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インフォメーション

2001.12.26 メディア掲載
朝日新聞2001年12月26日に紹介されました。

12月16日朝日新聞「女性ライフサイクル研究11号」紹介

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2001.12.10 関連図書
暴力被害と女性

books_bouryokuhigai.gif【村本邦子
DVセクシュアル・ハラスメントレイプの三つに焦点をあて、「女性への暴力」について歴史的な背景から現状、将来までの具体例までまじえながらわかりやすく解説しています。


〈目次〉

第1章 女性への暴力とは何でしょうか?
第2章 女性への暴力の実態はここまでひどい
第3章 暴力被害から抜け出すには
第4章 暴力被害によるトラウマから回復するために
第5章 暴力のない社会をつくる
関連連絡先一覧


昭和堂 2001年発行 228頁 1,575円(税込)

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2001.11.25 メディア掲載
神戸新聞2001年11月25日に紹介されました。

11月25日神戸新聞「女性ライフサイクル研究11号」紹介

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2001.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
『女性ライフサイクル研究』第11号(2001年11月発行)

特集《子どもの虐待》


report11.gif危機介入、被虐待児への援助と治療、援助者のメンタルヘルス、虐待サバイバーの回復、連鎖を断ち切るための援助、予防、システムと法について考察しています。

〈目次〉


序 (女性ライフサイクル研究所)村本邦子
子ども虐待の理解と変遷

危機介入 (神戸女子大学)前田研史
虐待事例への危機介入的アプローチ

被虐待児の治療 (女性ライフサイクル研究所)西順子
被虐待児の心理と治療的アプローチ
セラピストとケアワーカーによる治療的関わり

子どもの日常を支える専門家 (女性ライフサイクル研究所)津村薫
子どもに関わる専門家ができることと、そのメンタルヘルスを考える
援助者のメンタルヘルス (女性ライフサイクル研究所)村本邦子

子どもと日常的に関わる人 (女性ライフサイクル研究所)窪田容子
虐待の被害から子どもを守るために、周囲の大人ができること

サバイバー (女性ライフサイクル研究所)村本邦子
虐待サバイバーの回復

虐待者
「虐待の連鎖」を断ち切る (女性ライフサイクル研究所)村本邦子
虐待のサイクルを断ち切るために 回復に向けての日々 koh

予防 (女性ライフサイクル研究所)前村よう子
虐待予防の実践 女性ライフサイクル研究所の試みから

システムと法 (大阪市立大学大学院)新恵理
子ども虐待の対応について 施行後の児童虐待防止法を考える


1,050円

>>神戸新聞2001年11月25日で本書が紹介されました。

>>朝日新聞2001年12月26日で本書が紹介されました。

■ 5冊セット販売(第11、12、13、14、15号):2,000円(送料サービス)
>>5冊セット販売を購入する

2001.10.18 関連図書
《FLC21子育てナビ2》子どもの叱り方 

childNavi02.gif【村本邦子・津村薫 著】
子どものかんしゃく、わがまま、やんちゃ、乱暴、反抗、好き嫌い、うそ、勉強嫌い、ゲーム好き、お手伝いをしない、行儀が悪い、友達とのトラブル、しつこいおねだり、きょうだい喧嘩、公共の場でのマナー、体罰、よその子をどう叱るか・・・・さまざまな問題にお母さん達は悩んで、傷ついたり、孤独を感じたり、自信をなくしたりしています。子どもを叱ることは難しいですね。それは私達が試される瞬間でもあるからです。子どもをどんな時に、どんなふうに叱ろうか?と、迷った時に適度な自信を持って、子育てができるように「子どもを叱ることの原点」を示そうと、書いたものです。


〈目次〉

1 叱るってどういうこと?
2 どんなときに叱るのか?
3 発達に応じた叱り方
4 叱るときは、一度にひとつ
5 叱り方のコツ
6 体罰は必要?
7 よその子を叱る
8 叱った後に
9 親も子も、間違いながら成長する


三学出版 四六版 85頁 1,000円(税込)

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2001.10.18 関連図書
《FLC21子育てナビ3》子どもが被害にあったとき 

childNavi03.gif【窪田容子・村本邦子 著】
虐待いじめ体罰性被害などにあった時のための、危機対応マニュアルです。あらかじめ知識をもっておくことで、子どもの異常にいち早く気づき、子どもの話に耳を傾け、子どもの気持ちを受け止めやすくなるでしょう。万一被害にあったとき、それがトラウマとなるかどうかは、出来事そのものだけでなく、被害後、子どもがどのようにサポートを受けたかに左右されます。心の傷をできるだけ少なくくい止めるために、大人の果たせる役割はたくさんあります。事故や災害、大切な人の死、暴力の目撃、犯罪に巻き込まれるなどについても、参考になります。


〈目次〉

1 子どもの被害についての一般的知識
2 被害にあった子どもへのサポート
3 子どもを支える大人のメンタルヘルス
4 専門家への援助を求める


三学出版 四六版 85頁 1,000円(税込)

2001.10.15 関連図書
《FLC21子育てナビ1》今からでもできる 人格の土台をつくる子育て

childNavi01.gif【村本邦子・窪田容子 著】
人格の土台を育むヒントをわかりやすくお話しします。人格の土台がしっかりと形成できた子は、後の人生でいろいろな困難や危機にぶつかった時も、この土台を足場になんとか乗り越えていくことができます。これらがしっかり形成できなかった場合は、この土台そのものがぐらついてしまい、危機が大きくなってしまうでしょう。子育てのなかでも人格の土台は主に乳幼児期に形成されますが、乳幼児期を過ぎてしまったからと言ってもう手遅れという訳ではありません。今の子育てのこの瞬間から土台を作り直していくことができます。人は無限の可能性をもっています。


〈目次〉

1 基本的信頼を育む
2 自己コントロールを育む
3 子どもの自発性を育む
4 間違っても、大丈夫


三学出版 四六版 85頁 1,000円(税込)

2000.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
アメリカにおけるフェミニスト心理学の歴史と展望

女性ライフサイクル研究所 村本邦子

1. フェミニスト心理学とは何か

 はじめに、フェミニスト心理学の定義から始めるべきだろう。フェミニスト心理学とは、フェミニズムの視点から構築した心理学と言えるが、フェミニ ズムの定義自体が一様ではない。現代のフェミニズム理論には、いくつもの種類があり、それぞれが女性の経験をそれぞれのレンズを使って分析している。当然 ながら、すべてに共通する最大公約数はあるわけで、「フェミニズムは女性に価値を置こうとすること、女性が安全で満足できる人生を送るためには、社会変革 が必要だということ」だろう。ベル・フックスの定義は単純で、「性差別と性差別による抑圧を終わらせるための運動」となる(Unger & Crawford, 1996)。フェミニスト心理学は、これらのスタンスをとる心理学と言えるだろう。
 フェミニスト心理学と女性心理学の違いはどうだろうか。女性心理学は、文字通りには、女性についての心理学を意味するにすぎず、必ずしもフェミニスト的 であるとは限らない。たとえば、女性性とマゾキズムの関係が生物学的に決定づけられていると主張した初期の女性精神分析家、マリー・ボナパルテやヘレー ネ・ドイッチュらの仕事は、当然ながら、女性心理学の領域に含まれる。わが国でも、初期に女性心理の本を書いていたのは男性心理学者であり、社会が期待す る女性の役割や特質を説くものだった。しかし、女性心理学に位置づけられている著作や論文でも、フェミニスト心理学の領域に位置づけられるものがたくさん あることも事実である。著者がフェミニズムというレッテルに否定的であったり、肯定的であっても、戦略的にそのレッテルを使わない方が有利であると判断す る場合もあろう。
 ブルマン(1998)は、女性心理学とフェミニスト心理学の名称が長いあいだ、明確に区別されず使われてきたことを認めながらも、この二つをはっきりと 区別している。前者は、男性中心だった心理学に女性という視点を持ち込み、心理学の受け手としても作り手としても、女性に焦点をあてた点で、画期的だっ た。それに比べ、フェミニスト心理学の方は、女性を心理学の「対象」(object)から「主体」(subject)へ("the psychology of women" から"feminist psychology"へ)と移し変えることによって、心理学を政治的領域に持ち込んだのである。
 クローフォード(1998)は、女性心理学は、心理学のなかの性差別的な歪みを修正し、改善することを目指してきたと評価している。専門家としても、ク ライエントとしても、学生や研究対象としても女性に焦点をあて、それを心理学が理解できる言語で語り、公正と平等に訴えることで、それなりの成果をあげて きた。セクシュアル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンス、摂食障害、仕事、母性神話などは、その成果の一部である。それに対して、フェミニスト 心理学の方は、そのごく一部が受け入れられたにすぎない。クロフォードの言葉では、フェミニスト心理学におけるフェミニズムと心理学の関係は、「結婚では なく人目を忍ぶ恋」であり、「友好的にプラトニックな関係」を維持したままである。つまり、フェミニスト心理学において、フェミニズムと心理学の融合、あ るいは統合はなされておらず、表面的な関係を結んでいるだけである。
 女性心理学は心理学の存在を許すが、フェミニスト心理学は、フェミニズムが心理学の存在をどこまで許すかを問う。実際、心理学の存在自体に否定的なフェミニストたちは少なくない。

