)、アルコール量やタバコ量の増加、ミスの増      加、能率が悪くなる、遅刻・早退・欠勤の増加、金銭の浪費・・

 ストレスを感じたとき、心や身体が変化するのは自然なことです。ストレス反応はストレスのサインです。何より「気づき」が大切です。ストレス反応は人それぞれ違いますので、自分にはどのようなストレス反応が生じやすいのか、自分の特徴を知っておくとよいでしょう。
 ストレスのサインに気づいたら、ストレス反応が軽減するよう、ストレスと上手くつきあっていくための対処(=コーピング)を工夫してみましょう。

●コーピング
 ストレスに対する対処行動をコーピングと言います。コーピングには主に、問題焦点型コーピング、情動焦点型コーピング、認知に対するコーピング、ソーシャルサポートがあります。

・問題焦点型コーピング:情報を収集して問題の所在を明らかにし、問題そのものを解決しようとする方法です。問題解決のために積極的な行動にでる、話し合う、状況を変化させる・・などがあります。

・情動焦点型コーピング:直面している問題にとらわれないように気晴らしをしたりして、ネガティブな情動的なストレス反応そのものを軽減させる方法です。散歩する、漫画を読む、カラオケ、映画をみる、音楽を聴くなどの気分転換、瞑想や自立訓練法、アロマテラピーなどリラクセーションの方法もあります。睡眠を十分にとること、栄養のある食事、休養や適度な運動なども大切です。

・認知的コーピング:認知とは、ものの考え方や見方のことで、それ感情や気分に影響することがわかっています。私たち誰にでも「認知の癖」がありますが、「バランス良く柔軟な考え方をすること」が大切です。例えば、「失敗してしまった」というとき、「もうダメだ。どうせ私は何をやってもうまくいかない」と考えるとドンドン落ち込みます。でも、「失敗は成功の元。何がよくなかったか原因を考えて、次また活かしていけばいいんだ」と思うと、落ち込みも緩和されるでしょう。

・ソーシャルサポート:友達、家族、職場の同僚や上司など人に相談したり、話を聞いてもらうことです。人は、批判したり否定されたりせずに、「そう思うのね」と肯定して話を聴いてもらえると、それだけでも随分とほっとするものです。あなたが信頼できる人に話を聴いてもらいましょう。助けを借りて、自分を労わりケアしましょう。

 みなさんは日頃、どのようなコーピングを使っていますか?人によって有効な方法は違うので、自分のやりやすい方法を見つけておくことが大切です。ストレスの種類や程度によっても有効なコーピングの方法も違うので、いろいろなコーピングの方法を身につけておくとよいでしょう。

 しかし、対処できないほどのストレッサーを経験したり、ストレッサーが長期間続いたりするとストレス反応も慢性化してしまいます。さまざまなコーピングを使っても症状が長引く場合は、早めに専門家に相談しましょう。

●リラクセーション法
 情動焦点型コーピングの一つ、リラクセーション法を紹介しましょう。リラクセーション法は、ストレス反応を低減させ、リラックス反応を誘導し、心身の回復機能を向上させる方法です。リラックス反応は、環境や刺激が、安全・安心で、脅威でないと判断したときに起きる反応で、副交感神経系の活動が優位な状態にあります。多くの文化圏で古来より様々なリラクセーション法が実施されてきましたが、近年、医学的にもその有効性が確認されています。

 リラクセーション法には、漸進性筋弛緩法(筋肉の緊張と弛緩を繰り返し行うことにより身体のリラックスを導く方法)、呼吸法、アファメーション(自分を励ます言葉を声に出す)、瞑想法、自律訓練法、芳香療法(アロマセラピー)、ヨガなどがあります。ここでは、セルフケアとして簡便にできる呼吸法を紹介しましょう。

