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FLCスタッフエッセイ

2014.08.13 カウンセリング
『モモ』の世界と現代社会 ――時間泥棒...VS心理療法?!――



福田ちか子

 お盆前の多忙な時期,気がつけば,「最近忙しくて~できないなぁ」とか,「なんか楽しいことないかなぁ」とつぶやいている。 そんなおり,必要にせまられて学生の頃国語の教科書に載っていた『モモ』(ミヒャエル・エンデ作,大島かおり訳,岩波少年文庫)を手に取ると,そこには思いがけず立ち止まって考えることの大切さや,毎日にただ流されていくことの怖さにハッと気づかせてくれる物語が広がっていた。

 物語の主人公モモは,どこの誰ともわからない小さな女の子。ある日突然街にあらわれ,街の人たちに住みかを修理してもらったりご飯を分けてもらったりしながら廃墟に住み着いて暮らしている。モモは街の人たちにとって大切な存在になった。モモが,だまって話を聞くと,喧嘩をしていた人も,悩んでいた人も,自分自身と向き合って,自分の意志に気づくことができるのだ。モモが特別なことをするわけではない。モモは、ただだまって聞くだけ。物語の街は,そんなモモを受け入れて,モモの大切さに気づくことができる街だった。 

 そんな街が,人間から時間を盗もうと企む「灰色の男たち」によって,規律だらけで窮屈でせかせかした世界に変わってしまう。――もしもちゃんとしたくらしができてたら,いまとはぜんぜんちがう人間になっていたろうになぁ―― そんな大人たちの心は,「灰色の男たち」に付け込まれ,「良い暮らし」のためと信じて必死に時間を節約する毎日に追われていく。大人たちは,時間を節約することばかり考えて,時間を無駄にすることがとんでもない罪となり,イライラしたり互いを責めてばかりで,モモのことをすっかり忘れてしまった。

  子どもたちも,「灰色の男たち」に支配されてしまった。

  子どもたちはモモと一緒に、いつも新しい遊びを考え出して遊んでいた。子どもたちにとってはモモが心の中心人物で,モモがいなくても、モモがいるかのように遊ぶと、段ボールが海賊船になったり,石ころが宝物になって、イメージがどんどん広がり楽しい遊びを工夫できた。

 「灰色の男たち」は子どもたちを支配するのにとても手を焼いたが、大人たちを使って子どもたちの心を支配することにした。大人が時間を無駄にしないために、将来時間をたくさん節約できる大人に育てるために、と大人をそそのかした。子どもたちは決まった場所に放り込まれ、大人に教えられた決められた遊びしかできなくなってしまう。そのうちに、子どもたちは、楽しいと思うこと夢中になることを忘れて、大人たちと同じ顔つきの「小さな時間節約家」になってしまう。子どもたちは、最後には自分たちの好きなようにしていいといわれると、こんど何をしたら良いか全然わからなくなってしまうのだ。そしてモモとも遊べなくなってしまった。

 訳者の大島さんは、モモは「自然のままの人間」のシンボルのような子だと述べている。別の言い方をすれば、モモはありのままの自分のシンボル、とも言えるのではないかと思う。そう考えると、モモを大切にする=ありのままの自分を大切にする、ことによって、自分自身の気持ちに耳を傾ける余裕が生まれたり、落ち着いた気持ちを取り戻せたり、本当にしたいことに気づけたり、楽しむ力が湧いてきたりするところが、とてもしっくりくる。

 モモがどんな風に「灰色の男たち」から時間と元通りの街を取り戻したのかは、まだ読んでいない人のために取っておくけれど,物語の中では,「灰色の男たち」に立ち向かうために、過去・現在・未来のそれぞれの大切さに気づくことや、友だちとつながっている感覚を実感すること、心地よい音楽や香りを体験すること、成長するために深く眠ることなどが、とても重要な意味をもっている。

 これら一つ一つが、様々な心理療法の中で心身の回復や支援のために重要と考えられていることとリンクすることが,とても興味深いことだった。私たちの心にも「灰色の男たち」が深く入り込んでいるように感じる。そういう意味では,心理療法が「灰色の男たち」に立ち向かい,モモを大切にする心のゆとりを取り戻す役に立つことがあるともいえる。

  読み終えて,大切なもののために,自分のために,自由に時間を使う心地よい感覚を思い出せたように感じた。忙しい日々だけど,ちょっと立ち止まって考えることも大切にしたいなぁと,あらためて反省反省。次の休日は,ゆっくり時間をつかうことにし~よう♪

