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トピックス by村本邦子

2016.06.11
歴史は私たちの足元に層を成してある~ナポリ・ソッテラネアから

 ナポリ旧市街は、歴史地区として世界遺産になっているが、その下には、古代地下都市(ナポリ・ソッテラネア)が広がっている。歴史は5千年前に遡る。古代ギリシャ人が植民都市として、碁盤の目のような都市計画のもと「ネアポリス(新しい都市という意味)」を建設した。ギリシャ人たちは、地下の石(Tufoという凝灰石)を切り出して、地上に引き上げ、城壁や劇場を築いた。空洞は、死者の埋葬や倉庫として使われた。古代ローマの支配下に入ると、ローマ人たちは、この空洞を利用して、巨大な地下水路と貯水槽を建設。ローマ法のもとで整備・拡大され、市民生活を支える貴重な水源となっていった。ところが、19世紀末から20世紀初めにかけ、コレラが大流行し、閉鎖される。第二次世界大戦中には4000人を収容する防空壕として活用され、戦後はごみ処理場として使われていたらしい。

  地上には所狭しと家が建ち並び、そんな地下世界があることなど思いも及ばない。ナポリの人たちは、その存在を封印し忘れかけていたが、1979年、地下で火災が起こった。消防士たちは住民を避難させ、数日間、地下への入り口を探したが見つからず、ある人が、子どもの頃、地下へ続く階段を収納した壁を記憶していたことから、ようやく入口が発見され、消火活動を終えることができた。この時の証言者が後にNPOを立ち上げ、ボランティアの手によって発掘と研究が進められ、今では観光客にも紹介されるようになったが、まだ謎は十分に解明されていない。

 入り口は、サン・パオロ・マッジョーレ教会の脇にある。長い階段を下り、地下40メートルほどのところから狭い迷路のような地下通路の一部を見て回ることができる。貯水槽に通じる通路はほぼ肩幅で、ろうそくの火を頼りに進んでいく。迷い込めば二度と戻れないかもしれない複雑な迷路となっているため、ツアー以外で見学することはできない。さらに、いったん地上に出て、狭い路地を入った民家へ入り、ベッドを蹴飛ばすと、秘密の通路と階段が隠れていて、下りていくと、今度はローマ劇場の遺跡の一角に行きつく。度重なる地震で崩れ、使われなくなって、そのうち埋もれていったものだ。数年前まで、この家には人が住んでいて、足元にそんな遺跡があることを知らなかったそうだ。

 今なお、たくさんの人々が暮らしているため、地下世界の全体像を見ることはできず、想像するのも困難だが、ローマ劇場の一部を地上の建物と建物のあいだに見ることができるし、グーグル・アースで見ると、ネアポリスに添って家々が立ち並んでいることがうっすらとわかるようになっている。まるでSF冒険映画のようだが、自分たちの足元に、長い人類の歴史が積み重なっているのだということを象徴的に、いやむしろ文字通り示す事実に強い衝撃を受ける。そして、その事実に目を向けることをしなければ、足元は脆い空洞が巣くっているだけかもしれないのだ。そして、歴史は一層ではない。

 昨年、私のなかで一番ヒットした言葉は、白永端さん(韓国・延世大学歴史学教授)の「核心現場」だった。東アジアにおいて、帝国主義、植民地主義、冷戦が重なりあって及ぼした影響の下で、空間的に大きく分裂され、葛藤が凝縮された「歴史の交差点」を指す。それは地理的範囲にありながらも、その範囲を越え「自らの脚で経っている大地に刻まれた傷と記憶を他人と共に共感/共苦できる場」を拓こうとすること、場を占拠する立場のパラダイムではなく、場を開き現す「現場」のパラダイムを要請することである。自分の足元にある歴史の層に眼を向けること、そしてそこから世界へと眼を転じること、そんな作業を始めたところである。

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