腹式呼吸法は、下腹部が膨らんだり、へこんだりするように呼吸する方法です。(臍の上に手をあて)体の力を抜いたまま、口からゆっくりと息を長く吐いていきます。このとき下腹部をへこます感じで息を吐いていき、苦しくならないところで、下腹部を膨らませる気持ちで、鼻から息を自然に吸っていく。これを繰り返していくのが腹式呼吸です。
 吐く息に気持ちを落ち着ける効果があるので、吐く息に注意を向けて、ゆっくりと息を吐いていきます。この時に、「リラ~ックス」「落ち着いて~」と体の緊張も息とともに吐き出すようにイメージしながら脱力すると、リラックス効果が高まります。一回5~10分程度行いましょう。

 ストレスに気づいたら、早目の対処が必要です。女性ライフサイクル研究所では、女性が人生で出会うストレスについて、カウンセリングでのご相談を受けています。心身の健康を回復し、ストレス状況を乗り越えていけるよう、ストレス対処からストレス・ケアまで、共に考えていければと思っています。

参考文献:
『女性ライフサイクル研究13号:特集ライフサイクルにおけるストレス・危機とケア』
『女性ライフサイクル研究19号:からだの声を聴く』
『ストレス・マネジメント入門』中野敬子著、金剛出版。・・など。

2014.08.13 カウンセリング
『モモ』の世界と現代社会 ――時間泥棒...VS心理療法?!――



福田ちか子

 お盆前の多忙な時期,気がつけば,「最近忙しくて~できないなぁ」とか,「なんか楽しいことないかなぁ」とつぶやいている。 そんなおり,必要にせまられて学生の頃国語の教科書に載っていた『モモ』(ミヒャエル・エンデ作,大島かおり訳,岩波少年文庫)を手に取ると,そこには思いがけず立ち止まって考えることの大切さや,毎日にただ流されていくことの怖さにハッと気づかせてくれる物語が広がっていた。

 物語の主人公モモは,どこの誰ともわからない小さな女の子。ある日突然街にあらわれ,街の人たちに住みかを修理してもらったりご飯を分けてもらったりしながら廃墟に住み着いて暮らしている。モモは街の人たちにとって大切な存在になった。モモが,だまって話を聞くと,喧嘩をしていた人も,悩んでいた人も,自分自身と向き合って,自分の意志に気づくことができるのだ。モモが特別なことをするわけではない。モモは、ただだまって聞くだけ。物語の街は,そんなモモを受け入れて,モモの大切さに気づくことができる街だった。 

 そんな街が,人間から時間を盗もうと企む「灰色の男たち」によって,規律だらけで窮屈でせかせかした世界に変わってしまう。――もしもちゃんとしたくらしができてたら,いまとはぜんぜんちがう人間になっていたろうになぁ―― そんな大人たちの心は,「灰色の男たち」に付け込まれ,「良い暮らし」のためと信じて必死に時間を節約する毎日に追われていく。大人たちは,時間を節約することばかり考えて,時間を無駄にすることがとんでもない罪となり,イライラしたり互いを責めてばかりで,モモのことをすっかり忘れてしまった。

  子どもたちも,「灰色の男たち」に支配されてしまった。

  子どもたちはモモと一緒に、いつも新しい遊びを考え出して遊んでいた。子どもたちにとってはモモが心の中心人物で,モモがいなくても、モモがいるかのように遊ぶと、段ボールが海賊船になったり,石ころが宝物になって、イメージがどんどん広がり楽しい遊びを工夫できた。

 「灰色の男たち」は子どもたちを支配するのにとても手を焼いたが、大人たちを使って子どもたちの心を支配することにした。大人が時間を無駄にしないために、将来時間をたくさん節約できる大人に育てるために、と大人をそそのかした。子どもたちは決まった場所に放り込まれ、大人に教えられた決められた遊びしかできなくなってしまう。そのうちに、子どもたちは、楽しいと思うこと夢中になることを忘れて、大人たちと同じ顔つきの「小さな時間節約家」になってしまう。子どもたちは、最後には自分たちの好きなようにしていいといわれると、こんど何をしたら良いか全然わからなくなってしまうのだ。そしてモモとも遊べなくなってしまった。

