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FLCスタッフエッセイ

2015.02.24 カウンセリング
カウンセリングの窓から~女性の傷つきと怒り

西  順子

 

 女性のカウンセリングのなかで、傷つきからの回復に「怒り」は重要なテーマです。虐待やDV、性暴力などトラウマをはじめ、他者との関係での傷つきに、怒りの感情を取り戻すことは回復のバロメーターの一つです。

 しかし、怒りの取り扱い方はむずかしく、怒りを感じそうになるや否や感情に蓋をして抑圧してしまうか(あるいは怒りを回避して切り離すか)、我慢をため込んで爆発してしまうか、どちらかになりがちです。本来、怒りとはエネルギーに満ちた生命力です。命を肯定するためには、そのエネルギーを破壊的ではなく、建設的に方向づけていくことが必要です。
 
 今回は怒りのガイドブック『もっとうまく怒りたい!~怒りとスピリチュアリティの心理学』(キャスリン・フィッシャー著、村本邦子訳)から、女性が自分の怒りと取り組む際のヒントを紹介できればと思います。

●感情によい悪いはない

 米国の心理学者ギリガンは「少女から大人になる女性のターニング・ポイント」について研究しましたが、その結果わかったことは、女性が少女から大人になっていく過程は、「沈黙」と「つながりの喪失」の旅だということでした。特に思春期以降になると、本当の感情、特に怒りの感情を表現することをやめます。関係を維持するために、感情を手放し、自分の経験を抑圧して、周囲に適応していくことを学びます。

自分の声を断念することで、女たちは自分の感情すべてを経験する権利や、もって生まれた才能を放棄してしまうのです。 

しかし本来、感情によい、悪いはありません。どの感情も耳を傾けられるべき大切なものです。善悪の判断は感情ではなく、行動に対してなされるべきものです。

こころとからだの「境界」が侵害されるとき、怒りを感じるのは自然な反応です。自己と他者、そして世界とのつながり方がどんなものであるか、怒りを通じて「からだ」からの重要な情報を与えてくれるのです。

怒りを感じることを避けて、怒りから切り離されると、創造的な洞察力は制限され、他者の感情に共感する能力が損なわれます。沈黙させられた怒りは、ひきこもり、批判、過小評価など、変装した表現で現れることもあります。
 

●怒りを認める~気づきの実践

 では怒りと、どのようにしてつながることができるでしょうか。怒りと再びつながりをもつための有効なアプローチには、マインドフルネス(瞑想法の一つ)があります。マインドフルネスは、深い気づきのことで、判断抜きに、あるがままを受け入れるよう励まします。

 判断抜きの気づきが難しいのは、内なる批評家がつねに働いて、何を感じるべきか、感じるべきでないかと口出ししてくるからです。「こんなことに惑わされてはいけない」「こんなことで腹を立てるなんて、もっと広い心でいなければ」「そんなこと感じるなんて、なんて私はバカなの」など、「~すべき」「~べからず」に声を傾けていくと、自分が悪い存在に感じられてしまうでしょう。

 この批判的な声を脇に置き、自分の中で起こっていることに、十分に耳を傾けてみましょう。マインドフルネスの気づきは、ただありのまま、怒りを認めます。判断を下すことをしません。私たちの中にある複数の声に耳を傾けることを許します。

 

●怒りの対処法

怒りのエネルギーを前進させ、生きるエネルギーに転換していけるよう、自分や他者を傷つけることなく、怒りを取り扱う方法を紹介しましょう。

・休止をとる・・時間を置く方法です。夫婦喧嘩などあらゆる個人的関係において、これが有効です。

・腹式呼吸・・ゆっくりと深い呼吸をすることで、「闘争か逃走か」といった身体反応が緩和され、脈拍数が減り、筋肉を緩めることができます。

・からだを動かす・・これによって、高レベルになっている体内のアドレナリンを散らすことができます。どんな活動、スポーツも役に立ちます。

・瞑想する・・瞑想することで、怒りを衝動的に表現するのでも、逆に避けようとするのでもなく、怒りの感情に持ちこたえ、抱えることができるようになります。

・信頼する人に打ち明ける・・自分の感情を洞察するもっともよい方法の一つです。何が起こったのか? なぜ腹を立てているのか? どんな反応ができるのか? 感情に含まれている情報をより分けることに役立ちます。

・思う存分泣く・・女性が怒りを表現するもっとも普遍的な方法のひとつは、泣くことだそうです。涙は怒りを健康に解放してくれます。感情的な涙は、ストレスに対する免疫システムを高める化学物質を含んでいることがわかっています。涙は浄化作用と治癒力を持っています。

・からだで知る・・多くの女性が、からだから切り離されています。これを変化させる第一歩は、自分のからだの感覚に注意を向けることです。からだの声に耳を傾けて、自分の反応とつきあってみましょう。

   ・・・自分にできそうなことはありましたか? うまくつき合うヒントが見つかったでしょうか?
 
