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FLCスタッフエッセイ

2016.04.04 いのち
語り部バスに参加して

                                          西順子

 2016年3月の連休、何年かぶりに春の旅行に出かけました。子どもが幼い頃は春休みによく家族旅行にいったものでした。
 行き先は、いつか一度行きたいと思っていた宮城県の南三陸町志津川にある南三陸ホテル観洋。以前、コミュニティ心理学会の催しがこのホテルであり、語り部バスがあると聞き、ぜひ行ってみたいと心に残っていました。そして今回、娘2人を誘い旅行として行くことが叶いました。
 バスガイドの職員さんが何度も「ぜひ伝えてほしい」と話されていましたので、少しでも伝えられたらと、見聞きしたこと、感じたことを書きとめておきたいと思います。

 語り部バスとは、「震災を風化させないために」と、自らも被災者となったホテルのスタッフが「語り部」となり当時の様子を伝えながら、南三陸の現状をバスで見学するものです。2012年2月より始まり、毎日バスを運行しています。
 
 南三陸町では東日本大震災当日、震度6弱の揺れと最大20m以上の津波が襲来しました。ホテルは二階まで津波により浸水。ホテルには宿泊客、職員スタッフ、周辺住民あわせて約350名が滞在しており、震災直後から対応されていました。2011年5月からは二次避難所として600名の地元の住民が引っ越して来られ(同年7月24日まで)、共にコミュニティ作りに取り組まれたということです。

 さて語り部バスは朝ホテルを出発して約1時間の行程です。この日は春休みということもあってかバスは二台、しかも満員でした。バスはホテルを出てすぐのところ、周囲は何もないただ土だけが見える場所に止まりました(工事中でトラックがあるだけでした)。土は所々高く盛られ、バスの座席からは見上げるくらいでした。

 「ここには家がありました。店がありました。街がありました。きれいな川が流れていました・・」とガイドさんが教えてくれました。そして、そこにあった小学校の話をしてくれました。より安全なところへと高台へ、そして小高い林へと移動し、寒くて暗い夜を子どもが寝ないようにと、みんなで校歌を歌って夜を明かしたそうです。
 学校があったであろう場所(今は何もなく土が盛られたところ)と、高台にある家、林を見ながら、私は自然災害の厳しい現実に衝撃を受けると同時に悼む気持ちで、ただただガイドさんの話に耳を傾けていました。

 次に移動したのは、すぐ近くにある中学校。時計は、地震が起こった時刻の14時46分過ぎで止まっていました。建物は残っていますが、震災以後、授業は開かれることはなく、この建物は別の施設になるとのこと。子ども達のために卒業式だけはこの学校で開催されたそうです。校庭には駐車場と仮設住宅が建っていました。お話によると、仮設住宅を出られるのは当初1年後と言われていたのが、2年後、3年後・・と言われ、現在に至るとのこと。そして震災から5年たった今、仮設から出られるのは5年後と言われており、今なお厳しい暮らしを強いられているということでした。

 それからバスは街の中心部へと移動。途中、海岸線に沿って線路があり、電車が通っていたそうですが、線路が流されてしまったということでした。「もう一度ここに電車を走らせたい。それが50年後でもいい、もっと先でもいい、ここにもう一度電車を走らせることに意味がある」というようなお話をされていました。念願がかなってやっと開通した線路で、電車から見える景色は本当に素晴らしかったそうです。でも現在、線路の復旧の目途はなく断念されているとのことで、それでもあきらめずに、働きかけていこうという思いに、本当にこの街を愛していること、自分の命を越えて、未来に生きる人々へと希望をつなげたい・・という思いが伝わってきました。 

 街があった中心部に着くと、そこにあるのは盛り土であり、草はらでした。「ここにもたくさんの店があり、家があり、街があった」とお話してくれました。いずれこの盛り土は平らにされ、何年後かには新しく街ができるということでした。

 そして今も鉄骨が当時のまま残っている防災対策庁舎の前でバスは止まりました。最後の最後まで、「高台に避難して下さい」と住民に向けてアナウンスをしていた職員さんのお話をしてくれました。庁舎は三階建で屋上2mを越える津波が押し寄せたのでした。今年4月から工事の関係で、ここには入れなくなるということです。

 ガイドさんが何度も言われていたことは、この震災の体験を伝えて行かなければならない、風化させてはいけない、ということでした。

 55年前、この地域にはチリ地震、津波が起こり、その経験を元に、防災マニュアルが作られ、皆が津波に備えて訓練していたと。でも今回の東日本大震災は、チリ地震を越えるもので、想像を超えるものであったこと、そしてチリ地震以前に起こった震災の記録、記憶はなく、風化してしまっていたこと。過去に起こった経験を活かせなかった、だから、今回の震災の記憶は、後世に伝えていかなければならないこと、風化させないこと・・、そのような思いで、この語り部バスを続けているとお話くださいました。
 

 最後に、現在取り組んでいる「南三陸てん店(てん)まっぷ」のご紹介がありました。南三陸地域に点々としながも元気に営業しているお店を応援するために、地域のお店のマップを作っているとのこと。そのマップを一枚もらいましたが「このマップを片手に「転々」と南三陸をめぐって復興への願いを天まで届けましょう」と書かれていました。お店の方々は、「人と話をする」ということが希望につながるのだと、だからお店に足を運んでほしいと力と願いを込めてお話してくださいました。

 生きていくために「人と話をすること」がとても大切なこと、人とのつながり大切さを心に留めました。残念ながら、お店をめぐる時間はなかったのですが、またいつかぜひ訪れたいと思いました。

 自分たちの街を愛し、街の人々を愛し、この街で未来を生きる人々のことにも思いを寄せながら、震災の記憶、経験を伝えて下ったガイドさん、そして温かく笑顔でもてなしてくれたホテルスタッフの皆さまに感謝いたします。被災された方々が一日も早く安心して日常生活が送れますよう、被災地の復興を心からお祈りいたします。

                ウミネコが人懐っこく、迎えてくれましたIMG_1191 (2).jpg

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