 訳者の大島さんは、モモは「自然のままの人間」のシンボルのような子だと述べている。別の言い方をすれば、モモはありのままの自分のシンボル、とも言えるのではないかと思う。そう考えると、モモを大切にする=ありのままの自分を大切にする、ことによって、自分自身の気持ちに耳を傾ける余裕が生まれたり、落ち着いた気持ちを取り戻せたり、本当にしたいことに気づけたり、楽しむ力が湧いてきたりするところが、とてもしっくりくる。

 モモがどんな風に「灰色の男たち」から時間と元通りの街を取り戻したのかは、まだ読んでいない人のために取っておくけれど,物語の中では,「灰色の男たち」に立ち向かうために、過去・現在・未来のそれぞれの大切さに気づくことや、友だちとつながっている感覚を実感すること、心地よい音楽や香りを体験すること、成長するために深く眠ることなどが、とても重要な意味をもっている。

 これら一つ一つが、様々な心理療法の中で心身の回復や支援のために重要と考えられていることとリンクすることが,とても興味深いことだった。私たちの心にも「灰色の男たち」が深く入り込んでいるように感じる。そういう意味では,心理療法が「灰色の男たち」に立ち向かい,モモを大切にする心のゆとりを取り戻す役に立つことがあるともいえる。

  読み終えて,大切なもののために,自分のために,自由に時間を使う心地よい感覚を思い出せたように感じた。忙しい日々だけど,ちょっと立ち止まって考えることも大切にしたいなぁと,あらためて反省反省。次の休日は,ゆっくり時間をつかうことにし~よう♪

2014.07.23 カウンセリング
カウンセリングの窓から~性暴力被害への理解と対応を

西 順子

 女性ライフサイクル研究所では1990年の開設当初より、「子どもへの性被害/性虐待」の問題に取り組んできました。子どもへの性的虐待防止教育の実践、意識啓発活動に始まり、性的被害の関西コミュニティ調査、グループセラピーなど新たな手法も試みてきました。こうしたプロセスを経て、私自身はこの10数年、トラウマ臨床に力を注ぎ、個人カウンセリングを通して回復支援に携わってきました。 

 トラウマ臨床は日進月歩と言われますが、カウンセリングに来談くださった方のお役にたてるよう、新しい情報に目を向けるよう努めています。どうすればトラウマとなった出来事が過去のこととなり、「今」を生きるお手伝いができるのか、心と身体の健康を回復していけるのか・・と、様々な心理療法を学ぶなかで、EMDRやソマティック・エクスペリエンス(SE)というトラウマ療法との出会いもありました。トレーニングを通してトラウマと身体について理解を深め(今も現在進行形)、身体の叡智(=生体に備わる自然治癒力)を知るなかで、その学びと経験を臨床に役立て、回復への道案内ができればと願って取り組んでいます。生命には、回復力、自然治癒力が備わっていることを尊いことと思います。

 一方で、社会の中で性暴力被害が後を絶たないことには痛みを感じます。女性ライフサイクル研究所でのカウンセリングは、性暴力被害の長期的影響(子ども時代のトラウマ)へのご相談を受けることが多いですが、病院臨床では性暴力被害直後あるいは性暴力が発覚した後の短期的影響について、特に子どもやご家族のご相談を受けることが多いです。子どもへの性暴力が社会問題として認知された今も、子どもへの性暴力/性虐待が後を絶たないことには胸が痛みます。

 コミュニティ心理学の予防の概念によると、第一次予防は「発生予防」、第二次予防は「早期発見と早期対処、危機介入」、第三次予防は「回復への支援と再発予防」となります。近年、性暴力被害者支援センターが各地で立ち上がっていますが、公衆衛生の問題として、第一次予から第三次予防まで、予防の観点から更なる支援体制の充実が求められます。