2. 心理学と女性

 一番初めに、心理学と女性の関係に眼を向けておこう。まず、女性と狂気の関係について触れておくべきだろう。エレイン・ショーウォーター (1985)は、狂気が「女の病」(female malady)だったことを指摘する。イギリスでは、17世紀、女性患者の精神障害の症例が男性の2倍であるという記録が残っている。20世紀になって も、精神病院の患者の大半が女性だったという。とくに、産褥期精神病の症例を見ると、「子どもと夫への無関心、嫌悪、怒り、性的露出」が突然現れ、女らし さと母性を重視するヴィクトリア朝の理想像を打ち壊した。女性たちの症状と、ヴィクトリア朝の理想のどちらが狂気だったかは疑問だが、当時は、女性たちの 方が狂気とされた。ショーウォーターは、狂気の例として、フローレンス・ナイチンゲールの自伝的小説『カサンドラ』を取り上げている。彼女は、自分の天命 を実行するために結婚を断り、看護婦の教育を受けることを母親に反対され、神経衰弱状態に陥って、自殺願望につきまとわれる。1850年のことである。ナ イチンゲールは、『カサンドラ』を書き終えると、家を離れ、看護婦としての仕事の第一歩を踏み出した。それから1年もしないうちに、クリミア半島へ行くこ とになるのである。
 ここで、アンナOこと、ベルタ・パッペンハイム(1859-1936)のことを思い起こしておくのもいいだろう。彼女は、ブロイアーとともに "talking cure"(「談話治療」)を考え出し、抑圧された感情が精神機能に影響を及ぼすことを示唆した。彼女抜きに、精神分析の発展は語れない。ベルタは、ブロ イラーに見捨てられ入院生活を送った後、しばらく身を潜めていたが、1888年、29歳から、社会的な活動を始め、数々の重要な仕事を成し遂げた。メア リ・ウルストンクラフトの古典的名著『女性の権利擁護』をドイツ語に翻訳し、自ら『女性の権利』という戯曲も書いている。孤児院の院長を長く勤め、ドイツ のフェミニズムとソシャルワークのパイオニアとも見なされている。精神分析は彼女の治療を完遂しなかったが、ベルタは、その後、社会運動に身を捧げること で、癒され、成長したようである。狂気は、クリエイティブな女性がその能力を発揮することができないでいる状態なのかもしれない。ローゼンバウムとムロフ (1984)は、ベルタの事例の見直しによって、トラウマという心の問題と社会のつながりを再評価することを示唆している。
 1900年代初期、女性への偏見と差別は甚だしかった。精神分析の理論は、フェミニズムを「強く、しかし不完全に抑圧されたマゾキズムの補償」と意味づ けるなど、フェミニストを中傷するために利用された。APA(アメリカ心理学会)の創設者スタンレー・ホールは、「結婚よりキャリアを選んだ女性は生物学 的倫理を犯している」という言葉を残している。しかし、興味深いことに、ケスラー(1997)は、APAの歴史書『心理療法の歴史~変化の1世紀』の第一 章、APAの1年目にあたる1892年を、クリスチーヌ・ラド・フランクリン(1847-1930)という女性心理学者の書簡で始めている。彼女は、しぶ る父親から借金して大学で学んだ後、特別なはからいによってジョン・ホプキンズ大学の講義に出席し、1882年に博士課程を終えたという。女性だったため に正式な博士号はもらえなかったが、ジョン・ホプキンズ大学は、1926年、50周年の時に、彼女に正式な博士号を出している。クリスチーヌは、パメラと いう名前の女友達と文通し、慢性病だったパメラの妹のことをめぐって、ウィーンのフロイトについても話題にしている。また、1892年、ホールがAPAの 最初の集まりを持ったときのことを、「目を皿にして、彼らが女性をメンバーに加えるか見ている」と書き綴っている。彼女は、1893年の第2回大会で、 33名のメンバーに加えられている。
 心理学が始まった初期の時代、心理学と女性との関係は、女性の可能性がさまざまに制限された社会のなかで、患者という形で心理学の発展に貢献させられることが圧倒的に多かった。

3. 心理学にフェミニズムを持ちこむ

 1925年から1935年の間、精神分析運動内部で、女性のセクシュアリティ、女性の特性および心理について熱心な議論が交わされている。この議 論の立役者はドイツの精神分析家カレン・ホーナイ(1885-1952)だった。彼女は、1926年から35年の間に一連の論文を書き、女性を男性の欠陥 版と見るフロイトの仮説に異議を唱えた。マリー・ボナパルテ(1882-1962)、ヘレーネ・ドイチュ(1884-1982)などの女性分析家はフロイ トの側に立っている。しかし、1930年代、アメリカに移住したホーナイは、フロイトとの論争に終止符をうち、女性心理の主題を捨ててしまった (Russo & O'Connell, 1997)。
 1930年代のアメリカは、大恐慌の結果、女性(特に既婚女性)の雇用を制限する必要性に迫られていた。精神分析は、その根拠として利用され、「罪悪感 と葛藤を避けるためにも女性は家事に専念すべき」との主張がなされた。戦後も同様に、精神分析は、男性の優秀さと女性の従属を信奉するイデオロギーとして 使われる。第二波フェミニズム運動が起こる以前、専門職を目指して大学の門をくぐった女性たちは、かなりつらい経験をしたようだ。バーニス・ロット (1995)は、1951年、UCLAの大学院に入った初日に、教授から「成績は優秀だが、どうせ2~3年もすれば子どもができ、プロのサイコロジストと して働くことはないだろうから、教える側にもあなたの側にも無駄なことではないか。」と言われたと書いている。
 ローダ・アンガー(1998)は、60年に大学院に入り、66年にプロフェッショナルとしてのキャリアをスタートさせたが、当時、APAの大会参加者 は、9割が男性だった。学会では、「もっと深い話をしよう」と教授からホテルの部屋に誘われて、逃げ出さなければならないようなことがあったという。フィ リス・チェスラー(1995)も、大学院生だった60年代後半、「研究指導」のための食事に誘われ、レイプされかけて、もみあいになり、彼の肋骨を折っ て、病院へ運ばなければならなかったと書いている。国連の仕事を引き受けたとき、書記官からレイプされてもいる。
 1969年に臨床心理学の博士課程に入ったポーラ・カプラン(1995)は、最初の年、性差の研究を始め、論文を書いたが、感情的なコメントをもらい、 「自我境界が弱い」という理由で、追い出されている。そのため、彼女は臨床心理学でPh.Dをとることができず、心理学でとっている。他のフェミニストの 多くも似たような体験を持っているようだ。
 このような状況にあった女性サイコロジストを救ったのがフェミニズムだった。ミリアム・グリーンスパン(1995)は、「フェミニスト運動は私の命を 救ってくれた。それは、私にとって社会正義のための運動以上のものだった。感情的な意味でもスピリチュアルな意味でも、私の癒しの基盤になった。」と、記 している。
 1963年、ベティ・フリーダムの『女らしさの神話』を契機に、第二波フェミニズム運動が巻き起こる。少人数で女性としての体験を語り合うCR(意識向 上)グループは第二波フェミニズム運動の有用なツールだったが、適切な指導をしてくれるメンターもロールモデルもなく、孤立していた女性サイコロジストた ちが、CRを通じてつながった。彼女たち自身、そこで癒しと成長を経験しながら、女性のための新しい心理学を構築する必要性を痛感したのである。心理治療 は女性役割に適応させることにあるのではないという指摘がなされ、心理学の性差別による歪みをなくしていこうという目標が掲げられた。
 CRグループの延長線上に、組織としてのAWP (女性心理学会)やAPAの女性部会の設立もなされたようだ。フェミニズムに影響を受けた女性サイコロ ジストたちは、就職の厳しさ、セクシュアル・ハラスメントや孤立について語り合い、こうした非公式の会話から、1969年、AWPは設立されたという。 AWPの会合は、出席者の便宜上、APAの大会の前夜にもたれるようになり、これがAPAの女性部門の設立を推進した。実際には、フェミニズムに強く影響 を受けたこれら若手のサイコロジストと、そうではない年配の女性サイコロジストとの反目もあったようだが、協力して女性部門を設立したようだ。アンガー (1998)は、女性心理に関するプログラムは、女性解放運動の影響下で自然と飛び火したのでなく、APAの内部・外部で、組織的な活動が繰り広げられた ことを忘れてはならないことを指摘している。