2014.08.09 DV
DV被害者支援と支援者支援

西 順子

 来月、第4回目となる「DV被害者のトラウマと回復~女性と子どもの視点から援助を考える」講座(以下、DV講座)を開催する。

 これまで女性ライフサイクル研究所を中心としながら女性センターで数年、総合病院で数年以上、「カウンセリング」という枠組みでDV被害者の支援に携わってきたが、現在進行形のDVの場合、多層的に様々な支援や連携が必要であると実感してきた。特に、DV家庭に子どもがいる場合、子育て支援は欠かせない。レジリエンス(回復力)を強めるためには何が役立つのか、何が必要か、どんな支援が求められるか・・等、当事者の方々からたくさんのことを学ばせてもらってきた。

 DVに晒された母子を支えるためには、女性への支援、子どもへの支援、母子への支援と、福祉、司法、医療、教育/保育、心理などの支援から生活コミュニテイでの支援(友人、知人、地域の方々)まで必要であり、危機介入から中・長期的支援まで長期的スパンにたって、切れ目なく支援がつながるよう支援システムを整えていく必要がある。
 そのためには、安全なコミュ二ティへの「橋渡し」となるような支援が必要であると、このDV講座を企画した。支援者同士が互いに学びあい、つながれるよう、ネットワーク作りも視野に入れて、今年で開催して三年目を迎えた。これまで女性相談員、母子支援員、助産師、児童相談所ケースワーカー、子育て支援センター相談員、心理カウンセラー、教師・・など、DV家庭の母子と関わる様々な立場の皆さまにご参加いただいてきたが、問題意識や経験を共有しながら共に学びあえる「場」となっていることは本当に有り難いことである。

 そして本講座終了後も、受講くださった方々が継続して学びあい、支えあい、エンパワメントできる場を創りたいと、当初より「フォローアップ・グループ」もセットで企画し、現在まで年二回のペースで開催している。こちらのグループは、活動の趣旨からNPO活動の「支援者支援」として位置づけているが、参加くださった皆様に好評であるピア・グループスーパービジョンと、セルフケアのためのアートセラピーも定例となってきている。緩やかに、細くとも長く続けていければいいな・・と願っている。

 この支援者支援グループの発想は、これまで講師として関わらせて頂いたり、グループに参加させて頂く機会があったDV被害者支援グループの活動に触れてのことである。この出会いも、長期に渡って村本が講師を務めてきた婦人相談員の方々との温かいネットワークがあってのこと。熊本、長崎など九州で活動している支援者の皆さまのコミュニティに参加させて頂き、「温かくサポーティブでエンパワメントの場、いいなぁ~。こんな場が大阪にもあればなぁ~」と思い、「それなら自分に必要な場を自分たちで作れれば・・」というのが原点である。なので、主催者としてこの「場」を提供してはいるけれど、私も支援される一人として、仲間とのつながりを感じ、エンパワーされている。このグループは、私にとっては一つの居場所でもある。

 こんな講座ができればいいな~、こんなグループができればいいな~と思っても、一人ではできない。趣旨に賛同してくれて、思いや志しを共有し、共に歩んでいける仲間の存在、サポートし応援してくれる仲間の存在があってのことである。また、講座に参加くださった皆さま、継続してグループに参加してくださる支援者の仲間があってのことである。

 コミュニティのなかで被害者へのサポートが網の目のように張り巡らされることを願いながら、DV被害者への支援、支援者同士の支援と、私たちにできることを一歩ずつ積み重ねていければと思う。
 今年の講座、ぜひ皆さまのご参加をお待ちしています。

※関連ページ:
1. 今年度の講座「第4回DV被害者のトラウマと回復☆女性・子どもの視点から援助を考える☆」のご案内
2. DV講座、フォローアップグループを共に創ってきた桑田道子さんが代表を務めるVi-Project(子どものための面会・交流サポートプロジェクト)のホームページのご紹介
3. 参加者の皆さまから頂いた感想のご紹介

2014.07.23 カウンセリング
カウンセリングの窓から~性暴力被害への理解と対応を

西 順子

 女性ライフサイクル研究所では1990年の開設当初より、「子どもへの性被害/性虐待」の問題に取り組んできました。子どもへの性的虐待防止教育の実践、意識啓発活動に始まり、性的被害の関西コミュニティ調査、グループセラピーなど新たな手法も試みてきました。こうしたプロセスを経て、私自身はこの10数年、トラウマ臨床に力を注ぎ、個人カウンセリングを通して回復支援に携わってきました。 

 トラウマ臨床は日進月歩と言われますが、カウンセリングに来談くださった方のお役にたてるよう、新しい情報に目を向けるよう努めています。どうすればトラウマとなった出来事が過去のこととなり、「今」を生きるお手伝いができるのか、心と身体の健康を回復していけるのか・・と、様々な心理療法を学ぶなかで、EMDRやソマティック・エクスペリエンス(SE)というトラウマ療法との出会いもありました。トレーニングを通してトラウマと身体について理解を深め(今も現在進行形)、身体の叡智(=生体に備わる自然治癒力)を知るなかで、その学びと経験を臨床に役立て、回復への道案内ができればと願って取り組んでいます。生命には、回復力、自然治癒力が備わっていることを尊いことと思います。