 まず私が臨床で関わっているのは第二次予防、第三次予防ですが、子どものトラウマ臨床においては、さまざまな工夫が必要だと実感しています。子どもは性暴力被害の影響を言葉で表すことは難しく、行動上の問題や身体症状として現れることが多くなります。特にトラウマの回避反応、解離症状は表面的には見えにくいため、アセスメントが必要です。
 子どもに「どうやって、しのいでいるの?」と対処を尋ねると、様々な対処戦略を使ってしのいでいることがわかります。しかし、回避や解離(トラウマとなった出来事を切り離すこと)は一時的には役立ちますが、解離された「恐怖」が残ってしまう等、メンタルヘルスに長期的な影響を与えます。恐怖を少しずつ消化・解放しながら、生活全般が安定し落ち着いた後に、トラウマ記憶に焦点をあて、トラウマの中核にある恐怖を消化しておくことが必要と考えています。

 被害直後のケアから、中・長期的な影響のケアまで、子どもや家族に対して、医療、心理、司法、教育、福祉・・など多層的な支援が必要です。これからもトラウマ臨床に携わりながら、第一次予防から第三次予防まで性暴力被害者への支援体制が整うことを願い、被害者支援機関・支援者との連携、協働、ネットワークづくりに努めていければと思っています。

 なお、下記に性暴力被害にあった直後に見られる反応とご家族や周囲で支える方に求められる対応についてまとめました。早期発見と早期対応の参考にして頂ければと思います。

※社会資源の一つとして、被害者支援ポータルサイト(立命館大学法心理・司法臨床センター)も紹介させていただきます。⇒ http://www.lawpsych.org/higai

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■被害直後に起こりやすい反応

直後のショックが落ち着いたあとも、しばらく不安定な時期があります。一ヶ月後くらいまで、次のような症状がみられることもあります。疲労や苦痛がひどい時、長引く時には、専門機関に相談しましょう。

自分の気持ちがひどく動揺し、混乱していると感じる。
□精神的にとても不安定だと感じる
□抑えられないような怒りや悲しみを感じる
□気分の浮き沈みが激しく、落ち着かない

心や身体が麻痺してしまう
□事件の時や前後の記憶がない
□事件の時に身体が凍りついたような感じがした
□事件が他人事のような感じがする

事件に関することが頭によみがえってくる
□考えたくないのに頭に浮かぶ
□事件の夢を見る
□事件を思い出させるようなものを避けるようになる

落ち着かない
□夜寝つけない、眠りが浅い、途中で眼を覚ます
□イライラして落ち着かない
□集中力がなく、テレビが見れない、本が読めない
□いつも警戒してビクビクする、物音に敏感になる

■回復のために

被害後に、身体と心に起こる変化を理解して、回復のために必要なケアをしてあげましょう。あなたのペースで、できることからはじめましょう。

からだと心を休め、いたわりましょう。
□十分な休息をとりましょう。
□十分な睡眠と、健康的な食事をとりましょう。
□リラックスできることをしましょう。
 (呼吸法、瞑想、気持ちが落ち着く音楽を聴く等)

自分の生活を取り戻しましょう。
□マイペースを心がけましょう。
□いつもの日課を維持するようにしましょう。
□適度な運動をしましょう。
□気分転換をしましょう(趣味、読書など)。
□日記をつけましょう。

助けを求めましょう。
□信頼できる人に、体験や気持ちを話して支えてもらいましょう。
□信頼できる人に、そばにいてもらいましょう。
□あなたが必要としていることを伝えましょう。

■ご家族や周囲の方へ
 自分の大切な家族や友人が被害にあうと、周りの人も動揺してしまい、どうしてあげたらよいかと途方に暮れてしまうことでしょう。あなたの大切な人を支えるために、できることがあります。多くの人は、自分のことを大切に思ってくれる人とのつながりに支えられて、回復していきます。

安全が第一です。安全な場所で安心して過ごせるように、できることを考えてみましょう。
□傍にいて、一緒に時間を過ごしましょう。
□日常生活の援助や外出する時の付添など、相手への関心、配慮、思いやりを示しましょう。

