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FLCスタッフエッセイ

2016.12.16 こころとからだ
牧場でのひととき ーリソースを育む

                                    金山 あき子

 

先日、近くにある牧場に行ってきました。そこは、街中にある、とても小さな牧場なのですが、なぜかいつ行っても、心がほっこり、元気になるので、私の大好きな場所なのです。 

 

牧場の中は、一面、ふさふさと、やわらかいみどりや枯れ草でいっぱいです。どこからか、たき木を焼くにおいがしてきます。うきうきとした様子で、やぎや羊に草をあげている子どもたちの姿。大きな巣で、のんびりしている蜘蛛たちがいます。家で見つけると焦る蜘蛛も、ここではなんだか、仲間に思えます。じーんじーんと虫のなく声・・。

そんな景色の中で、あたたかいお茶を飲んでいると、体ぜんたいが緩んで、自然とお腹の底からゆったりと呼吸をするようになっていました。行く前には何だかもやもやしていた心も体も、帰る頃には大きな伸びをした後みたいにゆるみ、よし、また明日からがんばろう、と目の前がすっきりとしたような、うれしい気もちになって帰途につきます。

 

「リソース」という言葉を、聞いたことがありますか?リソースとは、「自分の心や体が喜ぶ、ものや、こと」のことをいいます。 あるものをリソースと感じるのは、その人それぞれの感性や個性によって違います。この牧場は、まさに私にとってのリソースの一つだなあと思いました。リソースは、人生を楽しく、豊かにしてくれます。自分にとってのリソースが、見つかってゆくほどに、過去からの、そして未来のストレスにも、より良く、安全に対処ができると思います。ではここで簡単な、リソースを育むエクササイズをご紹介します。

 

<リソースを育むエクササイズ>

⭐︎自分にとってのリソースを、一度紙に書き出してみましょう。自分がほっとする場所や自然、もの、人、支えになる関係性、動物、活動、気もち、信じるもの(スピリチュアルな領域)、芸術など・・。 もし、すぐにぱっと思いつかなくても、心配いりません。私たちの心と身体には、たくさんのリソースの種が眠っています。何に心がひかれたか、何にほっとしたのか、体と心がよろぶのか・・。毎日の生活の中で、小さなアンテナを立てながら、ちょっとずつ、自分にとってのリソースを新しく発見してゆくのも、素敵だと思います。できてきた紙に色を塗ったり、お気に入りの写真を貼ったりして、リソースのボードを作り、机に置くこともできます。小さいメモにして手帳に入れ、疲れた時にそっと見るのもいいです。

 

⭐︎近所を散歩してみて、リソースだなあ、と思うもの(景色、お花・・etc) に出会ったら、その対象を五感(色、音、香り、味、触りごごち)で感じつつ、ゆったり、ゆっくりと呼吸してみましょう。五感で感じながら、呼吸することにより、体と心のより深いところに良い感覚がとどきます。いっそう、そのリソース体験は、あなたの宝ものになってゆくと思います。

2016.10.29 自然
ハーブでリフレッシュ!

                                                                                             西川 昌枝

自宅のベランダにハーブの鉢やプランターを置いています。「ハーブ」は葉や茎や花や実に芳香を持つ植物の総称です。ガーデニングブームの頃に何気なく選んだハーブと付き合いが長くなるにつれ、だんだん好きになって種類も増やし、今や自分にとってハーブは生活に欠かせない存在になっています。

「本物ってこんなにいい香り、と感激させてくれるフレッシュミント」、「丈夫でしっかり、抜群の香りのローズマリー」、「小さな葉にかわいい花を咲かせ、すがすがしい香りのタイム」、「レモンよりレモンの香りのするレモンマートル」、「実まですばらしい山椒」が私の美味しいハーブたちです。

ハーブはもともと野生の植物ですからとても丈夫で、基本的には肥料などほとんど必要としません。適応力があるので日当たりと水だけでどんどん大きくなります。成長を促すには育ったところをためらわず、まめに切ってやること。そうするとまたそこから伸びるという具合で、ハーブの生命力の強さに驚かされます。たいして手間もかけてないのに育つ健気さに感心して、時々日光が満遍なく当たるよう向きを変えたり、虫がつかないよう雨や風に当てたりしています(過保護にしません)。

そんな緑色のハーブたちの姿、手で触ると漂う香り、飾ったり、食べたり、年中楽しんでいます。生活の中で、ゆっくりティータイムが取れるときは、このフレッシュハーブたちの出番となります。

絵本「ピーターラビット」のなかで、ピーターの具合が悪くなったときにお母さんが作ってあげたのは、かみつれの煎じ薬(カモミールティ)でした。子どもの頃はかみつれが何かも分からなくて、不思議な遠い世界のことでしたが、今ではすっかりハーブティも身近になりました。