 怒りを生命のエネルギーへと変容させていくために、怒りの感情あるいは怒りの反応(身体でとらえられる感覚)に気づき、あるがまま認めることが第一歩です。

 しかし、怒りとつき合うのが難しく、怒りに圧倒されてしまい罪悪感に悩まされたり、怒りが内向して抑うつが続いたり、無力感に苛まれてしまうとき・・など、一人では対処できないようなときは、いつでもご相談ください。

 フィッシャーは「怒りとは、本来、よりよく愛することのひとつの側面」であり、「健康なスピリチュアリティに不可欠なもの」と言います。女性ライフサイクル研究所では、内なる怒りの声(声なき声)に耳を傾けながら、その声の理由や意味を理解し、よりよく生きるエネルギーへと変換していけるよう、カウンセリング/心理療法を通してお手伝いができればと思っています。
 
 ⇒カウンセリングについてはこちらをご覧ください。

 ⇒文献 『もっとうまく怒りたい!~怒りとスピリチュアリティの心理学』(キャスリン・フィッシャー著、村本邦子訳) ※怒りを深く理解し、癒しのプロセスについて学びたい方に、お勧めです。こころとからだ、そして魂とつながるヒントが得られることと思います。

                                                                               もっとうまく怒りたい!
                                     

2015.01.13 カウンセリング
カウンセリングの窓から~人生の選択に迷うとき

西 順子

 人生とは旅のようなもの。ライフサイクルの段階に応じて状況も変わり、質的な変化を求められます。
 
 進学、就職、再就職など、どんな進路に進むのか進まないのか、どんな仕事につくかつかないか・・。
 恋愛、結婚、離婚、再婚など誰といつどんな関係をもつのか持たないのか・・誰と共に人生の旅をするのか・・など。
 人生の変化の節目ではさまざまな選択の「とき」があり、どの「道」を選ぶのか選ばないのか、選択に迫られると言えるでしょう。
  
 人生の節目は危機でもありメンタルヘルスに不調が現れやすいものです。これまでの旅の疲れを休め、エネルギーを充電しつつ、次の人生の方向性を見出すときでもあるでしょう。

 しかし人生の分岐点では、あなたが自分で決断する前に、誰かが「こうすべき」「こうしたほうが、あなたのため」と圧力をかけてくることもあります。

 ではどうやって、自分の人生の「道」を選択し、歩んでいけばいいのでしょう。あなたが本当に納得いくためには、何を指針に選択すればよいのでしょうか。

 人生の「選択」をするときの指針、あるいはヒントとして、ここでは『女はみんな女神』から、著者ボーレンの言葉を紹介したいと思います。

 「人生は自分で選んだのではないさまざまな状況にみちているが、常に決定を行わなければならない瞬間がある。それが結節点となって、物事のなりゆきが決まったり性格が変えられたりする。自分の旅の主人公になるためには、女性は、自分のおこなう選択が決定的に大事だという態度で始めなければならない。あるいは、初めのうちはあたかも大事であるかのように振る舞わなければならない。」(350頁より)

 つまり、自分が行うこと、行わないこと、自分の態度によって自分を決定していくと言います。このことを精神科医であるボーレンは自分の患者さんから教えられたと言っています。

 たとえば、親から見放され、虐待されながら生き延びてきた人々が、自分を虐待した大人のようにならなかったこと、トラウマ的経験は爪痕を残し、無傷ではないけれど、それでも信頼や愛と希望、自分を大切にする気持ちは残っていること。それは「なぜそうなのか」と考えたところ、こうした人々は、子どもの頃、何らかの仕方で自分を恐ろしいドラマの主人公として自分を理解しており、心のなかの神話、空想生活、想像上の友達をもっていたと言います。
 自分をお姫様だと感じて空想生活に逃げ込んだり、戦士だと考えて、どうすれば家から出られるかの計画を練っていたり・・、どのように反応したらよいかを自分で選んでいたのです。自分がどのように扱われているかとは別個に、自分についての感覚を維持したのです。 

 またボーレンは次のよう言っています。重要な決定をしなければならないとき、特に状況が混沌としているときは、「女性が自分の内面を正直に見つめ、自分のもろもろの感情、価値感や動機をふるいにかけ、重要でないものから重要であるものを選り分けること」(328頁)が大切です。

 たとえば、仕事と家族の問題が重なって鬱になり仕事を辞めたがもう一度仕事につきたいというとき、何を大切にするかによって、さまざまな選択肢があります。 

 家族(例えば子育てや介護)や家庭生活とのバランスがとれる条件で再就職の道を探る・・、
 今は働くよりも、将来的に自立できるようまずは資格をとる勉強から始める・・、
 以前していた仕事の経験を活かせるよう、同じ職種でもう一度働けるところを探す・・
 家族とは離れて自活して暮らせるよう、やりたい仕事よりも条件のよい職を探す・・、
 心身の健康を第一にして、まずはボランティア活動を通して自分の生きがいを見出す・・等、

 長期的なスパンにたって未来を見ながら、何を優先して何をあきらめるのか、優先順位をつけながら、自分にとってもっとも大事なものを理解していくことが必要となるでしょう。

 そのためには、慌てて答えを出さず、まずはじっくりと考えて、自分のペースで決心する事を大切となってきます。人生の選択に迷うとき、あなたにとって大切なものを、自分の心にすんなりと受け入れられるかどうかに基づいて決断することが大切です。
 なぜなら、その結果を引き受けて生きていくことになるのは自分に他ならないからです。
 
 女性ライフサイクル研究所では、人生の道に迷いこみ、暗くて先が見えない時、十字路で立ち止まるとき、自分にかなう「道」を発見できるようお手伝いができればと思っています。必要なときはいつでも、カウンセリングの「場」を訪ねてみてください。

関連記事:
FLCエッセイ「カウンセリングの窓から~私って誰?本当の私らしさって?」
論文「女性の自己実現と心理療法~『血と言葉』を女性の視点から読み直す」
論文「想像力とレジリエンス」
年報「特集:人生の選択に迷うとき~新しいライフサイクルをめぐって」
 『女性ライフサイクル研究』第15号

2014.12.24 子ども/子育て
大人と子どもをつなぐ絵本の魅力

福田 ちか子

 