話をじっくりと聞きましょう。
□無理に聞き出すことは禁物です。
□気持ちや反応を認めましょう。批判したり、自分の考えを押しつけてはいけません。
□自分を責めている場合には、「あなたは何も悪くない」と話すことも役に立ちます。

そして、ご自分もいたわり、セルフケアにも心を配りましょう。

●女性ライフサイクル研究所では、性暴力被害についてのご相談を受けています。
 カウンセリングのページも合わせてご覧ください。

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[参考文献]
村本邦子(2004)「性被害の実態調査から見た臨床的コミュニティ介入への提言」心理臨床学研究  vol22、No.1
村本邦子、西順子、前村よう子(2005)『子ども虐待の防止力を育てる』三学出版。
パトナム,F W(2011)「性虐待を受けた子どものアセスメントと治療」フランクパトナム来日講演資     料、フランクパトナム招聘委員会。

2014.05.28 トラウマ
女性のトラウマとライフサイクルの危機~映画『8月の家族たち』を観て考えたこと

西 順子

 「女性が人生(ライフサイクル)で出会う問題について、私たちも共に生きながら考える」、女性ライフサイクル研究所が1990年開設以来、志してきた援助の基本姿勢である。つまり、母娘関係、パートナーとの関係、子育て、暴力被害・・など、女性が人生で出会う問題は他人事ではなく、同じ土壌を生きている「私たち」にとって地続きにある問題であり、普遍的な問題であるとして取り組んできた。それは、女性を対象として見るのではなく、同じ立ち位置に身を置いて、女性の視点に立って感じてみる、ということでもある。

  この春、たまたま映画『8月の家族たち』の取材を受けさせて頂いた。この映画に登場するある家族の三世代の母と娘、それぞれが女性のライフサイクルの段階に応じた危機を経験していた。第一世代の母は老年期の危機、第二世代の娘は中年期の危機、第三世代の孫にあたる娘は思春期の危機にいる。取材では、中年期の視点からコメントさせて頂いたが、ここでは老年期の母親のことについて少し考えてみたい。というのも、メリル・ストリープが演じる母バイオレットの人生を振り返ってみたとき、それは同じ女性として、とても悲しい物語だから。私は痛みを感じ、見過ごすことはできない、いや見過ごしたくはないと思った。

 表面的には毒舌家であり薬物依存症の母であるが、それは女性のトラウマの苦悩と孤立無援感の表現とも考えられた。トラウマを抱えながら自分の生きづらさがどこから来るのかわからず、苦悩の人生を生きたであろう前世代の女性たちのことに思いを馳せた。自分の傷つきを回避して、自分にケアが必要なことに気が付かなければ、前世代のトラウマは次世代へと伝達されていく。次世代が負の遺産をどう正の遺産に変えていけるかは次世代の課題、テーマであるだろうが、前世代は老年期の段階においては、何ができるのであろうか。トラウマから自由になる可能性はあるだろうか。

  以前、「心理的ケアの喪失による女性の人生の危機」(『女性ライフサイクル研究13号』より)について考えたことがあるが、女性の人生の危機は心理的ケアの喪失と関わっていること、女性が人生の危機を乗り越えるためには、その喪失を受け入れて自己をケアしなおしていくことが必要であるとまとめた。そのためには、自分のなかにある渇望(「内なる少女」と言われる他者の愛情・ケアを求める欲求)に耳を傾けて、他者からのケアを受け入れることが必要であるとした。トラウマと回復の観点から言えば、喪失を悼む喪の作業と癒しと希望が必要といえるだろう。

  「家族の物語を紡ぐ~次世代に受け継ぐために」(女性ライフサイクル研究18』より)では、ある家族、中年期の姉妹三名と母親へのインタビューとグループワークを行った。家族が「否認」してきたことと向き合い、それぞれの経験に耳を傾け共有するなかで、互いへの感謝が生まれている。それぞれの体験を持ち寄り家族の歴史を紡ぐ作業であったと言える。老年期にいる母親にとって、子ども時代からの自分の人生を語るという体験は初めてとのことで、一生懸命思い出しながら語ってくれたことが印象に残っている。