 一方で、社会の中で性暴力被害が後を絶たないことには痛みを感じます。女性ライフサイクル研究所でのカウンセリングは、性暴力被害の長期的影響(子ども時代のトラウマ)へのご相談を受けることが多いですが、病院臨床では性暴力被害直後あるいは性暴力が発覚した後の短期的影響について、特に子どもやご家族のご相談を受けることが多いです。子どもへの性暴力が社会問題として認知された今も、子どもへの性暴力/性虐待が後を絶たないことには胸が痛みます。

 コミュニティ心理学の予防の概念によると、第一次予防は「発生予防」、第二次予防は「早期発見と早期対処、危機介入」、第三次予防は「回復への支援と再発予防」となります。近年、性暴力被害者支援センターが各地で立ち上がっていますが、公衆衛生の問題として、第一次予から第三次予防まで、予防の観点から更なる支援体制の充実が求められます。

 まず私が臨床で関わっているのは第二次予防、第三次予防ですが、子どものトラウマ臨床においては、さまざまな工夫が必要だと実感しています。子どもは性暴力被害の影響を言葉で表すことは難しく、行動上の問題や身体症状として現れることが多くなります。特にトラウマの回避反応、解離症状は表面的には見えにくいため、アセスメントが必要です。
 子どもに「どうやって、しのいでいるの?」と対処を尋ねると、様々な対処戦略を使ってしのいでいることがわかります。しかし、回避や解離(トラウマとなった出来事を切り離すこと)は一時的には役立ちますが、解離された「恐怖」が残ってしまう等、メンタルヘルスに長期的な影響を与えます。恐怖を少しずつ消化・解放しながら、生活全般が安定し落ち着いた後に、トラウマ記憶に焦点をあて、トラウマの中核にある恐怖を消化しておくことが必要と考えています。

 被害直後のケアから、中・長期的な影響のケアまで、子どもや家族に対して、医療、心理、司法、教育、福祉・・など多層的な支援が必要です。これからもトラウマ臨床に携わりながら、第一次予防から第三次予防まで性暴力被害者への支援体制が整うことを願い、被害者支援機関・支援者との連携、協働、ネットワークづくりに努めていければと思っています。

 なお、下記に性暴力被害にあった直後に見られる反応とご家族や周囲で支える方に求められる対応についてまとめました。早期発見と早期対応の参考にして頂ければと思います。

※社会資源の一つとして、被害者支援ポータルサイト(立命館大学法心理・司法臨床センター)も紹介させていただきます。⇒ http://www.lawpsych.org/higai

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■被害直後に起こりやすい反応

直後のショックが落ち着いたあとも、しばらく不安定な時期があります。一ヶ月後くらいまで、次のような症状がみられることもあります。疲労や苦痛がひどい時、長引く時には、専門機関に相談しましょう。

自分の気持ちがひどく動揺し、混乱していると感じる。
□精神的にとても不安定だと感じる
□抑えられないような怒りや悲しみを感じる
□気分の浮き沈みが激しく、落ち着かない

心や身体が麻痺してしまう
□事件の時や前後の記憶がない
□事件の時に身体が凍りついたような感じがした
□事件が他人事のような感じがする

事件に関することが頭によみがえってくる
□考えたくないのに頭に浮かぶ
□事件の夢を見る
□事件を思い出させるようなものを避けるようになる

落ち着かない
□夜寝つけない、眠りが浅い、途中で眼を覚ます
□イライラして落ち着かない
□集中力がなく、テレビが見れない、本が読めない
□いつも警戒してビクビクする、物音に敏感になる

■回復のために

被害後に、身体と心に起こる変化を理解して、回復のために必要なケアをしてあげましょう。あなたのペースで、できることからはじめましょう。

からだと心を休め、いたわりましょう。
□十分な休息をとりましょう。
□十分な睡眠と、健康的な食事をとりましょう。
□リラックスできることをしましょう。
 (呼吸法、瞑想、気持ちが落ち着く音楽を聴く等)

自分の生活を取り戻しましょう。
□マイペースを心がけましょう。
□いつもの日課を維持するようにしましょう。
□適度な運動をしましょう。
□気分転換をしましょう(趣味、読書など)。
□日記をつけましょう。

助けを求めましょう。
□信頼できる人に、体験や気持ちを話して支えてもらいましょう。
□信頼できる人に、そばにいてもらいましょう。
□あなたが必要としていることを伝えましょう。

■ご家族や周囲の方へ
 自分の大切な家族や友人が被害にあうと、周りの人も動揺してしまい、どうしてあげたらよいかと途方に暮れてしまうことでしょう。あなたの大切な人を支えるために、できることがあります。多くの人は、自分のことを大切に思ってくれる人とのつながりに支えられて、回復していきます。