 小児科で相談を受けていた時,子どもの育ちについて相談に来られた保護者の方々から,「一緒に絵本を読むように言われたんですけど,それって意味あるんですかねぇ...」と尋ねられることが幾度かあった。親子のコミュニケーションを良くするために絵本がいったいどう役に立つというのか?という心の声が聞こえてくるようなお尋ねであった。

 

 子どもは確かに絵本が好きだ,けれどもいったいどう子育てに活かされるのか?どう役立つのか?という素朴な疑問を抱くことって,実は案外多いのではないだろうか。今回は,そんな疑問に答えてくれるような俵万智さんのエッセイ,『かーかん,はあい』(2012,朝日文庫)を紹介したいと思う。

 

  この本では,章ごとに一冊の絵本が,万智さんと息子の日々のやりとりの様子を交えながら紹介されている。親子のコミュニケーションにおいて,絵本が,何ともいえず良い仕事をしている場面や,大人にとって子育てを助けてくれる心強い味方となる場面が描かれていて,絵本の魅力を再発見できる一冊だ。

  例えば,「お薬飲みなさい。飲まないと良くならないよ!」何回いっても子どもは聞かない。「苦いからやだ!」「なんで飲むの?」大人は大人で,どうしていう事を聞いてくれないのかと焦るし心配だしで,時にはイライラ。「なんで?」と聞かれても,お腹の調子を良くする薬の働きなんて説明のしようもないし,と焦りは募る。

 そういう時に効きそうなのが,"バクテロリストVS.ビオフェル民族"の章。病気になる仕組みや身体の働きが詳しく紹介された絵本(『よーするに医学えほん からだアイらんど おなか編』)を気に入って以来,薬嫌いの息子さんが,ビオフェル民族に応援してもらうんだから,と張り切ってお腹の薬を進んで飲むようになったエピソードが紹介されている。

 また,「今日は幼稚園行きたくないんだ!だって......だってなんだもん!」嫌な気持ちを,子どもは上手く言葉にできない。大人は心配したり,かけることばがみつからなかったり。そんな時には,"今日は「いやいやえん」"の章が役に立つかもしれない。どうしても今日は幼稚園に行きたくないといった息子さんがお休みしたある日のエピソード。気晴らしにと出かけた図書館で,息子さんは,その日の自分の気持ちにぴったりの絵本(『いやいやえん』)を見つけて目を輝かせる。次の日は元気に登園したとあり,万智さんが安心した気持ちも伝わってくる。

 

  日々のあるあるシーンで,子どもの気持ちにぴったりの絵本がみつかると,絵本の世界をとおして,子どもが自分の気持ちを大人に伝えることができる。また,大人が子どもにわかりやすく伝えることもできる。絵本が,まるで大人の言葉と子どもの言葉を通訳してくれるかのようである。絵本によって,子どもと大人の気持ちが通い合う瞬間が生まれることが,この本のたくさんのエピソードに共通している絵本の魅力だ。絵本の力で,子どもと大人が楽しく通じ合える瞬間が,自然と増えていく。子どもの気持ちがわからない,子どもと楽しく過ごせない,そんな時,絵本を味方につけると,心強いサポーターになってくれると思う。

2014.12.01 コミュニケーション
夫って/妻ってこんなタイプ!!夫婦間ストレスを減らすコツ?!
福田ちか子

 

  漫画家の高世えり子さんが,自分とは考え方やものごとへのアプローチが大きく違う夫に焦点をあてて,出会いから結婚,出産までを描いたエッセイコミック"理系クン"シリーズ。 "理系クン"と呼ばれる夫、N島クンが,夫婦間の葛藤や家事といった彼にとっての難題を冷静に分析して改良(?)していく様子や,そんなN島クンに対する妻、高世さんの心のツッコミが,大学時代に比較文化を学んでいたという高世さんによってコミカルに描かれていて面白い。

  例えば,買い物の仕方の違いで勃発した夫婦ゲンカについて。結婚後の新居に購入する家具を買おうとしたとき,納得がいくまで素材や商品を比較検討したいN島クンと,N島クンと一緒にお買いものをする雰囲気を楽しみたい(買う品物へのこだわりは小さい)高世さんの間に大きな溝ができる。

******

高世さん:「二人で買い物しようって言ったのに,N島クン一人で勝手にいっちゃうわ,私の意見は聞かないわ,話しかけてもシカトするわで一緒にいる意味全然ない!!」

N島クン:「(まっさお)......僕......は...えり子にとっても今日一日は楽しくてもりあがったデートだと思ってた...」

高世さん:「どっ,どこが......?」

N島クン:「え...だって...一緒にいるし,一緒にお店に入ったし...(以上)」―(略)―

N島クン:「シカト!?」「いつ...!?」 高世さん:「ずっと!」「休もうよ~とか」

 ここまではよく起こるすれ違いかもしれない。しかしここから,N島クンの分析がはじまる。

N島クン:「ごめんそれは僕の頭のCPUが「買い物」という項目で占められていて,えり子の様子や外のコトはひとっつも入ってこなかったんだよ...」「しかしえり子はすごいね...「会話」と「買い物」を「同時に処理」できるんだ...