  女性ライフサイクル研究所のカウンセリングでは、中年期、青年期の女性から、思春期、学童期・幼児期の子どもまで、ライフサイクルの発達と危機を乗り越えていけるようお手伝いしているが、老年期の女性との出会いもある。老年期は「統合性 対 絶望」の発達の危機にある。統合とは全体性でもあり、自分の生涯を意味あるものとしてまとめ、人生を受け入れることである。トラウマを生き抜いてきた前世代の女性の人生に敬意を表しながら、人生の物語を紡いでいくお手伝いをさせて頂くことができたなら第二世代としても幸いである

2013.10.10 カウンセリング
安全な場所を創る

西 順子

 カウンセリングのなかで、セルフコントロール技法として「安全な場所のイメージを創造する」というイメージを使った方法をよく使う。「その場所にいけば・・安全で穏やかに感じられる場所のイメージを思い描いてください・・」で始まり、イメージと五感で感じながら、トントントン・・とバタフライハグというタッピングをする(EMDR技法の一つ)。想像していただくその安全な場所のイメージは、お一人お一人にとって意味深い、大切なもの。かけがえのないもの。私も一緒にイメージさせて頂きながら、その方のイメージを大切にして、それを十分味わって頂けるようお手伝いしている。

 この技法はイメージだけでも有効だか、絵に描くとさらに癒しをもたらしエンパワーしてくれるものとなる。大阪本社にて月一回全五回で「女性ためのセルフケアグループ」を開催しているが、そのうちの一回が「安全な場所のイメージを創る」というテーマ。安全な場所のイメージを絵に描いていただくものだが、絵に描いているうちにイメージが変化していくのもユニーク。イメージの世界ならいつでもどこでも行ける・・そして感じられるって、イメージの力は素晴らしいなと思う。絵を描いているとき、また絵を見せて頂くときも、その「場」が、とても温かく優しい空気で包まれるように感じられる。その「場」の空気感が私自身もとても好きである。

 さらにグループに参加くださった方々が、このグループの場を「居心地がよい場所」「居場所」と言ってくださる。そのように感じていただけることが本当にありがたく、やっててよかったと安堵感が広がる。またこれからも居場所としてあり続けられるよう、この場を大切にしていこうという思いを新たにする。
 
私がカウンセリングをしている大阪本社の部屋には窓があるが、残念ながら都会の一室のため外の景色は見えない。この窓から空が見えるといいのになぁ・・と思うが、ないものねだりをしても仕方がないので、いろいろと部屋の工夫している。絵や植物を飾ったり・・(結局は自分が気に入ったものになるが)。来談して下さる皆さまが、この部屋で落ち着いて心地よく過ごせるようにと願っているが、「この部屋にくると落ち着きます」「安全に感じる」・・と言っていただくことがある。そう思ってくださり有難いな・・と私自身もほっとする。理想的な部屋ではないが、それでも「心地よい」と来談して下さる皆さまに感謝して、よりよいセッションを提供できるように努力していければと思う。
 
「安全な場所を創る」テーマは私にとってライフワークの一つと言える。カウンセリング、グループと、これからもこの場所を大切に、来談して下さる皆様にとって、安全で、心地よく、居心地のよい場所の一つとなれるよう、これからもこの場を大切にしながら努力していきたい。

(2013年10月)

2013.05.10 トラウマ
環境とつながる~「今、ここ」にいること

西順子

 今年4月28日~5月3日まで、神戸で開催されたSE(Somatic Experiencing)トレーニングに参加させて頂いた。今回講師のHoskinson先生は、初級トレーニングから神経生理学的知識を教えて下さり、とても学び深かった。神経生理学的基礎を学ぶことで、私たちは「生きもの」であること、「生きている」ということを実感する。