4. フェミニスト心理学をつくる

 こうして、心理学の理論、研究、実践を見直していこうとする動きが生まれた。もっとも古典的な論文は、ナオミ・ワインスタイン(1968)の「心 理学が女性をつくる」だろう。ワインスタインは、心理学の実験結果が実験者の期待や社会状況の変化によって影響されることを立証し、心理学は神話から作ら れていると主張した。この論文には「科学的法則としての3K、子ども、料理、教会」の副タイトルがつけられている。
 アンガー(1998)によれば、大学でも女性心理学の講義が登場するようになり、1971年、最初の2冊の教科書『女性心理学』(バードウィック)『女 性心理について』(シャーマン)が生まれる。どちらも精神分析に批判を加えたものであるが、バードウィックはフェミニズムに対してアンビバレントなコメン トをしている。後者はアカディミックな色合いの強い出版社から出されたので、話題になることは少なかったが、平等やダブルスタンダードについての言及が多 く、フェミニズムの影響がよりはっきり見られるという。
 1972年に出版されたチェスラーの『女性と狂気』は、後に続く多くの女性サイコロジストたちに大きな影響を与えた。当時、チェスラーはわずか30歳 だったが、小説や詩、女性たちへのインタビューを素材に、女性の狂気を分析し、心理学や精神医学がいかに女性を抑圧するために利用されてきたかを論証し た。ジュリエット・ミッチェル『精神分析とフェミニズム』(1974)、ジーン・ベイカー・ミラーの『精神分析と女性』(1974)、『新しい女性心理学 へ』(1976)が続く。ミラー(1995)は、フェミニズムと『女性と狂気』の影響に言及している。ミラーは、最初、フェミニズムに盛り上がった世代よ り「年をとりすぎている」と感じたと言っているが、CRグループに加わり、運動に関わっていくなかで、それまで個人的に感じていた疑問に枠組みを与えられ たという。ミラーは、1981年に設立されたウェルスリー大学のストーン・センターの所長となり、現在まで、女性を欠陥モデルで捉えない心理学、関係性の 心理学の構築に貢献してきた。
 社会心理学出身のサイコロジストたちは、社会学習理論によってジェンダー・アイデンティティやジェンダー・タイピングを実証的に解明した。1978年に は、ナンシー・チョドロウの『母親業の再生産』が出版されている。チョドロウは、精神分析の理論を使って、幼少期の母と娘の関係から女性のジェンダーが再 生産されていく過程を明らかにした。問題意識を共有する女性たちの組織化が進むにつれ、1975年『性役割』、1977年『季刊女性心理学』など、ジェン ダーをテーマとするジャーナルも登場するようになると同時に、伝統的な心理学雑誌にも女性心理に関する投稿が増え、特集が組まれるようになった。
 エリクソンやコールバーグの同僚だったキャロル・ギリガンは、彼らの理論がいかに彼らの人生と関係しているかに気づき、自分の人生と仕事を結びつけよう と思ったと言う。そして、心理学の分野に女性の声や経験がないことに気づき、女性の声に耳を傾けることで、新たな心理学を構築しようとした。こうして書か れた最初の書物が、1982年の『もうひとつの声』である。ギリガンは、男性は自立という観点から世界を見る傾向があり、それを唯一の価値としてきたが、 女性は「つながり」という観点から世界を見る傾向があり、これにも大きな価値を与えた。ギリガンも、ストーン・センターの仲間たちと共に、「つながり」の 心理学を現在まで展開し続けている。
 目立ったものとしては、1980年から87年にかけて、スプリンガー出版より「女性フォーカス・シリーズ」が出版されている。7年間かけて、10巻が完 成されているが、タイトルの並びは、もしかすると、時代の関心や流行を反映しているかもしれない。1巻からタイトルを並べてみると、『出生率調整の安全 性』(1980)、『女性を対象としたセラピー~フェミニスト的志向を持つ治療』(1980)、『バタード・ウーマンのためのシェルターづくり』、『40 代からの女性』、『女性のステレオタイプ~精神衛生上の影響』、『バタード・ウーマン・シンドローム』(1984)、『女性の治療に関わる女性セラピスト たち~フェミニスト・セラピーの新しい理論と過程』(1984)、『女性学者のキャリア・ガイド』、『フロイトの眼の小さな欠点~精神分析から女性心理学 へ』『女性のセラピー・グループ~フェミニスト的治療パラダイム』(1987)となっている。80年代、バタード・ウーマンの問題に焦点が当てられ、シェ ルター活動やセラピーへの関心が高まったことが見て取れる。

5.フェミニスト・セラピーの発展

 フェミニストたちはフェミニズムの原理をセラピー理論に統合し、多様なアプローチを展開させた。70年代には、CR、アサーティブ・トレーニン グ、自助グループなどが発展したが、そのなかからテーマとして上がってきたものが、80年代、これまで無視されてきた女性固有の問題として研究されるよう になった。とくに、親密な関係のなかで起こる暴力、インセストを含む虐待などの問題が新たな視点から見直された。
 その中心は、何と言っても、1979年『バタード・ウーマン』に始まるレノアー・ウォーカーの一連の業績だろう。『バタード・ウーマン・シンドローム』 (1984)、『子どもの性的虐待ハンドブック』(1988、編集)、『フェミニスト心理療法』(1988、編集)『恐怖の愛~なぜバタード・ウーマンは 殺人を犯し、社会はどう反応するか』(1989)、『虐待された女性とサバイバー・セラピー』(1994)、その他であるが、ウォーカーは、90年代に入 ると、フェミニスト・セラピーとトラウマ理論を統合し、「サバイバー・セラピー」という新しいカテゴリーを作りだしている(Walker, 1996)。
 フェミニスト・セラピーの名称も登場し、スプランガー出版から『フェミニスト・セラピー・ハンドブック』(1985)が出版されている。この本は、 1982年4月にコロラド州で開催された「上級フェミニスト・セラピー研究所第1回年次大会」から生まれた。この本の序文には、フェミニスト・セラピーの 技法は1960年代後半から発展し始めたと書かれているが、草の根的なフェミニスト・セラピーの構築は、70年代半ばから始まったようだ。書物としてまと められるようになったのは80年代に入ってからである。まず、グリーンスパンが『女性とセラピーへの新しいアプローチ』(1983)を書いている。これ は、エンパワメントと関係性に焦点をあてたセラピーのモデルを提示したものだが、彼女は、ミラーの『新しい女性心理学へ』から影響を受けたと述べている。 フェミニスト心理学の裏づけがあって、フェミニスト・セラピーが発展したことがわかる。
 フェミニスト・セラピーという名称を使っていないが、メニンガー・クリニックのハリエット・レーナーは、精神分析と家族システム論にフェミニスト批判を 加え、女性のセラピーに関する著作を発表している。三部作と言われる『怒りのダンス~親密な関係のパターンを変える女性のためのガイド』(1985)、 『親密さのダンス~勇気をもって重要な関係に変化を起こす女性のためのガイド』(1989)、『ごまかしのダンス~女性の人生における嘘と真実』 (1993)と『女性と心理療法』(1988)などがある。ポーラ・カプランの一連の著作、『女と女のあいだ~バリアを低くする』(1981)、『女のマ ゾキズムという神話』(1985)、『母親を責めないで~母娘の関係を改善する』(1989)、『狂っていると言うけれど~権力者である精神科医が正常者 を決める』(1995)なども挙げてよいかもしれない。精神分析的なアプローチを取り入れたアプローチとして、ルイーズ・アイケンバウム、スージー・オー バックの『女性を理解する~フェミニスト精神分析によるアプローチ』(1983)も挙げられるだろう。著者らが1976年、ロンドンに「女性心理療法セン ター」を創設し、1981年、ニューヨークにその姉妹機関「女性心理療法センター」を設立している。
 ユング派フェミニストによる著作も登場する。ジーン・シノダ・ボーレンによる『あらゆる女性のなかに女神がいる~新しい女性心理学へ』(1984)は、 ユング心理学の概念である「元型」とフェミニズムの指摘する社会的な「ステレオタイプ」という概念を統合する形で、女性の自己理解や人生の指針を得る助け となる本だが、これは一躍ベストセラーとなり、ボーレンは雑誌の表紙を飾る時の人となった。ポリー・ヤング・アイゼンドラスによる『鬼婆と英雄~カップル と関わるユング派心理療法へのフェミニスト的アプローチ』(1985)、『女性の権威~心理療法を通じて女性をエンパワーする』(1987)などがある。
 多くの著者たちが「フェミニスト・セラピー」という語をあえて使っていないが、その理由には、心理療法家としては、フェミニストというアイデンティティ 以上に、フロイディアン、ユンギアンといったアイデンティティを重視しているからかもしれないし、あるいは、広く受け入れられるための戦略なのかもしれな い。
 エリン・カシャック(1995)は、1972年に「サンフランシスコ・女性のためのカウンセリング・サービス」を設立したメンバーでもあり、大学教育に も携わっているが、そのアイデンティティを結婚・家族セラピーとコミュニティ心理学に置いてきた。1992年に『ジェンダー化された人生~女性の経験に関 する新しい心理学』を出版したとき、彼女の訓練を受けた多くのセラピストが「自分がフェミニスト・セラピーを学んでいたなんて気づかなかった。」とコメン トしたという。カシャックによれば、1980年代、フェミニズムについて話さないことが、主流な機関で働くラディカル・フェミニスト心理学者の「奇妙な戦 略」だったそうである。
 ジュディス・ハーマンを中心とするボストンのグループも同様である。ハーマンらは、『心的外傷と回復』(1992)に見られるように、1984年より、 メアリー・ハーベイとともにケンブリッジ病院の暴力被害者支援プログラム(VOV)を発展させた。草の根的な運動を展開されていたレイプ・クライシス・セ ンターのジャネット・ヤッセンも加わり、はっきりとフェミニスト的志向を持っているが、彼女たちもフェミニスト・セラピーという語を使わない。本誌には、 メアリー・ハーベイの論文が所収されているが、編集者からの要請を受けて、フェミニズムの意義に触れてくれてあるが、ハーベイのアイデンティティは、コ ミュニティ心理学の方によりウエイトが置かれているような印象を受ける。
 フェミニスト・セラピーはそれ自体が独立してひとつの領域を形成しているというより、さまざまな心理学の領域にフェミニスト批判を加え発展させたフェミニスト心理学の実践的側面と理解するのが適切ではないかというのが、筆者の今のところの考えである。