そうして出た結論が,

N島クン:「はっ,そうかっ―(略)―集中力の使い方がちがう方式なんだよ!」

この後,お互いが重視するポイントを比較検討して,N島クンがネットで商品を探してしぼりこんでから高世さんに聞くシステムを考え出し,一件落着となる。 

*****


 こんな風に高世さんからみたN島クンとの価値観の違いにまつわるエピソードがちりばめられている。 "二人でしゃべりながら、良い雰囲気になったら楽しいだろうなぁ"などという期待に対して,N島クンからあまりにもピントがズレたコメントが返ってきた時の高世さんの肩をポンと叩いて労いたくなることもしばしばだ。

  ただ、このシリーズの面白いところは,二人の価値観が違う!!というところでどちらかがあきらめることや,相手の価値観を変えさせようとすることなく,お互いの価値観が尊重される落としどころをみつけていっているところだと思う。

   相手の価値観やタイプをしり,どちらか一方が我慢するのではなく,自分も相手も大切にする。高世さんやN島クンのように,衝突や葛藤があったとき,お互いの価値観の違いに気づいて、そのことを相手と共有できると,お互いにとって程よい着地点を工夫できて、「もうっ!!なんでっ!!」というストレスが,少~し減らせるかもしれない。

 

引用文献: 高世えり子 2012 理系クン 夫婦できるかな?   文芸春秋

 

2014.11.30 性的虐待
性虐待の発見と対応・ケアを

                                            西 順子

今日はいいお天気の日曜日。掃除洗濯日和で嬉しい。久しぶりに一日家で過ごせる日は、命の洗濯デイ。

 少しほっと一息とSNSをちょこっと見てみると、友だちからの情報で、ある記事が目に留まる。弁護士ドットコムのニュース〈家庭内で起きている児童への「性虐待」、大人たちは子どもの「サイン」に気づけるか?〉。11月25日に子どもの性被害について考える内閣府主催のシンポジウムが開催されたと言う。

 記事は日本子ども家庭総合研究所で子どもの虐待問題を研究している山本恒雄さんの講演のもので、「子どもがぽろっと発したサインに大人が気づき、早期に調査・保護することが求められる」と語られていた。そして保護した後は、「トラウマとどう向き合うか、どう立ち直るかが問われます」とのこと。フランスでは、性被害にあった子どもに10年にわたって専属のソーシャルワーカーがつくと言う。日本でも中長期的支援を社会が保障していくことが求められている。

 山本さんとはちょうど2年前の12月、日本子ども虐待防止学会大会の分科会「身体と虐待~ソマティックアプローチの有用性」の発表者としてご一緒させて頂いた。ここにもぜひ紹介させて頂ければと、シェアします。⇒記事はこちら。

 ついでに、少し・・日頃思っていること・・。
 女性ライフサイクル研究所では1992年から性的虐待の問題取り組んできたが、子どもへの性虐待は家庭内にとどまらず、広い社会で起こっている。子どもの身近にいる顔見知りの人が加害者であることも多く、子どもの生活圏内、つまり家庭や親族内の他、保育所、幼稚園、学校、習い事、友達仲間・・等のなかで起こっている。加害者は大人から子どもも。性虐待が発見されたとき、子どものケアはもちろんのこと、子どもの家族への支援やケアも欠かせない。 

 そして、子どもへの防止教育と親や教師など子どもと関わる大人への予防啓発活動も重要だ・・。
研究所開設の初期は性的虐待の予防啓発活動に取り組んでいたが、今は被害にあった後の子どものトラウマケアに携わることがほとんどである。でも、予防教育・介入・保護・ケアと、第一次予防から第三次予防まで整っていければ・・と願っているので、また何か自分にできる予防啓発活動はないか・・ささやかなことでも自分にできることを自分の足元から考えてみたい。

 さて、そろそろ日も暮れてきた。明日からの一週間も、無事に乗り切れますように。一つ一つの仕事を丁寧に大切にしていければと思う。

■性的虐待の関連記事・文献
FLCエッセイ「カウンセリングの窓から~性暴力被害への理解と対応を」
FLCエッセイ「子どもへの性的虐待を考える~臨床的援助と予防と」
年報2号「チャイルド・セクシャル・アビューズとは何か」
年報2号「チャイルド・セクシャル・アビューズを子どもの様子から知る指針」
年報2号「サバイバーと関わる人のための手引き」
著作『子ども虐待の防止力を育てる~子どもの権利とエンパワメント』←性的虐待防止教育の実践のまとめ

2014.11.02 カウンセリング
カウンセリングの窓から~私って誰?、本当の私らしさって?


西 順子

 「私って誰?」「本当の私って・・?」「自分のことがわからない」・・など、カウンセリングをお受けするなかで、自分自身についての悩みをよくお聞きします。
 特に青年期は、「自分とは何か」「自分はこれからどう生きていくのか」と自分に問い、考える時期ですので、自分について悩むのは自然なことです。

 エリクソンは、青年期の発達課題は「アイデンティティの確立」として重視しました。「自分とはこういう人間だ」「自分は自分である」とはっきりとした自分を感じ、自分を発見的に知ることで、アイデンティティ(同一性)が形成されるといえるでしょう。

 さらに、アイデンティティ形成は、青年期のみならず一生涯を通じて続く無意識的な発達プロセスです。女性心理学によれば、女性は「個の確立」よりも「関係性」が優先されて発達すると言われます。現代では女性の生き方も多様化しているため、「個の確立」と「関係性」との相互作用の中で、自分らしさを獲得し、人生の段階によってアイデンティティも変容していくと言えるでしょう。

 今回ここでは、「私らしさ」について知るためのツールの一つとして、ギリシァ神話に登場する「7人の女神」を紹介したいと思います。7人の女神は、女性のなかにある「行動や感情に影響を及ぼしている内的な力」「強力な生得的パターン」あるいは「元型」を人格化したものです。
 これを理論化したのは、ユング派でフェミニストの精神科医ジーン・シノダ・ボーレンで、「自分が何者であるのか」について、女性のなかにある内なる力と、文化や家族がどう影響を及ぼすかの両方の視点から、「女神の物語」を通して記述しています。