安全が第一です。安全な場所で安心して過ごせるように、できることを考えてみましょう。
□傍にいて、一緒に時間を過ごしましょう。
□日常生活の援助や外出する時の付添など、相手への関心、配慮、思いやりを示しましょう。

話をじっくりと聞きましょう。
□無理に聞き出すことは禁物です。
□気持ちや反応を認めましょう。批判したり、自分の考えを押しつけてはいけません。
□自分を責めている場合には、「あなたは何も悪くない」と話すことも役に立ちます。

そして、ご自分もいたわり、セルフケアにも心を配りましょう。

●女性ライフサイクル研究所では、性暴力被害についてのご相談を受けています。
 カウンセリングのページも合わせてご覧ください。

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[参考文献]
村本邦子(2004)「性被害の実態調査から見た臨床的コミュニティ介入への提言」心理臨床学研究  vol22、No.1
村本邦子、西順子、前村よう子(2005)『子ども虐待の防止力を育てる』三学出版。
パトナム,F W(2011)「性虐待を受けた子どものアセスメントと治療」フランクパトナム来日講演資     料、フランクパトナム招聘委員会。

2014.07.02 コミュニケーション
祖母と孫―ジェネレーションギャップ編―

福田ちか子

 

 うちの祖母は、御年90歳になる。7年前に祖父が他界し、一人暮らしだ。90歳になり、これまでの人生をふりかえって、いろいろ思うところがあるご様子。そんな祖母をみていると、孫にもいろいろ思うところがでてくる。

 ◎自分の人生は人と比べて平穏だったとこぼす件。

 毎朝新聞を読むのが日課の祖母。祖母の中では、ニュース欄も、ゴシップ欄もTV欄も同じ扱い。「美智子さま(皇后陛下)も大変ねぇ...」「最近はやれ離婚離婚て多いわねぇ...」「大野君はいろんな人に人気らしいわ(90歳、嵐ファン!!)」。そんな祖母だが、TVで人様の波乱万丈の人生を見聞きするにつけ、自分は平凡な人生だったわ...世間知らずなままだわ...などとぼやく。

 ......何をおっしゃるやら。祖父の兄に気に入られて、祖父の顔を知らずに結婚が決まった祖母。当時満州にいた祖父のもとへ祖父の兄が送った≪ヨメキマル≫の電報一つで夫婦になり、そのまま満州へ。満州で終戦を迎え、ロシア兵から逃れ、夫婦で1歳の娘を抱えて引き上げのご経験ありだ。

 孫世代からみると、驚愕の結婚事情だが、当時はそれが当たりまえ。今も疑う余地なくあたりまえだったと感じている祖母の目には、現代の自由な結婚事情はとても大変なものと映るようだ。〈おばあちゃんの方が大変やったやん〉と伝えたいが、そこはなかなか伝わらず、もどかしい。

 

 ◎恐竜が現代に実在すると信じそうになる件

 いつだったか祖母とTVを観ていて、たまたまロードショーのジュラシックパークが映った時のこと。グラント博士と子どもたちがラプトル(小型の恐竜)に追いかけられるシーンを見て、「あらこわい。これって本物?」と一言。その時、CGがピンとこない祖母に、簡単に説明ができないことに気づいた。CGかどうかの区別って、私たちはどこでつけているんだろう...??? 映像がリアルになればなるほど、現実と空想の境界が曖昧になる...というのはよく耳にするが、身近に実例がいた。

 TVを見ているとき、孫世代の私たちは、自然と現実かそうでないかを判断して映像をみているけれど、祖父母世代には全部現実のように映っているのかもしれない。そう思ってメディアの情報を見ると、祖父母世代は混乱するだろうなと思ったり、実は孫世代が現実だと思っているものもフィクションなのかもしれないと怖くなったりする。

 

 ◎曾祖母の気持ちがわかるわぁと祖母がぼやく件

 ここ20年ほどで、IT化は急速に進んだ。15年ほど前には、誰でもが電話を携帯して道を歩いてはいなかったはず。携帯電話普及の波には何とか乗った祖母だが、インターネットの波には乗らなかった(乗れなかった?)。ネット環境が前提で情報提供がなされているご時世。≪詳しくはWebで!!≫≪今日LINEでさ~≫≪facebook上のトラブルで...≫等々。《犯人はPCを遠隔操作して...》と,祖母が好きな刑事ドラマのトリックまでもがIT化だ。

 情報についていけない悔しさや、ネットが当たり前の現状への憤り、もはやついていく気力はないあきらめなど、複雑な心境がうかがわれる。そんな中、「給湯器が普及してきたときのお母さん(曾祖母)が、世の中変わるなぁ~ってぼやいてた気持ちが今わかるわ」と、繰り返しつぶやいている。孫世代が祖母世代に変わるころには何が起こっているのだろうか...

