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トピックス by村本邦子

2011.07.26
2011年7月 ロジャーズの平和ワークショップと「歴史の傷を癒す」

今年の10月、南京にて、2回目となる国際セミナー「南京を思い起こす〜歴史のトラウマと和解修復の試み」を開催するので、現在、準備中である。これは、ホロコースト・サバイバー2世であるアルマンド・ボルカスによって開発されたHealing the Wounds of History(歴史の傷を癒す)の手法を使ったワークショップを核にしている(今月のトピック2009年3月を参照)。実は、このワークショップを説明する時に、これはいったい何なのかという理論的枠組みとして、どんなものを使えば、一番わかりやすいのだろうと悩み続けている。平和教育とも言えるが、教育と言うよりはセラピー・グループと言う方が良いようにも思えるし、そうは言っても、一種のアクティビズムを含んでいるという点において、単なるセラピー・グループでもない。

心理学の手法をアクティビズムにつなげていくという点において、一番近いのは、カール・ロジャーズが試みた平和ワークショップかもしれないと思ってみる。ロジャーズが、世界平和のために、政府のリーダーたちをメンバーとしたエンカウンター・グループを試みていたことは何度か耳にしていたが、いったいどこを調べれば詳細がわかるのか、情報を得られずにいた。ところが、このたび、偶然、ロジャーズ自身がこのワークショップについて書いた論文を見つけた(Rogers, C. R., The Rust Workshop: A Personal View, Journal of Humanistic Psychology, Vol.26, No. 3, Summer, 1986)。せっかくなので、ここに紹介したい。

ロジャーズは、1985年、オーストリアのルストにて、17か国の政府の要人ら50名を集めたパーソン・センタード・アプローチを用いた4日間のワークショップを開催した。これは、「ルスト・ワークショップ」と呼ばれ、「中央アメリカの挑戦」というサブタイトルがついている。中央アフリカの国際関係に影響力を持つ人々が、心理学的に安全な空間において個人レベルで出会い、自由に意見や態度や感情を表現できるように、記録なしに語り合うことを目的としたものだった。実際には、3日目の午前中、プレス・カンファレンスがあり、ロジャーズを含む11名がワークショップを抜けてそれぞれ個人的見解を述べ、プレスは、「類い稀な政治的・心理学的実験」であり、パーソン・センタード・アプローチは、「永続する平和プロセスの触媒」かもしれないと好意的に評したと言う。

残念ながら、1987年、フォローアップ・ミーティングをセッティング中に、ロジャーズは亡くなってしまう。1988年、仲間たちは、コスタリカにて、「第2回中央アメリカ対話」を開催したが、その後は基金が得られず、活動は途絶えてしまったらしい(Barfield, G. L., Nomination to the TIME 100 list of seminal thinkers)。資金の問題なのか、運営の問題なのか、ロジャーズという優れたリーダーを失えば続かなかったという事実は、とても残念なことだ。私たちの試みでは、2009年、2011年と、アルマンド自らがファシリテートしてくれるが、「次からは、自分たちで(中国人と日本人とで)やりなさい」と言われているので、来年は、アルマンドを日本に招いてファシリテーターの養成をやる予定である。実際、そうしていかなければ、アルマンドがいなくなったら、この流れは途絶えてしまうことになる。

ひとつの大きな課題は、セラピー的要因とアクティビズム的要因のバランスである。そういう意味では、むしろ、フェミニスト運動で用いられたCRグループ(意識覚醒グループ)と似ているかもしれない。HWHではパブリックイベントを置くことで、閉じられた親密な空間で醸成された共感と平和の文化を社会へと解き放つ。この段階をどの程度のバランスで行うかを現在、検討中である。ロジャーズの試みは、政府のトップたちが個人的出会いをすることで平和をもたらそうというものであるが、私たちの試みは市民レベルで出会い、それを同心円的にコミュニティへ、社会へ、国家へ、と拡げていこうとするボトムアップの平和ムーブメントなのだ。

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