狩りと月の女神・アルテミス
 短いチュニックをまとい、弓と矢をたずさえ、ニンフを従えて荒野を歩き回る、野生に親しんだ女神です。月の女神でもあることから、光の使者としても表されます。
 アルテミス元型は、女性の自信と独立心を表しています。好奇心旺盛で、自分の狙った目標に集中し、追求していくことに喜びを感じます。犠牲になっている女や幼い者への思いやりがあり、女同士のつながりを大切にします。男性とは対等につきあいます。
  
知恵と工芸の女神・アテーナー
 ゼウスの頭から、完全な大人の姿で飛び出してきたと言われる女神です。美しい戦いの女神として知られ、鎧に身を包んで、都市を守り、知性を支配していました。
 アテーナー元型は、論理的で計画的な性質です。よく物事を考え、感情的な状況のさなかでも冷静でいられます。英雄を好み、自分が見込んだ男性には、その片腕足らんとし、有能な部下(または妻)になります。手先が器用で、タピストリーなど美しく実用的なものを生み出す才能があります。

炉の女神・ヘスティアー
 炉の中で燃えている火の女神。画家や彫刻家によって、描かれたことがない女神です。人間の形で表されたことはありませんが、神聖なものを象徴し、儀式の中で非常に尊敬されていました。家庭や神殿や都市の中心で燃えている炎の中に存在しています。
 ヘスティアー元型は、日常生活になくてはならないものです。一人の人格のなかにヘスティア元型が現れることも同様に大切であり、自分が無傷であり健全だという感覚が生じます。ヘスティアーが求めているのは静かな心の安らぎであり、孤独のうちに見出せます。

結婚の女神・ヘーラー
 最高神ゼウスの配偶者、正妻として知られています。名前は「偉大なる淑女」を意味します。ギリシァ神話では対照的な二つの側面をもっており、一つは結婚の強力な女神として儀式で崇拝されました。もう一つは、復讐心に満ち、嫉妬深い女として貶められました。
 ヘーラー元型は、喜び、もしくは苦しみを生み出す強力な力です。妻になりたい女性の願望を表しています。パートナーがいないと根本的に何か不完全と感じます。絆を結び、パートナーに誠実となり、一緒に幾多の困難を乗り越えていく力を与えてくれます。

穀物の女神・デーメテール
 娘である乙女ペルセポネーの母親として崇拝されました。冥界のハーデスに誘拐された娘を不眠不休で捜しましたが、ついに失望して一切の女神の仕事をやめてしまったことから、地上の穀物が育たなくなりました。困り果てたゼウスのとりなしによって娘を取り戻すことができました。娘と再会してから、大地に豊穣を回復させました。
 デーメテール元型は、母親元型で、母親になりたいという深い欲求、本能を表しています。他の人を養い育て、寛大な気持ちで与え、世話をやいたりすることに満足を覚えます。育てたいという欲求が拒絶されたり邪魔されるなら、抑うつ状態になります。この元型の養育的側面は母親に限定されず、援助職など職業を通じても表現されます。

乙女、冥界の女王・ペルセポネー
 ハーデスによって地下世界に誘拐された女神です。神話の始まりは、無邪気な少女でしたが、成長してのち、冥界の女王として成熟した姿で描かれています。
 元型としては、永遠の乙女のようで、行動するのではなく他の誰かから働きかけられるのを待っています。従順に行動し、態度が受容的です。また二つの元型パターンとして、乙女から女王に成長するか、心の中で乙女と女王が存在するかになります。春を象徴し、若さ、生命力、新しい成長に向かう潜在力をもっています。

愛と美の女神・アプロディーテー
 誕生と起源には二つの説があります。一つはゼウスと海のニンフとの間に生まれた娘、もう一つは暴力行為の結果として生まれています(「ビーナスの誕生」として描かれています)。アプロデイーテーは錬金術(変容)の女神でもあります。インスピレーションを吹き込んで、変容と創造をもたらす愛の力を象徴しています。
 アプロディーテー元型は、女性の愛、美、性、官能の喜びをとりしきります。誰かに恋し、恋におちるとき、アプロディーテーが存在します。創造的機能、生殖機能の両方を成就させることができます。

 皆さんはどの女神たちに親近感をもたれたでしょうか? どの女神たちが内側にいると感じるでしょうか?
 どの女性の心のなかにも女神がいます。そしてまた、一人の女性のなかにも多くの女神がいます。どの女性も、女神から学び、ありがたく受け入れるべき「女神」から与えられた天賦の才を持っています。魅力、強み、潜在的な力が備わっているのです。
 そしてまた、子ども時代・思春期~成人期(仕事、対男性関係、対女性関係)~中年期~晩年と、人生のライフサイクルに応じて、7人の女神それぞれの人生の物語があります。傷つきと苦しみ、成長のための課題もあります。女神たちの人生の物語から、女神の素晴らしさを知ることはもちろんのこと、女性が苦悩や困難を乗り越える知恵や方法も教えてくれます。
 

 「私ってどういう人間?」「私らしさって?」「私は今どこにいて、これからどこに行くのか?」・・等、人生の道の途中で悩むとき、「女神の物語」を知ることでヒントが得られるかもしれません。自分のなかにある女神元型に気づくことで、「ああそうか」と私であることに納得し、「ありのままの自分でいること」を理解され、肯定され、力づけられたと感じられることでしょう。