 さて、今回最も印象深く残っているのは、「感覚をとおして環境とつながる」ことである。トラウマとは、「今ここに、いることを不可能にしてしまう」と言われる。なので、解離せずに「今、ここ」にいるためには、感覚を通して環境とつながれるよう、外界のものを意識したり、工夫したりすることが大切となる。特に、外界にある心地よいものとつながることが大切である。

 私自身もまた、外界の心地よいものとつながれる時間を意識したいと思っているが、まず最も心が惹かれるのは、自然である。日中は部屋の中なので、朝が一番自然と触れ合えることに気が付いた。お天気の日の朝の空を見上げるのは心地がよい。胸が拡がり、胸に空気が入る。そして心も広々と開放的な気持ちになる。公園を通ると木々の緑が美しい。最近、公園横の道を通ると、鳥の鳴き声がよく聞こえることに気づいた。鳥の鳴き声に注意を向けていると、さらによく聞こえるようになってくるから不思議だ。陽の光も明るくて、心地よい。そして、朝早くFLC本社に着くと、東側に玄関があるので、ちょうど陽の光が差し込んでいて、すがすがしい。朝少しでも早く起きると、こうして五感で心地よさを感じ、探索できる時間をもてると気づいた。

 本社の面接室のなかは、陽の光が差し込まないのは残念であるが、その代わりに様々な工夫をしている。ランプの温かいオレンジの光、観葉植物、そして絵をいくつか飾っている。好きなものを周りに置くことで私自身、居心地よく過ごすことができる。カウンセリングで来談くださった方々にも、「今、ここ」の場で、少しでも安全に感じて頂くことができればと願っているが、この部屋という環境のなかで、少しでも心地よいと思うものがあれば嬉しい。

 トラウマに圧倒されているとき、心地よいものとつながることは難しくもあるが、日頃から心地よいものと親しむようにすることでレジリエンス(回復力)を高めることができる。突然「引き金」を引いて過去の辛い記憶が出てきたとしても、辛さが少しでも緩和するように、外界に注意を向けることで「今、ここ」に戻ることも可能となる。

 そして環境とつながるために最も大切だと思うのは、安心できる人とのつながりである。人の顔を見て、話をしたり、聞いたり、笑ったり・・と、人がそこにいて、やりとりすることが、安心と信頼をもって環境につながることである。仕事の一つとして、NICU(新生児集中治療室)で赤ちゃんやお母さんと出会うが、赤ちゃんがお母さんに抱っこされるとぴったり泣き止んだり、じーっとお母さんを見る姿に、赤ちゃんはお母さんを通して、この世界(環境)がどんな世界であるかを感じているのだなということを実感している。

 心地よい感覚を探索することをもっと楽しめればいいなと思う。それは「今、ここ」に私は生きているんだという実感、生きる喜びともつながるものである。皆さんにとって、心地よい感覚の経験はどんなものでしょうか。心地よい感覚を探索してみませんか。

 

(2013年5月)

2011.12.10 性的虐待
子どもへの性的虐待を考える~臨床的援助と予防と

西 順子

 1992年、女性ライフサイクル研究所では年報2号で「チャイルド・セクシャル・アビューズ」を特集した。チャイルド・セクシュアル・アビューズとは、家庭内で起こるか家庭外で起こるかを問わず、子どもへの性的な虐待(力の濫用)を指している。当時はまだ、「それは病んだ国のことで、日本には性的虐待はない」と言われていた時代であった。

 しかし、子どもへの性的虐待は、私たち自身の問題であると認識し、社会的な働きかけを行ってきた。子どもをもつ母親として性被害から「子どもをどう守れるか」という問題と、性の対象とされてきた女性の問題としてである。

 年報2号は、各社新聞で取り上げられ、全国各地から、購読の注文が届き、あっという間に売り切れとなった。予防啓発活動として、子どもへの防止教育プログラムを開発して防止教育を実施したり、専門家への意識啓発として1990年代は、心理臨床学会で自主シンポジウムを開いたりしてきた。そして、時代は変化し、2000年には児童虐待防止が成立、子どもへの性的虐待も社会的に認知されるようになった。防止法から早10年過ぎたが、子どもの置かれている現実は変わったであろうか。

