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インフォメーション

1998.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
今、子どもたちの心と社会は

女性ライフサイクル研究所 村本邦子

 「ムカつく」「キレる」などという言い回しが新聞紙面に登場し、理解不可解な今の子どもたちを形容する枕詞にさえなったようだ。しかし、「今時の 子どもたちは......」という言い回しは、非難のニュアンスとともに、いつの時代にもあった。いつの時代でも、子どもたちの心が見えないのは、それを見ようと しないからだし、子どもたちの声が聴こえないのは、それを聴こうとしないからではないだろうか。
 私は60年代を子どもとして過ごし、70年代に思春期を迎え、大学時代は家庭教師として子どもたちと関わった(週8軒回ったりしていたから、6年間の学 生生活で30人以上の子どもたちと関わった)。その後は、思春期外来で子どもたちと会い、子どもを産んで、我が子や周囲の子どもたちともつながっている。 とにかく、途切れることなく、つねに子どもたちと接点があったが、いつの時代も子どもは一緒というのが、私の実感である。たしかに、時代の変化とともに、 表に見える子どもたちの姿は大きく変化したが、子どもたちが感じること、考えることは、私たちの時代と、それほど大きく隔たっているようには思わない。
 本特集は、見えにくい子どもたちの心を見ようとし、聴き取りにくい子どもたちの声を聴こうとする試みである。「今時の子どもたちはわからない」という言葉が、子どもたちを理解することへの拒否でなく、わかりたい、わかろうとする謙虚さへの出発になることを願っている。
 章外だが、トップ・バッターは、アフリカから徳永瑞子さんである。徳永さんのことはご存知の読者も多いだろうが、NGO「アフリカ友の会」の代表として 中央アフリカ共和国に滞在し、エイズ患者の支援活動をしている助産婦/看護婦さんである。今回は、おもに彼女の3人の子どもたちのことが書かれてあるが、 場所が変わっても、やはり子どもは子ども、世界中一緒であることを、まず知ってもらえたらと思う。診療所を駆け回って仕事の補助をするというポールくんに 社会性がないなどとは思えないが、将来のために教育をと願う徳永さんの親心、それを解せず我が道をいく思春期の子の関係は、日本の親子とそっくり同じじゃ ないかとほほえましかった。一方で、アフリカの子どもたちのおかれている状況の厳しさは、想像を絶するものがある。世界の政治経済を私たち個人が今すぐど うにかすることはできないけれども、通信や交通の発達に伴ってアフリカが決して遠い国でなくなった今、私たちはせめて世界で起こっていることに関心を持ち 続けたいものだ。
 さて、第一章は日本の教育への疑問から始まる。服部さんの義務教育カルト論は、初めての方にはいささかショッキングかもしれないが、けっして、読者の皆 さんを混乱させようと意図しているわけではない。子どもの問題が言われだして久しく、さまざまな対策が取られながら、いっこうに変化の兆しが見られないの は、そもそも、学校が建てられている土壌に目を向けてこなかったからだと考えれば、得心するからだ。この章の書き手たちのように、学校内部で真摯に頑張っ ている先生やスクールカウンセラーがいることは重々承知しているが、彼らが子どもの心に寄り添おうとすればするほど、さまざまな矛盾や葛藤に苦しむことに なるというのが現状のように思う。「どうか自分を責めないで。学校だけに囚われず、学校の外の世界とつながることが力になる」と伝えたし、のである。こう いった新しい流れのなかで、周囲の大人たちに支えられながら、国連でプレゼンテーションを行った桂高校の荒井さんたちの答辞は生まれてきたのだと思う。こ こに、本当の教育とは何かを考えるさいのヒントが隠されているのではないだろうか。
 第二章は、日々子どもたちの声に耳を傾けているカウンセラーたちの見た子どもたちの姿であり、子どもたちの声の代弁でもある。これらを読めば、一般には 理解しにくい子どもたちの心身症、不登校、キレる、ダべる、引きこもり、性の悩みなどの現象の意味がよく見えてくるのではないだろうか。「今時の子はわか らない」という大人のぼやきは、子どもたちには、拒否と見捨てられを意味しかねない。子どもは、いや大人だって、他者から自分の生に意味を感じてもらうこ とを求めているはずだ。誰かから関心を注いでもらうこと、自分の言葉(時には言葉なき言葉)に耳を傾けてもらうこと、そして理解されることがなければ、私 たちは生きていくことはできないのである。
 ただし、ここで私の立場からは、植田先生の「哺乳類の母」と「父親の役割」への反論だけはしておかねばと思う(植田先生、ごめんなさい!)。子育てが一 人より二人で行われる方が負担は少なく、その場合、伝統的な母役割と父役割が二人の間で役割分担される方が効率はよいのだろうし、その役割を、そのまま産 みの母と父が担うということは実際、数として少なくないかもしれない。それでも、これを生物学的なものと前提してしまうことの弊害を私は嫌というほど見て きた。詳しくは拙著(『しあわせ家族という嘘』創元社)で論じたが、母性が必ずしも「母親の体内から、自然に湧き出て」くるとは限らないし、これらの前提 に従わない親たちの罪悪感を煽る。「こういう議論を聞くたびに、どうせ自分はだめなんだ、実の両親に育てられてないんだから、と少々すねた気持ちになるん ですよ」とおっしゃった方もあった。「子どもはそれぞれ違う」を延長すれば、「大人だってそれぞれ違う」に行き着くはずだ。
 第三章は、子育てを親の責任に還元していくよりは、社会に開き、コミュニティが親子支援をしていく方向性への提案である。岩堂先生のおっしゃるように、 地域共同体が崩壊し、育児において母親の責任が強調されすぎたことからくる歪みを修正するうえで、今後、コミュニティに開かれた子育ては不可欠である。 「学校カルト論」と同じく「家庭カルト論」もあり得るわけで(実際のところ、虐待が起こる家庭を知れば知るほど、それが小さなカルトであることを感じ る)、もっとも危険なのは、家庭の閉鎖度が高いことだと感じている。どんなに立派な親であってもただの人、だからこそ抱える偏りの弊害を減らすためにも、 佐藤さん、松浦さんたちが試みている保育のように、外から風が吹き込む窓があることは救いになるはずだ。こんな支えがあってこそ、親も子も(保育者も同じ らしい)成長することができる。伊藤さんの提起は、たとえどんなに親が立派でも、子どもを支えるうえで限界があるということを示唆してくれる。吃音はひと つの例だが、親がどんなに子を肯定できたとしても、子の個性を社会が認めてくれない限り、子は人生の発達課題を達成することができないのだ。親子丸抱えで 受け入れてもらえるセルフヘルプ・グループが有効なゆえんである(『女性ライフサイクル研究6号、特集セルフヘルプグループ』をご覧ください)。
 第四章では、大人の人生と子どもたちとの関係を考えてみた。子どものことを考えるさい平井さんのように「生まれなかった子ども」にまで想いを馳せるの は、女性ならではかもしれない(このような視座を共有してくれる男性があるかもしれないとほのかな期待を持ちつつ......)。この章から読み取れるのは、子ど もの命や生が、大人の選択によって決定されていく現実だろう。その責任の重さを直視しつつ、私たちはどう生きてきたかが問われ、姿勢を正さざるを得ない気 分になる。子どもとの関わりを通じて私たち大人の生きざまが問われるのだというテーマは、当研究所が一貫して抱えてきたものである。
 さて、第五章では、社会に眼を向けてみた。少年事件のたびに新聞を賑わす「少年非行の凶悪化」は、津富さん、小松さんによれば、どうやら嘘らしい。マス コミの報道に乗せられて安易な結論を出すことで、子どもたちの本当の姿を見誤らないよう注意したいものだ。子どもたちの本質は変わらない、問題は大人たち の側にあり、子どもたちは大人社会を映し出しているだけだろう。大人の過ちを子どものせいにするということを、私たちは長いこと繰り返してきたが、自分た ちの失敗を認め、子どもたちを守り育む責任を果していかなければと思う。そのさい、砂川さんが提起してくれた保護と自己決定の双方をよく考える必要がある のだろう。エクパットの活動は、その試みそのものかもしれない。子どものことを考えるうえで、私たちの身近な子どもたちだけでなく、日本の外へも眼を向け る必要性を感じる。なにしろ、わが国は、子どもの商業的性搾取にかなりの程度、加担してきたわけだし、そんな大人の姿を子どもたちはじっと見ているのだか ら。
 最後になりましたが、いつも温かく応援してくださっている皆様、原稿を寄せてくださった皆様、表紙とイラストを描いてくれるJunさん、パソコン編集のいのきえみさんに感謝したいと思います。

『女性ライフサイクル研究』第8号(1998)掲載

1997.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
中年期の女性の課題

女性ライフサイクル研究所 村本邦子

 ここ数年、私自身、中年期を自覚するようになった。年齢を考えてというよりは、体の変化、子どもとの関係、夫との関係、それから仕事などが、それを感じさせる。
 体のこと。私はもともと元気なタチで、よく食べてよく眠るし、肩凝りとか腰痛とかとは無縁だった。それが、すぐ、体に出るようになった。ストレスが高ま ると、どっと白髪が増える、胃の具合が悪くなる、頭痛がする、眠りにくくなる、肩や背中が凝ってくる。どうやら、これらは私のストレスサインで、「もっと 自分を大事にして暮らしなさい」と赤信号を送ってくれるようだ。ふと、これまで、私は本当に元気だったのか、もしかすると単に鈍感だっただけではないのか とも思えてくる。病気がちの人、病気を抱えながら生きている人たちにとっては当たり前のことなのだろうが、私にとって、これらの体の変調は、老いとしてだ けでなく、年齢とともに、自分の体としっくりやれるようになったこととしても感じられる。
 子どもたちも成長し、物理的な世話はぐっと減った。まだまだ、気にかけなければならない面もあるが、それぞれに、自分の世界を持ち始めている。ある種の 一体感は失われ、子どもたちも、一人の別個の人として生き始めているような気がする。夫との関係も、10年が過ぎ、10年ひと昔と言うけれども、ひとつの 時代を共にしてきた感慨もある。互いに必死ではあったけれどわがままなぶつかりあいを経て、ようやく、少し平和で穏やかな基盤を得たようにも思う。期待、 断念、現実、そして受容と尊重と......
 おかしな話だが、ようやく、本当に仕事をしようという気持ちになったことも大きな変化だ。長いあいだ、私にとって、仕事とは、現実の生活を支える必需品 という意味と、おもしろいことという意味の二つしがなかった。私には、仕事が多分に自己中心的な動機に基づいていたように思うのだ。ところが、こうして仕 事を続けてきて、今では、自分を社会にいかすという意味が付け加えられ、エリクソンのいう「世代性」という概念を意識するようになった。「世代性」とは、 次世代を確立させ、導くことへの関心、自己愛的なあり方から、もっと人類的な次元へと関心を拡げていくことを示している。ようやく、自分が本当に大人に なったような気がする。
 さらに、自分を歴史の流れに位置づけられるようになったのも変化である。子どもの頃、両親の子ども時代や戦争の話を聞いても、それは、おとぎ話のように 現実離れした「昔々、あるところに......」の物語のようなものだった。30年も40年も生きていると、歴史的な大きな出来事もいくつか経験するし、今から 50年前、60年前が、どの位のところにあるのか、大方の見当がつく。歴史の教科書に出てくる出来事が、バラバラの断片としてでなく、自分のいるこの現在 と連続した時間軸にあるのだということが、ようやく実感できるようにもなった。
 同時に、前の世代への思いも沸いてきた。どちらかと言えば、私はこれまでずいぶんと不遜で、誰かからアドバイスをもらってうまくやるより、自分の思うよ うにやって失敗することを好んだ。自分の体で納得しなければ、どうにも満足できなかった。今は、人生の先輩たちから学び、それに連なっていきたいという気 持ちが出てきた。中年期という今回のテーマは、まさに、先輩たちに教わりたいことのひとつである。
 第1章では、各世代の中年期体験を語って頂いた。意図したわけではなかったが、この章の執筆者は、みな何らかの形でカウンセリングに関わっている方々で ある。職業上の豊富な経験に加え、洞察力、分析力などといった点で優れた才を発揮してご自身の体験を語って頂いたので、さすがに読み応えがある。「世代と 中年期」としたが、中年期を終えた人、中年期真っ最中の人、中年期に入ったばかりの人、それから中年期前の人と並べて見ることで、それぞれの中年期の背後 にある時代を感じて頂けたらと思う。個々人の生き方もさることながら、中年期を規定する時代背景は変化していく。中年期という時期ができたのも比較的最近 のことながら、各世代、モデルのないなか模索してきたのだろう。ひとことに中年期と言っても、その時代のもつ社会的、文化的背景を欠かすわけにはいかない ことがよくわかる。
 第2章では、中年期女性が出会う可能性のある個々の課題に焦点を絞ってまとめてみた。中年期も、その入口にいるのか出口に近いのかで、状況はずいぶんと 違うだろう。それでも、一般的には、子ども、夫、親など家族との関係を見直したり、性や体の変化と折り合いをつけるといったことと直面するようだ。それら は、子ども時代の親との関係、思春期や子育てといったこれまでの人生を自分自身がどう生きてきたかの問い直しでもある。
 第1章からもわかるように、中年期が決して特別な時期であるわけでなく、それまでの生の延長にあるわけだが、改めて立ち止まって、「本当にこれでいいのか」と自分に問いかけるのが中年期なのだろうか。いや、ひょっとすると、特別意識せず過ぎていく中年期もあるのだろう。
第3章では、必ずしも中年期と関わりがあるとは言えないさまざまな人生を生きる女性の中年期に焦点をあててみた。シングルにしても、夫の海外赴任にして も、震災や子ども時代のトラウマにしても、本来、決して特殊な問題ではなく、さまざまな形であらゆる女性に関わってくる問題なのだと思う。第1章で佐藤先 生からの指摘もあったが、奥田さんからも、特別中年期を言うことに対する批判が提示されている。私も、特別中年期を言うことで、個々の女性の人生を型には めてしまうことを望んではいない。女性のライフサイクル論が「女の人生表街道」や「まともな女性のあり方」の規範を示すだけなら、単に現状適応を押しつ け、個々の女性を苦しめるだけだろう。でも、これらが、苦しみや悲しみを伴いながらも、多様で柔軟な女性たちの姿として浮かび上がってくるならば、それぞ れの女性が自分のいるところを確認し、人生を選択していく上での励ましのメッセージとなり得るのではないかと思っている。
 第4章では、中年期の女性へのサポートやサービスを提供する女性たちの目に映っているものをまとめて頂いた。執筆者は、それぞれご自身も中年期にある 方々ばかりだ。電話相談、個人面接、サポート・グループ、サイコ・ドラマ、女性学学習と形はいろいろあるが、偏った社会の中にある女性の立場を尊重し、 個々の女性がその偏りに気づいていくなかで、自分自身を問い直す手助けをする、あるいは自己表現を促し、自己評価を高めるという手続きは共通している。
 中年期女性の課題は、外から押しつけられてきた規範と、しらずしらずのうちに取り込んできたそれを見直し、本当に自分にとって必要なものとそうでないも のをより分け、自分の納得いくように自分の人生を立て直すチャンスになるものだと思う。本来、人生とは、いつの時期もそういうことの繰り返しなのだろう が、これからの時代、中年期を生きる者として、ますます自分本意に、自分が何を大切にして生きていこうとしているのかを常に確認しながら選択していきたい と思う。
 最後になりましたが、原稿を頂いた皆さん、いつもFLCの活動を応援してくださる皆さんに、あらためて感謝します。8年のうちにはいろいろなことがあり ましたが、ここまで息長く活動を続け、この仕事を大切に思えることも、皆さんの支えがあってこそです。例年のように表紙とイラストを描いてくれたJunさ んと、今年はパソコン編集を手伝ってくれたいのきえみさんにもお礼を言いたいと思います。今回の年報をすべて女性の手で作り上げたことを誇らしく感じてい ることを付け加えておきます。

『女性ライフサイクル研究』第7号(1997)掲載

1996.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
はじめに~セルフヘルプ・グループ

女性ライフサイクル研究所 村本邦子

 女性ライフサイクル研究所(FLC)を始めて、6年がすぎた。まだ小さかった子どもたちを抱えながら、何かしたいという思いに尽き動かされてやっ てきたが、だんだんと、振り返って足跡を辿るほど、ゆとりもでてきたし、遥か遠くまで歩いてきたのだと思う。と同時に、スタッフそれぞれが、自分にとって FLCとは何なのか、自分はいったい何者で、何を求めているのかを、常に考えることを余儀なくされてきた。「自分が好きだからやる」というのが、いつも私 の鉄則だけど、「好きなことをやるためには、それに伴う好きじゃないこともやらなければならない」という鉄則も別にあって、いくぶん疲労を感じてもいる。 それで、今年は、成り行きまかせの無責任な編集を決め込むことにした。
 セルフヘルプという発想は、あまり勉強してこなかったものの、私自身にとっては、ごく自然に身につけてきたことのひとつである気がする。セルフヘルプの 語義には、「自分の力でやっていく」と「自分たちの力でやっていく」のふたつがあるらしいが、自立志向の強い私にとって前者は当たり前のことだったし、自 分の一面でしかないにせよ、外向的なところのある私にとって、仲間を求めるのも半分まで自然なことだった。もう半分が残ったのは、私がそこまで困っていな かったことによるのだろう。それが変わったところから、FLCは生まれた。子どもを産み、育てること、パートナーと向き合うことには、現実的な困難が多々 あったからだ(その意味は、人によって違うかもしれないが、少なくとも私にとって、それはクリエイティブかつチャレンジングである)。
 セルフヘルプ・グループの前提には、人々が困っていることと、孤立していることの二つがあるのだと思う。ごく自然に人々が支えあっている社会ならば、あ えてセルフヘルプ・グループを言う必要はないだろう。したがって、そこで目指されるものはふたつ、ごく自然に支えてはくれない社会に対して、自分たちの生 きにくさを訴えていく側面と、互いに支えあう(愛しあう?)ことで生きやすくしていく側面である。「運動」と「癒し」と言い換えてもいいかもしれない。
 私がそのことを意識するようになったのは、アドリエンヌ・リッチと出会い、女性解放運動の流れに自覚的に繋がるようになってからだ。自分が独立独歩の気 分でいた時には、一対一のサイコセラピーしか思いつかなかったが、自分を社会的歴史的に位置づけたとき(人々と一緒に生きている自分に気づいたとき)、セ ルフヘルプ・グループの力を実感するようになった。
 そういうわけで、今回の特集のきっかけは、「これからは、セルフヘルプ・グループの時代だ、セルフヘルプ・グループについて学びたい」と思ったことにあ る。本来は、セルフヘルプ』グループとは、自然発生的に生まれ、試行錯誤を繰り返しながら形を成すものだろうが、このような時代であるがゆえに、意図的に つくる―初めに、その必要性と意義を感じる人がいて、「仕掛け人」となる―場合もあろう。この特集では、セルフヘルプ・グループの定義をかなり曖昧にした うえで、さまざまなグループや人々の経験と学びを集めることにした。いつものように、「たまたまご縁のあった」方々に執筆をお願いしたが、快く原稿を寄せ て頂き、たくさんの問題提起をしてもらった。
 結論を出すつもりはまったくないが、私自身が興味をもっていることは、1. メンバーシップとリーダーシップのありかた 2. 運動と癒しのバランス 3. 専門家の関わり方(不要論も含め) 4. 経済的にどう成り立たせるのか 5. グループ全体の歩みと成長である。第一部は、まとまった形で原稿を寄せて頂いたものを歴史の長いものから、第二部は、グループ紹介として寄せて頂いたもの をアルファベット順に並べてある。第三部は、せっかくだから、FLCのセルフヘルプ的なありかたも、この際、振り返ってみようということになって後から追 加したものである。
 セルフヘルプ・グループの原則に従って、「書きっぱなし」「読みっぱなし」で、読者の方々にはどのように読んで頂いても構わないが、さまざまなグループ があることを紹介することで、必要に応じて連絡をとってもらえるように、また、さまざまなグループのあり方を参考に、必要に応じて新しいグループをつくっ てもらえるように、そして何より、喜びも苦しみも含めて互いの活動を知り合うことで支えあえるように、そんなセルフヘルプ的な役割を、この雑誌が少しでも 果たせたら嬉しい。
 ここまで活動を続けてこれたのも、FLCの活動に理解を示し、支えてくださっているみなさんのお陰だと感謝している。最後になりましたが、原稿を寄せてくださったみなさん、毎年、表紙とイラストを描いてくださるJUNさんと、読者のみなさんにお礼を言いたいと思います。