 詳しくは、『女はみんな女神』をご覧ください。⇒こちらからダウンロードすることができます。

 なお、今年度は第一日曜日の午前中、『女はみんな女神』の読書会・女性心理学グループを開催しています。関心がある方はぜひご参加ください。⇒グループのご案内 

 女性が、私が私であることを肯定し、自分らしく、自分の人生の主人公となることを願っています。

2014.10.17 コミュニケーション
「あたりまえやん」,ほんとかな?  ――コミュニケーションのヒント――

 福田ちか子

 

  「そんなんあたりまえやん」「え~,空気読めへんなぁ」「最近の若い者は...」などなど,相手の行動に違和感があってつっこんだり,自分が言われて落ち込んだりする言葉の数々。つっこむ側にいるときは,結構イライラするし,言われたときは結構傷つくのではないだろうか。

 

  実はこれらは,ある一定の「常識」があって,相手や自分がそれを知っていることが前提になって初めて成立するということを,かつて友人から教わった。

 

  一度目は,アメリカに留学していた先輩から。

   突然だが,"古池や 蛙(かわず)飛び込む 水の音"という松尾芭蕉の句から,どんな情景が思い浮かぶだろうか。解釈の道は奥が深いので脇へ置くとして,目を閉じてイメージしたとき,そこに蛙は何匹いるだろうか? 私は,同じ質問をされたとき一匹の蛙が思い浮かんだし,本やTVでたまに見かける際のイメージ映像でも一匹の蛙のイラストが自然に添えられている。

   ところが,アメリカ人に同じ質問をすると,どうやら蛙が一匹とは限らないのだそうだ。初めてそれを聞いた時,「たくさんの蛙がポチャンポチャンと飛び込む......そんなん情景台無しやん!」と心の中でつっこんだ(英語に翻訳されたものには,"A Flog"と冠詞がついている。俳句や日本語に詳しくない英語圏の人が訳しようとすると,"Flogs"と複数になる場合もあるのだとか)。でも自分がそうだと思い込んでいることが,実はあたりまえではないのかもしれない,ということがとても新鮮だった。

 

   二度目は,イスラエル人の友人から。

 学生時代に,お互い留学生という立場で,彼女と仲良くなり,お互いの自宅に招き合ってお茶をすることになった。最初は友人のお宅へ,そして次は私の下宿へ。下宿に友人が来て,テーブルについて,ちょっとお部屋を案内という段になったとき...す~っと,ごく自然に,まるで自分の家のようにその友人が冷蔵庫を開けた。その瞬間の驚きといったら!後で友人に尋ねると,友人の文化圏ではあたりまえのことだそう。内(ウチ)と外(ソト)の境界の感覚が文化や生活圏によって違う,ということを肌で感じた瞬間だった。

   相手が,自分が,「知っていてあたりまえ」「わかってあたりまえ」という気持ちがあると,相手がわからなかったとき,自分がわからなかったとき,腹が立ったり傷ついたりする。そういったコミュニケーションの中で起こる違和感の小さな塊は放っておくと心に降り積もる。でも,実は「あたりまえ」ではないかもしれない,ということを心に留めておくと,今まで見えていなかった新しい側面に気がついたり,積もった塊を小さくすることができるように思う。

2014.10.06 カウンセリング
女性のストレスとストレスマネジメント

西 順子

 ストレスは、私たちが生きていくうえで避けることができないものです。何か生活に新しいことや変化があり、そのことに適応していかなければならない時、人はストレスを経験します。人は新しい課題に挑戦し、ストレスを乗り越えようとして成長していくものです。しかし、人生にはうまくいくときもあれば、なかなかうまくいかないときもあり、うまく乗り越えられないときには危機的状況となります。ときには予期せずトラウマとなるようなストレスを経験することもあるでしょう。

 女性のストレスには、対人関係、家族やパートナーとの関係からくるストレス、流産、不妊、妊娠・出産にまつわるストレス、育児ストレス、介護ストレス、職場ストレス、大切な人との別れ・・など、人生のライフサイクル上で起こる様々な出来事や状況があります。

 ストレスやトラウマを乗り越えていくには、たくさんの助けやケアが必要です。ここでは、ストレスを乗り越えていけるよう、ストレスと上手につき合う(=ストレスマネジメント)ためのヒントを提供できればと思います。

ストレスとは
 ストレスとは何でしょうか。ストレスという用語は、もともとは物理学の分野で使われていたもので、物体の外側からかけられた圧力によって「ひずみ」が生じた状態を言います。ストレスをゴムボールに例えると、ゴムボールを指で押さえる力を「ストレッサー」と言い、ストレッサーによってゴムボールが歪んだ状態を「ストレス反応」と言います。それをハンス・セリエ博士が生理学の領域で適用したのが始まりです。

 ストレッサ-には、物理的ストレッサー(暑さや寒さ、騒音や混雑など)、化学的ストレッサー(公害物質、薬物、酸素欠乏など)、心理・社会的ストレッサー(人間関係や仕事上の問題、家族の問題など)があります。私たちがストレスと呼んでいるものの多くは、心理・社会的ストレッサーを指しています。
 また、ストレッサーには、日常的に起こる厄介な出来事(デイリーハッスル)やライフイベント(人生のなかでの大きな変化。死別や失業、結婚や就職など良いことも悪いことも含まれます)、トラウマとなりうる出来事(自然災害、人的災害、交通事故、暴力被害など)もあります。