 

 こうしてみると、時代の変化の中で、祖母世代と孫世代では、ジェネレーションのギャップが大きすぎて、孫世代はもどかしい。相手が自分と同じ世界観だと思い込んで話をしようとすると、かみ合わないことこの上ない。ここまで来ると、異文化交流のような気がしてくる今日この頃だ。最近の変化が特に激しいのか、やはり昔から繰り返されてきたことなのだろうか...。祖母世代も同じ気持ちを感じているのだろうか...。

 ついつい、新しいことに対応できる方が偉いように錯覚して〈そんなことも知らんかったん?〉と上からの視線や口調になってしまうこともあるけれど、祖母の話の中には、キラリと光る生活の智慧が隠れていることがあるので、侮れない。祖母世代の経験智、大切にしたいと思う。

2014.06.23 トラウマ
女性のトラウマとセルフケア

西 順子


 女性ライフサイクル研究所では、設立以来、「女性のトラウマと回復」を一つのテーマとして、トラウマ予防、介入、回復支援に取り組んできました。今回ここでは、トラウマからの回復のために必要な情報として、セルフケアの一部を紹介したいと思います。

■トラウマとその影響
 トラウマとは、個人では対処することができないほど衝撃を受けたときにできる〈心の傷〉のことを言います。トラウマとなるような体験は、人から力やコントロールの感覚を奪います。人を無力にし、人とのつながりを断ち切ります。そのため、トラウマに晒されると、自分、他者、世界への安全感、信頼感を失ってしまいます。人々がトラウマ体験の後によく経験する反応には、次のようなものがあります。

 ・恐怖と不安
 ・トラウマを再び体験すること
 ・覚醒が高まること
 ・回避
 ・孤立無援感
 ・怒りと苛立ち
 ・自分を責める、恥ずかしいと思う
 ・悲しむことと落ち込むこと
 ・自己イメージや周りの世界に対する見方の変化
 ・性的関係
 ・アルコールと薬物

PTSD(外傷後ストレス障害)、うつ、不安、身体化など、トラウマ症状となって現れることもあります。いずれも、トラウマに晒された時に後になって生じる「自然な反応」「正常な反応」です。

■セルフケアの必要性
 では、どのようにしてトラウマの影響を軽減し、回復していけるでしょうか。
 トラウマの回復には時間がかかりますが、「安全の確立」「記憶の統合」「再結合」と各段階を追って螺旋階段をあがるように、回復と癒しのプロセスを進みます。
 第一段階の「安全の確立」では、症状を受け入れて、自分自身に共感をもってつながる健康的な方法を身につける必要があります。自分の身体的、精神的、認知的、行動上の必要性に注意を払う事で、自分の人生にもっとコントロールを感じ、トラウマの影響を減らすことができます。「安全の確立」の段階では、自分の心身のニーズを満たし、自分自身を大切に扱うためのセルフケアが必要です。

■セルフケアのヒント
 トラウマによる不安と苦悩をコントロールするために、身体へのセルフケアは欠かせません。下記のなかでどの方法が役立ちそうですか? どれができそうでしょうか? 心理的な問題を扱うためには、まず身体のニーズを満たすことは大切です。一度にすべて行おうとするのではなく、一つか二つ選んで始めてみましょう。

●健康的な食生活を心がけましょう。不健康な食事はストレスレベルを高めます。
●運動はストレスをコントロールするのに大変有効です。運動をすることでよりリラックスした状態    をつくることができます。
●十分な睡眠をとりましょう。そのためには、規則的な日常生活を身につけましょう。決めた時間 に起き、就寝しましょう。寝る前にリラックスできる何かをする習慣を身につけましょう(音楽を聴 く、あたたかいお風呂に入るなど)。
●十分な休養を取りましょう。たとえ眠れないときでも、休養することで力とエネルギーが蓄えられます。
●五感を緩和させましょう。視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚と五感を緩和することで、自分を落ち着かせることができます。例えば、身の回りの自然を見渡す、星をながめる、綺麗な花を一輪買う、音楽を聴く、アロマキャンドルを灯す、食べ物の味をよく味わう、ハーブティを飲む、心地よい椅子にゆったりと座る、犬や猫とじゃれる、マッサージを受ける・・など、心地いい感覚に注意を向けてみましょう。

 身体的なケアのほか、誰か安心できる人に話を聞いてもらう、家事をサポートしてもらう等、ソーシャルサポートを得ることも大切なケアです。自分のニーズに気づき、必要なサポートを求めましょう。
 またセルフケアは、トラウマに晒された本人はもちろんのこと、トラウマに晒された人を支える家族や友人、支援する人にとっても大切です。支援する人自身も「食べること、寝ること、休養すること」など自分のニーズに目を向けましょう。生活のなかに意識的にセルフケアを取れいれることで、不安やストレスの軽減をはかりましょう。