『女性ライフサイクル研究』第6号(1996)掲載

1995.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
「こころのケア」と人権と・・・

女性ライフサイクル研究所 村本邦子

 1月17日、私たちの日常に大きな亀裂が生じ、それを埋める作業は今も続く。10ヵ月あまりが過ぎ、改めて振り返ってみると、その作業そのものが 私たちの日常になりつつあることに気づく。2月初めのNOVAの講演で、「地震の前と後とでは、日本の社会は違ったものになる。同じものではあり得な い。」と聞いて、衝撃を受けるとともに、妙に納得したことを思い出す。あの当時、私たちは、失ったものを取り戻したかった。でも、それは、取り返しのつか ないものだった。哀しみも、きっとなくなりはしないのだ。
 復興は、元の状態に戻ることではない。亀裂を埋める作業を通じて、震災の体験をそれぞれが、あるいは日本の社会が十分に生き抜くこと、そうして過去と現在を含みこんだ未来へつなぐことなのだと思う。
 そんなことを考えて、今年は震災の特集を組むことにした。何かに駆り立てられたように動いてきたものの、本当にこれでよかったのか、もっとやるべきこと があったのではないか、これから先、何が必要なのか、一度立ち止まって考えてみなければと思う。震災後の状況は、刻一刻と変化しつつある。ここでまとめら れたことは、この時点でのみ言えることになるかもしれないが、その軌跡を残すことに意味があるのだと思いたい。
 今回の特集のテーマのひとつが、「こころのケア」である。この言葉には、賛否両論あったが、災害後に「こころのケア」がこれだけ話題にされたこと自体、 特記すべきことだろう。知るかぎりでは、大阪YWCAが「こころのケア・ネットワーク」と打ち出したのが、一番早かったのではないかと思うが、震災直後の 新聞案内には、「心の相談」「心のサポート」などの表現で、たくさんの窓口が掲示されている。一方で、本当に「こころ」を大切にすることのできる時代に なったと単純に喜べない実情が目前にあるのも事実である。
 神戸YWCAの通信(『ボランピア通信vol.2』1995年7月20日発行)に「"フェニックス計画"やらで示された『心のケアセンター』には失笑し てしまう。震災で最も痛い痛手をうけた人たちが"心のケア"なしには生きていけないような、最低限の人間らしい生活を保障されない復興計画。」と綴られて いるが、「心のケア」を専門とする身には、深く辛く突き刺さる言葉である。
 一部の臨床心理士の間で「臨床心理士は便所掃除をするか?」が話題になったのは、象徴的だった。私自身は、これに対して非常に不愉快で馬鹿げた議論だと感じてきたが、「便所掃除をすることはこころのケアになるのかどうか」と立て替えて、一応触れておきたいと思う。
 ウィニコット(『赤ちゃんはなぜなくの』『子どもは、なぜあそぶの』星和書店、1986など)は、母親向けに繰り返し、繰り返し、「おむつを替えたり、 お乳をあげたり、抱いてやったり、という世話自体が、赤ちゃんに対する心の世話に等しい」旨語っているが、乳幼児や、今回の震災直後のように、生死を分か つようなプリミティブな状態にあっては、物理的な世話と心理的な世話を区別することは不可能だ。心と体の分裂は、良くも悪くも文明の副産物であり、文明以 前にはあり得なかった。
 「災害直後、いちばん欲しかったのは一枚の暖かな毛布だった」と聞いた。私自身、あの時、子どもたちを安全な場所に避難させて、揺れが収まるのを待つあ いだ、布団を取りに戻った。寒さと恐怖で身が震えたからではあるが、一枚の毛布は暖かさと同時に安心と安全のしるしだったと思う。
 女性や子どもの問題を争っていると、物理的な援助が一番の「こころのケア」だと思われる状況はいくらでもある。震災に限らず、「人権」の保障がなされて いなければいないほど(「文明以前」の状態であればあるほど)、心に限定した働きかけは無意味だ。物質的な援助さえすればよいというものではないことは言 わずもがなであるが、社会の変化なくして、個人の善意は、ほとんどいつも取りこぼされた「人権」保障に届かず、無力感とともに佇む他ない。その場合、おそ らく、共に「いたむ」ことのみが、「こころのケア」に通じるのだろう。
 私は、ひそかに、「こころの」は、「心を対象にした」という意味ではないと考えてきた。日本語の「の」の持つ曖昧さゆえ、半ば無意識に、「こころの言 葉」とか「こころの贈り物」とか「こころの歌」などと並ぶ表現として「こころのケア」が受け入れられたのではないか。敢えて意味づけるならば、「心のこ もった」「真心からでた」「心に響く」などとなろうか。
 そういう意味では、いかなる形のものであれ、ボランティアの存在そのものが「こころのケア」であったと思う。心を対象化したり、被援助者を対象化する発 想は「こころのケア」にふさわしくない。「こころのケア」は相互的なものだ。ボランティアに馳せ参じた者たちは、自らの疼きを癒しに行ったのだと考えれば 合点がいく。
 かくして、心のケアを専門とするものは、その存在自体が矛盾を孕んでいることを自覚しつつ、それでもなおかつそこに留まろうとする意味を考え続けなければならないことになる。
 本書の構成には、今も迷いがある。サブタイトルである女の視点からは、心のケアと人権の問題は分かちがたく結びついているため、明確に整理してまとめることがどうしてもできなかった。もしかすると、非常に読みづらい構成になったのではないかと危惧してもいる。
 第一章では、越智裕輝氏が、『災害と精神療法』と題して、本質的な指摘を行ってくれた。越智氏引用の「例外状態は常態をえぐり出す」には誰もが頷くだろ うが、精神療法について議論された2点について、常態と照らし合わせてわかりやすく解説してある。3点めの「精神科領域に従事する者たちが社会システムの 中でどのような思考システムを個人としてもち得るのか」という問いは、本特集のテーマとも重なる。奪われた命については言うまでもなく、心身ともに大きな 痛手を被ることが、不公正の結果だったとすれば、そこからの回復についても二重、三重と不公正な条件が伴うことになる。精神科領域に従事する者たちが、そ のことに無関心でいられるはずはない。「破局や『最後』は未来に訪れるのではなく、現在にもう繰り込まれ、既に組み込まれていて『現在は完了』している」 のだとすれば、今回えぐり出されたことは、気づかれずに本来過去にすでにあったことだ。都市開発のあり方、建造物の欠陥など、物理的な問題についての反省 は耳にするが、精神面の援助のこれまでのあり方に対する善し悪しには、十分に目を向けられているとは言いがたい。また、あちこちで戦後五十年の総括がなさ れたが、なしてもなしてもなしきれないものが残っているように思われてならない。「災害も戦争もない日常の精神療法と、それらが取り巻く状況の中でも精神 療法に差を設けないところに、むしろ精神療法という一つの方法が人間の苦悩の一端を始めて担えると言い得るのではなかろうか。」の指摘とともに、精神(心 理)療法の可能性を問い直さねばなるまい。
 より専門的な関心のある読者は、越智論文のPTSDに関する註および註補足を参照されたい。Tの略語であるトラウマは、DSM-IV(1994)より 「心的」をはずして「外傷」とのみ訳されるようになった。筆者らにとって、PTSDの概念は、以前より、子どもの虐待、とくに性虐待の後遺症のひとつとし て関わってきたものであるが、その場合、トラウマとは、虐待の形態が身体的、心理的、性的に関わらず、「魂の傷つき」と捉えるのが一番ぴったりくると感じ てきた。生存を脅かされる危機状態は、心身未分化のレベルに食い込む。なお、PTSDの診断について否定的な意見が多く聞かれたが、その有用性について は、久留一郎氏(鹿児島大学)が、PTSDという診断的呼称名が存在しない場合、法廷闘争(保険、労災認定など)において、被害者にとっては症状との因果 関係の説明などで不利な結果を招く危険性があるとして的確な論証を行っている(日本人間性心理学会第14回大会にて)。
 批判の中心は、「昨日まで健康な市民だった者を病気モデルで捉える」ことに対する反発からきていたようだが、これこそ、性虐待のサバイバーたちが訴え続 けてきたことだった。この批判を大規模な範囲で被災者を生んだ今回の震災に限ってあてはめるのでなく、誰もに起こり得る他の災害についてもひろく理解し、 PTSDの概念を否定するより、むしろ、医療モデルそのものを問い直す方向に向ける方がよいのではないか。
 マスレベルの災害と、個人にふりかかる災害の差を考えさせられるエピソードがあった。家が全壊した中学生の話だが、その瞬間に、遮光カーテンの隙間から 閃光が差したので、UFOが来たと思った。恐怖で布団を被り身をひそめたが、布団の上に次々物が落ちてくるのをエイリアンが飛び跳ねていると信じたと言 う。拉致されるのだと凍えたが、状況が収まってからようやく地震とわかり、家族が無事を確かめ合って集まった時、ひとり嬉しそうにニコニコしていたという のだ。地震とわかった途端、「他の人も経験している、自分ひとりの経験じゃなかった」という安堵と歓びが湧き出たという。
 性虐待のサバイバーたちは、まさにこのような体験をしてきた。誰にも信じてもらえず、自分自身事実かどうか不確かな状況を、たったひとり生かされるのだ(サバイバーたちは「死を生きる」と表現する)。今後、人災についても十分に考えていかなければならないと思う。
 越智氏以外の原稿は、何らかの形で心のケアに関わった者が手記という形で印象をまとめてくれたものである。植田昭一氏は元の職場でご一緒していた関係で あり、「震災こころのクリニック」開設の案内のFAXを受け、偶然お名前を発見して驚いたが、原稿を寄せて頂けたご縁を嬉しく思っている。羽下大信氏は、 「カウンセラーズネット・東灘」の経験から、黒木賢一氏は御自身の被災体験からまとめてくださった。羽下氏、黒木氏とは、コラムを寄せてくれた村本詔司氏 代表の人間性心理学会「災害と人間」部会で、3月発足時よりご一緒させて頂いているが、被災地の只中で専門家として、同時にトータルなひとりの人間として きめ細かく配慮の行き届いたケアをなさっており、いつも頭が下がる思いである。
 古澤聖子氏、窪田由紀氏、菅野泰蔵氏は、臨床心理士会のボランティアとして遠方より来られた経験から原稿を寄せて下さった。それぞれ、ひょんなことから 知り合ったのだが、いつも、貴重な角度からの視点を頂き感謝している。井上昌代氏とは、これまでも「小児心身カンファレンス」でご一緒してきたが、2月初 め神戸YWCAで行われたNOVAの講演会で偶然出会い、情報や資料を頂くなど、お世話になった。長谷川浩一氏のことは、大阪YWCAを通じて1月末の時 点でお名前を伺っており、その行動力の速さと規模の大きさに内心驚かされていたが、今回松山で行われた人間性心理学会でお目にかかることができ嬉しく思っ ている。
 第二章は、主に子どもたちのことに絞ってまとめてみた。子どもたちこそ、心のケアが日常生活のレベルでもっとも必要とされる存在かもしれない。実は、震 災の3日前、神戸YWCAで行われた講座に招かれて子連れで出掛けた折りに、隣接する王子動物園に行ったのだが、この特集をまとめる前に、もう一度子ども たちと動物園に行ってみたいと内心思い続けていた。震災後に子どもたちが「動物たちは大丈夫?」と心配していたこともあるが、私自身が何かを確認したかっ たのだと思う。隣でYWCAのボランティアたちが必死の救援活動をしていることを知っているだけに、「動物園に遊びに行くなんて」と後ろめたい思いに苛ま れつつ、先日ついに行ってきた。いつもに比べれば、人気は少なく、動物のいない檻もあったが、人々の希望を託したかのように「赤ちゃん誕生」の表示がたく さんあった。「震災はどうでしたか?」と見知らぬ者同士、自然に会話もあった。火災が多かった地域で、子どもとともにようやく退院したところだという家族 もあり、それぞれがそれぞれの思いを抱えて来ているのを感じた。何だかとても嬉しかった。そう言えば、戦時中、死なざるを得なかった動物たちの悲しいお話 がいくつもあったことを思い出した。子どもや動物に優しい社会は、きっと弱者に優しい社会なのだと思った。
 西澤哲氏とは、これまでも虐待の問題を通じてご一緒し、随分とお世話になってきたが、子どものPTSDとその対応について専門的なことをわかりやすくま とめて下さった。震災以前からPTSDに対する心理療法を行ってきた数少ない治療者の一人でもある。西澤氏はこれらのセラピーをアメリカで学んでこられた が、子どものPTSDに関する理解と取り組みが進むアメリカからの援助活動のひとつとして、次に西順子が「テディベア作戦」を紹介する。PTSDの概念 は、一部の専門家が危惧したような冷たい診断基準としてではなく、暖かいサポートを提供する理論的枠組として使うことができる良い例であると思う。
 保田維久子氏は、保母たちが震災との関係で、子どもたちへの対応を悩んでいるのでアドバイスが欲しいとのこと、2月初め、「子ども情報センター」を介し て知り合った。簡単な情報提供をし、困ったことがあればいつでも相談に応じたい旨伝えたが、アンケートをとられたり、講師として招いて下さった折、保母さ んたちから子どもたちの様子や対応を聞かせて頂き、たくさんのことを学ばせて頂いた。原稿を読んで頂くとわかるように、子どもたちのメッセージを受けとめ ようと心を砕く保母に恵まれた子どもたちは、どれほどの安心を得たことだろうかと思う。
 利根川雅弘氏とも、虐待の問題を通じて以前よりご縁があり、震災後いち早く連絡が取れ、神戸の様子をそのつど知らせて頂いていた。兵庫県臨床心理士会か ら小学校の中に入っていき、グループワークの枠を得て、工夫してプログラムを作った経過を報告してくださった。「将来、被災地を支えるのは今の子供達で す」という最後の一文が胸に響く。
 倉石哲也氏とは、西宮YMCAとのつながりを通じて知り合い、「避難所へのレクリエーションサービス」へは、当研究所のスタッフたちも何度も参加させて 頂いた。避難所の子どもたちに遊びの場を提供すること自体、子どもだけでなく大人に対しての援助でもあるが、YMCAのリーダーたちの持つ力をうまく活か してコーディネートした倉石氏の役割は、専門家の関わり方の重要な可能性を示してくれる。
 前村よう子によるインタビューは、それまでも関わりのあった小学校の教諭を通じて、学校の様子、子どもたちの様子を教えてくれる。NOVAのマニュアル に従ったディブリーフィングが非常に有効であることを確信させてもらったのも、このつながりからである。子どもたちを日常的に支える親や先生方の力、役割 の大きさを考えさせられる。
 この章では、さまざまな形で、子どもたちの日常に働きかけていった専門家たちの姿が見えてくる。教師をはじめ子どもたちと関わるプロである地域のキー パーソンを支える臨床家の役割を、コミュニティ心理学の山本和郎氏(『コミュニティ心理学』東京大学出版、1986)はスーパーバイザーと呼ばず、コンサ ルタントと呼ぶが、このようなシステムをもっと日常的に取り入れていく必要があるだろう。
 第三章は、女性の問題を集めた。一節の「震災を生き抜く女たち」では、震災下の女性たちの姿が見えてくるようなものになったと思う。ファミリーサポート 協会の武田芳子氏とは、これまでよりネットワークとして関わってきたが、「震災を語る会」をはじめ、さすがにこれまでの活動の延長にある適切で自然な活動 を展開されてきた。常に女性の視点に立った活動をなさってこられた先輩として、いつも尊敬の念を抱いている。
 東山千絵氏とは、震災後、電話相談を開設した機関のネットワークで知り合った。相談電話がほとんどかからなかった他の機関と違って、多数の相談を受けた 理由は、「女の心と体の相談」というそのネーミングのうまさにあったと聞いたが、その後、新聞や雑誌を通じて性被害や子どもの虐待などについて訴えてくだ さったことは意味があったと思っている。とくにレイプについては、流言飛語とも言われたが、デマもあったにせよ、すべてを流言飛語と言うことは、実際に あった被害者たちを抑圧する。実は、これは日常の焼き写しである。
 避難所の一人の女性にインタビューを試みてくれた川畑直人氏は、「被災地での臨床心理士の役割を考える会」の代表であり、震災直後より避難所に泊り込ん でボランティア活動を行ってきた。「考える会」のニュースレターは、その都度、情報提供や問題提起など重要な役割を担ってきたと思う。「考える会」のメン バーと共通のテーマを持って再会できたことを嬉しく思っている。避難所の女性の声は、ともに生活してこそ聞くことのできた貴重なインタビューであったと感 謝している。
 吉村薫がインタビューさせて頂いた上伸まさみ氏は、新聞のコラムに始まり、ネットワークの「うみづな」やライターである松野敬子氏を通じて知り合った。 同じく小さな子どもを抱える者として、子どもを亡くした親、親を亡くした子どもをイメージすることは、思考停止に終わるほどの恐怖であるが、それも避けて 通ることのできない残忍な震災の一面である。私たちに語ってくださったことを感謝するとともに、読者と一緒に、ひたすら心を合わせて祈れたらと思うばかり である。
 前村と西による助産婦(毛利氏、赤松氏)へのインタビューは、すでにニュースレターでおこなった「シスターフッド」の特集(『FLCネットワーク NEWS LETTER No.14』、1995年7月)の続きでもあるが、震災を生き抜く女性たちの逞しさ、力強さを感じさせてくれ、励まされる。女性であることを誇らしく感じ る節に出来上がっていたら嬉しい。
 2節は、女であることをさらに掘り下げた時に見えてくる現実が浮き彫りにされている。ふだんよりお世話になっている兵庫県立女性センターから川畑真理子 氏が、女性問題相談の現場からまとめてくださった。弁護士の宮崎陽子氏と岩永恵子氏は、普段からお世話になっている宮地光子氏を通じて紹介していただい た。昨年も原稿を頂いた中野冬美氏とはセクシュアリティの問題を通じてご一緒することが多かったが、今回は、こんな形で原稿を頂き、感謝している。無理に お願いして申し訳なかったが、貴重な問題提起をして頂いたと思っている。
 この節は、震災を通じてよりくつきりと浮かび上がった女性の人権の現実と直面させられ、重苦しい気分や無力感を振り払うことはできないが、女性の問題に 関わるとき、あるいは震災の問題に関わるとき、やはり避けて通れない部分である。震災との心理的距離が近ければ近いほど、その体験を文章化する作業は、痛 みに満ちた時間とエネルギーを費やすものとなろう。コラムを寄せて下さった方々を含め、このような状況で原稿をまとめてくださった皆様に感謝している。こ こで提起されたことが、何らかの形でどこかに根づき、忘れられることなく時間をかけてゆっくりと育ってくれればと願う。
 3節の性の問題は、どうしても取り上げたいテーマだった。性の問題はタブー視されるために、いつもないことにされ、被害にあって泣き寝入りするしかない のが女や子どもであるから。「限界状況が常態をえぐり出す」とすれば、必ずや性被害の問題はあるはずだと思ってきた。非常時には、どうやら人間の良さと悪 さの両面が極端な形で突出するらしい。日常では信じがたく美しい話もあれば、日常では信じがたく醜い話もある。ただし、性の問題をどのような形で取り上げ るかはとても難しい課題だった。他のことにも増してプライバシーが守られなければならず、曖昧な形でしか伝えられないからだ。最終的には、長く若者や女性 の問題に関わってこられた婦人科医である林知恵子氏へのインタビューと、「性を語る会」のメンバーを交えた座談会の報告という形を取った。性を取り上げる ためには、やはり震災以前から性を語る土壌がなければならなかったのだと改めて思う。考えてみれば、あまりにも当たり前すぎることではあるが、災害時、即 座に性の問題に対処できるためには、常日頃から性の問題に対処できる体制を整えておくほかない。
 第四章は、コミュニティと救援サービスについてである。震災後のボランティア活動を通して、YWCAやYMCAなどの機関の働きぶりには本当に感嘆させ られてきた。地域に根ざした救援活動を行った機関は他にもたくさんあったことと思うが、当研究所と関わりのあった部分に限って、是非ともその活動を紹介し たかった。ボランティアのプロだけあって、本当にたくさんのことを教えて頂いたと思う。
 すでに何度も触れてきたように、神戸YWCAとは、4月より東京へ転勤された寺内真子氏を中心に、ここ数年来関わってきた。震災直前に伺ったこともある が、何と言っても特別な思い入れがある。物理的な条件から何もお手伝いできなかったことはとても残念なことだったが、通信物を通して、前田圭子氏、金子・ 神村麻美氏をはじめ神戸YWCA救援センターのメンバーには、たくさんのものを頂いた。今回、金子・神村氏の手記をまとめて紹介させて頂き、それを読者と ともに分かち合うことができたことは本当に嬉しい。『世界』(岩波書店、1995)の10月号で、「阪神復興と人権」という緊急提言がなされたが、金子・ 神村氏の手記と合わせて読むととてもわかりやすい。人権抜きの「こころのケア」、人間抜きの「まちづくり」がいかに空虚であるかよくわかるだろう。
 大阪YWCAは、近所でありながらなかなかお伺いすることもできずにいたが、今回企画してくださったたくさんの講座に参加させて頂き、貴重な情報を頂い た。金香百合氏や鹿野幸枝氏にはいろいろとお世話になった。ボランティアのコーディネートはもちろんのこと、講座の企画という点でも重要な役割を果して下 さったと思う。岡田幸之氏は、とくに「こころのケア・ネットワーク」を中心にまとめてくださったが、キャンプをはじめ、さまざまなイベントに対しても、き め細かな「こころのケア」を意識した新しい取り組みをされたことを聞いている。
 西宮YMCAとは、この震災を通じて、初めてつながらせて頂いた。小さな子どもを抱え、また日常の業務を停止することもできない私たちが動ける条件は、 事務所にいたままできることと、日帰りで行ける範囲の場所に拠点を持つ団体に関わらせていただくことに限られた。混沌とした状況のなか7日目にようやく 入った西宮を歩き続けてたどり着いたのが山口元氏のところだった。西宮YMCAは「ボランティア救援センター」とも呼ばれたそうだが、まさに、私たちも救 援して頂いたと言える。即座に暖かく受入れてくださり、状況に合わせて臨機応変に使ってくださる山口氏の才覚あっての「ボランティア救援センター」であっ たろう。ボランティアに行くと、必ず朝の会があり、仕事の割り振りや注意事項の確認がある。最初期より、スタッフの方が「ぼくたちは、物資をもって心を届 けるのです」と言っていたし、必ず複数で行動すること、自分の身は自分の責任で守るようにと呼びかけていた。また、「150年続いてきたYMCAのボラン ティアの歴史に誇りを持って」とも言われていたが、実際、YMCAのゼッケンをつけて町中を移動すると、必ず「先日は本当にありがとうございました」と頭 を下げてこられる方々がいた。初めは戸惑ったが、YMCAに対する感謝だった。災害後一から新たな関係をつくるのではなく、地域と深い信頼関係のある機関 でボランティアをさせてもらう利点を感じた。お忙しいなか、山口氏から原稿を頂けて嬉しい。きっと、読者の皆さんにも氏のユーモアや人柄が伝わることと思 う。
 精神衛生支援団体は、この震災をきっかけに結成された団体だが、ここからは、やはり、講座と情報提供という形でお世話になった。また、坂本安美氏を通じ て、テディベア作戦のお手伝いをさせて頂けたことは、第二章で西がまとめたように、子どもの問題に関わる当研究所にとっても示唆に満ちた貴重な体験となっ た。
 地域に根ざした救援センターの必要性を感じるなかで、西が女性の救援機関を二箇所取材させていただいた。社会的弱者を目に触れにくい遠方に隔離して、あたかもないものにしてしまうような政策でなく、むしろ、弱者を中心にした街づくりをして欲しいものだと切に願う。
 かなりの紙面を割いて、原稿を寄せて頂いた方々との関係を紹介することになってしまったようだ。読者の方々は、関心のない部分は飛ばし読みなさるだろう なと思いつつ、敢えて、私もしくは当研究所との関わりを詳しく書いてきたのも、きっと、今回の震災を通じて、あらためて人とのつながりやネットワークが持 つ力の大きさを信じるようになったからだと思う。
 常に世界各地で大きな出来事が起こっているのも事実だが、戦争を体験していない世代にとって、歴史的な大惨事がこのように直接わが身にふりかかってきた のは初めてのことだ。そういう意味では、良くも悪くも時代を共有し、それを生き抜く責任をも共有している。震災の経験の違い、立場の違いに関わらず、時代 を共有するものとして、ともに生き抜く他ないのだ。
 未知の人との新たな出会いばかりでなく、既知の人とも新たな出会いに恵まれて、不思議なご縁に感謝の気持ちが沸いてくる。共に生きる仲間として、つながりを大切にしたいと強く思うようになったことは、震災の前と後とで同じではない嬉しい変化のひとつである。
 最後になったが、コラムを書いてくださった皆様と毎年表紙、イラストをデザインしてくれる村本順子さんにも感謝します。