6. フェミニスト心理学の多様化と成熟

 80年代のこうした基礎的研究の積み重ねがあって、90年代に入ると、フェミニスト心理学の分野の出版が急増している。あまりの多さに、内容の検 討までできそうにないが、タイトルから推測するならば、フェミニスト心理学がさらに多様化し、細分化しているようだ。たとえば、1995年にAPAから出 版されている『フェミニスト心理学に文化的多様性をもちこむ~理論、調査、実践』が、その例かもしれない。これは、APAの女性部会が、それまで白人中流 階級中心の心理学だったことを反省し、人種、階層、文化の違いに眼を向け、統合していこうと、「フェミニスト心理学の文化的多様性の専門調査委員会」をつ くり、共同で取り組んだ結果を出版したものである。
 90年代の目につく出版物としては、セイジ出版「ジェンダーと心理学~フェミニスト的視点・批判的視点」のシリーズである。タイトルのみ紹介すると、 『心理学における主体性と方法論』(1989)、『フェミニストと心理学の実践』(1990)、『フェミニスト・グループワーク』(1991)、『母性~ 意味、実践、イデオロギー』(1991)、『情動とジェンダー~記憶から意味をつくりだす』(1992)、『女性とエイズ~心理学的視点』(1993)、 『レイプに対する態度~フェミニスト的、社会心理学的視点』(1995)、『差異を語る~ジェンダーと言語』(1995)、『フェミニズムと語り~心理学 的視点』(1995)、『立脚点と差異~フェミニスト心理学の実践のなかのエッセイ』(1997)、『フェミニスト理論の脱構築』(1997)、『抵抗す るジェンダー~フェミニスト心理学の25年』(1998)である。
 シリーズ最後のタイトル(シリーズが完成したのか続行中なのかは不明である)から伺えるように、90年代後半には、フェミニスト心理学をいったん総括し ようとする動きがうかがえる。この論文で何度も引用しているが、チェスラーらが編集した『女性学、心理学、精神衛生におけるフェミニストの祖先たち』 (1995)は興味深い。この本ではこの領域で先駆けとなった50人近いフェミニストが、自分の人生と仕事について、また自分とフェミニズムとの関わりに ついて個人的経験を語っている。なお、「祖先」に当たる単語として、"forefathers"の代わりに "foremothers"が使われているが、この語は、まだ辞書やコンピューターに登録されていないかもしれない。「祖先」の語が使われていても、その 大半はまだ現在も活躍中のフェミニストである。それぞれの属する時代、地域、交友関係に注意しながら読み進めるとおもしろい。(年表や系譜をつくったら もっとわかりやすいかもしれない。)
 このような著作より伺えるのは、フェミニスト心理学の発展に貢献している心理学者の多くが、相変わらずフェミニズム運動を経験した第一世代であるという ことだ。AWPやAPA女性部会は、どちらも巨大な組織となり、そのアイデンティティを変えているが、男性は少なく、若い女性の層も少ないそうである。ア ンガー(1998)も、フェミニスト・サイコロジストを自認する若い女性が少ないことを指摘している。第二波フェミニズム運動にコミットしたサイコロジス トたちは、自分たちの世代の努力が効を奏して、若手の女性がもうフェミニズムを必要としていないのか、それともフェミニズムは世代的な一過性の現象だった のかと自問しているという。80年代に育った若い女性は個人主義者で、社会正義に関心が薄いのだと解釈する者もある。
 チェスラー(1995)は、「30年間戦ったが、私をはじめラディカル・フェミニストたちは、いまだに制度的な力を持たない。私たちが知っていること は、私たちと一緒に死んでしまう。制度的な力を持たなければ、私たちの知識を次の世代に受け渡すことができない。」と嘆き、さらに『若いフェミニストへの 手紙』(1997)を出版している。彼女たちは、第一波フェミニズム運動が途切れてしまったことを憂え、第二派フェミニズム運動が同じ運命をたどるのでは ないかと怖れてもいるようだ。次の世代にそれを受け継いでもらいたいという熱い思いが伝わってくる。フェミニズムの伝統を作り上げていくこと、それが課題 なのだろう。
 最後に、『フェミニスト心理学の未来を形づくる~教育、研究、実践』(1997)を紹介しておこう。この本は、1993年、ボストン大学で開催された 「フェミニストの実践における教育と訓練を考える第1回全国大会」の結果である。この大会の運営の仕方が興味深い。この大会には、心理学の分野で博士号を 持つ77人の心理学者が集まり、フェミニスト・プロセスのモデルにのっとって、9つのグループにわかれ、4日にわたり、それぞれの結論を導き出している。 13人の院生が記録係を担い、その責務に支障をきたさない範囲でグループに参加した。おもしろいことに、最後の章に記録係を担った院生たちの批判や提案が 収録されている。フェミニスト的な方法論に基づくフェミニスト心理学のさらなる発展が期待される。

7. まとめ

 本稿では、アメリカにおけるフェミニスト心理学の歴史を概観した。これらの歴史から、日本にいる私たちは何を学ぶことができるのだろうか。日本の 心理学の状況と比べて感じることは、心理学自体の歴史が違うということと、大学院で専門的な教育を受けた女性たちが、第二次フェミニズム運動に積極的にコ ミットし、他の女性たちとつながることによって力を得、男性中心的な従来の心理学に批判を加えていった実績の重みである。次論では、日本のフェミニスト心 理学の歴史を展望し、今後の課題を考えてみたい。

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『女性ライフサイクル研究』第10号(2000)掲載

2000.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
女性のトラウマに関わる臨床家の使命

ハーバード大学臨床心理学助教授・ケンブリッジ病院暴力被害者治療プログラム主任
メアリー・ハーベイ (村本邦子訳)

1.はじめに

 女性の人生は、暴力の危険に満ちている。子ども時代、思春期、中年期から老年期にいたるまで、女性は、身近な信頼すべき男性による危険に晒され る。たくさんの女性がパートナーによる虐待を受け、暴力の目撃者となった子どもは脅え、傷つく。女性の人生は、暴力と虐待によって、何度も中断させられる が、女性が危険に慣れることはない。繰り返し暴力を受けていれば、暴力に慣れっこになると考える専門家は多いが、研究結果はその逆を示している。女性は暴 力に慣れることなどできない。それどころか、暴力を受けるごとに症状は増し、絶望感も増すとデータは示している。
 この論文の目的は、面接室の中からだけでは見えない女性の苦しみにも眼を向け、フェミニスト臨床家は、クライエントのために、そして、一般の女性と子ど ものために、安全な新しいコミュニティへの「エコロジカル・ブリッジ(生態学的かけはし)」となる心構えが必要だということを訴えることにある。
 初めにキャサリンの事例を紹介し、次に、この社会で女性と子どもが受ける暴力と虐待の性質と程度を見るためにいくつかのデータを示す。最後に、キャサリ ンの臨床的ケアと回復を「エコロジカル・フレームワーク(生態学的枠組み)」に当てはめ、キャサリンを初めとする女性たちが、この社会で本当に安全な避難 所を見つけるために、私たちは何をしなければならないのか考えてみたい。

2.キャサリンの事例

 キャサリンは35歳。離婚し、3人の小さな子どもがいる。受け付けの仕事をしていたが、一番上の子どもが病気で学校に行けなくなり、仕事をやめ た。それ以降は福祉手当で家計を賄っている。 キャサリンは、この5年間、トッドという男性とつきあっている。一緒に暮らしたことはない。キャサリンの子 どもたちの経済的責任を担わされることが嫌なので、トッドは同棲や結婚を拒否している。トッドの浮気が発覚した後、鬱状態になって、私たちのクリニックに 紹介されてきた。キャサリンはトッドの裏切りに怒っていたが、関係を修復したいと思っていた。
 初回面接で査定するさい、キャサリンは、トッドとの関係を詳しく話すことをしぶり、子ども時代の経験がどう自己評価に影響したのかを探りたがった。キャ サリンの両親はどちらもアルコール依存症だった。子ども時代、両親の口論から暴力沙汰になることがしばしばあり、隣の家に駆け込んだ。隣には、小さな二人 の子どもを持つ夫婦が住んでいた。キャサリンが10歳のとき、夫の方が強制猥褻を始め、この性虐待は数年続いた。この虐待関係にキャサリンを引き寄せた力 は、おもに心理的なものだった。身体的虐待が伴ったのは2回だけだった。男は、逃げようとするキャサリンを抑え込み、「暴れたら殴るぞ」と脅した。キャサ リンは、恥辱、恐れ、罪悪感、嫌悪を経験したが、虐待から逃れるための試みはほとんどしなかったと言った。
 過去を語るなかで、キャサリンは、20代の頃、同様のことを訴えて、短い期間だったが、心理療法を受けたことがあったと言った。もう一度、心理療法に戻 りたいと言った。キャサリンが、子ども時代の経験を振り返り、現在の状況を捉えなおす知力を備えていることはあきらかだった。過去と現在をつなぐことが、 最初の治療目標になった。キャサリンによれば、子ども時代に由来する自己評価の低さが、外見に気を配り、魅力的な女性としてふるまう能力を妨げているとい うことだった。こうして、彼女は、トッドの浮気を自分のせいだと考え、それ以上の浮気を避けるために自己改革をしたいと思ったのだった。また、仕事をやめ てから余計、自信がなくなったように感じるので、自己評価を高め、仕事に戻る自信をつけようと考えた。
 数回の面接の後、キャサリンは、トッドが口論になると、殴ることがあったと認めた。初めは暴力を低く見積もり、ほんの数回だけだと言っていたが、注意深 く聞いていくうちに、5年の間に、何度も深刻な怪我を負っていたことがわかった。トッドは繰り返し彼女を平手打ちし、何度か蹴り、少なくとも一回は、ひど く殴っていた。3人の子どもたちは、これらの暴力を何度も目撃していた。母親が殴られ、脅されるのを見、どの子も少なくとも一度は、暴力をやめさせようと 間に割って入ったことがあり、どの子もトッドから叩かれる経験を持っていた。
 トッドはアルコールが入ると激しやすく、過度な飲酒は頻繁だった。キャサリンは、ここ2~3年、トッドと一緒に飲むようになった。最初の頃は、トッドの 怒りが収まるのではと期待したからであり(トッドは、彼女が1杯しか呑まないことを馬鹿にしていた)、最近では、逃げ出したくなる衝動を抑えるためだっ た。キャサリンがトッドとつきあっている間、中絶を2度、流産を1度経験していたこともわかった。性関係は、トッドが強引に固執し、キャサリンは気乗りせ ず拒否しようとするのが普通だった。トッドが強引に暴力的な性関係を強いたことが1度ならずあった。トッドとの性関係についてのキャサリンの感情は、複雑 だった。一方では、もっと選択権とコントロールを得たいと望みながら、他方では、性関係を拒否すれば捨てられるのではないかと恐れていた。
 この関係の多くの要素が、子ども時代、隣人との間で経験した虐待的な関係と類似していた。アルコール依存の両親に見捨てられた時、かくまってくれた隣人 のように、キャサリンはトッドなしにはやっていけないと思っていた。また、隣人と同じく、トッドとの性関係は、とりあえずのなぐさめを見出す愛情と刺激を 与えてくれた。彼女は、本当の愛情と純粋な合意による性経験をほとんど経験したことがなかった。隣人との関係と同じく、トッドとの関係でも、キャサリン は、かなわない心理的な欲求を満たすために、性関係を引き換えにしていることに気づいていた。このことが、キャサリンに恥辱と自己嫌悪を残した。時ととも に、自己嫌悪は、自己無視と自虐的行動へと変わっていた。身体的経験を無視することができたので、病気の兆候を無視し、医療的な注意を怠り、健康な生活習 慣を保つことをしなかった。
 似たような事例を、私たちはみな、知っているはずだ。