 セリエは「ストレスは人生のスパイス」と言いました。ストレスが適量なスパイスとなれば、人生を豊かに味わい深いものにしてくれます。しかし、ストレスが過剰であったり、ストレスとのつき合い方がうまくいかないと、害が生じてしまいます。心身の健康に影響を与えます。

●ストレス反応
 ストレッサー(ストレス状況)によって引き起こされるストレス反応は、身体面、心理面、行動面に現れます。

身体面:不眠、睡眠過多、食欲不振、食べ過ぎ/飲み過ぎ、下痢/便秘、胃痛、頭痛、
     身体のふしぶしの痛み、肩こり/腰痛、動悸・息切れ、過呼吸・・

心理面:イライラ/怒りっぽい、抑うつ(気分の落ち込み、興味・関心の低下)、不安感/緊張感、     無気力、集中できない、自分を責める、悲観的思考/否定的思考・・

行動面:引きこもり、攻撃的行動(人や物にあたる)、アルコール量やタバコ量の増加、ミスの増      加、能率が悪くなる、遅刻・早退・欠勤の増加、金銭の浪費・・

 ストレスを感じたとき、心や身体が変化するのは自然なことです。ストレス反応はストレスのサインです。何より「気づき」が大切です。ストレス反応は人それぞれ違いますので、自分にはどのようなストレス反応が生じやすいのか、自分の特徴を知っておくとよいでしょう。
 ストレスのサインに気づいたら、ストレス反応が軽減するよう、ストレスと上手くつきあっていくための対処(=コーピング)を工夫してみましょう。

●コーピング
 ストレスに対する対処行動をコーピングと言います。コーピングには主に、問題焦点型コーピング、情動焦点型コーピング、認知に対するコーピング、ソーシャルサポートがあります。

・問題焦点型コーピング:情報を収集して問題の所在を明らかにし、問題そのものを解決しようとする方法です。問題解決のために積極的な行動にでる、話し合う、状況を変化させる・・などがあります。

・情動焦点型コーピング:直面している問題にとらわれないように気晴らしをしたりして、ネガティブな情動的なストレス反応そのものを軽減させる方法です。散歩する、漫画を読む、カラオケ、映画をみる、音楽を聴くなどの気分転換、瞑想や自立訓練法、アロマテラピーなどリラクセーションの方法もあります。睡眠を十分にとること、栄養のある食事、休養や適度な運動なども大切です。

・認知的コーピング:認知とは、ものの考え方や見方のことで、それ感情や気分に影響することがわかっています。私たち誰にでも「認知の癖」がありますが、「バランス良く柔軟な考え方をすること」が大切です。例えば、「失敗してしまった」というとき、「もうダメだ。どうせ私は何をやってもうまくいかない」と考えるとドンドン落ち込みます。でも、「失敗は成功の元。何がよくなかったか原因を考えて、次また活かしていけばいいんだ」と思うと、落ち込みも緩和されるでしょう。

・ソーシャルサポート:友達、家族、職場の同僚や上司など人に相談したり、話を聞いてもらうことです。人は、批判したり否定されたりせずに、「そう思うのね」と肯定して話を聴いてもらえると、それだけでも随分とほっとするものです。あなたが信頼できる人に話を聴いてもらいましょう。助けを借りて、自分を労わりケアしましょう。

 みなさんは日頃、どのようなコーピングを使っていますか?人によって有効な方法は違うので、自分のやりやすい方法を見つけておくことが大切です。ストレスの種類や程度によっても有効なコーピングの方法も違うので、いろいろなコーピングの方法を身につけておくとよいでしょう。

 しかし、対処できないほどのストレッサーを経験したり、ストレッサーが長期間続いたりするとストレス反応も慢性化してしまいます。さまざまなコーピングを使っても症状が長引く場合は、早めに専門家に相談しましょう。

●リラクセーション法
 情動焦点型コーピングの一つ、リラクセーション法を紹介しましょう。リラクセーション法は、ストレス反応を低減させ、リラックス反応を誘導し、心身の回復機能を向上させる方法です。リラックス反応は、環境や刺激が、安全・安心で、脅威でないと判断したときに起きる反応で、副交感神経系の活動が優位な状態にあります。多くの文化圏で古来より様々なリラクセーション法が実施されてきましたが、近年、医学的にもその有効性が確認されています。

 リラクセーション法には、漸進性筋弛緩法(筋肉の緊張と弛緩を繰り返し行うことにより身体のリラックスを導く方法)、呼吸法、アファメーション(自分を励ます言葉を声に出す)、瞑想法、自律訓練法、芳香療法(アロマセラピー)、ヨガなどがあります。ここでは、セルフケアとして簡便にできる呼吸法を紹介しましょう。

腹式呼吸法は、下腹部が膨らんだり、へこんだりするように呼吸する方法です。(臍の上に手をあて)体の力を抜いたまま、口からゆっくりと息を長く吐いていきます。このとき下腹部をへこます感じで息を吐いていき、苦しくならないところで、下腹部を膨らませる気持ちで、鼻から息を自然に吸っていく。これを繰り返していくのが腹式呼吸です。
 吐く息に気持ちを落ち着ける効果があるので、吐く息に注意を向けて、ゆっくりと息を吐いていきます。この時に、「リラ~ックス」「落ち着いて~」と体の緊張も息とともに吐き出すようにイメージしながら脱力すると、リラックス効果が高まります。一回5~10分程度行いましょう。

 ストレスに気づいたら、早目の対処が必要です。女性ライフサイクル研究所では、女性が人生で出会うストレスについて、カウンセリングでのご相談を受けています。心身の健康を回復し、ストレス状況を乗り越えていけるよう、ストレス対処からストレス・ケアまで、共に考えていければと思っています。