『女性ライフサイクル研究』第5号(1995)掲載

1994.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
表現と「力」

女性ライフサイクル研究所 村本邦子

 この年報も4号となり、研究所を開設してまる4年、5年目に入った。何かできたらというささやかな想いで出発したが、ふと気がつくと、活動範囲は 着実に拡がり、方向性もはっきりしてきたように思う。経済的な基盤、日常の運営については、悩みが尽きないけれども、社会に対して発言したり、自分たちの 思いを表現したりする機会は確実に増えた。こうして書いたものが印刷されてばらまかれ、講演や講義などの形で不特定多数の人々に向かって話をする機会を持 つようになると、そこで表現されたものは、私たちが個人レベルで考えたり感じたりするものを越えていくことになる。ある意味で、それは「力」を持つことだ と言えるだろう。
 この「力」は、私にとって脅威である。昔から不特定多数の人と話すのは苦手だった。一対一の関係では、すれ違いや誤解があっても、ある程度までなら取り 返しがつくし、自分の失敗を償うこともできる。もちろん、決して償うことのできない過ちもあるが、それを極力避けるように努力することは少なくとも可能で ある。ところが不特定多数との関係は一方通行で、自分の表現したものがどのような形で相手に届いたのかを確認しようがない。受け手がそれを「よいもの」と して受け取ってくれれば、あるいは何ら影響を及ぼさないものとして受け取ってくれればまだよいが、それによって誰かが傷ついたり、自分が貶められたように 感じたり、何か悪いことのために利用されることだってあるかもしれない。仮にそれを確認できたとて、それらすべて責任を負えるかと言うと、たぶん不可能だ ろう。誰かとの関係で非対称な「力」、一方的な「力」、責任を担いきれない「力」を持たされることは、だから私には恐怖である。
 でも、この「力」に喜びが伴うことがある。それは、たとえば、私の知らないところで誰かが私の表現を受け取り、それを育ててくれたことを知った時。こち らでは誰であるかよくわからないような人が、「あの話を聞いて、あの文章を読んで、とっても心に響くものがあって、私はこんなことをやるようになったんで す」なんて言ってくれると、嬉しくなって胸が躍る。自分の思いを誰かが受けとめてくれて、まったく思いもよらない形で展開してくれるとすれば、自分の思い が自分から離れて新しい生命を持ったことになる。また、たとえば私たちは2年ほど前から、性虐待の防止教育に取り組んできたが、これもさまざまな形であち こちに拡がった。規模としてはもちろん微々たるものではあるが、それでも、自分たちが全国の家を一件一件訪ねて回って話をすることなどできないのに、こん なふうに拡がりを持つという形で、虐待防止について意識を持つ人が一人でも増え、子どもたちが一人でも救われるとすれば、それもやっぱり嬉しい。
 それでも、やっぱり「力」を持つ者がちやほやされる文化の中にあって、「力」を持つことは恐怖だ。「力」を持つと、その周りに虚構が多くなって、「本当 のこと」が見えなくなったり、「大切なもの」を失ったりしやすい。「力」がその人から離れて存在するようになると、人々がその「人」にではなく「力」に群 がってくるようになるからだ。そうすると、その人は否応なく、個人として存在するよりも、「力」の象徴として存在させられるようになる。虚構が大きくなれ ばなるほど、つまり「力」と「人」のズレが大きくなればなるほど、「力」の責任は個人で担いきれないものとなる。「力」を持たされた者が、そのズレに気づ き、それを修正していくことができるのかどうか、私は懐疑的である。それは、とても不幸な事態だと思う。
 そんなことを考えていた頃、マスコミやミニコミで「差別と表現」がテーマになっているのが目に入るようになった。正直、ギクッとした。私はどちらかと言 えば個人主義的に生きてきたので、自分の目の前に差別が見えたら異議申し立てしてきたつもりだが、意識的に学んでいかなければ個人的には知りえない歴史 的、社会的差別には疎かった。遅ればせながら少しずつ勉強するようになったが、まだまだ勉強不足で、そのことにある種の劣等感、罪悪感を持っている。意図 的な差別はもちろん論外だが、こういう文脈にあっては、意図せぬ差別を自分が行う可能性が生じてくる。つまり、個人レベルでは責任のない出来事に対して、 歴史的、社会的存在として自分が投げ込まれたところにたまたまあった責任を担わせられるのである。この「たまたま」投げ込まれたところに差別や抑圧でな く、責任があるというのは、マジョリティであったことを意味している。ここでも、また「力」の問題がつきまとう。マジョリティであることは、意図せぬ 「力」を持たされることである。
 差別と抑圧の構造の変数は数限りなくあるから、人は状況に応じてマジョリティであったりマイノリティであったりするが、その総計から差別構造のどのへん に自分がいるかというアイデンティティが規定される。つまり、自分が社会的弱者であるとか、強者であるとかいった認識が生まれてくる。ところがこの変数に 無自覚でいると、弱者のアイデンティティを持つ者がある時ふと強者の側に回ったり、その逆のことが生じても、それに気づかないということもあるのだ。たと えば、子育てにおいて。子どもを育てるということは、否応なく親として、大人としての「力」を持たされることだ。この事実を認識できない時、虐待が起こ る。虐待が起こる時、ふつう虐待者は被害者意識を抱えており、(それが可能になった時)その埋め合わせに、「力」を行使して衝動的な他者のコントロールを 行い、ひとときの「力」の幻想に酔う。だから、強い抑圧を受け続けてきた者が、状況の変化によっては自分も強者になり得るのだと認識できない時、今度は抑 圧する側に回ることもある。
 こうして「力」のピラミッド構造ができあがる。誰もが多かれ少なかれ、自分より下にいる誰かを踏み台にしているわけだ。この「力」に基づく社会にあって は、ほとんどの場合、人は誰かから抑圧され、同時に誰かを抑圧している。もちろん、だからと言って、その罪が帳消しにされるわけではなかろう。ピラミッド の上層部にいればいるほど、意図せずとも踏みにじっている人々の数は増え、それだけ罪深くもなる。自分の投げ込まれたところにすでにある差別や抑圧、もし くは「力」と責任は、どちらも宿命であるが、その決定的な違いは、前者は選択の余地なく背負わされるのに対して、後者は、それを背負うか否かは自由意志に よる選択が可能であることだ。
 本当の自由は、自分の宿命の無自覚と無関心のなかにはないだろう。逆に、自分の投げ込まれたところにつきまとう宿命の自覚と、そこから解き放たれようと する意志のなかにあるのだと思う。だが、ここでまたしても「力」の問題が足をひっぱる。意志や選択や自由は、「力」を前提にしているからだ。結局のとこ ろ、自由は、自分に対する責任は言わずもがな、他者に対する責任をも内包していることになる。
 このようなところから、本特集を企画することになった。第一章では「表現と自由」一般について論じる。私自身、「表現の自由」という表現は、今や強者の 逃げ口上としてのみ使われるので、あまりに白々しく感じているからこの表現を避けた。「表現の自由」が切迫感を持って響くとすれば、それは非常に危険な状 況であることを意味するだろう。本来、「表現の自由」という言葉は、社会的弱者のためのものだ。目次を見ればお気づきのように、この章の書き手は、当研究 所に関わる者のパートナーである。3組のカップル(越智、西、村本)だが、このメンバーでは、大概は女性陣と男性陣に分かれることになって、何度か議論を した。
 一番難航したテーマは、西晃氏が「抗議する側の倫理」を強調しようとするように私たちには見えたことだった。それは、もちろん大事なことだけれども、そ れを言う以前に抗議を受ける側の倫理を考えるべきだと私は思っている。そのやり取りの中で、図らずも、抗議する側の困難さを体験することになった。私自身 は、いつも編集にあたって、書き手に書いて欲しいことが明確にあるわけではない。自分なりの筋書きはある程度あって出発するにしても、さまざまな書き手 が、期待されたテーマをきっかけに、編者の意図を超えて、新たな表現を展開してくれることを切望しているし、それが喜びでやってきた。だから、一定の結論 に向けて、書き手を力づくでねじ伏せようとは毛頭思っていない。ただ、初めに述べたように、印刷物を出すという意味では、不特定多数の受け手に対して、で きる限り責任を負えるような編集をするよう努力したいとは思っている。ところが、議論を吹っ掛けられる男性陣は、そういったこちらの思いを、「検閲」のよ うに受け取るようだった。
 そもそも編集者としての私には、客観的に言ってたいした「力」はない。財政的にはいつも苦境に立たされているし、世間からは「わけのわからないことを やっているうさんくさいところ」と見られたり、無視されることもしばしばである。ましてや、原稿料が払えるわけでなく、執筆者に対して、どのような「力」 が行使できるのか。そんな中で、西晃氏からおもしろい発言が飛び出した。「僕は、自分より村本さんの方が強者だと思っている。僕なんか吹けば飛ぶような存 在だ。」と言うのだ。私自身を含めて一同、妙に納得したのは事実だが、そこで言われているのは、非常に内面的な(主観的な)「力」だろう。仮に、多額のお 金が必要になったとして、弁護士である彼にはお金を貸してくれる所があるだろうが、私に貸そうというところはまずないだろう。女であり、大きな組織に所属 しているわけでもない私には、哀しいかな、夫の後ろ盾がなければ部屋を借りることすら不可能だったし、クレジット・カードをつくってもらうこともできな かった。社会的信頼、地位といったことでは彼の方が強者であることは間違いない。
 一方で、内面的な「力」、自己主張の強さとか、自尊心とか、議論する力などについて言えば、確かに私の方が強者になるのだろう。私自身は誰かを「力」で ねじ伏せようと意図していなくても、相手が自分自身の内面的な「力」を評価できない時、黙ってしまう、主張せずに従ってしまうという形で、結果的に相手が 抑圧されるということがあったと思う。このような状況では、そもそも対等な議論自体が不可能だろう。初めに述べた「力」に対する恐怖は、私のこういった過 去の苦い体験の積み重ねを引きずったものかもしれない。自己主張しないように奨励されている文化にあって、主張することは、ましてや女として主張すること は、非常にネガティブな結果を引き起こすから。
 「力」にはたくさんの次元が交錯している。客観的に言って、社会的「力」を持つ者がその「力」を認識しない時、意図せぬ抑圧が起こる。たとえば若い頃に は批判精神旺盛で権力に反発し続けてきた者が徐々に評価され、社会的「力」を持たされているのに、それに気づかず、相変わらず自分は一匹狼だ、マイノリ ティだとしか認識できない時。筒井康隆の一件では、彼が自分を「ブラック・ユーモアの作家」と認識しながら、その作品が教科書に載るというギャップなど は、こういう例だろう(彼が差別表現をしたか否かということよりも、その後の姿勢を指す)。
 越智裕輝氏は、表現者の問題とくに社会的「力」を持つ者として、専門家や知識人、文化人と称される人々の倫理的責任について論じるとともに、受け手の問 題についても言及する。つまり、差別とは個性が分化した差異の自覚のないところに生じる全体主義であり、ファシズムや戦争といった事態を避けることができ るためには、表現する者とその受け手の双方の成熟を必要とすると言えるだろう。
 西晃氏は、最終的には、できる限り中立的な立場で、表現と抗議に関して法的にはどう理解されているかをわかりやすく説いてくれた。「国家・社会的利益」 という考え方は、ふだん法的なことから遠い私たちには馴染まない概念であるが、「福祉」と置き換えるとわかりやすい。法的な思考様式や手続きを知ること は、弱者の戦略として有効だが、マッキノンが指摘するように、法の上の「人」が何を指すか、「福祉」が誰のものか問いなおすことから始めねばなるまい (K.A.マッキノン『フェミニズムと表現の自由』、明石書店、1993)。
 「抗議」については、若干の補足を加えたい。自分たちの議論で感じたのは、抗議する側、される側の心理をもっともっと細かく分析する必要があるというこ とだ。それは「抗議する側の倫理」としてではなく、むしろ「抗議する側の戦略」として役立つだろう。たとえば、自分自身、抗議や糾弾を受けるかもしれない 側に立つことをイメージすれば、それに対してネガティブな感情が沸いてくる気持ちもわからなくはない。それは、たとえば、これまで疑いもしなかった価値観 を崩される恐怖(これは強者の論理から言えば、非合理的と思われる論理を押しつけられる恐怖として体験されるだろう)、自分が成してきた様々な表現のう ち、たったひとつの表現でもって自分が置き換えられ、それ以外の自分(個性)は無視されてしまう、極端に言えば、抵抗の余地なく圧倒的な力に抹殺される感 じ(本当はこれらこそ、強者が弱者に押しつけてきたものだったが)などなど。自分の「力」に対する責任を無視して生きていればそれだけ、これらの恐怖は妄 想のように大きく膨れ上がる。
 逆に、抗議や糾弾を行う側に立つならば、問題となった表現に対する修正を求めると同時に、そんな表現が生まれてきた土壌を問い質し、考え直して欲しい、 わかって欲しいという気持ち(これは人として当然の感情であろう)、それに対して抗議や糾弾を受けた側、が上述したような恐怖から、頑なにそれを拒否しよ う、あるいはそれから逃げたり誤魔化そうとするならば、だんだんとその感情は怒りに変わり、攻撃的行動にもなるだろう。さらに極端には、ひとつの差別表現 を成した特定の個人が、差別全体のスケープゴートになるかもしれない。
 抗議される側の恐怖については、「Y氏のセクハラ事件」に関する一連の流れを私なりに見てきた中でも痛感したことだった。身近な人が、その流れをよく知 らないまま、たとえば大越愛子氏らが東福寺に意義申し立てしたことを指して「あれは集団リンチだ」「ヒステリックなこわい女のいじめ」などと言っているの を聞くと、抗議行動が起こった時に、人々がどんな反応をするかよくわかる。私自身は、この事件と直接何の利害関係もないが、新聞報道を注意深く追っていく と、どちらが感情的に支離滅裂な行動をとり、どちらがあくまでも冷静に論理的に行動してきたかがよくわかるし、大越愛子氏がこれまで思想的に深めてきたこ とを、現実につなげて速やかに行動したことなど、研究者としての誠実さだと高く評価してきた。やはり、抗議する側の倫理よりも、受け手の倫理が問題なのだ と痛感する。たとえば、部落解放同盟の糾弾に関しても、発言しているリーダーたちの言っていることは、まったく筋がとおっている(たとえば、山中多美男 『ここが大切!人権啓発』解放出版社、1992)。
 これらの思い込みやすれ違いをどうやったら解きほぐしていくことができるのか、「筋がとおっている」だけでは太刀打ちできない現状をどう変えていけるか、戦略としても今後もっと考えていければと思っている。
 第二章は、「抑圧と表現」とした。正確には、被抑圧者の表現を取り上げたかった。とくに、子どもと女性の問題を取り上げた(子どもに書いてもらったわけ ではないので、大人の立場から、子どもを代弁することになった)。長年、吃音者のセルフ・ヘルプ・グループのリーダーシップをとってきた伊藤伸二氏や、子 どもの心理治療に関わってきた市川緑氏の描写から、抑圧を受ける子どもやその親たちの姿が浮かび上がってくる。抑圧されてきた者が新たな抑圧を生まないた めにも、子どもを取り巻く大人たち、とくに親や教師たちにとって、抑圧からの回復と解放は課題になる。子どもを取り巻く学校や教師の問題についてと、女性 の怒りの表現については、当研究所の前村よう子と西順子が、それぞれ自分の体験を交えて論じた自己表現と自己肯定によるエンパワメントが必要ということに なろうが、精神科医である越智友子氏から「主体を損なわれた者に表現は可能か」という根源的な問題が提示されることになる。一章で村本詔司氏が論じたよう に、そもそも「表現」は、すでに個の確立を前提にした概念だから、主体と客体、あるいは内界と外界という二元論に基づく限り、抑圧によって主体を損なわれ た者にとって、そもそも表現すること自体が不可能になる。行き着く先はまだ漠然としているが、「表現」の概念自体を解体し、二元論を超えていくところから 新たなシステムが生まれてくるのかもしれない。
 第三章は「創作と表現」である。主体があって客体としての表現作品が生まれるという二元論を越えていくためには、主体と客体を切り離して論じることがで きない創造領域について考えてみたいと思った。イラストレーターのY・Aさん、サックスのMASA、劇団『青い鳥』の芹川藍さん、墨絵のおぎようこさんと いったさまざまな表現活動をしている女性たちの姿を紹介することで、創作とその人との深い結びつき(主客の一致)を感じてもらえればと思う。「言葉」の問 題も取り上げてみたいと思ったが、「言葉」による表現につきまとう一致と不一致をとくに「詩」の形で、原祥雄氏と白川比呂樹氏が論じてくれた。原氏は現在 は編集に関わる仕事をされているが、これまでもミニコミ誌の編集や自ら詩、小説を発表されているし、白川氏も詩人として創作活動をしてきた人である。
 第四章は「セクシュアリティにおける表現と自由」とした。表現のことを考える時に欠かせないテーマであると思ったからだ。とくに性の領域においては、女 性はいつも表現の対象であり、主体を持たされずにきた。この喪失を取り返すのは非常に困難である。どうやら、単純にこれまでのパターンを裏返して、女が主 体となりかわれば解決するわけでもなさそうである。それでは一体どうしていけるのか、モデルがないだけに私たちは途方にくれている。この章では、とくに女 性の性に関する誠実かつ気鋭の発言と活動をなさってきたお二人、敦賀美奈子さんと、中野冬美さんの原稿に加えて、座談会を盛り込んだ。一人一人違ったセク シュアリティのあり方を大事にしたいと思ったからである。座談会参加者にとっては、女だけで思う存分セクシュアリティについて語り合う貴重な場だったが、 その場で分かち持たれたことを十分に文字にできたとは残念ながら思えない。セクシュアリティに関して表現する、しかも言葉を使って表現するというのは困難 なことだ。それでも、女が女のためにセクシュアリティについて発言するという試みはまだ始まったばかりだから、多少、無様でもいいじゃないかと思ってい る。他の章の原稿と並べて、それができたことを嬉しく思っている。
 難しいテーマだったが、全体的に奥行きのある質の高い議論ができたのではないかと自負している。いろいろな点で編集は難航したが、編集者としては、結果 として十分に報われた気分である。一緒に最後まで辛抱強くこのテーマに取り組んでくださった執筆者たちに、この場を借りて心から感謝したい。また、名前を 挙げることはできなかったが、座談会に出席してくださった皆さん、快くインタビューに応じてくださった皆さん、「私と表現」に手記を寄せてくださった皆さ んにも感謝したいと思う。これは、当研究所と関わりの深い人たちに「ネットワークから」という形で原稿を寄せてもらったものだが、ひとつの章にまとめるよ りもコラムとして全体に散らす方がよいのではないかと思って、今号はこのような形にしてみた。それぞれの立場から読み応えのある充実した原稿を寄せて頂け て喜んでいる。それからいつも表紙や題字、イラストをデザインしてくれる村本順子さん(私の義姉である)、レイアウトに力を貸してくれた原祥雄さん、いつ もお世話になっている地水社さんにもお礼を言いたいと思う。こうしてボランティアで快く原稿を書いてくださったり、サポートしてくださる方々に支えられて ここまでやってこれたこと、また雑誌やニュースレターを講読して声援をおくってくださるみなさん、さまざまな形で私たちと関わってくださっている皆さんに も、スタッフ一同いつも感謝している。
 内容については、同時に、やはり、まだまだ不十分であることも痛感している。とくに
マイノリティの問題についての議論が十分にできなかったこと、「ポルノとセクシュアリティ」に関してもっと掘り下げて考えていけたらと思うが、今のところ力不足を感じている。先送りの課題としたい。ご批判や感想などいただけたら有り難い。

