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トピックス by村本邦子

2015.11.17
命をつなぐ

 このところ、ナチス・ドイツの占領下にあったヴィシー政権時代と戦後のフランスについて調べていた。直接的には、11月2日、3日とフランスの精神科医ボリス・シリュルニクを招くシンポジウムが予定されていたためである。彼はトラウマとレジリエンス研究の権威であり、ユダヤ人検挙によって両親を失い、自身も6歳の時に逮捕され、強制収容所行の寸前で逃亡して生き延びたという経験を70歳代になって語り始めた人だ。パリのショアー記念館を訪れたことはあったが、フランスにおけるホロコーストについて十分な知識がなく、ボリスが70代になるまで語れなかったという空気を知りたかった。

 ボリスの体験は、『憎むのでもなく、許すのでもなく~ユダヤ人一斉検挙の夜』(ボリス・シリュルニク著、林昌宏訳、吉田書店)として出版されている。本題は、"Sauve-toi, la vie t'appelle"(自分を救え、命があなたを呼んでいる)。1942年7月16日、1万3千人のユダヤ人が検挙され強制収容所に送られたヴェル・ディヴ事件を扱った「黄色い星の子供たち」という映画とそのまま重なるのだが、実話に基づいたこの映画にも、検挙後、脱走して生き延びた子どもたちが登場する。11歳のジョーは、家族と引き離される時、「逃げて。生き延びるのよ。約束して!」と叫ぶ母親に「約束する」と誓い、おそらくはそれゆえに強靭な精神力で生き延びる。自分が子どもだったら、一人だけ生き延びることができるだろうかと疑う一方で、自分が母親の立場なら、たしかに子どもだけは生き延びて欲しいと願うことだろうなどと考えていた。

 話は変わるが、その後、東北のプロジェクトで宮古を訪れ、田老の「学ぶ防災」に参加した。昨年も参加したのだが、一年の変化と不変化を感じると同時に、おそらくは時間経過のなかでようやく聴くことができるようになったガイドさんの被災体験を聴いた。震災後、「津波てんでんこ」が話題になった。「津波が来たら取るもの取りあえず、各自てんでんばらばらに高台へ逃げろ。自分の命はそれぞれ自分で守ること」という意味なのだが、ガイドさんも、「子孫を絶やさぬように、家族の絆を信じて、自分の命を守れ」というこの言葉を思い出して逃げたそうだ。そうなのだ。命をつなぐことこそが大切なのだ。これまで、「合理的だけれど厳しいな・・・」と感じるところがあったが、生き抜くことは厳しいことなのだと改めて背筋が伸びる思いがした。生き延びた人々を励ます言葉でもあるのだろう。ガイドさんは、次の世代の命を守る抜くために、体を張って仕事を続けていらっしゃる。

 「自分を救え、命があなたを呼んでいる」とは、そういうことなのだろう。単に個としての自分が生き延びることではなく、個を越えた命を守り抜くことなのだ。シラク大統領が初めてフランス政府の責任を認め、「守るべき国民を敵に引き渡した」と謝罪したのは、1995年だった。ヴェル・ディヴやドランシー収容所の跡地を訪れ、記憶と忘却の政治を感じる一方、フランスにとって、日本の敗戦は戦争の終わりを告げる喜ばしい日だったことをも知った。カンの平和記念館前には、解放70年の記念として、水兵が看護婦にキスしている大きな人形が置かれており、これは、米国タイムズスクエアで撮った「無条件降伏」というタイトルの写真をモデルにしたものだそうだ。錯綜する現実のなかで命の呼び声を聴き取ることはなんて難しいことなのだろう。溜息をついていたところに飛び込んできたのは、パリでのテロのニュースだった。

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