3.女性と暴力―調査結果から

 キャサリンの事例は、女性への暴力が頻発しているという公衆衛生の問題に目を向けさせる。結局のところ、キャサリンとは、個別の問題を抱える個人 でありながら、同時に、統計値、つまり、広く多用な集団の一例でもある。刑法と暴力に関する疫学が示すところによると、個人間の暴力は、あらゆる年齢、人 種、社会経済的集団の個人に影響を及ぼす。キャサリンが子どもの頃より晒されてきた類の暴力が、かなりの頻度で起こっていることもわかっている。たとえ ば、性暴力は、アメリカ女性に馴染み深い出来事だ。頻度調査によれば、アメリカの女性の20~33%が、子ども時代に性虐待を経験し(Finkelhor et al.,1990;Russel,1986)、15~25%が成人してから性被害もしくはレイプを経験する(Koss,1993)。キャサリンのように、 成人してからレイプされる女性の多くは、見知らぬ他者からだけでなく、よく知った人(たとえば現在あるいは過去の夫やボーイフレンド)から被害を受ける (Harvey and Herman,1992)。
 子どもの虐待も、頻繁に起こっている。全国調査では、10~16才の子どもの3分の1以上が、何らかの形の身体的・性的虐待の被害経験を持つ (Boney-McCoy & Finkelhor,1995)。この調査で明らかにされた加害者は、家族、知人、見知らぬ人だった。子どもに対する両親の行動を調べた結果では、調査の 年、最低でも150万の子どもたちが蹴られ、殴られ、打ちのめされ、ナイフや銃で脅されたり傷つけられたりしていた(Wauchope & Straus,1990)。この点で、キャサリンの子ども時代も例外ではない。キャサリンは、女性として、多くの中の一人だ。子どもの時も、多くの一人に すぎなかった。今では、彼女自身の子どもたちも、家で虐待され、暴力を目撃した子どもたちの一員に加えられる。
 1998年、国立正義研究所と疾病コントロール・センターは、女性への暴力全国調査の結果を出版した。この調査は、八千人の女性と八千人の男性へのインタビューに基づいている。この調査の要点を見てみよう。

(1) 性別による被害類型 

 暴力は、あらゆる人種、性、社会経済的連続体に起こるが、ある種の暴力の頻度は、個人的特徴、人口学的要因、社会的要因によって変化する。たとえ ば、性暴力に影響を及ぼす強力な要因は、性別である。男の子も女の子も性虐待を経験し、男性も女性もレイプを経験するが、性暴力の頻度は男性や男の子よ り、女性と女の子の方がはるかに高いことがわかっている(Boney-McCoy & Finkelhor,1995;Boudewyn & Liem,1995)。

表1.女性への暴力全国調査 (NIJ/CDC、 1998)

暴行の種類女性 (N=8,000)男性 (N=8,000)
レイプ 17.6 3.0
身体的暴行 51.9 66.4
叩く 43.0 53.7
殴る 14.1 15.5
首をしめる・溺れさせる 7.7 3.9
銃で脅す 6.2 13.1
銃使用 2.6 5.1

 

 この表は、調査された女性、男性によって報告された出来事の分布である。(首を締められる、溺れさせられる以外では)さまざまな身体的虐待は一般 的に言って、男性に多い。ところが、レイプとなると、この調査では女性は男性の6倍近い頻度になっている。次の表に移る前に、次のようなことを考えてみる と良いかもしれない。キャサリンが経験したのは、これらの出来事のいくつに当てはまるだろうか?今後予期されるのはいくつあるだろうか?キャサリンの子ど もたちはどうだろう?彼らがすでに受けた被害は?今後、受けるかもしれないものは?

(2) 被害者と加害者の関係

 男性も女性もこれらの性的・身体的虐待を受けているが、被害者と加害者の関係に目を向けてみると、その分布は大きく違ってくる。図を見れば、加害 者との関係に関して、男女で大きく違うことがわかるだろう。女性は男性よりパートナーに虐待されやすく、男性は女性より見知らぬ他者に被害を受けやすい。 親戚による虐待は男女とも同じぐらい(若干、男性が少ないが統計的には有意ではないだろう)、知人による被害は女性に多い。

図1.被害者と加害者の関係 (1998)

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 キャサリンの子ども時代を考えてみると、彼女は知人によって虐待された約20%の女の子の中に入る。現在のトッドとの関係は、親密なパートナーによるレイプと殴打を報告している80%の女性に位置づけられる。

(3)親密なパートナーによる被害―性別による虐待の類型

表2.親密なパートナーによる暴行 (1998)

暴行の種類女性 (N=8,000)男性 (N=8,000)
レイプ 7.7 0.3
身体的暴行 22.1 4.4
叩く 16.0 5.5
殴る 8.5 0.6
首をしめる・溺れさせる 6.1 0.5
銃で脅す 3.5 0.4
銃使用 0.7 0.1

 

 親密なパートナーによる暴力に限って議論すると、キャサリンのように親密な関係のなかで、どの項目に関しても、女性は男性よりはるかに高い危険に 晒されている。キャサリンは世界に唯一の例ではない。キャサリンも、それ以外の何千という女性たちも、愛している、あるいは愛したいと思う男性によってレ イプされ、叩かれ、打ちのめされ、脅され、蹴られている。

(4) 最初にレイプされた年齢

図2.最初にレイプされた時の女性の年齢 (1998)

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 どの研究を見ても、子ども時代の虐待は、その後の虐待の予測因子となることがわかる。実際、成人期のレイプを予測する唯一の要因は、子ども時代の 性虐待である。この図から、どんなに幼い女の子たちが最初のレイプを受けているかがわかる。少なくとも1回のレイプを報告した1323人の女性のうち、 22%が、キャサリンのように12歳以前にレイプされている。32%が12~17歳の間である。耐えがたい状況ではないだろうか。
 キャサリンのような女性にとって、子ども時代の性的、身体的、心理的虐待経験は、成人してからの危険要因となる。子ども時代に性虐待を受けた女性は、成 人してからもレイプされやすいと調査が示しているように、子ども時代、家族内で心理的な虐待関係を経験した女性は、成人してから、心理的、身体的に虐待関 係を結びやすい。

4.暴力の痕跡―トラウマの身体的・心理的帰結

 キャサリンが子ども時代に経験したような身体的・性的虐待は、医学的・心理的健康に影響を及ぼすだろう。たとえば、家庭内における子ども時代の身 体的・性的虐待は、大人になってからの、自己破壊的行動および自殺企図と連関する(Boudewyn & Liem,1995; Briere & Runtz,1993; van der Kolk, Perry and Herman,1991)。子ども時代のインセストは、摂食障害、不安障害一般と連関し(Draijer et al)、自己規定、統合性、感情の自己統御、他者への信頼感を妨害する (Cole & Putnam,1992)。子ども時代の性虐待に共通する他の心理的帰結には、感情障害、不安障害、解離障害への危険性が高まることも含まれている (van der Kolk, Perry and Herman,1991)。
 キャサリンの状況は、子ども時代の虐待経験に続き、成人してからも被害が繰り返される多くの女性の人生と困難をも示している。どんな年齢における性被害 も、複雑な精神症状、心理社会的問題の危険率を高める。たとえば、全国調査が示すように、レイプ・サバイバーの31%がレイプ関連PTSDを発症し、アル コール依存、物質依存の危険率は高まり、レイプは、抑鬱の主要要素となっている(National VictimsCenter、1992)。レイプ被害 者は、そうでない場合より4倍も高い確率で自殺念慮を抱き、13倍もの確率で自殺を試みている(National Victims Center,1992)。被害者と加害者の関係は、レイプ後の適応に大きな影響を与える。恋人、養育者、親密なパートナーによる性被害は、見知らぬ者に よる被害よりもはるかに否定的で長期にわたる影響を及ぼすようだ (Koss et al, 1987; Roth et al, 1990; Russel, 1984; Wyatt, 1985)。

(1) 女性と暴力

(1) 20-33%のアメリカ女性が子ども時代に性虐待に遭う。
  知り合いの男性が加害者であることが多い。
(2) 15-25%のアメリカ女性が成人期、性被害もしくはレイプに遭う。
  知り合いの男性が加害者であることが多い。
(3) 女性は、子ども時代も成人期も、知り合いの男性から、身体的および性的暴力を受ける危険性が高い。
(4) 子ども時代の虐待は、成人期に暴力や虐待に遭う主要な危険因子である。
(5) 子ども時代もしくは成人期の虐待は、物質依存と心理的病の主要な危険因子である。

 この表は女性の生活における暴力の現実を示すこれまでの要約である。複数の研究によるデータから、アメリカ女性の20~30%が子ども時代に性的 虐待を経験し、15~25%が成人してからレイプもしくは性被害を経験している。5番目のポイントは、もっとも重要だろう。つまり、子ども時代の被害であ れ、成人してからの被害であれ、虐待は物質依存(アルコール依存、薬物依存、食物依存など)と精神障害の主要な要因となっている。

(2) 女性、暴力、物質依存

(1) 物質依存の治療を受けている女性の75-90%は、身体的および/もしくは性的虐待の歴史を持つ。 
(2) 言い換えると、これらの歴史を持つ女性は、物質依存に陥る危険性が高い。
(3) 物質依存に陥っている女性がトラウマに晒される危険性は55-99%である。一般女性がトラウマに晒される危険性は36%である。