『女性ライフサイクル研究』第4号(1994)掲載

1993.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
特集 ダイエットから摂食障害まで 特集にあたって

村本 邦子

 摂食障害をテーマにして一度考えてみたいと思いながら数年が過ぎた。これが興味深い現代の奇病で あると思うからではなく、これはまさに「私たちの病」であると感じているからである。本特集の執筆者たちは、皆、我が国にも摂食障害が顕著に増加した高度 経済成長期とともに大きくなり、痩せ礼賛の風潮が強まるなか、ダイエット本やダイエット食品、シェイプ・アップ器具に取り巻かれた環境を生きてきた。そう いう私たちにとって、「ダイエット中よ」という会話は日常茶飯事だし、拒食、過食、嘔吐、下剤を使っての浄化すら、異常と言うよりはむしろ馴染みのあるも のだった。FLCワークショップで体やセクシュアリティについて語り合うと、自分も若い時は摂食障害だったという女性が少なからずいる。医療機関の世話に なった女性もいれば、健康を害するほど極端な行動は年齢を重ねていつのまにか消えたという女性もいる。現在もなお、摂食をめぐって苦しんでいる女性もい る。執筆者のうち数名も、過去に何らかの形で摂食障害を経験している。大袈裟だと言われるだろうか?「かつて摂食障害だった」と語る女性たちを、何らかの 相談機関にかかった経歴を持っていなければ専門家は軽く見がちであるが、実際にDSM III-Rの診断基準を満たしている場合も多い。

 美しくありたい、スタイル良くなりたいというありふれた願望から、健康を害し、生命を危険にさら すほどの病的な状態にいたるまで全般をテーマにしたが、私たちがこれらの背景にある原因がひとつだと考えているわけでは決してない。D.M.シュウォー ツ、M.G.トンプソン、C.L.ジョンソンは「神経性食思不振症は数ある病因の、最終的な共通経路である」と言っているが、これに賛成である。P.Y. アイゼンドラスは、本紙の論文を「もつれ」(Entanglements)と題しているが、まさに私たちの体こそ、数々の要因がもつれあう場所として選ば れるのである。それは何故か考えてみたかった。つまり、本特集は、摂食障害の背後にある個人の問題をさぐることが主眼ではなく(個々のケースにはさまざま な要因が絡んでいるだろう)、なぜそれらの問題が最終的に摂食障害という形を取るかという点に重点が置かれている。

 大雑把ながら摂食障害に関する文献を集めてみて、とくに医療や心理の専門誌に取り上げられている ものには、社会文化的側面に関しての考察が乏しい(考察はあってもそれが必ずしも治療に反映しない)という印象をまず受けたが、アメリカではフェミニズム の理論をも含めて、社会文化的側面に関する目配りがきいており、翻訳されたもののなかにすぐれた文献をいくつか見いだした。また、我が国でも、生野らによ る患者と家族の会、斉藤らによるセルフヘルプ・グループの実績は注目に値する。勉強するにつれて、今さら若輩である私たちが摂食障害について何か言おうと することが恥ずかしくもなってきた。しかしながら、初めに述べたような理由で、私たち自身も自分たちの問題として、これについて一度考えてみたかったので ある。

 数人の執筆者が触れているが、摂食障害の女性に治療者として関わりながらも、一方では「痩せてい る方が確かに美しい」と客観的に(と言うよりは現代文化の基準で)クライエントに価値判断を下している自分に気づいたり、私たち自身がふだん容貌にとらわ れていることに気づいてはっとする瞬間がある。女を容貌やスタイルで判断するのは、何も男に限ったことではない。この社会に生きる者として、私たち自身が 否応なく社会の価値観に取り込んでしまっていることを自覚することには、いつも痛みがつきまとう。私たちにとって、ひょっとすると、この特集の試み自体が セルフヘルプの意味を持っていたのかもしれない。

 光栄なことに、本年度はフェミニストでありユング派の分析家であるP.Y.アイゼンドラスによる 寄稿論文を掲載することができた。彼女は現在、主に摂食障害に専門的に関わっている。我が国ではまだまだ、精神療法の専門家とフェミニスト・セラピストと が相入れない状況であるが、専門性とフェミニズムが必ずしも反目しあうものではないということを知ることで、おおいに勇気づけられる。執筆者たちは、伝統 的な理論からも、フェミニズムの理論からも学ぶべきところは貪欲に学びたいと考えている。

 アイゼンドラス以外の執筆者たちは、この特集を書く準備として、何度か研究会を開き、また書いた ものについて互いにコメントしあった。家族療法を始め、馴染みのなかった治療法を学んだことはよい勉強になったが、身体摂食を伴うような治療法については 批判的である。アイゼンドラスやオーバックらのフェミニスト・セラピーについても勉強した。一回は、国立京都病院の臨床心理士で摂食障害を長年にわたって 経験してきた中村このゆさんのお話を聞いた。たくさんの症例を経験しておられること、とくに重症の摂食障害を扱ってこられたことから、外来では経験できな い事例について聞くことができた。中村さんたちは、近く摂食障害についての本を出版するそうである。

 市川と河合は現場で摂食障害のクライエントを多く抱えており、医療チームのなかの臨床心理士とし て、主として一対一の面接による治療を行っている。市川は小児科で心理療法のケースをあげて、コントロールという視点から論じている。摂食障害の子どもた ちは感受性が強く、他者の欲求や気持ちに過敏に反応し、結果として自分の欲求を抑え込んでしまういわゆる「いい子」であると言われるが、症状を通じて家族 をコントロールし、新しいあり方を探るという指摘は興味深い。年齢が低ければ低いほど、子どもを取り巻く環境、カルチャーとしての家族は大きな意味を持っ てくる。家族療法が効果をあげているのもそれゆえだが、家族というサブカルチャーにある「女の子」の意味を書換え、その力動を変えることが治療的に働くと 考えられるだろう。この場合、入院がひとつの枠組みとして機能していることにも注目したい。

 河合はそれよりも年齢がやや高めのケース、黒川内科で試みてきた「体重制限療法」を用いた外来治 療の症例を提示している。この場合の枠組みは、入院ではなく、入院を回避するための制限体重である。河合が「枠」を、この社会で女性に与えられた枠組みに 準えていることは興味深い。それが固定し融通性を失って問題が生じているわけだが、治療者とのギャングエイジ的なかかわりを通じて、与えられた枠組みを自 分なりに調整し修正していくことを学んでいく。あとは、社会のなかで自分に与えられた枠をどの程度受入れ、どの程度修正していくかという応用問題である。 この場合、ギャングエイジと言われているものは、P.Y.アイゼンドラスの言うところのピア・グループに等しいと思われるが、これもひとつのサブ・カル チャーと考えることができる。

 以上は臨床の場から見た摂食障害であったが、次は、もう少し一般的に見た摂食障害の問題を論じて いる。私たちは基本的に摂食障害を文化の病と捉えているが、ここでは、その文化を支え、また支えられている女性たちの心理に焦点を当ててみる。西は、主に 食と母娘関係について考察する。歴史的に言って、「食」と「母」が密接に結びついてきたこと、家族が役割分業をするようになって、母と娘の関係が複雑な意 味と絡みを含んでいることから、母が「娘なるもの」に囚われ、娘が「母なるもの」(食)に囚われていくさまを記述し、またどうやってそこから解放され得る かを示唆している。

 村本は主に女性と性について論じる。摂食障害は、自分の肉体や性を受け入れられないことと密接に 関係しているが、摂食障害の問題を抱えるか否かにかかわらず、一般的に言って、この社会では、女性たちが性を含む自分の体というものを受け入れることがど んなに困難であるか、一般の女性の声を拾いながら見ていく。とくに体の変化が著しく、摂食障害が起こりやすい思春期を中心に、その前後、女性たちが、現実 としてどのような心理的発達をしていくのかをたどりながら、摂食障害との関連を考えてみる。

 ここではさらに視野を広げて、文化のコンテクストに目を向ける。石原はまず、摂食障害と特別な関 わりを持たない一般女性と男性に、女性の体型についてのインタビューを試みているが、そこには、女性、男性ともに取り込んでしまっている理想の体型と現実 が二重にくっきりと浮かび上がってくる。次に、「ダイエット」という言葉や「痩身=美」という等式が人々の意識に刻み込まれていく過程を出版物の流れとと もに追っていく。スタイルのコントロールが西洋化のひとつとして我が国に取り入れられ、初めは医者たち専門家によって健康法として広められたが、80年代 になるとダイエットがファッションと一体になって、さらに大衆化していく。このような価値観を広めることに一役買った専門家やマスコミの責任が大きいこと が改めてよくわかるが、裏返せば、この社会を変えていくために専門家やマスコミは大きな力を持っており、これを生かすも殺すもひとりひとりの「意識覚醒」 次第なのだということである。文化に対する無力感、消極的現状維持の姿勢を問いなおしたいものだ。

 越智は摂食障害を文化の病として、とくに「倒錯と嗜癖」という観点から切り込む。現代文明の根底 には、一般的に「パワーへの限りない欲求」と無力無能な「内なる赤ん坊」が表裏一体となってあるが、とくに痩身がパワーと結びつく女性にあっては、これが 「受動的パワーによる完全な世界(他者)支配」という倒錯した形で表現されやすい。この場合、「保護する治療者」と「か弱い患者」という治療構造において は病理が強化されるばかりであり、むしろ患者その人こそが場を構成する重要な一員として機能する構造が必要である。摂食障害は従来の治療構造を超え、セル フヘルプ・グループ、あるいは治療者が治療者として機能しなくなるようなバラドクシカルな治療の場でこそ癒されるものであるという指摘は非常に重要であ る。市川・河合論文でも見るように、治療場面においても、治療者/クライエントという二者関係にではなく、治療者/クライエントを包む場、カルチャーとい う拡がりのある視点を持っていなければならないのである。

 本特集では、このように、摂食障害を特殊な人々の病気としてではなく、正常な人々と「陸続きにある"行動の偏異"」(越智)として、その陸自体を調べてみようとする試みであり、同時にその地質を変えるエッセンスの一滴にでもなればと不遜にも願っている。

文献

R.アイケンバウム、S.オーバック(1988)『フェミニスト・セラピー』(長田妙子、長田光展訳)新水社。
R.S.W.エメット編(1991)『神経性食思不振症と過食症』(S.W.エメット編、篠木・根岸訳)星和書店。
S.オーバック(1992)『拒食症』(鈴木二郎他訳)新曜社。
生野照子、新野三四子(1993)『拒食症・過食症とは-その背景と治療』芽ばえ社。
伊藤比呂美、斉藤学(1992)『明るく拒食、ゲンキに過食』平凡社。

『女性ライフサイクル研究』第3号(1993)掲載

1993.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
「もつれ」 女性の発達における食物、性、攻撃性

ポリー・ヤング・アイゼンドラス、Ph.D.

 食物、性、攻撃性は人間の生活の基本的な3つの側面である。人間は長期にわたって栄養を貯めてお くことはできないので、生きていくためにはしょっちゅう食べなければならない。性的な表現は、生殖の手段であると同時に、重要なコミュニケーションの手段 でもある。攻撃性というのは、私たちそれぞれが他者に対して自分自身の欲求を通そうとする手段であると私は定義している。
 北米やヨーロッパ社会では、これら人間の経験の基本的側面にそれぞれ、男性的とか女性的という特徴が割り当てられている。生まれた赤ん坊が女の子か男の 子か、解剖学的なサインが読み取られた瞬間からそういうことが起こる。食物、性、攻撃性に関して、女と男には、意味、特権、力についての異なるカテゴリー が振り当てられる。女にとって、人生を構成するこれら3つの要因はしばしばひどくもつれあっていて、自分が食物、あるいは性に飢えているのかどうかわから なくなることがある。食べている時に「自分を攻撃しているのか」それとも「栄養をつけているのか」わからなくなるし、パートナーが自分の体に要求してくる ものが性的なものなのか、それとも攻撃的なものなのかについても同様である。以下に、とくに女性の発達と関わるジェンダーについての私独自の理論を要約す るが、さしあたって、ジェンダーが、私たちの存在の基盤である体、性、自己感覚を形成していくうえで強力なカテゴリーとなることを強調しておこう。
 摂食障害を扱う臨床家の多くはいまだに、クライエントの体験のうちのジェンダーに関する側面を深刻に受けとめてはいない。そのため、治療のなかでジェン ダーについての考慮を統合することができない。フェミニストによる重要な文献(たとえば、Orbach, 1979, 1986; Chernin, 1981, 1986; Wooley & Wooley, 1979; Wolf, 1991)では、女性を外見と痩身に没頭するよう駆り立てている広範にわたる特有の社会文化的要因の検証が展開されてきたが、これらの特徴を念頭において 議論された特定の事例はほとんど聞いたことがない。それをすれば、ピア・グループ(同年齢集団)、家族あるいはコミュニティにおけるジェンダーとその発達 という見地から、クライエントの考えと行動を捉えていくことができるのだが。
 臨床家たちは摂食障害についての議論からジェンダーを排除するかもしれないが、フェミニストの学者や研究者は、無意識の問題、言い換えれば、投影や投影 的同一化といったジェンダーの意図せぬ側面について排除することがしょっちゅうである。これらが、身体イメージとセクシュアリティについての女性の関心に 影響を与えているのである。フェミニストでありユング派の分析家である私は、これらの視点を結合させることが役に立つと思っている。ここでは事例を素材に 議論するなかで、この2つの視点を使うつもりである。文脈を明らかにするために、これら2つの視点について簡単に述べておこう。
 私は、フェミニズムが市民権運動であると同時に、大人のあいだの平等で相互的な関係を促進することを目指す思考と行動の修練の場であると考えている。 フェミニズムは、女か男かということがもつ意味と影響、とくに平等で相互的な関係を妨げるようなそれに私たちの関心を集中させる。私の考えでは、女か男か の違いは、意志決定権、文化の創造、また日常生活でこれらが暗示するものの分野での力の違いの根っことなっている。
 ここでユングの分析心理学について包括的な記述をすることはできないが、簡単に述べておくと、それはカール・ユングによって創立された分析の学派であ り、(夢、症状、神話といった)イメージと象徴に現れる無意識の意味を研究するものである。普遍的なものと個人的なものの緊張に光をあてると同時に、「女 性的なるもの」「男性的なるもの」についても説明していることで有名なので、ユング心理学はジェンダーについて議論するごく自然な場所であるように思われ るかもしれない。ここ十年来、私はユング派の同僚に対して、ジェンダーに関するフェミニズム分析を持ちかけてきた。反応してくれたのは、ごく少数だった。 私たちは、女と男の「本性」には普遍的な対比があるとする独自の発想からつくられた性別理論を、そこに刻々と働いている無意識的な意味という観点から男女 の違いを点検していくモデルに書き換えようと取り組んできた。ジェンダーはあらゆる人々に分割をつくりだす。心の中でも、また対人関係でも、自己と他者を 分けてしまうのである。この分割が、しばしば自分自身の行動を説明するのに使われる他者についての恐れや空想、理想化へと結びつく。心の中のことで言え ば、ジェンダーが、投影を引き起こす要因になるのである。
 フェミニズムを摂食障害の臨床的な事柄についての精神力動的な説明とミックスさせると、ジェンダーの社会文化的意味と無意識の意味の両方に注目していく ことができる。摂食障害の無意識的、象徴的意味のいくつかに光をあてるために、ひとつの事例をあげ、補足的に他の摂食障害の女性たちの夢を示そう。それら は食物、性、攻撃性のもつれを表現する夢である。

【生きた象徴としての摂食障害】

 これらのことに言及する前に、摂食障害を女性の抑圧の生きた象徴と見ることの重要性について一般 的なことを言っておきたい。後で見るように、摂食障害の女性の夢には無力感がしみわたっている。切迫した死の宣告と無力感の表現が、精神分析の文献に出て くる摂食障害のクライエントの夢の主なテーマである。(たとえば、Levitan, 1981; Sours, 1980; Thoma, 1967)。ジャーナリストであるナオミ・ウルフ(1991)は女の体につきつけられる現代の要求を「美の神話」と呼んでいるが、私は、これらのテーマが 「美の神話」から生じる苦悩の象徴であると考えている。ウルフは次のように言う。
美の神話が物語る。「美」と呼ばれる性質が客観的、普遍的に存在するのだ。女は美を体現したがらなくてはならないし、男は美を体現する女を所有したがらな くてはならない。美の体現は、男にではなく女に強制され、それが生物学的、性的、進化論的なものであるために、このような状況が不可避の自然なものとなっ ている。つまり、強い男は戦って美しい女を手に入れ、美しい女はさらに、強い男と美しい女を産み・・・このシステムが性的選択に基づいているために、それ は避けがたく、変化しない(p.12)。
 この物語が、ある女の子や女性にとって深刻な精神病理に変わるには、特別な要因が関係しているが、北アメリカ、ヨーロッパ社会に住む多くの女性は、日常生活のなかで美が演じる避けがたい役割のいくつかの側面によって苦しめられている.
 実際、美は普遍的なものでもなければ変化しないものでもなく(それは見る者の目のなかにあるという意味で)、人類学者たちは、しばしば美しい女性よりも 攻撃的な女性の方が生殖の方略では成功するということを示してきた。そのような事実と関わりなく、私たちの社会にいる女たちはみな、美は力なりという等式 に従っている。このことは、私たちの生活に関する否定できない心理学的側面である。私がどこにいようが、誰といようが、私たちは評価の枠組みに入れられ、 女性の容貌についてのコメントに漬からされている。女も男も、顔、脚、お尻、胸の形とサイズによって女を評価するのである。他の女たちのように、私もしば しば、容貌と力の結びつきを壊すことに絶望する。私自身、自分の体が変化し年老いることで自分の容貌がどのように変わろうと「自然な流れに身を任せる」の ではなく、「外見を保とう」と努力している自分に気づく。
 ナオミ・ウルフ(1991)が言っているように、私たち女がこの20年間に築き上げてきた新しい自由と自己評価を毒する秘密の地下生命がある。彼女の言 葉で言えば、それは「自己嫌悪、肉体的な囚われ、老いることへの恐怖、支配力を失うことへの恐れといった暗い鉱脈」(p.10)である。摂食障害は美の神 話の苦痛と抑圧について私たちに語りかける。個々の女性が美は力なりの等式に関してダブル・バインドにあることを示しているのである。ある女性が自分を美 しい(ゆえに力がある)と見なしているとしても、年を取れば、どんなにすばらしい化粧と外科医の助けを得ても、それは結果的に失うことになる。その等式に 反対して、女の容貌に対する文化の基準に適応しないという意味で「なりゆきに任せる」ならば、文化の主流には、もしかしたらサブ・カルチャーにおいてさえ も自分の居場所を見つけだせないことになるだろう(いくつかの例外はあるが)。
 女は美しく、同時に自由であることはできないので(老いていく過程で美の基準が自由を制限していく)、または女は(文化の基準に合わないという意味で) 「醜く」、同時に自由であることはできないので、美は力なりという等式の結果おこってくる精神病理から逃れる道はないのである。それは古典的なダブル・バ インドなのだ。