参考文献:
『女性ライフサイクル研究13号:特集ライフサイクルにおけるストレス・危機とケア』
『女性ライフサイクル研究19号:からだの声を聴く』
『ストレス・マネジメント入門』中野敬子著、金剛出版。・・など。

2014.09.07 ライフサイクル
女性のライフサイクルと仲間

西 順子

 8月最後の日曜日、30年ぶりに大学の友達と再会を果たす。場所は京阪神と中国・四国地方に住む友達との中間地点、神戸三ノ宮。まず開口一番「変わってない~!」「声もしゃべり方も変わってないね~!」と互いに再会を喜び合った。

 ランチは友達お勧めのイタリアン・レストラン。ホテルの17階にあるレストランの窓からは神戸の山が見えてロケーションも最高。見た目も綺麗で美味しい食事を頂きながら、思い出話から近況まで話も弾む。思い出話には、私自身が覚えてなかったり、忘れていたりするエピソード、しかも面白いエピソードに思わず赤面。大笑いしながらも、自分は覚えてなくとも、友達の記憶のなかで私を覚えてくれていることに、ありがたい気持ちになる。自分が覚えている当時の記憶に、友達から聞くエピソードが加わり、当時の自分の姿が多面的になった。人生のある時期を共に過ごしてきた仲間、思い出話を語れる仲間がいることをしみじみと有り難く感じる。

 話は、大学卒業後から就職、結婚、子育て、家族の生老病死・・などを経て、今取り組んでいる仕事や家族との関わり、そして更年期を迎えての体調のことや目の前に迫っている親の介護にも話が及ぶ。女性の人生30年のライフサイクルを、皆それぞれが生き抜いてきたんだなと、しみじみと愛おしい気持ちになった。そして30年を経ても、その人らしさは変わらず、その人らしく仕事をしたり、活動をしたり、子育てをしたりしていて、マトリョーシカ人形のように、当時の姿と今の姿が重なった。時空を超えて「今、ここ」に一緒にいることが不思議で、とても懐かしくも温かさに満たされた。
 
 大学時代は親許を離れて下宿し自分の人生を歩み出した過渡期、そして今、中年以降の人生をどう生きるかと歩み出す過渡期と、女性のライフサイクルの思春期後期と更年期は共通点が多いことに気づく。過渡期に迷いや悩みはつきものだが、過去・現在・未来と縦軸だったり、家族や人との関わりとの横軸だったりと、縦横に行きつ戻りつしながら時空を超えて話をしていると、普遍的なつながりを感じて、心が楽に自由になれる。それぞれの人生は違っても、女性として、ライフサイクルの段階を共に歩む仲間がいることは心強い。

 楽しいひと時の後、余韻を味わうように女性のライフサイクルについて思い巡らせた。年報創刊号「女性のライフサイクルについての試論」(1991,村本)を読み返す。結論として書かれていた「・・結局のところ、重要なのは、各々が自分の人生を全体との関係のなかでとらえていき、しかも、個人を超えた力や他者とつながりながら、自分の人生を生きていくことである」という言葉に納得。「生かされている」という謙虚な気持ちを忘れずに、他者とのつながりを大切にしながら、自分らしく歩んでいければと思う。

 女性ライフサイクル研究所は伸び伸びと自由に自分の人生を生き、自分とは違った他者をも受け入れ、社会全体がもっといきいきと活気づくことを願って設立された。これからも女性のライフサイクルに寄り添いながら、生命を信頼し、生命の声を大切にする場所であり続けたいと願う。

2014.08.24 本/映画
思い出のマーニー~思春期のこころ~

                                                                                                                           

                                                                                                                          仲野 沙也加

  先日、今話題のジブリの映画、「思い出のマーニー」を鑑賞した。

 物語は12歳の主人公 アンナと不思議な女の子マーニーの話。不思議で、優しくて、せつない中に温かさを感じる物語。原作はジョーン・G・ロビンソンで長年親しまれている児童文学の一つである。この物語は、アンナとマーニーの友情を描く前半と、不思議なつながりの秘密に近づいていく後半で構成されている。舞台は北海道で、豊かな自然に囲まれ、日常の中にある非日常な空間が綺麗に描かれている。

 「思い出のマーニー」には思春期のテーマや、愛着対象の不在のテーマが背景に存在している。自分のことが嫌いで人の輪の外にいると感じる主人公アンナ。多くも少なくも自分と周りとのズレを感じる思春期。アンナには思春期特有のアンバランスさがあり、物語の感情ラインにも独特の緊張感を与える。信じるものを探して大人になっていく。異性では描けない同性同士のつながりや問題をジブリらしい流れの中で魅せられていく。心の支えとなる同性同士の絆や愛情、心のつながりの大切さを通して成長していく少女の過程が描かれている。

 この作品のキャッチコピー、「あなたのことが大好き」という言葉。監督である米林宏昌氏は、「きっとあなたのことを愛してくれる人がいる、誰かに愛されている、あなたも誰かを愛することができると感じてもらえたらいいなと思いながらこの作品を作りました」とコメントしている。

 さてこの映画は不思議なマーニーの謎を考えながら観るとさらに楽しむことができる。

・マーニーは誰なのかとはどういう意味?

・マーニーを誰かが演じている?

・マーニーという存在は実在しない?

 答えは映画の最後まで観ないと分かりません。映画のところどころにヒントが隠されている。映画は苦手という方は原作もとても素晴らしく、読むたびにいろんな発見ができる読み物であり、おススメしたい作品である。

 

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