 この表でとくに大事なのは、1と3である。つまり、物質依存で治療中の女性の75~90%に身体的もしくは性的虐待歴があるということ、物質依存 の女性が生涯にわたりトラウマに晒される確率は、55~99%である(一般の女性は36%)。キャサリンが気分を変え、トッドの怒りを和らげるためにアル コールに頼ったのは特別なことではない。

(3) 女性、暴力、物質依存と精神障害

(1) 物質依存の女性の30-59%が、PTSDの診断に該当する。一般女性の該当率は11%である。
(2) 子ども時代の性虐待は、成人期の再被害化の主要な危険因子である。新たな被害の影響も相まって、以下の問題の発生率が高める。抑うつ、自殺企図、摂食障害、PTSD、PTSD以外の不安障害、解離性障害、自己統制と信頼感の損傷。
(3) 精神障害とトラウマに苦しむ女性は、さらなる暴力と物質依存への危険性が高くなる。

 実際のところ、キャサリンは一人ではない。物質依存の女性の30~59%がPTSDの診断に値する。暴力と虐待の結果、キャサリンだけでなく何千 という女性がひとつ以上の情緒障害(ジュディス・ハーマンが複合型PTSDと名づけたもの)に苦しんでいる。ここで強調しておきたいことは、最後の部分で ある。精神障害とトラウマに苦しむ女性は、しばしば、さらなる暴力への危険を高める生活をしているということである。繰り返し殴打されてきた女性たちは、 暴力に慣れてしまって、それ以上苦しまないし、それ以上悪い状態にはならないと考える人々は多いが、実際にはそうではない。良くも悪くも、私たちは暴力に 慣れることはない。精神障害を持つホームレスの女性の暴力を調べた研究からは、暴力が一回増えるごとに症状は悪化し、予後は厳しくなるということが明らか にされた。ここでも、キャサリンは決して特殊な例ではなく、厳しく危険な生活を営む女性や子どもは他にもたくさんいるということを確認しておこう。

5.暴力の痕跡―社会的損失

 個人間の暴力は個人レベルでの損失ばかりでなく、社会全体にも損失を与える。子ども時代の性的虐待は、しばしば成人してからの危険な性的行動と結 びつき、数多くの性感染症がひろまる危険がある。子ども時代、成人期と被害にあった女性は、1回だけ性被害にあった女性と比べ、安全な性関係をもつことも 必要な避妊をすることも難しい(Wyatt, Guthrie & Notgrass,1992)。
 全国的にも世界的にも、レイプは望まぬ妊娠、中絶、性感染症に大きな影響を与えている(Koss & Heslet, 1992; Koss et al., 1994)。個々の被害者によって払われる身体的なつけに加え、社会的にも、かなりの医療費のつけが回ってくる。たとえば、身体的、性的被害を受けた女性 は、そうでない女性に比べ、2倍の確率で医者に通っている(Koss & Woodruff, 1991)。コスらの研究は(1994)、被害にあった女性は、そうでない女性と比べ年間2.5倍の医療費がかかると推定している。

6.フェミニスト臨床家がすべきこと

 キャサリンの人生(子ども時代、成人期、現在のトラウマ、彼女の子どもたちのトラウマ)は、女性が出会う危険を示している。私たちは、この危険を 減らし、女性たちの苦しみを減らすよう、サバイバーとともに働く責任を負っている。クライエントと治療関係を結び、癒しと変容のエンパワメントと信頼を目 指している。VOVプログラムでは、トラウマと回復の生態学的視点で、キャサリンに必要なものと環境の生態学的査定をすることから仕事が始まる。
 トラウマと回復について私が書いてきたものはすべて生態学的モデルを中心にしているが、ここでは、生態学的視点を紹介し、キャサリンを理解し治療を組み 立てるさいの枠組みを考えてみよう。そして、文脈、コミュニティ、そして新しいコミュニティへの生態学的橋渡しをする治療者の責任について議論していきた い。

(1) トラウマの生態学的視点

 ポイントはふたつある。1.キャサリンの臨床像を捉える上で欠かせない「P(人)xEV(出来事)xENV(環境)」要因。 2.キャサリンが自 分の経験をどう理解し、自分やトッドとの関係をどう捉え、どんな種類の安全がありえるのか、キャサリンと子どもの将来に何を期待できるのかを決定するコ ミュニティの役割。
 この意味で、臨床家は、子ども時代のキャサリンと家族を取り巻くコミュニティとコミュニティの価値観、現在のキャサリンが関わっているコミュニティの査 定をすることに加え、キャサリンが、安全と回復を得るために必要なコミュニティとはどんなものかを考える援助もしなければならない。(トラウマの生態学的 視点の詳細は、去年の号を参照されたし。)

(2) 回復の環境

 どんなにうまくやったとしても、週に1時間の心理療法では、キャサリンは回復しないだろう。キャサリンが自分と子どもたちの安全を確保し、現在経 験している暴力から逃れ、自分が尊重され安全に暮らすに値すると感じるようになるためには、子ども時代に経験したコミュニティ、現在経験しているコミュニ ティとはまったく違う世界、環境、コミュニティに接近する必要がある。私たちが望むと望まないにかかわらず、私たちが満足するとしないにかかわらず、キャ サリンが知らない資源に接近する必要がある。したがって、私たちには、キャサリンに必要な資源とは何なのか、それは手に入るのか入らないのか、どうすれば 効果的に接近できるのかを考える責任がある。そして、私たち自身がそれらの資源と関係を持ち、必要な資源がまだ存在しないならば、それを創り出すことにも 力を注ぐという責任があるのだ。 
 私が資源と言うとき、キャサリンのような女性を援助できるような機関、サービス、政策についてだけでなく、コミュニティ全体によって表現されている価値 観や信念をも含めている。安全と自己決定への関心、平等で多様性を認める価値観などであるが、それらは、具体的な援助資源がどれだけ利用できるかを決定す る。つまり、女性と子どもが必要なとき、シェルターや安全な家を適切に利用できるかどうかは、そのコミュニティがどの程度まで、安全に価値を置いている か、女性と子どもを尊重しているかを示すバロメーターとなる。そのような資源がほとんどなく、基金もなく、女性たちが利用できないとすれば、それが、その コミュニティの価値観を表している。
 結局のところ、私たちはみな、コミュニティからアイデンティティと所属感を引き出し、それが、自分自身をどう捉えるか、自分の経験にどんな意味を与える かに決定的な役割を果たす。最近、私と同僚は、VOVプログラムで行ったトラウマからの回復と回復力に関する継続中の研究でインタビューした3人の性的虐 待サバイバーの語りを検討する論文を執筆した。これら3人の女性の語りが説得力を持つのは、自分の経験した虐待を、加害者側から見た物語から自分を世界の 中心においた語りへと変容させていくプロセスを垣間見せてくれるからである。彼女たちは、それぞれ、回復に不可欠なものとして治療者と治療を信頼し、過去 を語った。しかし、それぞれの女性が、自分のために行動し、社会的支援を得、コミュニティの資源に接近できるような社会的、発達的文脈において回復を創り 出したということも真実である。
 たとえば、アニーは、コミュニティのなかから、自分の望みにあったお産を援助してくれる助産婦をさがした。地域のクリニックの待合室で出会った女性から 助産婦のサービス機関を知ったのである。クリニックのトイレのポスターは、女性への暴力が法律に反することだと知らせ、アニーは、そのポスターのことを覚 えていた。後に、彼女は、アフリカのダンス・グループに加わり、30数年恥と嫌悪を感じ続けてきた自分の体をコントロールし、受け入れるようになった。こ のダンス・グループのことは、助産婦が紹介してくれたヨガのクラスにいた妊婦から聞いたのだった。アニーが心理療法を始めたのは、虐待の加害者である義父 を訴えたいという復讐心からだった。治療を終えるまでに、彼女は法的行動を起こし、義父の養子縁組を解消し、血のつながった父親とのつながりを回復した。 彼女の物語りは関与の物語であり、恥じ、怒り、孤立からエンパワメントとつながりへの移行を示している。
 ソーニャが治療にやってきたとき、父親から虐待されていたという考えが、まだ彼女を苦しめていた。彼女は、父のしたことをずっと記憶していたが、それを インセストだと理解したのは、子どもを持ってからである。彼女は、母親にも姉妹にもそれを打ち明けていなかったが、最初にしたことは、自分の経験と苦しみ を、職場の上司と人事部の女性に打ち明けるということだった。その結果、つらい時には休みを融通するよう励ましてもらった。また、保険が切れたとき、会社 が治療費を捻出してくれた。彼女は、この二人を信頼した。打ち明けることを試し、良い結果を得て、家族にも打ち明けたのである。
 今では、彼女は、自分の力を感じている。彼女は個人セラピーとグループセラピーを受け、カップルでも家族でもセッションを受けた。そして、一生懸命、治 療に取り組んだ。職場では、上司と同僚に子どもの虐待の現実を啓蒙し、彼らと一緒に、被害者、とくに、そのコミュニティに住む被害者の権利を経済的、技術 的に支援する機関を立ち上げた。
 これらの物語のポイントは、癒しと回復、変容がより広い世界で起こっているということである。女性たちに安全とつながりと行動への新しい機会を提供する コミュニティの中で、変化が生じている。キャサリン、アニー、ソーニャのような女性を治療する者の重要な責任は、新しいコミュニティへの「生態学的橋渡 し」としてサービスを提供することである。つまり、クライエントが、女性の安全と癒しを援助するようなコミュニティ資源に接近できるよう、学び、創り、助 ける責任がある。
 虐待された女性や子どもと関わる治療者は、これらの価値観を育て、これらの資源を創り、キャサリンのようなクライエントがそれらに接近できるよう援助す る方法を知っている責任がある。たとえば、バタード・ウーマンのシェルター、ホットライン、安全の家が私たちのコミュニティにあるだろうか?あるならば、 その連絡先。ないなら、今の彼女に一番役立つ、一番近くにある資源は何なのか? レイプ・クライシス・サービスやホットラインはあるか?電話番号は?被害 者の権利擁護サービスがコミュニティにあるか?電話番号は?このような女性たちの力になれる援助者の名前と連絡先。そのような人を知らないならば、どう やって探せばいいのか?どうやって訓練したらいいのか?
 キャサリンの子育てを支援してくれる機関があるか?子どもが暴力を目撃することでこうむる危険について彼女が学ぶためには何ができるだろう?女性の物質 依存へのサービス機関は?12ステップのグループで彼女が利用できそうなものがあるか?それ以上に、キャサリンのような女性に安全と安らぎの場を与えてく れるグループや機関はあるか?他の女性と話す機会があるだろうか?一人じゃないことを学ぶ機会は?
 キャサリンのような女性が回復を援助するコミュニティに接近できるよう、私たちが把握しておく必要のある生態学的資源に関するこれらの問いの陰にあるのは、フェミニスト臨床家たちは、臨床家としての役割と同時に、社会活動家としての役割を担う使命もあるということだ。