【ジェンダーと差異】

 ジェンダー、そしてその無意識的な投影の構成要素を理解することなしに、摂食障害の症状と象徴を 理解することはできない。すべてではないが、あるフェミニスト理論家たちのように、私もセックスとジェンダーをはっきりと区別する。「性的差異」を意味す るセックスと言うとき、私は男と女の体の変えられない解剖学的、生物学的違いについて言っている。生涯を通じて、これらの違いはさまざまな形を取り、両性 間に強い憧れを生じさせる。いつでも、セックスは私たちの生殖生活、ホルモン/科学的機能の諸側面の絶対的な制限枠となる。でも、ここで私が興味を持って いるのはジェンダーの方なので、セックスの違いについてはこれ以上立ち入らないつもりである。ジェンダーと言うときは、私たちが誕生(あるいは時にはそれ 以前)からそれぞれに割り当てられ、生涯逃れられない役割と意味のカテゴリーのことを指している。「これは女か男か」を知りたいというどこにでもある欲望 が、実質的に私たちの相互関係のすべてを形づくる。つまり、すべての個人的な属性にこのレンズのフィルターがかけられる。文化、社会、家族が異なるとジェ ンダーについての意味と前提も異なるにもかかわらず、現代社会のほとんどはジェンダーが生物学に基づくものだと教えるのである。慈しみ育てることは女性的 な特性か男性的な特性か、あるいは男と女ではどちらが攻撃的に見えるかなどといったこれらの違いについての説明は、現代では生物学で語られる傾向にある。 以前は、これらの違いについて宗教的、あるいは神学的説明を受けてきたかもしれないのである(そして今もそうであることもある)。
 あらゆるところで人間社会は、「対立物」と呼ばれ、敵対させられるふたつのグループに分けられる。成長しつつある子どものなかで「ジェンダー」カテゴ リーが明確にされるには長い時間がかかる。2才の子は絵のなかの人々のセックスを言うことができるし、3才の子はふつう自分が男の子か女の子かを言うこと ができる。でも、6才か7才にならなければ、子どもたちはジェンダーが排他的で永続するものであることを理解できないのである。学童期くらいになるまで は、子どもたちは、自分たちの人生が言わば「平等につくられている」という印象をもっている。髪、服、名前が変化するだけで違う性になれると考えるような のだ。学童期になると、子どもたちはついに「悟る」、つまり自分が永久にひとつの集団にとどまることを知るのである。この認識は、心理学者ローレンス・ コールバーグとその同僚(たとえばRuble, 1983をみよ)の研究に続く調査で「ジェンダーの恒常性」とうまく呼ばれている。
 私たちはみな決して他の人にはなれないのだという結論に達すると、他者に不安をもったり他者を羨望や理想化し始める。ふつう、それは同性の友人やメディ アから得るステレオタイプと空想に基づいている。6才か7才の頃から子どもたちは、自分と同性のピア・グループに強烈な興味をもつようになる。子どもたち は自分について、他者について知りたいのである。心理学者エレアノア・マコービ(1990)は、ここ25年間の両性間の違いに関する調査を概観して報告し た。それによると、実際の能力、様式、態度には性の違いはほとんどないのに、私たちは、そこに重要な違いがあると信じる傾向がある。新しい世代の子どもた ちはそれぞれ、女の子と男の子で違いがあるという信念に反応して、互いを(そして、どんなにそれに抵抗する「解放された」両親をも)社会化するのである。 違いがあるという信念は、家で、遊び場で、学校で、メディアでと四六時中私たちのまわりにある。思春期はジェンダーの社会化にとって決定的な時期であり、 生涯のうちでもっともジェンダー役割が固定される唯一の時期である。
 ジェンダーという線に沿って自己と他者が分割させられることは、いつでもはっきりと、あるいは曖昧な仕方で私たちに影響を及ぼす。ある属性が自己から排 除され、他者へと投影されるのである。女も男も学校で、遊び場で互いに出会うとき、これらの違いに効力を「強制し」、同性から学んできた恐れと空想を遊び で表現しようとする。私たちの社会では、女は判断を下すための権威を男と男性優位の制度(ほとんどがそうであるが)に投影する傾向がある。私たちの多く が、特定の力ある男性は知識も知性も、文化的、経済的資源をも備え、それらを私たちにいいように与えてくれるのだという前提で大きくなる。女たちはしばし ば、容貌や振る舞いの基準は周囲の男性によってもたらされるものだと想像する。つまり、彼が望むから私はこう見えなくちゃならないんだとか、こうしなけれ ば彼がやっていけないから私はこれらの仕事をしなくちゃいけないんだと考えるのである。図らずも、基準を決める権威が女性自身から排除されているのであ る。

【有能な女性アンジェラの事例】

 すでに述べたように、美の神話はダブル・バインドであるから、自分の容貌の基準を男が決めてくれ ると女が想像するのに何の不思議もない。容貌の問題を処理したり、「うまくやる」ことはできないので、女性は心休まることがない。基本的にダブル・バイン ドは心が休まらないことを意味している。生物学者であり哲学者であるグレゴリー・ベイトソンとその同僚の研究から、ダブル・バインドが人々を狂わせるとい うことがわかっている。私が『女の権威-心理療法で女の力を強くする』(1987)を書いたとき、何百という女性たちの夢や臨床上の素材に見られるもうひ とつのダブル・バインドを発見した。私はそれを「女の権威のダブル・バインド」と名づけた。女性が自分の権威をいかに処理しようが、つまり、率直にそれを 要求し主張しようが、あるいはそれを放棄して他者の手に委ねようが、決まって、その扱い方は根本的に間違っている、たぶん病的なのだとまで言われることに なる。社会学者ブローバーマン、フォーゲルマンらによってなされて今では有名な研究(1972)によれば、このダブル・バインドは一般大衆や心理学者の幅 広い経験的研究に見られると報告されている。ベイトソンと彼の研究を引き続き行っている人々の言うことから、ダブル・バインドを扱うにはたったひとつの方 法しかないことがわかっている。それは、そのダブル・バインドの外へと完全に踏み出さなければならないということである。これをするためには、まずそれに 気づかなければならない。そのダブル・バインド性質を明らかにしなければならないのである。女たちは一生懸命頑張りさえすれば力を手にすることができると 信じるよう励まされるために、美の神話のダブル・バインドと女の権威のダブル・バインドは今もってうまく秘密にされたままである。
 私は、私たちを陥れるダブル・バインドを暴露し、「うまくやる」ことなんてできないのだと主張したい。男性優位の社会に住む女たちは、満足と自尊心に 真っ直ぐ辿り着くことはできない。このことを認めれば、自分が行ってきた選択に自信と成功を感じやすくなる。
 アンジェラは42才のクライエントで、摂食障害者のための住居施設に住んでいる。彼女は「うまくやる」ために非常に一生懸命やってきた。エクササイズ、 食事制限、嘔吐、魅力的な外見を保とうとすること。アンジェラも私たちの多くと同様、容貌を通じて個人的な力の感覚を維持しようとしている。彼女はまた暖 かく、配慮が行き届き、才能に満ちており、新しい夫とのコミュニケーションを改善したいと思っている。彼女は摂食障害の女性たちの無料のセルフ・ヘルプ・ グループを運営している。これまで、過食の治療を受けるために専門のセンターにも通ってきた。最近彼女は、娘をカウンセリングに連れて行き、その後自分も 心理療法を続けている。過去には別の治療も受けていた。彼女は才能に満ちた女性である。
 これらのことに加えて、アンジェラは、キャッシャー、配膳の付添人としてフルタイムで働いていて、多くの義務と責任を持っている。病気やその他の理由で 仕事を休むことはほとんどない。彼女には家にいる20才の娘、21才の娘、17才の息子、脳性麻痺の養子、新しい義理の息子がいる。アンジェラは多くの役 割をこなすよう一生懸命やってきた。
 フェミニズムの観点に立って、力の文脈で彼女の困難を理解するために、まず「コンピテンス・モデル」を通じてアンジェラを見てみよう。精神病理、精神力 動、症状に関する多くの伝統的見解は、何かが間違っており何かが足りないかでクライエントを見ていくことで、私たちのクライエントの「欠陥」を強化する。 欠陥を探すやり方でいくと、アンジェラの事例史、とくに小さい頃の家族歴の外傷体験を読んで、「彼女の人生は混乱しており、いつもそうだった。いったい救 いようがあるだろうか」ということになるだろう。
 欠陥を探す方向づけでは、女の権威のダブル・バインドが強化される。女性クライエントは、もしこれやあれが間違っていたら、うまくやれていたのにと結論 するだろう。欠陥を探すようなやりかたで事例を調べていくと、女性たちは、両親、しばしばとくに母親が悪いのだという結論に至る。両親がそんなにも「無 能」でなければ、物事はもっとうまくいっていたのにと考える。心理学者キャロル・タブリス(1992)が新しい本『女についての間違った基準』のなかで非 常に力強く描いているように、欠陥を探すやり方では、女は男に基づく基準で自分の人生や体を測る。これらのモデルは暗に、いつだって誰もがうまくやること ができるということを前提にしているのである。
 「コンピテンス・モデル」はクライエントの弱さやストレスを見過ごすことはしないが、同時に力を重視する。『女の権威』で示したモデルでは、コンピテン スは自分で認知している力だと定義した。コンピテンスとは力を主張し、自分や環境のなかにある資源としてそれを見なす能力である。アンジェラは責任感や内 省力(たとえば彼女は繰り返し、生まれてからこのかた感情を「いっぱい詰め込んできた」と言ってきた)など、たくさんの力を持っているにもかかわらず、た ぶん治療の初期にはほとんどコンピテンスを持たなかった。住み込みのセンターでの個人セラピー、グループ・セラピーを行った治療の終わり頃には、アンジェ ラは次のことをはっきりと自分のなかに認めたのである。それは、自分についての知識、人のことを配慮する能力、計画をたてたり組織化する技能、責任をとる ことである。これらのコンピテンスは、いつか自分が依存症のカウンセラーになるという目標に到達できるという信念を強めた。コンピテンス、つまり自分の力 を認めることは、しばしば中年女性の個性化へと通じる。
 アンジェラの弱さについてはどうだろう? 弱さとは、コンピテンスを妨げる長期にわたる状況である。自己評価の低さ、主導権を握ることへの恐れ、無力感 との同一化、自分の女性性についての否定的レッテル貼り(たとえば操作的だとか依存的だとか、不安が強いなど)が、アンジェラの弱さの例であるが、これら は多くの女性に共通するものである。加えて、アンジェラは自分自身や自分の体を嫌悪し、自分には何の価値もないから自分には楽しむ権利がないと考える傾向 があるという点が、もっと深刻な問題だった。彼女が自分の人となりを受け入れ、ダブル・バインドが自分に及ぼしている影響と、自分が自分の人生にもたらし ているコンピテンスを受け入れられるよう、十分内面に取り組まなければ、自己嫌悪をコントロールするために彼女は食物、エクササイズ、嘔吐を利用し続ける だろう。
 コンピテンスを調べる三番目のカテゴリーはストレス、つまりさしあたって特別な順応を要求する決定要因である。(外見上は)最後の1年に、アンジェラは 家を失い、ようやく信頼し始めた男に捨てられた(その1年前には二番目の夫にも捨てられていた)。そして三番目の男と結婚し、子どもたちを養子に出し、彼 とその息子の元へ引っ越した。彼女の母親は肉体的に弱って腎臓が機能しなくなり死が予想された。このようにたくさんのストレスがあると、誰でも、物事に対 処する能力が弱まり、徹底的な危機が訪れる。当然のように、アンジェラは月経周期に関係ない出血があったりした。これはしばしば閉経期の女性ではストレス のサインである。
 アンジェラの場合、注目すべきことは、彼女が治療によく反応し、過剰なエクササイズと嘔吐をやめたことである。彼女は希望をつなぎながら困難に満ちた人 生に戻ったのだった。彼女の妹アイリスは34才だったが、生き続けることができず、ピストル自殺をした。この観点からアンジェラを見ると、彼女の精神病理 が仄めかされると同時に、個性化の可能性を見ることができる。アンジェラが自分のことを他者から愛されたり賞賛されるに値する統合された有能な女性である と見ることができるとき、ストレスが強く援助が受けにくい状態であっても、女であることと結びつく弱さの多くを補うことができるだろう。そうでなければ、 彼女は、自己嫌悪をコントロールするために、食物、エクササイズ、自己飢餓を再び利用するようになる。
 アンジェラは子ども時代のトラウマ(心の傷)と貧困から精神病になる危険性があった。貧困で家族の人数が多い状態で大きくなった子どもの多くは、物質 的、教育的資源を欠くことと即結びつく性的虐待、身体的虐待に曝されている。私たちが(症状のみでなく)、逆境で育つ人々のパーソナリティにできてくる 「ストレスをはねかえす要因」や「防御要因」に注意を向ければ、コンピテンスがいかにストレスと弱さの埋め合わせをしているかがわかる。アンジェラの成育 史と治療から、私は、ひどい逆境にもかかわらずしっかりと生きている強い人々の話を思い出した。アンジェラはいつでも有能に直面してきたわけではなかった が、しばしばそうしてきたのである。

【食物、性、攻撃性】

 ナオミ・ウルフが「ウェイト・コントロール崇拝」と呼ぶものは、女性の食べる量や体重を命じる権 威主義的構造への恐ろしいほど広範に見られる献身である。これが私たちの社会の女性のジェンダー・アイデンティティの一側面になっていることは、誰も無視 することができない。とくに思春期(どんどん年齢は下がっているが)、女の子たちはメディアや他の文化的影響によって、男の子たちに「受け入れられる」よ う自らを社会化する。この「受け入れられる」ということは、文化的な基準や、男の子が望んでいると女の子が想像するものを投影したものに基づいている。人 生半ばまで、女たちは、どのくらいの体重がふさわしいか、どのくらい食べたらいいかに気をとらわれるあまり、基本的な本能である食物に楽しみを見いだすこ とがほとんどできない。
 容貌の基準に従うことは、しばしば、自分たちの権威を他者、とくに男に投影することで保たれる。心理学的に言えば、これは自分自身の身体イメージに責任 を持つことに対する防衛である。でも、女たちは実際身体イメージや健康や美を自由にコントロールできるだろうか。否、ダブル・バインドゆえに、文化の基準 に「従え」ば貶され、従わなくても貶されることになる。
 加えて、私たちはみな男による女のイメージの洪水に襲われている。歴史的には美術や文学で、今はあらゆる種類の大衆メディアで。現代の新聞、雑誌の広 告、テレビ、その他のメディアに溢れる女性の体のイメージの渦を考えるがいい。かつては、女たちも、商品を売り空想を引き起こすために利用される女の体の 写真にいつもいつも曝されていたわけではなかった。写真革命以前、ほとんどの女性は女の体のイメージを見せつけられることは滅多になかったのである。とこ ろが今、私たちはみな、いつもイメージに溺れかけている状態である。
 8百万のアメリカ女性が、ウェイト・ウォッチャーズ(体重監視)に登録している。アメリカでは毎週毎週1万2千ものクラスが開かれ、痩身というジェン ダーの意味を広め、強化している(ウルフからの引用、1991、p.125)。女も男も入り混じった家族、学校、職場にいたるまでどこでも、女の外見はし ばしば達成と責任に先立っているので、私たちの多くは痩せたいという欲求から逃れることができないと感じている。女子校とか女性グループのような同性同士 の場ですら、痩せていることは能力や支配感と結びつけられることが非常に多い。
 アンジェラが食物を取ることができないのは、女性が食べる楽しみを自分に禁じているという広く見られる傾向を誇張したものである。食物を取ることは、楽 しい経験から喜びを引き出す能力と、嫌なことにも効果的に直面できるという能力を含んでいる。強い自己批判能力がありながら無力感を感じることが摂食障害 の女性に見られる(Brink & Allan, 1992, p.289)。これらの感情は次のような夢に表れている。これは摂食障害の若い女性の夢である。
私には赤ちゃんがいて、いつもそのことを忘れてしまう。赤ちゃんを外に置いてけぼりにして風邪をひかせてしまう。また赤ちゃんのことを忘れてしまったの で、ある時もうだめだと罪悪感を感じる。ママとパパに会ったら、彼らが赤ちゃんの世話をするのを手伝いたがっていたことを思い出す。とっても罪深く、赤 ちゃんのために悲しい気持ちになる。私はとても赤ちゃんを愛したい気持ちになるが、どうしてもうまくいかない。(Brink & Allan, p.290)
赤ん坊を忘れてしまうという夢を見た摂食障害の女性は彼女以外にいないが、夢のなかで赤ん坊の世話をしたり、忘れたことを償う方法を見つける夢はよくあ る。どの人も、自分に安全や不安を与え、自分を養うことを回避することを感じさせる傾向にある世話人との早期の関係パターンを内在化してしまっている。と 言っても、女性たちは、自由に食べたり、食欲と感情に基づいて食べ物を楽しむということに関して、尋常でない困難な環境に直面している。
痩身にたいする文化の規準がもっとも先鋭に感じられるのは、硬直した性的ステレオタイプが男性集団、女性集団を支配する思春期である。私たちの多くは思春 期の基準を永久に持ち続けるので、この発達期間は摂食障害の女性を治療するさいに徹底的に理解される必要がある。思春期はまた、食物と性のもつれが、セク シーでありたいという感情と痩身を混同し始める時期でもある。
異性愛の女性の最近の経験では一般に、性的歓びの女性本来の能力(たとえば複数のオーガズムやクリトリス・オーガズムの得やすさなど)が反映されていな い。専門家によるものでも、大衆的なものでもほとんどの調査で、異性愛の女性は性的欲望の低さ、しばしば喜びの低さが報告されている(Young- Eisendrath, 1993, pp.374-75)。
思春期の女の子たちは自分自身の欲望や歓びからでなく、自分たちがいかに「欲望の対象」にならなければいけないかという点から、性に導き入れられる。それ 以前になされていなければこの時点で、痩身が定式の主な構成要素となる。コントロールの感覚が男の欲望の対象になることに組み込まれる。つまり、食事をコ ントロールすれば、私は力を持ち、性的であることができるのだ。ここで「性的である」という定式は、自分の歓びを選び、感じ、遂行する、自分自身の欲望の 主体であることとは関係がない。ウルフ(1991)は、とくに広告、テレビ、映画が女性のセクシュアリティに及ぼす影響について強調する。彼女によれば、
女の子たちは男の子といっしょになって、自分の性を見張ることを学ぶ。そのため、本来ならば、自分が欲するものを探したり、それについて読んだり書いたり したり、求めて得ることに費やすべき空間がなくなってしまう。性は美の人質となり、女の子たちの心の奥に早くから身代金という言葉が刻み込まれる。 (p.157)
 自分自身の性的歓びを学んでいないから、私たちは、パートナーに教えることができない。女性のセクシュアリティについて男性の視点から(女性の視点から はほとんどまったくと言っていいほどない)あまりにもたくさんのイメージを受け取りすぎて、たいていの女性はいかにしたら性的な歓びを得られるかではな く、いかにしたらセクシーに「見えるか」だけを知っている。社会化の結果、私たちのほとんどがスマートな外見と性的な感情を混同している。
 アンジェラの個人史は女性のセクシュアリティと摂食障害との結びつきの他の部分を補ってくれる。それは、女の子、女性に対するセクシュアル・アビューズ と暴力の問題である。暴力や虐待は、男が女にするものであり、しばしば圧倒的と思われるほどひどいものである。現在、3人に1人の成人女性が子ども時代に 性的な虐待を受けたと報告されているのに対し、男性は9人に1人である。男女ともにこれらの虐待を加えているのはほとんど大部分(どこでも85%~98% と報告されている)が男性によるものである。身近な家族が女性を虐待する傾向が強いのに対して、見知らぬ者が男性を虐待することが多いようである (Young-Eisendrath, 1993, pp.375-76)。
 アメリカ女性の25~45%がレイプ、もしくはレイプ未遂の状況を生きのびてきた(Beneke, 1982)。大衆的な異性愛のイメージではセックスと攻撃性が混ぜ合わされ、今やMTVからニューヨーク・タイムズの広告にいたるまで、女性に対する暴力 が「セクシー」だとか、女性を支配しようと思えば、セックスと暴力をミックスしなければならないのだと若い人々を説得している。
 多くの摂食障害の女性たちは、アンジェラのように、暴力や虐待に体を支配された経験を持っている。しかも、しばしば保護してくれるはずの世話人の男によってなのである。ここにあるのは、アノレクシアの女性が過食の時期に見た夢である。
父が私を抱き倒す・・・私たちは実際にセックスをしている・・・私は目隠しされているが、目隠しがずり落ちる・・・確かに父である・・・私は暴れ叫ぶ・・・ついに目が覚める。(Brink & Allan, p.79)。
 悪魔のような強姦魔、殺人として現れる性的に支配する男のイメージは、摂食障害の女性にも治療で出会う他の女性にもすべてにあまりにありふれている。夢 は性的歓びに関して多くの女性が感じている、圧倒され、目隠しされているという感情的テーマを描写している。
 食物、性、攻撃性の複雑なもつれは、信頼と歓びに多くの制限を加える。ここにアノレクシアの女性の夢がある。彼女は危機的なほど体重減少し、治療を拒ん でいた。彼女の夢は、決して得られない性的歓びと無力な怒りに、美の神話が手の尽しようがないほどにもつれていることを表現している。
姉と私はショッピング・センターにいる・・・化粧品のカウンターに商品を並べている女性がいる。私たちは彼女に情報を求め、彼女はわかりにくい説明をす る。突然、大きな腫れ物が彼女の首にできる。それは息をしているように見える。彼女の首が裂け、彼女は倒れる。大きな黒い蛙が傷の中に座っている。獰猛な 爪である。その女性は今にも死にそうだが、誰も彼女を助けようがない(傍点著者)。蛙は後ろを向き、彼女ののどから胸の中へともぐり込む。(Brink & Allan, 1992, p.287)
 食物と性に歓びをほとんど感じられない女性に頻繁に見られる症状は、自分に向けられた怒りの凶暴さと不吉な感じである。怒りと不吉さは早期の家庭環境の 産物であるばかりではない。女性の体を脅かす文化の状況をも物語っている。それは、女性の容貌に内在化され投影された基準の状態であり、女の子や女性に加 えられる暴力の状態であり、結果的に女たちの自己評価を下げ自己嫌悪に陥らせて、さまざまな形の精神病に陥れる危険さえあるものである。
 どの発達段階でも女に対する男の暴力、攻撃性は、情け容赦なく女の攻撃性を伴う問題へと結びつく。多くの女性は、自分の欲求を勝ち取ったり、自己主張し たりすることに絶望し、混乱している。とくに、本来なら自分を愛してくれるはずの男から肉体的、情緒的に虐待を受けてきた場合はそうである。
 摂食障害についてのユング派、その他の精神力動分析では、伝統的にジェンダーへの気づきを排除し、その代わりいわゆる「母子関係の失敗」に焦点を当て る。母親を責めることは、今もなお精神分析のもっとも有害な副産物のひとつである。とくに摂食障害に関して言えば、父権制における女性の体についてのより 広い理解なしに、(現実的か象徴的かを問わず、どんな形であれ)母親に焦点を当てることは、臨床家をも大衆をもひどく惑わせることになる。北米、その他の 西洋社会のあらゆる女性の人生にあるダブル・バインド、食物と性と攻撃性のもつれを認識するのでなければ、愛着パターンから自己を点検する家族システム論 や関係モデルでさえ不完全で、効果のないものになるだろう。

【おわりに】

 美の神話と女の権威にまつわるダブル・バインドを認めることで私たちは解放され、北欧の女たち は、女だって健康な体のイメージ、健康な食生活、高い自己評価をまっすぐに伸ばしてよいのだと信じることができるようになる。女性が自分の食欲と歓びにつ いて学ぶことに信頼と自由を厳しく制限するような危険もトラウマもある。しかし、これらのダブル・バインドを明らかにすることで、私たちは、男のように発 達できないことで女を(そして母親を)責めるのをやめることができる。女性の発達についてのこれらの問題にははっきりした健康の基準がないため、治療者 は、アンジェラのような女性を取り巻くダブル・バインドに気づいておく必要がある。治療的な査定をする時に、特定の女性クライエントの治療の欲求を理解す るダブル・バインドとコンピテンスの両要因を含めなければならない。
 自分の個人的な福祉を危険に曝すような食習慣を持つ女性たちの生活に介入するとき、私たちはいつも次のことに気づく。夢と症状における彼女たちの象徴的 表現は、私たちが女性の体を支配している文化的、社会的状況を変えるために行動しなければ、無力なまま不屈な運命にまもなく襲われるであろうということを 私たちすべてに語っているのだと。私たちが不自由な基準と美は力なりという間違った前提から女性の体を解放するまでは、女でも男でも、食物、性、攻撃性と の関係を癒すことはできないだろう。

〔注釈〕

2頁 クライエントの考えや行動の文脈を彼女のピア・グループでのジェンダーとその発達という観点 から捉えることは、違った集団では違った身体イメージの理想が作られるのだということを認識することである。摂食障害がもっともおこりやすいのは、産業社 会で上層部にある社会経済集団であると報告されている。私たちの社会では、ほとんどの摂食障害女性が白人である。アフリカ系アメリカ人についての研究で、 白人社会に同化していればいるほど摂食障害の問題を持ちやすくなることがわかっている。摂食障害を持つ全人口の5~10%だけが男性であるが、この問題で 治療を求めた男の50%以上が同性愛であった。これらの統計は、エリン・カシャック(1992)の『危険に曝された命-女性の経験についての新しい心理 学』(Basic Books)からとった。「食事」の章を参照のこと。

文献

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Young-Eisendrath, P. (1993). You're not what I expected: Learning to love the opposite sex. New York: William Morrow.

