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トピックス by村本邦子

2014.06.24
遺言~原発さえなければ 福島の3年間、消せない記憶のものがたり

 同タイトルのドキュメンタリー、是非、観なければと思いながら、4時間に及ぶ長編なので、なかなか時間が作れず、大阪での上映を見送ったが、今日、たまたまふたつの予定がキャンセルになったので、思い切って京都シネマへ向かった。 

 2011年3月12日、福島第一原発事故の取材現場に駆けつけた2人のフォトジャーナリストが、いち早く撮影を開始し、2013年4月まで、飯館村を中心に、福島の人々と過ごした日々を記録したものだ。以前、「命の抵抗~福島『希望の牧場』のこと」を書いたが、

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 今回のドキュメンタリーも、酪農家の家族と仲間を中心に据えながら、いのちを問うたものだ。「希望の牧場」の吉沢正巳さんたちは殺処分に抵抗し続けたが、本編の長谷川健一さんたちは、避難命令に対して、子や孫や人の命とは引き替えにできないと苦渋の選択をした。殺処分するのかしないのか、避難するのかしないのか、選択は一見、真逆のように見えて、実は、人生の価値という意味では、まったく同じものを選択しているようにも思える。 

 いろいろなことを考えさせられたが、大きなインパクトとして残ったことは、震災前には名も知らなかった福島の小さな村に、こんないい男たちがいたのだという発見だった。映画の中で、大の男たちが、惜しげもなくボロボロ泣く。なかには自死した者もあり、その遺言がタイトルの「原発さえなければ」なのだが、仲間たちと支えあい、何とか知恵と希望を絞りだし、冗談をとばして笑いながら、しぶとくサバイバルしている。ただし、目を凝らしてよく見てみると、その陰には、それを支える妻の姿があるか、もしくは、姿がない。映画にそのことは描かれていないが、おそらくは「嫁不足」の問題があったのだろうと推測させる手がかりがある。このことが突き付けている事実に考え込まされる。 

 酪農家の女も一人登場する。札幌の大学で酪農を学び、スイスでの酪農研修を経て、両親とともに家族経営の小さな酪農を営み、自給自足的なエコライフを実践していた。彼女は、スイスの農家には核シェルターがあったが、別世界のことだと思っていた、ここにも核シェルターを作っておくべきだったと後悔する。酪農の力を買われて、今は、横浜の小野ファームで働くが、「都会暮らしは楽だが、楽はよくないね。やっぱり福島に帰りたい」と語る。 

 2012年5月、福島復興牧場がオープンした。これまでの酪農は家族経営が通常であるため、経営規模は小さく、新規参入が困難、後継者不足といった問題を抱えていたが、この牧場は共同経営を採用、土地や整備などの規模を拡大し、酪農教育プログラムや牧場体験プログラムといった活動を行うことで、学生や一般の人々の理解を促進してゆくのだという。 

 これからどんな世の中になっていくのか、とても楽観できるような状況ではない。これまでは、どんな状況にあっても希望を持ち続けることができたらと願ってきたが、今回は、むしろ、絶望のなかにあっても生きていく力を持ちたいと思うようになった。未来に希望があるのかどうかわからない、それでも、仲間たちと一緒に、人生の大切な価値を見失わず、できることをコツコツと重ねていくということだ。福島でこんなふうに生きている人たちがいることに感謝だし、その証人として存在し続けようとする良心的なジャーナリストたちがいることにも感謝である。最後の方に、「伝えて終わり、聞いて終わりではダメで、次の一歩につなげないと」という言葉が出てくるが、私も小さなできることを続けたい。

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