(3)フェミニスト臨床家にできること

 安全でサポーティブなコミュニティの要素とは何だろう?キャサリンのような女性がこの社会で安全であると感じるばかりでなく、自分は安全に生きる に値する存在だと感じるようになるには、耳を傾けられ理解されていると感じるばかりでなく、エンパワーされたと感じるようになるには何が必要だろう?いく つかのアイディアをあげてみよう。

(i) 個人の安全を重んじる価値観
(ii) 女性と子どもを含む人権を重んじる価値観
(iii) 違いと多様性を認めること
(iv) 葛藤の解決策としての暴力を拒否すること
(v) 人種差別、性差別、年齢差別などあらゆる差別の拒絶
(vi) 以上 (i) から (v) を具体化する資源(暴力防止プログラム、暴力と虐待の被害者の避難所、危機介入と権利擁護サービス、政策と公共教育、適切な法的・医学的・心理的資源、差別撤廃のキャンペーンなど)
 今日、女性と子どもに向けられている暴力のレベルを、臨床の仕事によって訴えることはできない。むしろ、私たちが面接室で学んだ、どれほどの暴力があ り、どれほどひどい損傷があるかをもとに、社会活動と政策の領域へとつなげていくことが必要である。これらの暴力は、おそらく、女性や子どもへの「嫌悪 (ヘイト)」、少なくとも「軽蔑」の表現と理解することができるだろう。
 フェミニズムは、女性の人生の政治的分析を可能にする。フェミニスト臨床家が、虐待や暴力に傷ついた女性や子どもの力になろうとするなら、これらの問題 を臨床的な視点からばかりでなく、政治的な視点からも分析する必要がある。女性を取り巻く社会的状況を理解したうえでの臨床的サービスであってこそ、キャ サリンのような女性の回復を助けることができるのだ。
 キャサリンが自分に向けられた暴力を理解し対処するうえで、彼女の治療者が、彼女は安全に生きるに値する存在だと教えてくれるようなコミュニティの資源 につなげることができれば幸いである。これに成功すれば、ソーニャのように、キャサリンも、自分の経験を利用して、女性や子どものために社会を変える行動 を起こすかもしれない。しかし、彼女が苦闘するあいだに、彼女がどんなに傷つき、この社会にはどんなに多くのキャサリンがいるかをよく知る私たちは、この ような社会の価値観を抜け出し、新しい社会秩序を主張していかなければならない。 

※ 本原稿は、ハーバード大学医学部主催『女性から学ぶ』カンファレンス(2000年4月28・29日)での発表原稿をもとに、修正加筆したものです。

文献

Harvey, M.R.(1966) An ecological view of psychological trauma and trauma recovery. Journal of Traumatic Stress,9(1),3-23

(メアリー・ハーベイ(1999)「生態学的視点から見たトラウマと回復」『女性ライフサイクル研究9号』女性ライフサイクル研究所)

Harney, P.A., Lebowitz, L. and Harvey, M.R.(1988) A stage by dimension model of trauma recovery: application to practice. In Session: Psychotherapy in Practice, 3(4)

Harvey, M.R., Mishler, E.G., Koene, K. and Harney, P.A.(Forthcoming). In the aftermath of sexual abuse: Making and remaking meaning in narratives of trauma and recovery. Narrative Inquiry.

Harvey, M.R. and Harney, P.A.(1977) Addressing the aftermath of interpersonal violence: the case for long-term care. Psychoanalytic Inquiry, Supplemental Issue,28-44.

Harman, J.L.(1992) Trauma and Recovery. Basic Books: New York, NY.

『女性ライフサイクル研究』第10号(2000)掲載

2000.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
心理療法にセックスが入ってくるとき

アメリカ心理学会女性委員会(ワシントンDC)

 この論文は、心理療法にセックスが入ってきたとき、それがどんな影響を与えるのか、どうしたらいいのかをクライエントが理解する手助けとなるよう出版されたものである。まず、以下の点を理解して欲しい。

1.心理療法をやっている治療者は、その大部分が倫理的であり、プロフェッショナルとしての基準を守り、クライエントのことを考えているが、ごく一部に、倫理に適わないことをし、クライエントにとって何が一番ためになるのかを考えない人がいる。
2.クライエントが不適切ではないかと感じた場合、ほとんどの治療者は、クライエントが心理療法の消費者サービスに相談し、助言をもらう方が、クライエントのためになると考えるものである。
3.この論文は、とくに心理療法家に関わる状況と問題を説明するためのものだが、それ以外の治療やカウンセリングを行うメンタルヘルス・ワーカー(精神科医、ソーシャルワーカー、看護婦、牧師、その他)には、すべて通用する。

 これは、1986年に書かれ、1986年までに修正加筆を繰り返し完成させたものだが、その間、たくさんのメンタルヘルスのプロたちがこれを必要とし、取り寄せた。そこで、もっとたくさんの人々が読めるように、メジャーな雑誌に公表することにしたのである。

○治療者がクライエントと性的接触を持つことは倫理に適っているか?

 答えはノーである。メンタルヘルスの分野のプロ、とくに治療者には守らなければならない倫理規定があり、それはほとんど共通したものである。とくに、ク ライエントと性的接触を持つことは、どこでも、はっきりと禁じられている(アメリカ心理学会、アメリカ精神医学会、ソーシャルワーカー協会、その他、心理 療法と関わるさまざまな職種の倫理規定)。

○性的接触を持つことがなぜ治療関係に悪いのか?

 クライエントと性的接触を持つ治療者は限られているが、それは倫理違反であり、クライエントにとって有害である。なぜなら、性的接触は、治療関係 が持つべき客観性を破壊し、クライントが治療者はもちろん、他の人を信頼することを傷つける可能性があるからだ。だから、治療法として認められていない。 あなたの問題がどんなものであれ、治療者と性的接触を持つことで解決することはない。治療関係に性的接触を持ち込もうとする治療者のほとんどは、それ以外 のクライエントとも同様の関係を持っている。治療者と性的接触を持ったことでよくなった人は、まずほとんどいない。その悪い影響はすぐさま現れることもあ るが、時間が経って初めてわかる場合もある。

○治療における性的接触とは何なのか?

 「性的接触」とは、セックスだけでなく、性的なニュアンスを持つ言葉から、意味ありげの抱擁やキス、手、口、性器での接触まで、幅広い行動を含ん でいる。暖かく思いやりのある接触はあり得るが、その場合、その行動について治療者と話し合うことのできるものでなくてはならない。また、治療のなかで、 あなたの性的な感情について話し合うことはあるかもしれない。それによって、あなたに利益があるならば、それは倫理違反ではなく必要なことだろう。
 しかし、治療者と性的接触を持つことは、あなたの利益にならない。そのような例に関するほとんどの研究で、はっきりと有害であることが報告されている。 治療者が、あなたには性的と感じられる仕方であなたに触り、治療者は性的なつもりはないと言ったとすれば、決めるのは、あなたである。それがあなたに及ぼ す影響が一番よくわかるのは、あなたである。
 倫理的な治療者は、あなたを不快にしたことについて、率直に話し合い、そのようなことはやめたいと思うだろう。あなたの治療者ならば、不快であるという あなたの感情をねじまげようとせず、尊重するはずである。あなたが不快だと言っているのに、それを続けるとすれば、それは不適切な振る舞いである。治療者 の意図をあなたが誤解している可能性もあるが、それでも、話し合いの結果、治療者が態度を変えないならば、状況を変えるために、次のステップ(これから述 べる)を取るべきである。

○治療者に恋をしてしまった場合は?

 治療の過程で、クライエントが治療者を好きになったり、愛情を感じるのは、ごく当たり前のことであり、性的魅力を感じることもある。(これはあま りにもよくあるので、それを説明する「転移」という心理学用語がある。)結局、良い治療者は、クライエントを気づかい、サポートしてくれるので、愛情を感 じるのが自然である。でも、あなたのことを考える良い治療者ならば、そのような気持ちを利用して性的関係に巻き込むことが、どんなにあなたを傷つけるか、 わかるはずだ。だから、あなたの感情について話し合い、援助したいと思うだろう。同時に、あなたの治療者なら、互いに愛し合ったり、気づかったり、育てて いける人間関係を、あなたが、あなたの生活の中で見つけていく援助をしようとするだろう。

○治療者と性的関係を持つために治療をやめることは?