(以上、村本邦子訳)

『女性ライフサイクル研究』第3号(1993)掲載

1992.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
チャイルド・セクシャル・アビューズとは何か?

村本邦子(女性ライフサイクル研究所

1 はじめに

 チャイルド・セクシャル・アビューズは、我が国では一般に「児童性的虐待」と訳され、社会福祉に 関わる現場や医療、法律関係者のあいだでは、「親やそれに代わる保護者によって子どもに非偶発的に加えられる」性的虐待のことを指している。つまり、身体 的虐待、養育の怠慢・拒否、心理的虐待と並ぶ「児童虐待」の一型である。しかしながら、上に挙げた専門家以外の人々のあいだでは、一般に通り魔のような異 常者による性的逸脱行為を伴う犯罪が連想される傾向がある。近親姦が話題にされると「まさかそんなこと、よっぽど異常な家庭ではごく稀にあるのかもしれな いけれど、普通の家庭ではあり得ないわ。性的虐待って、家庭内の問題じゃなく、関わりたくもないような変質者に不幸にして捕まってしまった時に起こる災難 みたいなものじゃないの。」というのが、ごく普通の人の反応である。どちらにしても近親姦もしくは異常者の犯行という特殊な問題として理解されているため に、この問題は一般の関心から外れてしまい、その限り、これは社会問題になり得ないし、その本質は見逃されることになる。そこでこの特集ではまず、チャイ ルド・セクシャル・アビューズの定義に戻り、家庭内での性的虐待という専門家の理解と、家庭外での変質者の犯行という一般の理解に二分割された問題が実は つながっており、この二分割のあいだに数知れないたくさんの性的虐待が闇に葬られ無視されているということ、これが特殊な領域の問題ではなく、もっと身近 で普遍的な問題であり、一刻も早く社会問題として捉えられる必要があるということを論じていきたい。
 本章の論点はふたつある。まず第一は、チャイルド・アビューズ一般の問題、そしてその下位概念としてのチャイルド・セクシャル・アビューズの問題、第二 にチャイルド・アビューズの一型に限定していては論じきれないチャイルド・セクシャル・アビューズのセクシャル・アビューズとしての一面についてである。
 なお、筆者はチャイルド・セクシャル・アビューズという片仮名を用いているが、これは、「児童性的虐待」という言葉からすでに連想される以上のような先 入観を取り敢えず置き、まずはこの概念が(日本の文化の)外から入ってきたというところから新しく考え直して欲しいと思うからである。

2 チャイルド・アビューズ(児童虐待)一般について

(1) チャイルド・アビューズという概念の歴史

そもそも児童虐待という概念が注目されるようになったのは、1874年にアメリカで起きたメリー・ エレン事件がきっかけだったとされている。ニューヨークに住んでいたメリーは継親に殴られ、飢え死にしそうになっているところを発見された。しかし、当時 は虐待された子どもを保護する法律がなかった。そこで市民は動物虐待防止協会を説得し、彼女を広義の「動物」として、少なくとも犬や馬に与えられるのと同 じ保護を受ける資格はあるとした。これをきっかけに児童虐待防止や保護のための団体がつくられることになった。この事件が社会問題として大きく取り上げら れたということは、似たようなケースが表沙汰にならないまでも多く存在していたことを示すと同時に、虐待という概念を人々が受け入れられるだけの基盤が出 来つつあったということを示している。
虐待という概念は人権という概念とワンセットである。人間の権利が人間の普遍的な権利として主張され、宣言されたフランス革命は、今から200年前のこと であるが、この人権という概念の背後にはギリシャ時代からすでにテーマとなっていた平等という概念がある。アンティフォンは、「自然によれば、万人は平等 である。野蛮人もギリシャ人も。なぜなら、誰もが口と鼻で呼吸し、手で喰うからである」と言った。カルビン派は宗教革命で「神の前には、主人も奴隷も、男 性も女性もみな平等である」と説き、トマス・ペインは人権の根拠を「それは人間が人間であるという、その自覚の中にあるのだ」とした。したがって、人類の 歴史が人権という概念を徐々に形づくっていったというよりは、むしろ人権という概念は早くからあって、「人」に含まれる人々が徐々に増えていったと言う方 が適切であるが、子どもの人権について言われるようになるためには、「子ども」という概念ができるのを待たねばならなかった。
アリエスによれば、「子ども」が発見されたのは17世紀である。それ以前はあまりにも多くの子どもたちが死んだり、殺されたりしていたせいで、子どもは一 種の匿名状態にあったというのだ。モリエールは「小さい者は数のうちに入らない」と言い、モンテーニュは「精神の作用も、それと認めうる身体の形も、子ど もたちにはみられない」と言ったし、パスカルは「子どもは人間ではない」と言いきった。このように理解される子どもは「人」のうちに入らない。子どもの人 権について考えられるようになったのは、やはり、ルソーの『エミール』からであろう。しかし、ルソーの念頭にあったのは男の子のみであった。アリエスも指 摘するように、子どもの概念はまず少年のためのものとして覚醒され、他方少女たちはさらに長期にわたり伝統的な生活様式のうちにとどまり、遅れをとること になった。フランス革命が女性を多く動員しながら、結果的には女性の人権を置き忘れたように。
このように「子どもの人権」という考え方は、比較的新しいものであり、これを理解するためには、ある面で、一定程度の意識のレベルが必要であり、社会の成 熟が不可欠なのである。我が国でもつい最近まで行われてきた間引きや人身売買、中国のてんそく、アフリカの方で現在も行われている女子割礼(男子の割礼と 違い、女子の場合はクリトリス切除である。この風習は世界各地に見られ、フランスでも18世紀まで行われていたという)などについては、現在の我々から見 れば虐待であっても、その社会では決して虐待とは捉えられない。我が国でも「子どもの権利条約」の批准が言われているが、いまだに批准していないことは、 我が国の社会がこの一定程度の意識のレベルにまだ達していないということを示しているのである。
アメリカでは、このように人々の意識が徐々に高まると同時に、医学の進歩によって虐待児の外傷をX線で診断できるようになったことが大きな影響を与えた。 初めて小児のX線撮影が行われたのは1906年であり、1946年にキャフィー(J. Caffey)が虐待された子の硬膜下出血と長骨のX線上の変化を報告した。池田由子によれば、1960年前後に児童虐待の第一次キャンペーンが展開さ れ、被虐待児のレントゲン写真を示すテレビ番組が何回か放映され、小児病院の医師の談話もよく紙上に登場していたが、当時は専門家も一般の人も「まさかそ んなことが!」というような反応だったという。このように、最初にチャイルド・アビューズを発見し問題視したのは、原因不明の外傷の治療という形で虐待児 に関わった小児科医たちだった。この時点でチャイルド・アビューズは、ケムペ(C. Kempe)の提唱により「殴打された子症候群(battered child syndrome)という医学用語に代表されていた。
こうして虐待が特殊なケースではなく、大きな社会問題なのだと認識され、人々の意識が高まると、チャイルド・アビューズは決して目に見える外傷を残すもの に限られないことが理解されるようになり、身体的虐待だけでなく性的虐待をも含むようになり(性的虐待が問題にされるようになったのも、初めは性器の外傷 や妊娠という目に見える被害からだと推測されるが)、さらに心理的虐待、そして積極的に虐待するわけでなくても養育を差し控えるという形での消極的行為を も「保護の怠慢ないし拒否(ネグレクト)」として虐待と見なすようになった。これが我が国にも導入され、1973年厚生省による児童虐待に関する全国調査 が行われることになるが、その時、虐待とは「暴行など身体的危害、長時間の絶食、拘禁など、生命に危険を及ぼすような行為がなされたと判断されたもの」と 定義され、遺棄とは「いわゆる捨て子として受理したもの。病院、施設、駅構内に置いたまま、実父母等が行方不明になったもので、親族に置き去ったものを除 く」とされた。つまり生死に関わるほどの身体的虐待とネグレクトに限定されたのである。すでに述べたように、虐待という概念を理解するためには、一定程度 の意識のレベルが必要である。この時点で、我が国のレベルは虐待が発見され始めた頃のアメリカのレベルと等しい。

(2) これまでのチャイルド・アビューズ理解の問題点

 1974年にアメリカで交付された「児童虐待の予防と治療に関する法令(Child Abuse Prevention Act)」での定義は、「18歳以下の子どもに対し、その子の福祉に責任のある人間が、身体的傷害や精神的傷害を加えたり、性的暴行をしたり、保護を怠っ たり、残酷な行為をして、子どもの健康や福祉を脅かし、あるいは損なうことをいう」だった。ところが、我が国で1983年に実施された児童虐待調査研究会 の全国調査では、「親、または、親に代わる保護者により、非偶発的に(単なる事故ではない、故意を含む)、児童に加えられた、次の行為をいう。云々」と定 義されたのである。ここに問題を見るかどうかは、「その子の福祉に責任のある人間」の部分の解釈の問題と言えるだろう。我が国では懲戒権という権利を保証 することで親権者は一般人と異なる特別な地位が与えられている。また、虐待を知った人に通報義務はあってもこの義務を怠った時の罰則はない。つまり、我が 国においては、「その子の福祉に責任のある人間」と「親、または、親に代わる保護者」とはほとんど同じものだと理解されており、そうであるがゆえに、法は 家庭に入らずと言われる。池田由子も親の性的虐待(近親姦)が刑法上の罪に問われず、それがもっぱら道徳の範疇に納められていることを指摘しているが、果 たしてこれは正しい解釈だろうか。筆者は、このように読み取るところに日本人のあり方が表現されているように思えてならない。特定の子どもに対して「親、 または、親に代わる保護者」が一般人より思い責任を荷うのは当然であろう。ところで、見ず知らずの子どもが目の前で溺れかかっている時、その子を助けるた めに何もせずただ見ていたとすれば、その人に罪はないだろうか。それも道徳の範疇に納めるべきというのであれば、もはや法は不用だろう。筆者の言いたいこ とは、何の関わりもない子どもであっても、大人は子どもの福祉に責任があり、少なくとも目の前にいる、あるいは身近にいる子どもに対して、その責任を果た す義務があるのだということである。ところが日本人の性質として、よその子には遠慮して介入しないという傾向がある。まず、それを明確にした上で、筆者は 通報義務に罰則が必要であると考える(ただし、アメリカのように誤報であった場合の免責規定も必要だろう)し、虐待を「親、または、親に代わる保護者」に 規定する必要はないと考える。行きずりの子どもを殴ったら、それはチャイルド・アビューズであり、行きずりの子どもに性的暴行を加えたら、それもチャイル ド・アビューズである。
 もちろん、「親、または、親に代わる保護者」のケースをその他のケースと区別して対処しなければならないことは言うまでもない。この場合、虐待という事 態に加えて、子どもが育つ権利をも侵害するという二重の被害が含まれているからである。子どもは家庭で世話され愛情を注がれることによって身体的にも精神 的にも成長する存在であり、その基本的要素が満たされないことは、致命的である。行きずりの虐待は家庭という癒しの場を持つが、家庭内の虐待はどこにも逃 げ場を持たない。このように緊迫した問題として、家庭内のチャイルド・アビューズが真先に問題になったことは理解できるが、しかし、チャイルド・アビュー ズというからには、それを家庭内に規定するのでなく、家庭内の虐待に関してはまた特別のカテゴリーを設けて理解するのが適切であると提唱したい。この定義 にこだわるのは、すでに述べたように、ことセクシャル・アビューズに関して言えば、加害者は「親、または、親に代わる保護者」によることもあるし、それ以 外の場合も多いからである。ここで定義を明確にして統一しなければ、今後どれだけ念入りに調査が行われても笊の目であろう(アメリカでは、さきほど紹介し た「児童虐待の予防と治療に関する法令」が規定されて、虐待の報告が5倍に増えたという)。
 なお、日本では一般にCAPAの定義が「18歳以下」と訳されているが、原語は"under the age of eighteen"であり、「18歳未満」の誤訳ではないかと思われる。「18歳以下」であろうと「18歳未満」であろうと基本的にかわりはないわけだ が、今後外国のデータと比較調査する際に統一されている必要はあるだろう。今後「子どもの権利条約」に批准するものと期待するならば、「子ども」の定義と して他の項目とも統一される方が良いのではないかと考えられる。

3 セクシャル・アビューズ(性的虐待)としての一面

 これまでのチャイルド・セクシャル・アビューズ理解の問題点は、それがこのようにチャイルド・ア ビューズの下位概念として「家庭内」に限定された点だったが、それに加えて、チャイルド・セクシャル・アビューズはチャイルド・アビューズであると同時に セクシャル・アビューズでもあるという点が見逃されてきた。セクシャル・アビューズという点からこの問題を語るならば、そこにはレイプやセクシャル・ハラ スメントといった性暴力と共通するものがある。イタリアの「性暴力法」の原案では、第一条で「性暴力とは、女性の合意を得ない行為をいう」とされ、アメリ カ、ウィスコンシン州の「性暴行法」では暴行とは相手の意思に反した行為だとされているとのことであるが、主として男が女をその物理的力、社会的力などを 利用してほしいままにするということである。
 アビューズ(abuse)とは本来「力の誤用、権力の濫用」の意味であり、力関係で上にある者が下にある者に対してその権力を誤用したり乱用したりする ことを示す。内藤和美(1991、p.43)は、それをふまえて、性的虐待は「構造的な力関係のもとでの、力をもつ者からもたない者への性的強制力の行 使」と定義し直すことができるのではないかと示唆している。この場合、「構造的な」とは、個人の力では容易に変更できない一定のパターンとして社会に存在 するということであり、男と女、大人と子ども、富裕な者と貧しい者など様々な組み合わせが考えられ、それは偶然そうであるという関係の中で行使される力に はない社会的後押しがあり、当たり前のこととして正当化される危険を孕んでいるという。たとえば、女よりも男の方が権力を持ちやすく、性行為に関して、男 の方が攻撃的であるよう後押しがなされている社会である以上、男と女の性には構造的な力関係があると言える。
 このようにフェミニズムの視点からチャイルド・セクシャル・アビューズの問題を論ずるとすれば、チャイルド・セクシャル・アビューズの被害が軽視されて きた理由として、レイプが強姦罪として成立しにくいのと同じ社会的背景を問題にしなければならないだろう。一般に、見知らぬ男によって生命に危険を及ぼす ほど著しい暴力とともにレイプされたケースを除けば、被害者の責任が問われるのがふつうである。なぜこのようなことになるのか、つまり、レイプが本人の意 思に反して加えられる暴力でありながら、加害者の罪よりも被害者の責任が問われるという理不尽な結果になるのは、この社会に「強姦神話」が流布しているか らだと言われている。弁護士である段林和江によれば、この「強姦神話」には、たとえば以下のようなものがある。

a. 強姦されるのは、被害者に責任(落ち度、軽率、挑発)があるからだ
b. 本当にイヤだったら、最後まで抵抗できるはずである
c. 顔見知りのあいだでは強姦にはならない、合意があったのではないか
d. 女性には強姦願望がある
e. 普通の男性は強姦など行わない、強姦は特殊な男性の反抗である
f. 性的欲求不満が強姦の原因である

 ひとつの強姦事件を例に挙げるならば、昭和53年広島で、「被告が知り合いの人妻に恋慕し、同女 を詐言をもって人気のない場所へ誘い出し、恋慕の情を打ち明けたが、同女が帰らせて欲しい等と言い出したので、この機会を逃すと同女と性交することができ ずに終わるだろうから、この際何とかして同女と性交してしまおうという気になり、同女を口説きつつ、車内で、泣き出す同女を姦淫した」という事件があり、 無罪となった。男性である裁判長に言わせると、「およそ男性が、座っている女性を仰向けに寝かせ、性交を終えるについては、男性が女性の肩に手をかけて引 き寄せ、押し倒し、衣服を引きはがすような行動に出て、覆いかぶさるような姿勢となる等のある程度の有形力の行使は、合意による性交の場合でも伴うもので あると思料されるところ」であるから、何ら特別な暴力が使われた証拠もなく有罪とは見なしがたいというのである。この裁判長がふだんどのような「合意によ る性交」を行っているのか想像したくもなるが、レイプであったか否かを決めるものは暴力が使われたかどうかとか、被害者が抵抗したかどうかなどと関わりな く、被害者の意志に反していたという一点である。
 子どもに対するセクシャル・アビューズも同様で、暴力が伴わない猥褻行為に社会は非常に甘い。また、子ども自身がa~dの神話によって自分の落ち度を恥 じ、咎められることを恐れて助けを求めることもできない。万が一、子どもが助けを求め事件が取り沙汰されたとしても、e fの理由で、ごくふつうの男性である加害者は「犯人」などではなく「ちょっとした気の迷い」もしくは「欲求不満」によって過ちを犯してしまった哀れな男と して、むしろ世間の同情を買いさえする。
 チャイルド・セクシャル・アビューズを考える時、このようなセクシャル・アビューズとしての一面を見逃すならば、大きな過ちを犯すことになるだろう。つ まり、チャイルド・アビューズは大人vs子ども、セクシャル・アビューズは男vs女という構造的社会背景を持っている。もちろん「構造的な」と言うからに は、一般傾向について言っているのであり、必ずしもチャイルド・セクシャル・アビューズが大人によって子どもに加えられる、男によって女に加えられるとい うわけではない。後に述べるように、子ども同士で起こるチャイルド・セクシャル・アビューズ、大人の女から男の子に対して加えられるチャイルド・セクシャ ル・アビューズも問題にしていく必要がある。この場合でもアビューズの背景になっている「力関係」に眼を向けることは非常に有効である。子ども同士では、 発達の違い、知能や腕力の違いによる力関係があるし、女性による加害の場合、女性が大人であることに加え、母親であったり教師であったりと、子どもに対し て力を持っている場合がほとんどである。しかしながら、これらのケースは非常に少なく、おおまかには大人vs子ども、男vs女という構造的力関係で考えて よいと考えられる。