 しかし、フラッシュバックや回避・麻痺、過覚醒、解離など症状が長引くとき、一人ではうまく対処できないときには早めに専門機関に相談しましょう。
 当研究所では、カウンセリングのほか、グループセラピーとしてセルフケアを学んでいただける場を提供しています。セルフケアの方法がわからない、セルフケアに関心がある・・といった方は、「カウンセリングについて」「グループセラピーのご案内」もご覧ください。少しでも皆さまのお役にたてればと願っています。

参考図書『心的外傷と回復』みすず書房、『不安障害の認知行動療法(3)強迫性障害とPTSD』星和書店、他
※おすすめ図書『女性ライフサイクル研究第9号 特集:女性のトラウマと回復』             

          

 

2014.06.15 コミュニティ
「居場所とは何か」~学会発表のご報告~

                                                        仲野沙也加

 先日、コミュニティ心理学会でポスター発表を行った。学生時代に一番熱心に取り組んだ修士論文を何らかの形でまとめたいと思い、もう一度振り返る作業を行い、発表することとなった。題目は「居場所の概念の検討―「場の居心地」「人の心の拠り所」に着目して―」であった。今回のエッセイでは恥ずかしながら発表させていただいた論文の一部を紹介したい。

 

 修士論文に取り組んだきっかけは、「居場所」支援にかかわったことであった。「居場所」という言葉は、心理臨床や学校現場に関わる人たちをはじめ、私たちの間で随分と馴染みのあるものになってきている。では、そのように関心が高まってきている「居場所」とは何なのであろうか。また私たちは、どのような場所と関係を築き、そこを自らの「居場所」と定め、そこに「居る」のか問題意識を持った。

 人がある場所に「いる」ということは最も当たり前かつ自然で、だからこそ深い意味を持つのではないだろうか。人の「居場所」の選択の背景にはさまざまな要素の組み合わせで移り変わる環境のなかで、その人それぞれの思いを抱きながら、自分の居場所を選択している。しかし自ら「居場所」を選択することが困難な人は、周囲の環境をコントロールすることが難しく、自らの意思を表現する力が十分でない。

 一方で、「居場所」を選択することに困難を感じない人たちは、どのような要因を意識しながら「居場所」を定めているのだろうか。この問いに目を向けることは、「居場所」を選択することに困難を感じている人に対しての生活環境の設定・計画にあたって一定のヒントを与えうるものになるだろう。

  以上のような問いを持って大学生にインタビュー調査を行った。今回の調査から、人は心の拠り所となる・安心感のある、場所・人に対して「居場所」と感じるということが分かった。また、場所については、「自分のあるがままを受け入れてくれる人物」がおり、その人と大切にしている場所が「居場所」になることが分かった。一方で「一人でいる場」も大切であり「居場所」と感じている人が多かった。また、ある関係性(クラスメイト、部活・サークル仲間)について「居場所」と感じる人は、そこに自分が自主的に参加していること、自己肯定感を得られることが大切になってくることが分かった。そして、「居場所」を選択することに困難を感じない人は、いくつかの「居場所」を持っており、それぞれの「居場所」から力をもらい、力を与えていることが分かった。

  「居場所」を選択することに困難を感じる人にとっても一番大切なことはその場を「居心地が良い」と感じることができるかである。支援者はまずはその人にとって「居心地の良さ・安心感」を提供するためになにができるか考え、生活環境を設定する必要がある。その上で、その人が自主性を発揮でき、所属していることを感じるには、何らかの役割を持ち、認め合う関係を築くことが良いのではないかと考える。そのような「居場所」は社会において何か迷いがあった時、力を与えてくれるものになるのではないかと考える。

  発表を終えて、いろんな方から意見を頂いた。多くは「居場所」の多様性ゆえの定義の難しさであった。その人それぞれの「居場所」、「居場所」から得る効果も様々で一見定義を得ることは難しい。しかし、人は大切な場・人・関係性を求め、そこで力を得る、居たいと思う場・人関係性となる。この一番シンプルなところは、通じるものであることを再確認した。

2014.06.07 本/映画
苦手克服のコツ?!ー池田暁子さんの"整理術!"シリーズから

福田ちか子

 

  イラストレーターの池田暁子さんが一念発起して,片付けや貯金,時間の使い方などの自分の苦手を克服していくエッセイ漫画のシリーズがある。その根底にある考え方が,良いなと思う。

  私たちは,自分の苦手なことをどうにかしようとするとき,~しないように頑張ろう,と考えがちだと思う。前向きではあるけれど,この頑張り方は,良い結果がだせなかった時に,「頑張りが足りなかったな~。...あかんなぁ自分。」となりがちなので結構疲れる。少し極端な言い方かもしれないけれど,これは自分自身を否定するふりかえりだ。頑張ってもそう簡単には結果につながらないから自分の中の苦手に分類されるのであって,頑張ってできるなら苦手にはなりにくい。苦手が続く間は,いつまでたっても自分を否定しっぱなしだ。