 治療者と個人的な関係を持つために治療を終わらすことは、決して良い考えとは言えない。個人的関係に入るために、あなたか、あなたの治療者のどち らかが、急いで治療を終わらせてしまえば、あなたは必要な治療を得ることができなくなる。また、治療者があなたに及ぼしていた影響を完全に消し去ることは できないし、あなたは、いつも援助を求めてこの人に会ったということを思い出すだろう。あなたと、あなたの治療者が、性的関係に入ること、あるいはそれを 継続することを考えているのなら、治療者を変える必要がある。その治療者との個人的関係を終わらせなさい。治療者の方は、すぐさまスーパーバイザーか自分 の治療者に助言を求める必要がある。

○治療者の性的な行動に戸惑いを感じたら、何ができるか?

 治療上、どんなことであれ、戸惑いを感じたら、まず、治療者に伝えよう。すでに触れたように、性的な感情について話し合うことは、戸惑いを感じたとして も、治療上、有益なことがある。このような場合、治療者は、あなたの感じている問題や不快さをあなたが理解できるように援助してくれるはずだ。治療者が、 あなたに性的魅力を感じるだとか、あなたとの性関係を空想するなどというようなことを言う場合、あるいは、言葉や態度であなたを性的に誘惑しようとした場 合、性に関するあなたの問題を解決する援助をしているとは言えない。あなたが自分の問題を扱うよう励ますことをせず、治療自身の性的感情や活動について話 し、身体接触を求め、あなたが嫌な気持ちがすると伝えても態度を改めないようならば、治療者の意図を疑う十分な理由があるだろう。

○治療者が不適切な振る舞いをしたと感じたら、どんな選択肢があるか?

 治療者が不適切な行動を続け、そのことを率直に話し合おうとしないなら、あなたが取れるいくつかの選択肢がある。たとえば、別の治療者を見つける こと、申立てをすること(さまざまな種類の申立てがある)である。最終的にどの方法を選んだとしても、それによって生じるリスクと利益を知っておく必要が ある。「何もしないこと」は「間違った」行動であるが、それ以外には、ひとつの「正しい」行動があるわけではない。行動を起こすことは、時に苦しく困難な ことではあるが、ここで論じた何らかの行動を起こした人々は、行動を起こしたことで安心感が増し、一人の人間としての自信も増したと言う。重要なことは、 何をするかを決めるのはあなただし、あなた自身の欲求、感情、利益が反映される仕方で決めるべきだということである。
 まず初めに、あなたが申立てをしていることを治療者が知ったらと考えることは、辛いことかもしれない。治療者のこと、治療者の仕事や評判、結婚生活のこ とが心配になるかもしれない。しかし、クライエントと性的関係を持つ治療者は、非常にしばしば、他者を傷つけたくないというごく自然な欲求につけこんでい るのである。治療者は、あなたを信頼しているし、裏切るはずがないと思っていると言うかもしれない。このやり方は、自分のことしか考えず、自分の不適切な 行動の責任逃れのためのものである。実際、こんなふうに、治療者があなたにつけこんでいるとすれば、裏切られてきたのは、あなたの方である。また、その治 療者の倫理違反を誰も報告しなければ、その治療者は、同じようにして他のクライエントをも傷つけるだろう。
 治療者と話し合っても納得できない場合、別な方法で解決したいと思うかもしれない。いくつかの方法を以下に紹介する。

1.別の治療者のところへ行く。治療を終わらせるのは、あなたの権利であり、特権でもあるが、他の治療者のサービスを受け、必要な治療を受ける方が良いだろう。同時に、元の治療者のしたことに対して、何らかの行動を起こすことを考えることができる。

2.その治療者が雇われているのなら、そこのスーパーバイザーや責任者に会って話すこともできる。そうでなくても、ここに列記した他のどの方法も取ることができる。

3.その治療者が資格のある身分なら、資格審査委員会に報告することができる。資格審査委員会は州政府の一部でもあるから、料金を取って公衆にサービスを 提供するに値するかどうか、その信頼性をチェックする責任がある。資格審査委員会は、非合法の行為の申立てについて調査し、違法であることが証明された場 合の資格抹消を含む制裁をとる権限を持っている。
 資格審査委員会は場所によって違うが、事務所を探しコンタクトすることができるだろう。電話相談やその他の援助機関が情報をくれるかもしれない。その治 療者が、資格を持っていないのに、持っていると偽っていた場合も、審査委員会に報告すれば、不法行為として調査してもらえるだろう。

4.州の専門協会に報告することもできる。そこの会員なら、直接、調査したり、倫理委員会に紹介したりするだろう。州レベルの協会は資格に対しての権限は 持たないが、協会から追放するなどの罰則を適用できる。そうなれば、少なくとも、その州では、その治療者が仕事を続けるための資格を得たり、維持すること は難しくなるだろう。

5.国レベルの協会の会員ならば、そこの倫理委員会に訴えることができる。国レベルの主な機関は、倫理委員会を持っているはずである。

 どこの協会であれ、協会にコンタクトできたら、まず、その治療者がそこの会員であるかどうか確認する。次に、申立ての手続きについて尋ねよう。この時点 では、あなたが、なぜ、誰を訴えようとしているのか言わなくても自由だし、実際に申立てを起こすまではあなた自身のことを明かす必要はない。協会は手続き を教えてくれるだろう。あなたが、性的な不法行為について尋ねたり、訴えたりすることをためらう気持ちを理解して、真剣に耳を貸してくれるだろう。プロ フェッショナルの集団は、そのようなことが二度と起こらないよう、倫理違反の訴えを聞きたがるものだ。あなたの告発が確認されれば、次に取るステップはた くさんある。

 民事訴訟を起こしたり、刑事訴訟も考えられる。このような場合、裁判所へ行くことになる。治療者がクライエントと性的接触を持つことが、刑法に違 反する州もあるが、2、3年で時効になる州もあるので注意すること。法的な分野に関して、経験のある弁護士の助言をもらう必要があるだろう。資格審査委員 会や協会に申立てする場合でも、弁護士の助言をもらうことを考えてもよい。この場合、時間をかけて、この種のケースに経験豊かな弁護士を選ぶこと。
 裁判で精神状況が問題になった場合、治療者/クライエント間の守秘義務はなくなるので、個人的なこと、あなたの治療に関する非常に繊細な情報が裁判所に持ち込まれることになる可能性がある。さらに、裁判は公開される場合がある。

○訴える行動をとることで生じてくる感情をどう解決するか?

 治療者を訴えることは、非常に長く困難なプロセスになり、裁判の場合だと何年もかかることがしばしばである。その過程で、困難なシステムにからめ 取られているような気分になることもあろう。訴えるという行動にでた人は、共通して、意気消沈したり、圧倒されたり、怒りを感じるものである。だから、こ のプロセスを支えてくれる人を周囲に見つけ、信頼できる代弁者を持つことが重要になる。このような支援は、友人、サポート・グループ、新しい治療者や弁護 士から得られるだろう。いずれにしても、たった一人でやることは避けるように。申立てを始める前にこのような支援体制を整えておく方が、安心して、自分の 選んだ方法に確信を持つことができるだろう。

○あなたの経験したことで生じてくる感情をどう解決するか?

 行動を起こす前、最中、後、いずれの時点でも、前の治療者の倫理違反の結果、生じてくる問題を扱うために、別の治療者にかかることを考えよう。治 療者と性的な関係になってしまった人々に共通することは、自分の身に起こったことを考えると混乱したり、その治療者に愛と憎しみを同時に感じることであ る。また、そんな経験はあれば、別の治療者を見つけることは、とても怖いことかもしれない。それでも、それゆえにこそ、注意深い消費者であるように。治療 者に虐待された人の治療の経験があり、あなたをサポートし、あなたの状況を理解してくれる治療者を見つけること。州や地域の職業機関が、そのような専門家 のリストを持っているかもしれない。
 他の選択肢もある。地域によっては、治療者から虐待されたクライエントによって組織された自助グループや援助機関もある。あるいは、性被害・レイプクライシスセンターなども力になってくれるかもしれない。
  どこに行けばわからない場合は、アメリカ心理学会女性委員会に問い合わせてくれてもよいし、そのような機関のリストがみつかるかもしれない。どんな行動を取るとしても、次の点に注意して欲しい。

1.治療者/クライエント間の性関係が起こった時、クライエントにはまったく責任がない。それがあなたに起こったとしても、あなたが恥じたり、責められた りすることではない。たとえ、あなたの方が先に、治療者に愛情を感じ、それを表現した場合でも、同じである。あなたの愛情や関心から搾取しないことは、治 療者の責任である。そのような関係は搾取であるからこそ、あなたを傷つけるのである。

2.治療者/クライエント間の性関係は、あなたの問題を扱う適切で有効な方法では決してあり得ない。それどころか、しばしば、大きな苦痛と混乱の源 になる。あなたの治療者が性的関係を持つことを仄めかしたり、すでにそんなことをしているとすれば、それは、あなたに対する倫理的、職業的関心が欠如して いる証拠である。

3.アルコールや薬物の影響で、また人生の危機に直面して、そのような行動に出る治療者もいるが、だからと言って、責任は免除されない。どんな状況であっ ても、クライエントは傷つきやすく、治療者を信頼せざるを得ない立場にあるから、責任や罪悪感を感じたり、自分が性的接触に積極的に参加したように思える 場合でも、あなたには、治療者の責任を問う権利がある。また、自分の救済のために適切で必要だと思うどんな正式な行動でも起こす権利がある。

4.最後に、この複雑で苦しい問題を扱おうとしている自分自身を褒めてあげよう。このような行動を起こすことは、力と勇気がなければできないことだ。
 あなたが決心するさい、この論文が何らかの助けや励ましになることが、倫理的な心理療法家、その他のメンタルヘルス・ワーカーの願いである。 (Professional Psychology: Research and Practice, 1989, Vol.20, No.2, 112-115)

『女性ライフサイクル研究』第10号(2000)掲載

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