4 チャイルド・セクシャル・アビューズの定義

 それでは、アメリカではチャイルド・セクシャル・アビューズの定義はどのように捉えられているの だろうか。アメリカであってもその定義と分類は、この語を用いている者がどの専門分野に属するかによって違ってくる(しかしながら、我が国のようにチャイ ルド・セクシャル・アビューズを家庭内に限定するという根拠はどの専門分野にも見当たらない。あるとすれば、一昔前、つまりチャイルド・セクシャル・ア ビューズの概念が出来始めた頃の定義である)。法律関係、医者、精神衛生関係者たちが、それぞれこの問題にどのような関わり方をするかによって、独自の定 義を持つからである。たとえば、法律関係者ならば、強姦、和姦、ソドミー、強制猥褻、オーラル・セックス、物を使った性器もしくは肛門への挿入、性的搾取 などというふうに分類し、どう起訴するかが問題となるし、医療関係者であれば、多くのチャイルド・セクシャル・アビューズが外傷を残さないため、子どもを 支持してチャイルド・セクシャル・アビューズを証明するための検査が必要である。チャイルド・セクシャル・アビューズの身体的症状として、あざ、擦り傷、 歯形、SDT、下着の血痕、性器周辺のあざや腫れ、肛門、性器、胃腸、膀胱周辺の痛み、了解不可能な性器の傷、陰唇への傷などを子どもの証言にあわせて順 にチェックすることになる。
 ここでは、精神衛生に関わる専門家、しかも犠牲者中心アプローチを取る立場の専門家による定義を紹介しよう。この犠牲者中心アプローチというのは、チャ イルド・セクシャル・アビューズを扱う上での基本的ものの考え(philosophy)であり、専門家がチャイルド・セクシャル・アビューズを扱うさい、 常に、犠牲者の利益を心にかけ、それを追求しなければならないとするものである。つまり、その子どもを今後チャイルド・セクシャル・アビューズから守り、 感情を解き放す助けになることを問題にし、その他の利益は後回しにしなければならない。さて、チャイルド・セクシャル・アビューズとは、異なった発達段階 にある者同士の間に起こり、より発達の進んだ方が性的満足を覚えるあらゆる行為のことである。これは加害者も被害者もひとりであるということを前提にした 説明であるが、当然、加害者も被害者も二人以上のことがある。通常は大人対子どもで起こるが、子ども同士で起こることもある。加害者が思春期の子どもで、 被害者が潜伏期の子どもであることもあれば、同年令で、片方が発達遅滞ということもある。この定義に挑戦して、セクシャル・アビューズは性的行為なのでは なく、その背後に別の動機が隠れているとする専門家もいる。性的満足が唯一の動力でないことは確かだが、それがひとつの役割を果たしていることもまた事実 であり、その意味で他の行為とは区別できる。もちろん、被害者の方が何らかの性的興奮、快感を経験したとしても、セクシャル・アビューズであることに変わ りはない。加害者と被害者が身体的に接触する場合もあるが、身体接触がない場合もある。細かい分類は次のとおり。

(1) 身体接触のないセクシャル・アビューズ

a. 性的語りかけ...「君とやりたいなぁ」などと子どもに言うだけでもセクシャル・アビューズである。
b. 露出...加害者が自分の性的な部分(胸、ペニス、バギナ、肛門)を露出したり、被害者の目前でマスターベーションをするなど。
c. のぞき...被害者が着替えるのをこっそり、あるいはじろじろ観察するなどして性的満足を得る。おむつ替えや子どもが風呂に入っているのを見るなど、外目にはそれとわからない場合もある。

(2) 性的部分を触るセクシャル・アビューズ

性的な部分を触ること。胸、バギナ、ペニス、お尻、肛門、会陰周辺部。加害者が被害者を愛撫する、加害者が被害者に愛撫させる、相互に接触するよう強要する場合がある。衣服の上からの場合もあれば、直接の場合もある。

(3) 口と性器でのセックス

子どもの性器への、もしくは子どもに強制するクンニリングス、フェラチオ、アナリングス。

(4) 大腿骨のあいだでの性交

子どものももとももの間にペニスを押し付けてする性交のことで挿入はない。子どもが小さすぎて挿入ができない場合、子どもを処女のままにしておきたい場合に使われたり、大きい子どもであれば、避妊を避けるために使われるやり方である。

(5) 性器の貫通

a. 指での貫通...バギナや肛門に指を入れるものであるが、口に指を入れるというのがセクシャル・アビューズであることもある。子どもの指を加害者の性器に入れさせるというものもある。これは、性器や肛門での性交に発展する場合がある。
b. 物での貫通...これはケースとしては非常に少ないが、道具を被害者の穴(バギナ、肛門、口)に入れるもの。
c. 性器での性交...ペニスをバギナに入れるもの。被害者のサイズと合わないので加害者の性器は部分的に入れられる。約半数のケースが射精にまでいたる。ほとん どの場合、加害者が男、被害者が女であるが、その逆の可能性もある。その場合、被害者は比較的年長で思春期のことが多い。
d. 肛門での性交...加害者のペニスを被害者の肛門に入れる。被害者が男のことが多いが、女のこともある。後者の場合、加害者は妊娠を避けようとしていることも あるし、それ以外のセクシャル・アビューズと併用してこの方法を用いることもあれば、加害者が被害者に非常に腹をたてていることもある。

(6) 性的搾取

加害者が直接子どもと性的接触を持って満足を得るのではなく、加害者は子どもを性的に使って金儲けをするという場合が多い。
a. 子どものポルノグラフィー...子どもの写真を撮ったり、映画やビデオを撮る。これを個人的に見て満足を得る場合もあるが、ポルノ製作者と取り引きして売るこ ともある。子どもとの行為にのめりこむのではなく、子どもを物と見るという点でこれまでのセクシャル・アビューズとは異なる。子どもに誘惑的なポーズをさ せることもあるが、入浴などごく普通の行為を撮り、観察者を性的に興奮させることもある。家出した子どもが営利目的の大人に利用されることもあるし、両親 が子どもをポルノグラフィーの対象にすることもある。
b. 強制的売春...被害者は男の子も女の子もあり得るが、加害者はほとんど男である。強制的売春の被害者となるのは家出した子どもが多い。家庭が自分を保護して くれないと考えて家出した子どもが生計を立てるために売春をやるはめになる。ふつう子どもが自発的にこの商売を始めるのではなく、斡旋して金儲けする大人 がいる。

(7) 他のアビューズと一緒になったセクシャル・アビューズ

以上に挙げたようなものがセクシャル・アビューズであるが、これらは非常に多くのバリエーションや 組み合わせがある。排尿や排便が何らかの役割を果たしたり、薬物やアルコールが与えられることもある。チャイルド・セクシャル・アビューズを別の子どもに 見せたり、加わるように強制させるケースもある。
 これらをそれぞれ、家庭内のセクシャル・アビューズと家庭外のセクシャル・アビューズに区別する。
 細かな補足をするとすれば、被害者の年齢制限にはさまざまなバリエーションがあり、15歳までとするもの、16歳までとするもの、17歳までとするもの がある。また加害者と被害者の年齢差に制限をつける立場もある。5歳以上の差がある場合のみピックアップする研究と、10歳以上の差を設けるもの、加害者 は15歳、あるいは16歳以上と限定するものもある。しかし、ここで紹介した定義のように、子ども同士のセクシャル・アビューズでは、単純に暦年齢だけで は力関係を説明できないわけだから(精神年齢や体の大きさなども当然関係してくるだろう)、年齢制限を設ける必要はないというのが筆者の考えである。フィ ンケルホーは、同年齢の遊び仲間同士による虐待についても問題提起しており、とくに思春期の女の子が同年齢の男の子から性的な攻撃性を向けられ、それまで の経験からそれもチャイルド・セクシャル・アビューズだと感じることがあるという。日本の集団による子ども同士のいじめの問題も同様であるが、同年齢であ ろうと、そこに力の格差があり、被害者がアビューズと感じているならそれはやはりアビューズであろう。
 その他、セクシャル・アビューズを受けた子どもたちを救済するための施設スチュアート・ハウス(カリフォルニア)でボランティアを経験した弁護士の松尾園子は、セクシャル・アビューズを、1.incest(近親姦)2.child molestation(子どもに対する性的いたずら、不特定多数の被害者が発生することが普通)3.ritual abuse(ある種の宗教的信念にもとづくもの、いわゆる保育園などで起きた集団虐待事件)に分類しているが、とくに3つめのリチュアル・アビューズは我が国でも問題にしていかなければならないだろう。

文献

P.アリエス(1991)杉山光信・杉山恵美子訳『<子ども>の誕生』みすず書房。

段林和江(1991)ウーマンズ・スクール法律講座、講義ノートより。

J.エニュー(1991)『狙われる子どもの性』戎能民江他訳、啓文社。

D.Finkelhor(1988)Child Sexual Abuse, Sage Publication

池田由子(1987)『児童虐待』中公新書。

池田由子(1991)『汝、我が子を犯すなかれ』弘文堂。

金城清子(1992)『法女性学』p.7~23、日本評論社。

近畿弁護士会連合会少年問題対策委員会(1992)『子どもの権利条約と児童虐待』

第20回近畿弁護士連合会大会シンポジウム第4分科会。

内藤和美他(1991)「こどもへの性的虐待に関する調査研究」 昭和女子大学女性文化研究所紀要8。

『女性ライフサイクル研究』第2号(1992)掲載

1992.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
チャイルド・セクシャル・アビューズを子どもの様子から知る指針

村本 邦子(FLC研究所)

 チャイルド・セクシャル・アビューズは、外傷などはっきりと目に見える結果を持つ場合と、子ども 自身の証言で知る場合を除くと、見過ごされる可能性が高い。それでも、アメリカの研究により、チャイルド・セクシャル・アビューズがあったことを示唆する 子どもの行動上の変化があきらかにされている。それをここでは参考までに紹介しよう。
 それによると、小さい子どもが年令不相応の性的知識や行動を示したりする場合はその可能性が非常に高いし、遊び友達やおもちゃを相手に異常で攻撃的な性 行為をしている場合もそうである。とくに乳幼児であれば、強迫的にマスターベーションに耽ることがあるし、十代前後の女の子であれば、異常に誘惑的な態度 を示すこと、乱交、妊娠が指標になるし、男の子はホモセクシュアリティに過剰な興味を示すかもしれない。その他、チャイルド・セクシャル・アビューズの指 標になる行動は次のとおりであるが、もちろん以下のような傾向が見られたからと言って、必ずしも背景にチャイルド・セクシャル・アビューズがあると断定で きるわけではない。以下のような症状は、子どもの通常の発達過程において見られることもあるし、それ以外の何らかの心理的問題が引き金となっていることも あろう。少なくとも、一時的に子どもが不安定な精神状態にあるとは言えるので、状況によっては注意しながら見守ることも必要だし、原因が思い当たらない、 緊急性があると感じられるならば、可能性のひとつとしてチャイルド・セクシャル・アビューズを疑ってみて、専門家に相談することも必要だろう。

誕生~5歳の子ども

a. 特定の人物や場所を怖がる
b. 強い恥意識や罪悪感を持つ
c. 嘔吐、摂食障害、腸傷害、睡眠障害などのような身体症状
d. 夜尿、人見知り、分離不安、指吸い、赤ちゃん言葉、ぐずる、しがみつくなど小さい時の状態に退行する
e. 発達不足

6~9歳

a. 摂食障害(過食、小食)
b. 不安、恐怖症、あまりに強迫的な行動を取る
c. 悪夢、その他の睡眠障害
d. 腹痛、排尿の困難などの身体症状
e. 学校での問題行動、態度や成績の著しい変化

10~12歳

a. 家族や友人から離れて引き篭もる
b. 抑鬱
c. 悪夢、眠ることに対する不安、長時間にわたって眠り続ける
d. 学業不振
e. 不法な薬物やアルコールの使用
f. 学校へ早く来たり、遅く帰ったりして家庭にいることを怖がる
g. 年齢不相応な身体についての自意識過剰
h. 攻撃性

13~15歳

a. 家出
b. ひどい抑鬱
c. 不法な薬物やアルコールの使用
d. 自殺を考えたり、それをにおわす態度
f. 学校の無断欠席
g. 学業不振
h. 体育の着替えを拒否する
i. 更衣室やトイレを怖がる
j. 正当な理由もないのにお金や新しい服、贈り物を持っている
k. こっそり泣いている
l. 攻撃的行動、非行
m. 処女でなくなったことを悲しむ
n. 自分のコントロールを超えた状況に追い込まれることに激怒する
o. 自己評価の低さ

 親を始め周囲の大人がこのような知識を持ち、チャイルド・セクシャル・アビューズの可能性を疑う 場合、うまく子どもから話しを引き出してあげられるような雰囲気をつくる必要があるだろう。もちろん、子どもが自発的にこのような問題を話せる基盤が出来 ていることが望ましいが、それは容易なことではない。そして何らかのチャイルド・セクシャル・アビューズがすでに起こったことがわかったならば、親として どのような対応をしていくのかを次に紹介する。

『女性ライフサイクル研究』第2号(1992)掲載

1992.11.23 年報『女性ライフサイクル研究』
サバイバーと関わる人のための手引

村本 邦子(FLC研究所)

1 ケアされるべき対象は誰か?

 治療的ケアということを考える時、主な対象として3種類が考えられる。まず、チャイルド・セク シャル・アビューズの被害にあった子ども、それから、子ども時代に被害にあい、それが心的外傷となっている大人、最後にチャイルド・セクシャル・アビュー ズの加害者である。この特集の関心は、被害にあった子ども、子ども時代に被害にあった大人に対する治療についてであるので、加害者の治療は非常に重要な問 題ではあるが、他の研究に委ねたい。加害者について言えることは、罰則を重くすることも必要だが、それ以上に必要なのが治療だということである。治療を受 けない犯罪者は犯罪を繰り返す可能性が高い。そのため、加害者の治療はすなわちセクシャル・アビューズの防止策でもある。また、治療の結果、加害者が自分 の責任を認めるようになれば、子どもが自分の証言が真実であることを証明しなければならないという負担から開放されるという付加価値がある。
 4番目の可能性として、被害者を取り巻く周囲の人々も治療を必要とする場合があろう。とくに家庭内におけるチャイルド・セクシャル・アビューズの場合、 家族全員が問題を抱えることになるため、援助が必要となる。女性がレイプされた場合、その夫やパートナーにも実は援助が必要だということが認識されていな いために、しばしばレイプによって女性の体と心が破壊されるだけでなく、彼女の「関係」までもが破壊を受ける結果となるのと同じように、子どもが被害に あった場合、多かれ少なかれ親や他の家族のメンバーも傷つくものである。

2 被害にあった子どもへの対応で気をつけること

 子どもが被害にあった場合は、医学的な検査や治療、法的措置が必要であったり、とくに家庭内の被 害であれば、被害が繰り返されないように危機介入も必要になろう。子どもが被害にあった場合、その被害体験からのトラウマはもちろんのこと、それを報告し たさいの大人の対応や各専門機関をたらいまわしにされ、何回も繰り返し嫌な体験をしゃべらされることなど、二次的な被害によるトラウマが指摘されている。 清水隆則(1991)によれば、チャイルド・セクシャル・アビューズによる被害は初期トラウマ(事件直後に被りやすいもの)と長期トラウマ(事件後かなり の期間かかって形成される問題行動)とに分類され、初期トラウマはさらに内在因(虐待行為それ自体にかかわる被虐待児の反応)と外在因(虐待事件に対する 関係者や社会の反応)とに分類される。初期トラウマの外在因に関しては、事件の調査と処遇にかかわる専門職の数が多いほど、配慮を欠く専門職の取り扱いが あるほど、トラウマは増大する。また、被害児童が犯人の訴追手続きに証人などとして関わる方がトラウマは強くなると言う。この場合、トラウマは「親にまと わりつく」「特定の人を恐れる」「入眠障害」などの問題行動によって測られており、アメリカのデータをもとに相関関係が調べられている。彼の結論は、トラ ウマを増やさないための関係者の役割として、必要な場合以外事件を他人に口外しないよう家族を指導する、初期ケース処遇に関わる専門職は、処遇に際して是 非とも必要なものに限定する、児童が訴追手続きに巻き込まれる時はその危険性を心得ておく、たび重なる質問攻めを防止するなどの配慮が必要であるとしてい る。これらは、すべてすでに紹介した犠牲者中心アプローチに則るものである。
 子どもの証言がどこまで信用できるか、あるいはいかにしたら信頼できる証言を引き出せるかは、子どもに関わる大人の対応や理解にかかっている。子ども は、加害者を必ずしも嫌い怖がってばかりいるわけではなく、ふだんはその子をかわいがっているように思われる近親者が加害者であれば、その関係を子どもが 大事に思っている場合も考えられる。その場合、子どもは加害者をかばったり、証言を取り下げたりする可能性がある。また、加害者が親であれば、もう一方の 親を慮るあまり、子どもが告発するのを躊躇して機を逸する可能性もあるし、子どもが加害者の巧みな繰りに乗せられて、悪いのは自分であると信じたり、大人 にとっては非現実的にしか聞こえない脅しを子どもであるがゆえに容易に信じてしまうこともある。また、小さい子どもの自己中心性によって、自分は唯一無比 であり、自分の体験が他の人には決して理解できないだろうと信じてしまうこともある。その他、チャイルド・セクシャル・アビューズ適応症候群と言われるも のを紹介しておこう。これは、精神科医シュミット(R. Summit, 1983)によって指摘されたもので、セクシャル・アビューズにあった子どもたちがその状況に適応して生きていくために形成する症状である。この知識を持 つことは、治療を改善し子どもを効果的に支持するのに役立つだろう。
 チャイルド・セクシャル・アビューズ適応症候群の5つは以下のとおり。

(1)秘密の保持:子どもと虐待者の出会いは「秘密」である。子どもは、人に話しても信じてもらえないと思い込まされているし、恥ずかしく罪悪感もあり、話すことを恐れる。虐待者はしばしば、さらに子どもを威かす。
(2)無力感:子どもは信頼する大人との関係で無力感を感じる。それは固定観念にとらわれ助けを求められないという形で表現される。
(3)わなにかかり適応する:秘密が保持されるならば、子どもは虐待を受け入れるしかない。話せば家族が崩壊するからと家族を保つための重荷を背負わされ るわけである。ヒステリー症状を示したり、非行、反社会的行動、自傷などに走るメカニズムは、虐待された子どもが生き延びるための芸と言える。
(4)打ち明けるのが遅れたり、打ち明けることに葛藤を示したり、説得力を欠いたりする:持続している虐待はほとんどの場合、打ち明けられることがない。犠牲者は、家族の葛藤が引き金となって明らかになるか、思春期に入るまでは黙っている。
(5)撤回:子どもは近親姦について話しても、それを覆すようなことを言う。家族が撤回するよう子どもに圧力をかけ、我慢させようとするからである。

3 被害にあった子どもの治療

 次に具体的な治療に関してであるが、犠牲となった子どもたちにどんな援助が有効で、なぜそれが必 要かについての認識は不足している。子どもは実に回復力のある生き物であるためにアビューズによる影響は楽観視される傾向があり、「子どもだから忘れてし まうだろう」といった大人の願望が投影されることになる。しかし、子どもは年齢に応じてさまざまな発達課題を抱えており、セクシャル・アビューズによる衝 撃はこの発達課題の遂行の妨げになる。たとえば、小さな子どもは自分の欲求を現実に合わせてコントロールすることを学んでいくが、早期にセクシャル・ア ビューズを受けると子どもは激しい性的感情に圧倒され、自制心を身につけることが困難になる。このような子どもたちは、治療の場で特別な訓練を受けた治療 者によって、激しい性的で攻撃的な行動を伴う出来事にしっかり対応してもらう必要がある。
 子どもの治療には遊戯療法が行われるのが普通で、アメリカで試みられているのに、操り人形遊び、人形遊び、物語をつくる、自分が主役の絵本をつくるなど がある。操り人形は既製の動物や人形を使ったり、紙袋にクレヨン、マーカーで絵を描いて子ども自身が作り、人形をとおして自分の感情を表現するよう励ま す。人形については、解剖学的に正しく作られた人形を置くことが重要であり、それによって小さな子どもの表現を助けたり、治療者が性的な話題を受け入れて いることを具体的に示すことができる。物語をつくるという方法はR.ガードナーによって広められたもので、「始めと真ん中と終わりのあるまったく君だけ の」物語を作るよう促すと、子どもはそれが「作り話」であるということを信じて話をする気になるという。自分が主役の絵本を作るという課題は、「自分が主 役の本」が子どもの自尊心の確立に効果があるという以前からの研究に基づくもので、絵を描くことで感情を表現することもできる。
 ロサンゼルスには、必要なケアがすべてひとつの場所で受けられる「スチュアートハウス」という施設がある。そこでは、検察官、警察官、ソーシャルワー カーが一緒になって子どもの保護にあたり、専門のセラピストが無料で治療を行うそうである。ここに被害児が送られてくると、それぞれ個別のプログラムが組 み立てられ、原則的には週一回のペースで子どもの症状を見ながら進められる。チャイルド・セクシャル・アビューズが原因だと考えられる徴候(暴力行為や悪 夢などの睡眠障害など)が消えるのをめどに治療が行われ、プレイセラピーやコラージュなどの手法が用いられたりしているとのことである。スチュアート・ハ ウスにおけるセラピストたちが基礎とする理論はアメリカでももっともすすんだ理論とされ、フロイトのエディプス理論に挑戦している。成人女性の精神障害に はチャイルド・セクシャル・アビューズの経験が深く関連しているという調査結果が精神科医らの統計から主張され始め、近年のアメリカにおける研究では、フ ロイトが最初に発表した説の方がむしろ事実だったのではないかとも言われているそうである。我が国でも、このような各専門職がチームを組んで、被害者であ る子どもの利益を第一に考える立場で適切な対応ができるようなシステムづくりや、フロイトのエディプス理論の見直しなどが早急に求められていると言えるだろう。

4 チャイルド・セクシャル・アビューズの長期的影響について

 ここから問題にしていくのは、チャイルド・セクシャル・アビューズを経験した大人の癒しの問題である。さきほどのトラウマの分類で言うならば、長期トラウマにどう対処するかということになる。まず、長期トラウマとしてどのような症状が考えられるか見てみよう。

・抑鬱
 子ども時代にセクシャル・アビューズを経験した大人にもっとも一般的な症状は抑鬱である。多くの統計的研究によって、これは支持されている。たとえば、 身体接触を伴うチャイルド・セクシャル・アビューズの経験者は非常に高い割合で長期にわたる抑鬱を経験し、病院にかかる割合も多い(Peters, 1984)。大学生への調査では、犠牲者の65%が抑鬱症状を経験しており(非犠牲者43%)、18%がこの症状のために病院にかかっている(非犠牲者 4%)(Sedney and Brooks, 1984)。

