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トピックス by村本邦子

2014.08.18
『閉じられた履歴書』

 女性支援を始めた90年初め、兼松左知子さんによる同タイトルの本を読んだことが、強烈な記憶として残っていた。時々、思い出しては、もう一度、読み返してみたいと思いながら、どこにいってしまったのかわからず、そのままに月日が経った。婦人相談員の歴史を調べようと思い立った機会にと、改めて購入することにして、読んでみた。売春防止法の成立によって誕生した婦人相談員として、新宿を担当地区として受け持ち、女性支援を続けてきた著者の三十年の記録であり、時代が変わり、形が変わっても、性風俗に翻弄され、抑圧・搾取され続けてきた女たちの歴史でもある。 

 著者の兼松さんは、ソ連、朝鮮の国境に近い旧満州にて、二十歳で敗戦を迎え、無法地帯となったその地に攻めてきたソ連軍戦車隊の兵士たちが女を求めるため、何か月も天井裏に潜んで生活した。外から連れて行かれる女たちの慟哭が聞こえ、その声はなかなか耳から離れず、その体験が、帰国後、弱い立場の女性の側に立つ、婦人相談員の仕事を選ばせたのだそうだ。 

 売春防止法が公布されたのは昭和31年(1956年)、二年かけて段階的に施行されることになっており、昭和33年(1958年)には、新宿二丁目で赤線解散式が行われたという。婦人相談員たちは、それに便乗して仕事の説明と協力を訴え、その場で相談業務を始めた。当時、「売春婦」の推定は五十万人だったが、本人たちの当初の希望に反して、舞い戻る結果になった者が多く、昭和35年(1960年)には、飲食店を装った赤線復活を思わせる盛り場が大都会に目立つようになった。婦人相談員の相談対象は、「街娼」へと変化していき、家族ぐるみの更生、麻薬中毒者の更生、それに付随する住宅問題、ヒモそのものの就職あっせんと生活指導等、複雑多岐にわたり、間口を広くする必要に迫られていく。 

 高度経済政策がスタートすると、大型消費財の大量生産時代に入り、他人への無関心と欲望への抑制を失い、刹那的に行動する風潮が拡がり、「売春」も大幅に多様化した。その動機も失業、生活苦といった従来の型に加え、ローンの返済、子どもの教育費、より豊かな生活のためなど、高度成長下の相対的貧困感によるものが目立ち、「主婦売春」や地方からきた若い女性が、ふとした機会に「転落する」ケースが増え、売春防止法制定時とは異なった傾向が見られるようになったという。 

 本著では、そのような時代背景に添いながら、たくさんの女性たちの物語を重ねていく。これこそ、「歴史の証人」であり、同じことを長年続けてきたからこそ開けてくる視点である。こんなふうに大きな視点で売買春の歴史を眺めてみると、「私たちが闘うべき敵はいったい何なのだろう?」との問いが沸いてくる。個別の女性相談では、加害者と言うべき男性が特定されるが、歴史的視点から見た場合、相手が個人ではなくシステムであることは確かだ。そこには性別役割や女性蔑視のようなものが含まれているが、大量消費社会や新自由主義など、もっと多くの力が働いている。 

 個人の力でそれを変えることはできないかもしれないが、兼松さんのように、それに抵抗し、記録し、情報発信していく人がいることの意味は大きいと改めて思う。今も全国で女性たちのために頑張ってくれている婦人相談員たちがいる。本著は1987年に書かれたものであり、2009年には『街を浮遊する少女たちへ~新宿で<待つ><聴く>を続けて五〇年』(岩波書店)も出版されている。合わせて読んでみたい。

 

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