  池田さんの本では,ここに発想の転換がある。

   例えば,"一日が見えて楽になる!時間整理術!"のあとがきに,{「忘れないようにしなきゃ!」と思ったことは,ほぼ100%忘れる}から「忘れちゃうこと大前提で動く」とある。つまり,自分が苦手なことを,私にはこういうところがある(漫画の例で言うと,必要なことを忘れやすいところがある),と一旦認めて,それについて対策・作戦を考えていく(携帯のリマインダーを使う,明日の自分へ伝言を書く)という発想である。こう考えると,ものごとが望ましい結果にならなかったとき,頑張らなかった自分を責めるのではなく, この作戦が良くなかったと考えることができて、作戦に工夫の余地あり,とか,次に起きないようにするにはどんな作戦があるか,などと前に向かって進むことができる。または,今日は疲れたから作戦を考えるのは今度にしよう,と自分で選んで休息を挟むこともできるだろう。

   この発想は,自分自身が何か解決したいテーマをもっている場合のカウンセリングに通じるところがあるように思う。池田さんの著書のように,自分にはこういうところがある,と発見があって、試行錯誤しながらその対策がみつかっていく時もあれば、煮詰まって停滞状態が長く続くこともある。そんなとき、ちょっと人に相談すると、ふっと視野が開けたりすることがある。そんな風に、煮詰まった思考に風を通したいときの相談に、カウンセリングが役立つことがあると思う。...ちょっと宣伝みたいになってしまった。

  忙しいとき、疲れているときほど、「頑張りが足りなかったな~...自分」となってしまいがちだけれど、せっかく頑張っているのに自分を責める振り返りになってしまうのは、とてももったいないぞ、と思いなおせると素敵だ。

 

参考・引用図書
 池田暁子 2010 一日が見えてラクになる!時間整理術! 株式会社メディアファクトリー

 

2014.05.28 トラウマ
女性のトラウマとライフサイクルの危機~映画『8月の家族たち』を観て考えたこと

西 順子

 「女性が人生(ライフサイクル)で出会う問題について、私たちも共に生きながら考える」、女性ライフサイクル研究所が1990年開設以来、志してきた援助の基本姿勢である。つまり、母娘関係、パートナーとの関係、子育て、暴力被害・・など、女性が人生で出会う問題は他人事ではなく、同じ土壌を生きている「私たち」にとって地続きにある問題であり、普遍的な問題であるとして取り組んできた。それは、女性を対象として見るのではなく、同じ立ち位置に身を置いて、女性の視点に立って感じてみる、ということでもある。

  この春、たまたま映画『8月の家族たち』の取材を受けさせて頂いた。この映画に登場するある家族の三世代の母と娘、それぞれが女性のライフサイクルの段階に応じた危機を経験していた。第一世代の母は老年期の危機、第二世代の娘は中年期の危機、第三世代の孫にあたる娘は思春期の危機にいる。取材では、中年期の視点からコメントさせて頂いたが、ここでは老年期の母親のことについて少し考えてみたい。というのも、メリル・ストリープが演じる母バイオレットの人生を振り返ってみたとき、それは同じ女性として、とても悲しい物語だから。私は痛みを感じ、見過ごすことはできない、いや見過ごしたくはないと思った。

 表面的には毒舌家であり薬物依存症の母であるが、それは女性のトラウマの苦悩と孤立無援感の表現とも考えられた。トラウマを抱えながら自分の生きづらさがどこから来るのかわからず、苦悩の人生を生きたであろう前世代の女性たちのことに思いを馳せた。自分の傷つきを回避して、自分にケアが必要なことに気が付かなければ、前世代のトラウマは次世代へと伝達されていく。次世代が負の遺産をどう正の遺産に変えていけるかは次世代の課題、テーマであるだろうが、前世代は老年期の段階においては、何ができるのであろうか。トラウマから自由になる可能性はあるだろうか。

  以前、「心理的ケアの喪失による女性の人生の危機」(『女性ライフサイクル研究13号』より)について考えたことがあるが、女性の人生の危機は心理的ケアの喪失と関わっていること、女性が人生の危機を乗り越えるためには、その喪失を受け入れて自己をケアしなおしていくことが必要であるとまとめた。そのためには、自分のなかにある渇望(「内なる少女」と言われる他者の愛情・ケアを求める欲求)に耳を傾けて、他者からのケアを受け入れることが必要であるとした。トラウマと回復の観点から言えば、喪失を悼む喪の作業と癒しと希望が必要といえるだろう。

  「家族の物語を紡ぐ~次世代に受け継ぐために」(女性ライフサイクル研究18』より)では、ある家族、中年期の姉妹三名と母親へのインタビューとグループワークを行った。家族が「否認」してきたことと向き合い、それぞれの経験に耳を傾け共有するなかで、互いへの感謝が生まれている。それぞれの体験を持ち寄り家族の歴史を紡ぐ作業であったと言える。老年期にいる母親にとって、子ども時代からの自分の人生を語るという体験は初めてとのことで、一生懸命思い出しながら語ってくれたことが印象に残っている。