・自己破壊的傾向
 自己破壊的になることも多くの研究によって裏づけられている。カウンセリングセンターにおける調査では、チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者の 51%が自殺企図の過去を持ち(非犠牲者は34%)31%が自傷欲求を訴えている(非犠牲者は19%)(Briere, 1984)。大学のサンプルでも、自傷を考えたことのある者は犠牲者の39%(非犠牲者16%)、一度でも自殺を試みた者は犠牲者の16%(非犠牲者 6%)である(Sedney and Brooks, 1984)。

・不安発作、悪夢、睡眠障害
 臨床におけるデータでは、犠牲者の54%が不安発作を経験(非犠牲者28%)、54%が悪夢を報告(非犠牲者28%)、72%が睡眠障害(非犠牲者 55%)(Briere, 1984)。大学のサンプルでは、59%が神経過敏と不安を訴え(非犠牲者41%)、41%が過度の緊張に悩まされており(非犠牲者29%)、51%が睡 眠障害を示しているという(非犠牲者29%)(Sedney and Brooks, 1984)。

・摂食障害
 女性の摂食障害を治療しているプログラムでは、患者の34%が15歳になるまでにセクシャル・アビューズを経験していたことがわかった(1/3が拒食、 2/3が過食)。睡眠障害は思春期、成人してから性生活のストレスに直面した反応であると考えられる(Oppenheimer, Palmer & Brandon, 1984)。

・遊離(dissociation)
 臨床の場でのサンプルによれば、遊離の症状を報告しているのが犠牲者の42%(非犠牲者22%)、身体離脱の経験が21%(非犠牲者8%)、非現実感を 訴えるのは33%(非犠牲者11%)だった。チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者は遊離というメカニズムによってその不快な経験から逃れ、それが 後々まで症状になってしまうものと考えられる(Briere & Runtz, 1985)。

・自己評価の低さ
 犠牲者が自己評価の低さという傾向をもつことも研究によって裏付けされている。犠牲者は孤立感を感じやすく(とくに父娘の近親姦の犠牲者に甚だしい)、 否定的な自己評価については、初期の影響でははっきりしないが、長期の影響ではそれが強く出てくる。クーパースミスの自己評価インベントリーを用いた調査 によれば、犠牲者の19%が「非常に悪い」(非犠牲者5%)、「非常に良い」は犠牲者のわずか9%(非犠牲者20%)という成績だった(Bagley and Ramsay, 1985)。臨床の場でのサンプルではその差がさらに著しく、近親姦の犠牲者の87%が自己評価にダメージを受けたと報告されている(Courtois, 1979)。

・対人関係へのインパクト
 チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者は女性との関係についても男性との関係についても、対人関係の困難を訴える。近親姦の犠牲者はその79%が 母親に敵意を抱くのに、加害者に敵意を抱くのは52%である(de Young 1982)。治療を受けにきた近親姦の犠牲者の60%が母親を嫌い、40%が父親に強い否定的感情を向けているという(Meiselman, 1978)。近親姦の犠牲者は母親を憎み、自分をも含めて女性に軽蔑を感じている(Herman, 1981)。
 また、他者に対する不信感が強く、他者と親密な関係を持ちにくい。臨床の場でのデータでは、男性恐怖を感じている女性が犠牲者の48%(非犠牲者 15%)、女性恐怖を感じている女性が12%(非犠牲者4%)だった(Briere, 1984)。とくに近親姦の犠牲者にはこの傾向が甚だしく、これも臨床の場のデータでは、犠牲者の64%が夫やセックス・パートナーに葛藤や不安を感じて おり(非犠牲者40%)、39%が結婚していなかった(Meiselman, 1978)。同じようなデータが他にもある。
 子ども時代のセクシャル・アビューズが後に親となった時に影響を与えるとする研究が少なくともひとつある。それによれば、子どもが虐待されている家庭に いる母親のうち24%が近親姦の犠牲者(子どもが虐待されていない家庭の母親で近親姦の犠牲者は3%)だった。犠牲者にとって親しみと愛情に性的意味を付 与されてしまう傾向があるため、母親が子どもと情緒的にも身体的にも距離をとろうとすることで、チャイルド・アビューズに走りやすい土台ができてしまうと 考えられる(Goodwin, McCarthy and DiVasto, 1981)。
 もうひとつ深刻な影響として、子ども時代に犠牲者になるとその後も犠牲者になりやすいということが研究によって裏づけられている。980人の女性に対す る調査で、チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者のうち33%~68%(幅があるのは定義によって数が変わるためである)が後にレイプの犠牲者に なっている(非犠牲者でレイプされたのは17%だった)(Russel, 1986)。その他にも同じようなデータがいくつかある。また、犠牲者の38%~48%が夫による肉体的暴力を受けており(非犠牲者では17%) (Russell, 1986)、治療を受けにきた犠牲者のうち49%が大人になってからも殴られる経験をしている(非犠牲者では18%)(Briere, 1984)。

・セクシュアリティへの影響
 臨床の場でのデータでは、近親姦の犠牲者のうち87%が性的適応の困難を報告している(非犠牲者20%)(Meiselman, 1978)。数値は違っても、この傾向は他の研究でも裏づけられており、近親姦の犠牲者は非犠牲者と比べて性的不安が強く、性に罪悪感を持ち、性関係に不 満をもつ傾向があることもわかっている(Langmade, 1983)。
 一般のランダム・サンプルによる調査でも同じ傾向が確認されている。近親姦の犠牲者の80%が性的行為をリラックスして楽しむことができず、セックスを 避けるか禁欲するか、もしくは逆にセックスを強迫的に求めるという(Courtois, 1979)。大学生の調査では犠牲者の方が性的な自己評価が極端に低い(Finkelhor, 1979)。なお、チャイルド・セクシャル・アビューズと同性愛(レズビアン)との関連性はない(Finkelhor, 1984 ; Fromuth, 1983 ; Meiselman, 1978)。

・社会機能への影響
 チャイルド・セクシャル・アビューズの経験が売買春にも関係していることがわかっている。売春婦の55%が子ども時代に10歳以上年上の相手にセクシャ ル・アビューズを受けていた(James and Meyerding, 1977)。売春婦の60%が16歳までに、平均二人から20ヶ月にわたるセクシャル・アビューズを受けていたというデータもある(Silbert and Pines, 1981)。

 セクシャル・アビューズは暴力が介入しなければそれほど心的外傷にはならないとする説や、外傷が 大袈裟に論じられすぎているとする説もあるが(Constantine, 1977 ; Henderson, 1983 ; Ramey, 1979)、以上のデータから明らかなように、セクシャル・アビューズはきわめて深刻な精神衛生上の問題を引き起こす。ここに紹介したものは、アメリカで 成された研究をフィンケルホーがまとめたものの一部である。詳細は彼の研究を参照されたし。アメリカでのデータがどこまで我が国でも適応するものかはまだ わからないものの、傾向としてはどれも当てはまることだろう。日本でもこのような研究調査が一刻も早く行われることが望ましいが、それ以前の問題として、 チャイルド・セクシャル・アビューズの定義が明確になされ、サバイバーが声を上げられるような土壌が必要だろう。
 以上のことで、チャイルド・セクシャル・アビューズの犠牲者の心理的治療がいかに大切であるかは明白になったと思う。次にどう治療がなされたらよいのか を考えていきたいが、我が国はこれほど遅れをとっているのが現状であるから、治療についても、まず、私たち治療者は、犠牲者がいかに癒されていくのかにつ いての知識を持ち、それにつきそうことからしか始められないのではないかというのが今の実感である。そのような意味で、犠牲者をいかに癒すかではなく、ア メリカの実践に学びながら、犠牲者がいかに癒されるかを理解したいと思うのである。

5 サバイバーの治療に関わる人へ

 アメリカでは20人の女性クライエントを持っていたら、カウンセラーがそれに気づくと気づかない とに関わらず、そのうちの何人かはサバイバーであると言われる。すでに論じてきたように、我が国においても数値は別にしてもこのような傾向があることは確 かだろう。現実に心理療法や精神科の現場にチャイルド・セクシャル・アビューズのエピソードが持ち込まれることは事実だし、治療者がこの問題を認識して丁 重に聞き込めば、クライエントはそれを話そうとしたのではないかと感じられるケース・スタディもある。日本では精神療法に携わる人々にセクシャル・ア ビューズの知識がないために、必要なケアができなかったり、それどころか治療者による二重の被害があることも推測される。アメリカでこの問題が言われ出し た時、それまでのエピソードを話したために治療者から異常だと指摘されますます自己評価を貶められたり、専門家にファンタジーだと説明されることでそれま で味方であった家族の信頼を失い、ますます辛い状況に追い込まれていったという証言が相次いだ。日本では、まだこのようなレベルにあるのだろう。その例と して、チャイルド・セクシャル・アビューズについての認識がないために、さらにクライエントを追い詰めているように思われる事例を、出版されているもの (吉田脩二、1991『思春期・こころの病』、高文研)からひとつだけ紹介しようと思う。

<事例>
 境界例とされる「美しい髪をした」23才の女性の症例である。「細身で、スタイルや顔の作りもよくて、シルエットだけなら美人といえる人でしたが、表情 には精気がなく、むしろ相手を拒絶するような冷たい感じ」があり、訴えは「家に篭もりっきりで、人の目が気になる、イライラして急に怒りっぽくなって母に 当たる、たまに外出するとヒソヒソ陰口をたたかれている気がする、たまらなく不安になり、毎日死ぬことを考えている等々」。インテークした男性医師に向 かって、彼女の方から「私は男性が嫌いです!」とはっきり宣言されて、女性の治療者と交代するが、この男性医師が薬の処方やスーパービジョンを行ってい る。女性治療者との間でいろいろな話しができるようになり、15回目に「急に過去の嫌なことを思い出した。誰も信じない。」と言う。思い出したことという のは、中学時より三年間も夜になると兄に悪戯されていたというエピソードである。次の回では自分に対する不潔感を綿々と綴った手紙を持参し、自分は不潔 (バイキンのよう)な女の子なんだと思い込み、周りの人よりも長くお風呂に入り、念入りに身体や顔、髪を洗い、それでもまだ洗い足りないような気がするな どと訴える。クライエントはこの「自分は汚れている」という観念を母との関係に位置づけ、母に対する恨みを述べるが、既に紹介したように、家庭内のセク シャル・アビューズでは、加害者よりも母親に敵意を感じるパーセンテージの方が高いのである。印刷されているケース記録だけから見る限り、セクシャル・ア ビューズの話題はその後まったく取り上げられていない。その後、治療者に出された薬を飲んでいるかどうか尋ねられ、クライエントは混乱し激怒しながら 「やっぱり先生は私を信じていなかったのね!」と泣きわめく。彼女に必要だったのは、絶対的に自分を信じてくれる人ではなかったか。兄のことを話した時、 母親は取り合わなかったのである。しかも、薬を処方している男性医師は、診療の合間に彼女に近づいて何かと言葉をかけ、「髪の毛にそっと触れるように」し ていたというのである。これに対して、クライエントは「はじめはあからさまに顔をゆがめたり、身をよじって避けて」いたが、「次第にいやがらなくなり」、 むしろ、わざと医師が現れるのを「待っているふしも見受けられ」たということである。医師の方にそのつもりはなくとも、これではまさにセクシャル・ア ビューズではないか。このクライエントにとって、親密さを失わないためには嫌なセクシャル・アビューズを我慢することしかできないのである。
 医師のあげるクライエントの問題点の一番目は、「自己評価が全くできておらず、それが自己の身体イメージにまで及んで」いるとのことだが、これを問題に するためにはセクシャル・アビューズの理解が必要ではなかっただろうか。また、この治療関係の限界は「母子の合体部分はそれほど大きかった」ことを意味し ていると結論しているが、彼自身「境界例は他者との関わりの中でますます境界例らしくなる」と述べているように、すべてを母子関係で読む治療者の眼差しに よって、クライエントがますます「境界例らしく」振る舞うようになったとは言えないだろうか。もちろん、境界例の原因がチャイルド・セクシャル・アビュー ズであるというような短絡的な説を唱えるつもりは毛頭ないが、それがひとつの重要な契機であり、この問題を避けては治療は進まないと思うのである。

 私たち治療者は、しばしばこのように無知からくる罪を犯し得る存在である。加害者のところで述べ たように、無自覚に力を持つ者は、無自覚にその力を乱用する可能性があり、いつでもアビューザーとなり得るのだということを肝に命じる必要がある。以下、 サバイバーに関わるカウンセラー(精神科医、サイコロジスト、結婚カウンセラー、家族療法家、ソーシャル・ワーカー)のための指針を紹介する (Engel, B., 1989)。

カウンセラーのための指針
(1)癒しが可能であることを信じる
(2)大きな苦痛につきあう覚悟をする
(3)信じられないことをすすんで信じていく
(4)自分自身の態度(セクシャル・アビューズについて、善や悪について、自分自身の性的混乱や苦痛、異性愛と同性愛などについての態度)を点検する
(5)自分の生育暦とセクシャル・アビューズについての不安を探っておく(自分が子ども時代にセクシャル・アビューズを経験しているのなら、それは十分に癒されているのか、そうでなければ、少なくともスーパービジョンを受けること)
(6)自分に経験がない場合は、それにもっとも近い経験を探っておく(これらについての反応や感情を基にしてクライエントを理解することができる)
(7)クライエントこそ専門家である(彼女自身の癒しについては本人が一番よく知っている)
(8)クライエントの欲求が正当なものであると認める
(9)カウンセラーの性別はクライエントにとって重要である(クライエントが女性カウンセラーを望むなら、その選択を認めること)
(10)クライエントが適切な助けを求めていくのを支持する(たとえば自助グループに参加するなど)
(11)孤立感と恥の感情と戦うためにはグループ・ワークに参加すると非常に役立つ
(12)サバイバーを信じること(本人がセクシャル・アビューズを受けたことに確信を持てない時すらセクシャル・アビューズがあったことを信じること)
(13)虐待を空想するということはあり得ない(エディプス理論を使って子どもの方が誘惑的だったとするのは誤りだし、有害である)
(14)虐待に対するクライエントの責任を決して仄めかさない(子どもには絶対に責任はない)
(15)クライエントが快感を経験したとすれば、それは何ら恥じることではなく、ごく当たり前の反応であり、それでもって虐待を望んでいたことには決してならないのだということを確認する
(16)近親姦は犯罪であり、犠牲者をつくる(家族の状況がどうあろうと近親姦が正当化されてはならない)
(17)虐待を過小評価してはならない(どんな虐待も有害である)
(18)虐待者を理解するために時間を割く必要はない
(19)クライエントが虐待者を許すべきだと言ったり仄めかしたりしてはならない(許すかどうかは癒しにとって重要なことではない。これは多くの立場から反論があるが、許さなければ癒されないと信じているならば、サバイバーと関わるべきではない)
(20)サバイバーが薬物やアルコールの中毒になっていないかチェックする
(21)クライエントの処理能力を評価する
(22)子どもの権利について健康な見解を提示する
(23)怒りは虐待に対するまともで健康な反応であることを評価する
(24)クライエントが声をあげていくことを支持する(虐待者に直面したり、家族に打ち明けたり、法的措置に訴えるなど)
(25)サバイバーがサポート・システムをつくる手助けをする
(26)性的な志向がセクシャル・アビューズの結果であると言ったり仄めかしたりしてはならない(性的志向にセクシャル・アビューズがまったく関係ないと は言えないがそれだけで決まるとするのは、あまりに短絡的であり、レズビアンのクライエントに失礼である。これは同性愛恐怖症からきており、心理的外傷が なければレズビアンにはならなかったとする誤った考えに基づいている)。

 サバイバーに向けて書かれたものに、次のようにあるのも参考になるだろう。被害者は誰かにその経 験を打ち明けるということがとても重要であるが、誰に言うか賢明に見分けなければならない。もしカウンセラーがほんの少しでも自分の責任を問うたり、それ ほどのことでもないと仄めかすならば、それは誤った治療者であるから、即刻治療を中止した方が良いというのである。つまり、治療者側は、チャイルド・セク シャル・アビューズの責任は全面的に加害者にあるということを理解していなければならないし、その重要性をきちんと受けとめなければならない。先に紹介し た事例にしても、治療者がそのエピソードを決して軽視したわけでなく、事実の重みゆえに沈黙を保ったのではないかと推測できるが、治療者がそれを真実とし てしっかり受けとめているということをクライエントに伝えることができなければならないのである。
 次に癒しのプロセスはどのような経過を辿るかを紹介しよう(Bass & Davis, 1988: Engel, 1989)。深い変化には時間がかかる。癒しのプロセスは自分がアビューズを生き伸び、生き残った(サバイバル)という事実に気づくことから始まり、子ど もの頃にたまたま起こった出来事によってもはや左右されない満足のいく人生を送れるよう成長することで終わる。癒しのプロセスはいきあたりばったりのプロ セスではなく、どのサバイバーも通り抜けなければならないはっきりした段階がある。しかし、それはらせん階段のように、ぐるぐる同じところをまわりながら 進んで行くものである。また、人によってはある段階はとびこしていくこともあるし、途中までで終わることもある。
(1)癒しの決意・・・セクシャル・アビューズが自分の人生に与えた影響をひとたび認識したら、癒しのために積極的にコミットする必要がある。深い癒しのプロセスは、自分が選択し、自分が本当に変わりたいと望んで初めて生じるものである。
(2)緊急段階・・・抑圧された記憶や感情を吸い始めることで心理的に大混乱が起こることもある。でも、これはひとつの段階にすぎず、通り過ぎていくものだということを心に留めておきたい。
(3)思い出す・・・多くのサバイバーが子ども時代の記憶を忘れてしまっているので、記憶と感情の両方を取り返すプロセスが必要である。
(4)それが本当に起こったことなのだと信じる・・・サバイバーはしばしば自分の思い出したことが事実かどうか疑うが、それが本当に起こったことなのだと信じるのは、癒しのプロセスのきわめて重大な部分である。
(5)沈黙を破る・・・多くのサバイバーはアビューズを秘密にしているが、起こったことを他者に話すことは強い癒しの力となり、犠牲者であることを恥じる気持ちを追い払ってくれる。
(6)それが自分の過ちではないことを理解する・・・子どもたちはアビューズを自分の過失だと信じてしまいがちだが、成人したサバイバーは、責められるべきは加害者であることを理解し直さなければならない。
(7)内なる子どもと関係を持つ・・・多くのサバイバーは自分の感じやすい部分との接触を絶ってしまっている。内なる子どもと関係を持つことで、自分自身への共感、加害者への怒り、他者との親密感を感じられるようになる。
(8)自分自身を信頼すること・・・癒しのための最善の導き手は自分の内なる声である。自分自身の認知や感情や直感を信頼することを学べば、この世を生きていく新しい基盤が形成されることになる。
(9)悲しみ悼む・・・サバイバーの多くは喪失を感じていないが、悲しみ悼むことが苦痛に栄誉を与え、解放を促す。
(10)癒しの中心部分である怒り・・・怒りは強力な解放の力となる。虐待者と自分を守ってくれなかった人にまともに怒りをぶつけることが怒りの中枢である。
(11)開示と対決・・・虐待者や家族と直接対決することが必ずしもすべてのサバイバーに必要なわけではないが、それは劇的な浄化手段である。
(12)許す?・・・許すことを薦める立場もあるが、虐待者を許すことは癒しのプロセスにとってはそれほど重要なわけではない。唯一必要な許しは自分自身に対する許しである。
(13)霊性・・・自らを超える力を感じることは本当の財産になり得る。霊性は特有の個人体験であり、伝統的な宗教、瞑想、自然、サポート・グループを通じて見出すことができるかもしれない。
(14)決意と前進・・・これらの段階を繰り返し通過することで、統合という地点にたどりつく。自分の感情と見解がしっかりしたものになる。虐待者や他の 家族のメンバーと折り合いがつくかもしれない。自分の過去を消してしまうことはできないが、人生を変えていくことはできる。癒しのプロセスに気づき、共 感、力を得て、よりよい世界に向かって歩むことができるようになるだろう。

 とくに理解すべき重要な概念は「内なる子ども」という考え方である。ふつうセクシャル・アビュー ズを受けた子どもは、自分の感情の部分を切り捨てることによって適応を保っている。この内奥にある感情との接触を回復するためには、内なる子どもを取り戻 さなければならない。多くの大人は自分のなかにこの内なる子どもがいることを忘れてしまっているが、これは私たちの一部であり、愛されることを求めている のである。過去の傷を癒すためには、この内なる子どもを愛し、慰め、慈しむ必要がある。これが癒しのキーポイントである。内なる子どもとの関係を取り戻す ためにできることは、子どもだった頃の自分を思い描いてみること、その子を象徴するようなぬいぐるみや人形を買ってみること、日記に書いたり、空想したり して、その子と会話してみることなどである。癒しのプロセスの途中で立ち止まっては、内なる子どもの声に耳を傾け、彼女が何を感じ、何を求めているかに注 意してみることが大切である。また、治療には困難がつきものであるから、途中で投げ出したくなることもあろうが、そういう時のために、「何故自分は治療を 望んでいるか?」についてのリストを作ってみると良い。そして時々それに返るのである。
 治療目的は、自己評価の改善、対人関係の向上、セクシュアリティの改善、自分の感情を理解し、表現し、解放できるようになること、身体症状の消失、自分 で自分をコントロールできるという感覚、自己意識の覚醒を高めること、健康な防衛機制を発達させること、心の平静を得るなどである。

文献

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『女性ライフサイクル研究』第2号(1992)掲載

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