 子どもへの性的虐待はいまもなお起こっている。ただ、希望を感じるのは、性虐待を子どもが打ち明けたとき、母親がその声を否認せず、受けとめようとしていることである。親に話せないまま、被害の記憶を失っていたり、あるいは、親に話したとしても、否認され、否定されて受けとめてもらえなかったことで、トラウマ反応が大人になってから顕在化することも多いが、今、母親らがしっかりと子どもの現実と向きあおうとしている。

 日頃の臨床のなかで、子どもの性的虐待、性被害の問題と遭遇する。多くが、子どもへの性的虐待が発覚したとき、母親がどうしたらいいかと戸惑い相談に来られる。子どもが母親に被害を打ち明けてのことである。その声を受けとめた母親が、どうしたらよいのかと助言や子どもへのケアを求めている。加害者が顔見知りであることも多く、子どもも母親もその衝撃は大きい。安全感とともに、信頼感を壊される。加害者は子どもが信頼すべき大人の場合もあるし、子どもの場合もある。同じ家族、学校、地域コミュニティのなかで起こった被害に、被害にあった子どものケアはもちろんのこと、今後どう生活していけばよいのか、生活の問題や、人生の問題とも関わってくる。そのなかで、母親たちが、「子どもの安全を守る」のにどうすればよいかと、悩み、葛藤しながら、子どもをケアしようと懸命になっておられる姿を目の当たりにしてきた。

 カウンセリングでは、子どもとのプレイセラピーや面接のなかで、トラウマ反応を解放できるようにアプローチしているが、同時に母親への心理教育や母が子どもを支えるサポートを提供している。この20年のなかで、トラウマの解放に有効な様々なアプローチが我が国にも紹介されてきているので、トラウマによる心身への反応を緩和していくことが可能となった。もちろん、1人として同じ人はいないので、個々の回復の文脈に即して考えていかなければならない。回復の文脈をどうつくっていくかは、何よりも母親から学ばせて頂くことが多く、母親との協働作業となると言ってもよい。子どもが自分の自信を取り戻し、回復していくとき、そこには母親の並々ならぬ努力と支えがある。母親をエンパワメントしていくことが、子どもの回復の鍵になると実感している。子どもは安全の基地さえあれば、どんどん外へと世界を拡げていくからである。

 子どもが自分の強さ、自信をとり戻し、力強く回復する姿、そしてそれを支える母親の姿に心を打たれる。しかし、子どもが性的に濫用される現実が変わらなければと思う。

 日頃は臨床が仕事ではあるが、まだまだ予防啓発活動、社会への働きかけが必要なことを実感している。被害者はもちろん、加害者をつくらない社会のために、子どもの権利が尊重されるコミュニティでなければと思う。虐待とは、子どもの境界線の侵犯である。私たち誰もが、境界線を尊重される権利をもっている(境界線とは、自分の安全や人格やプライバシーを守るために、「私の体」「私の気持ち」「私は私」という感覚のこと)。まずは大人が子どもの身体的、性的、心理的境界線を尊重していかなければならないと思っている。 

 震災以後、Twitterを始めて、今社会のなかに、性暴力に取り組むさまざまな団体が立ちあがっていることを知った。私自身もまた、予防啓発として自分にできることからと、子どもを性的に濫用されることがなくなるよう、性的虐待は子ども達の身近で起こっていること、その問題意識を伝えていきたいと思う。

※参照: 子どもの性的虐待の予防、発見、ケアに関する文献
「チャイルド・セクシャル・アビューズとは何か」年報2号(1992)、村本著。
「チャイルド・セクシャル・アビューズを子どもの様子から知る指針」年報2号(1992)、村本著。
『子ども虐待の防止力を育てる~子どもの権利とエンパワメント』(2005)村本、西、前村著、三学出版。
『FLC子育てナビ3: 子どもが被害にあったとき』(2001)窪田、村本著、三学出版。

(2011年12月)

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