  女性ライフサイクル研究所のカウンセリングでは、中年期、青年期の女性から、思春期、学童期・幼児期の子どもまで、ライフサイクルの発達と危機を乗り越えていけるようお手伝いしているが、老年期の女性との出会いもある。老年期は「統合性 対 絶望」の発達の危機にある。統合とは全体性でもあり、自分の生涯を意味あるものとしてまとめ、人生を受け入れることである。トラウマを生き抜いてきた前世代の女性の人生に敬意を表しながら、人生の物語を紡いでいくお手伝いをさせて頂くことができたなら第二世代としても幸いである

2014.04.27 女性の生き方
すーちゃん まいちゃん さわ子さん

仲野沙也加


生きていると少しずつ大変なこともやってくる。でも、家族や友人からのたわいのない連絡、ささやかな日常の一コマでほっとする。そんなことに支えられて心が安心する。遠い未来のために今を決めすぎることはない。今いることが未来に向かっているのだから。
 
友人に勧められて「すーちゃん まいちゃん さわ子さん」という映画を観た。この映画は、柴咲コウさん、真木よう子さん、寺島しのぶさんが演じる3人の独身女性が主人公の物語。3人それぞれが道を歩む中で悩みにぶつかる。「私が選んできたのは、間違っていたのかな?」それでも彼女たちはちょこっとの幸せを見つけながら今を生きていく。春の温かく柔らかな雰囲気に合う映画だ。上映されたのは、1年くらい前になるためDVDを借りて観た。

映画を観終わった後、心がほっこり温まりすっと軽くなった。仕事、恋愛、結婚、出産、子育て、介護...人生の中で直面することであり、それらが必ずしも心から幸せと感じるものでないかもしれない。でも、少しゆっくり深呼吸して周りを見て。日常は意外にもゆるやかに流れている。「今を生きる」それだけで十分素敵なこと。幸せなこと。選択を一つずつ積み重ねていくことが人生でもある。でも、たまにはその選択も時の流れに身を任せるのもいいかもしれない。それも大切な選択。自分のことを大切にしたくなった。「昨年は日常に追われ、ゆっくり過ごす時間も少なかったなぁ。今年はほっこり過ごす時間も大切にしよう。」とゆるやかな決意を抱く。

2014.04.23 ライフサイクル
初心忘るべからず

西 順子


 2014年4月1日、新しい体制となった女性ライフサイクル研究所の新年度がスタートした。所長として新年度を迎え、心のなかで反芻している言葉が「初心忘るべからず」。女性ライフサイクル研究所の創業から24年、12年目に法人化という節目を迎え、それからまた丸12年がたった。12年というと干支も十二支を一回りして最初に戻ってくるように、今年は初心に立ち返って研鑽を積んでいければ・・と慎ましやかな気持ちでいる。

 研究所開設の「最初の志」と言えば、創業の精神「社会にひらかれた心理臨床」。「こころ」を女性が置かれている社会的・歴史的文脈から理解し、「女性の視点から女性のサポート」を掲げてスタートした。これからも創業の精神を土台に、研究所に来談くださった方、ホームページを訪問くださった方々が、人や社会と「安全に」つながり、「一人ではない」「自分だけじゃない」と安心できる場を維持し、育てていければと思っている。

 ところで「初心忘るべからず」とは600年前に能を大成した世阿弥の言葉。私が「初心」の本当の意味を知ったのは最近だが、世阿弥の言う初心とは「己の技量の未熟さ」のことだと言う(『風姿花伝』より)。 
 
生には三つの初心があり、まず24,5歳の頃の「若いときの初心」二つ目には24,5から壮年期まで、人生の各時期に「その時々における初心」、そして人生の最後の段階で「老後の初心」がある。老後においてもその年齢に似合ったことを習うのは「老後の初心」で、「老後すら初心と心得れば、以前に学んだすべての能を、後心として、これからのために新たに見直し、そこから学ぶのである」と言う。

  世阿弥の言う「老後」は50歳以後のことで、まさに今の私。「老後の初心を忘れない」という言葉は胸に響く。「生涯を通して常に初心を忘れないで過ごせば、高まる一方の芸のまま最後まで後退することはない」とのこと。これから10年先を見通しながら「己の技量の未熟さ」と向き合い、そこから学ぶ姿勢を忘れないで、日々精進していきたいと改めて思う。

 二つの意味の「初心忘れずべからず」を大切に一歩ずつ進んでいきたいと思いますので、新体制となりました女性ライフサイクル研究所に温かいご支援をいただければありがたいです。今後ともよろしくお願い申し上げます。
                                                                                                            (2014年4月)

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