一人で静かに頂くハーブティは心の落ち着く緩やかな時間。数人でハーブティを淹れると、いつも予想以上に喜んでもらえてハーブは頼もしい。香りが嗅覚を刺激して語らずにいられなくなるのか、香りの感想を話したり、効能を伝え合ったり、思い出話をしたり、会話も弾みます。先日は研究所の会議の際にレモンマートルのハーブティを淹れたところ、「優しい味で、香りがいい」とほっと一息、皆に楽しんでもらえました。

ハーブティの作り方は、熱いお湯を注いでいい香りが出るまで数分待つだけという手軽さです。ゆったりティータイム以外にも、気分を変えたいとき、高揚してるとき、沈んだとき、寂しいとき、頭痛や喉の痛み等のちょっとした気になる症状をなだめるとき、薬に頼る前にハーブを試してみます。「いま自分はどうなっているのかなぁ」と観察して、好みや体調に合わせてうまく使えば、心と体のケアやリラクゼーションにもなります。「香り」は人の心とも深く結びついているに違いないと感じています。

最近はスーパーでフレッシュハーブを置いてある所も増えました。花屋さんでもいろんなハーブのポットを売っています。まだハーブとお付き合いがないならば、ドライハーブとフレッシュハーブを比べたり、ハーブティを試してみてください(フレッシュハーブがお勧めです)。良さを知ってもらえれば、「ハーブはいいね~」の輪がどんどん広がるだろうなぁと今日も空想しているのでした。

レモンマートル <効能> リラックス、殺菌、消毒 
タイム <効能> 頭痛、気管支炎、去痰、殺菌、消化促進
ローズマリー <効能> 細胞活性、老化防止、精神安定、頭痛、血行促進
ミント <効能> 消化促進、疲労回復、リフレッシュ、殺菌、集中力
参考文献 : 兎兎工房編著 1999 「ハーブ・ハーブ」 永岡書店


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2016.08.31 子ども/子育て
アメリカでの出産で感じたこと - サポーターの大切さ

                                                             金山あき子

 

私は6年ほど前に、アメリカで出産を体験しました。異国の地での出産というのもあったのですが、なにせお産自体が初めての体験だったので、未知なる世界に入っていくような、期待と不安の入り混ざった心地で、アメリカと日本の習慣との違いなどを発見しては、驚いたり、感心したりの日々を過ごしていました。

 

妊娠〜出産期を通じて、何より驚いたのは、アメリカでの出産と育児における、「夫」の役割の大きさについてでした。妻の妊娠中の病院の検診にも、ほとんどの夫が毎回一緒に来ているのにも驚いたのですが 、それだけではありません。出産〜子育ての流れや心構えなどを教えてもらう教室は、アメリカでは「両親教室」しかなく、夫婦二人で通うこととなっていました。両親教室ではまず、夫たちは、妊娠中の妻のお腹がどれだけ重くて動きにくいかを体感/共感するために、おもりのついた大きな服を着て歩き回るワークをします。そして、お産の流れなどの勉強と共により実用的なワークに移り、陣痛時のマッサージの仕方を妻とペアで練習したり、赤ちゃんの人形を使ってオムツの替え方、お風呂の入れ方 などを、数ヶ月に渡って、何度も何度もペアでワークしていきました。

 

ここで教えてもらったことは、実際に出産時や産後の子育てにとても役に立ったし、何より、出産後、夫がすぐにオムツ替え、お風呂を入れるのも当たり前といった意識になっていることに一役買ってくれたな・・と実感しました。お産の前から夫を育児に巻き込んでゆき、夫を子育ての重要な「当事者」とみなしていくやり方は、その後の育児における夫からのサポートを、よりスムーズにしているなあ、と思いました。

子育てにおける夫の役割が特に重視されるのは、アメリカでは、日本のように「里帰り出産」をして、母からサポートしてもらう風習があまりないこと、共働きの家が多いことも関係しているようです。そんな事情から、アメリカでは出産時にまずは夫、そして友人や、住んでいるコミュニティー、ベビーシッターなどのサポートが、より重要になっているのを感じました。

 

当時私が住んでいた町のコミュニティーでは、誰かに赤ちゃんが生まれたら、近所の友人たちは、赤ちゃん誕生のお知らせと共に、「meal train (ミール・トレイン)」と言って、毎日誰かが一品ずつ、おかずを届けてあげる当番を決めるメールを送り合いました。私自身も、新生児を抱えての忙しさや不安にぼう然・・としていた頃、友人たちが食べ物や、おかずを代わる代わる持ってきてくれた際には、涙が出るほどうれしく、本当に助かりました。料理を持ってきてくれること自体も嬉しかったですが、その際に、赤ちゃんの顔を見がてら、何気ない話をしていってくれたりするのが、すごく息抜きになったのを思い出します。また、その町の、子育て支援センターのような場所で、「Doula(ドューラ)」と呼ばれる、お産の支援者の女性と知り合ったことも、大きな助けになりました。そのセンターでは、子どもを連れてのヨガ教室や、出産体験の話を分かち合うグループ、子どものプレイグループなどがあり、そういったプログラムに参加したことが、産後のしんどさや不安をへらし、気分転換するのにとても助けになりました。当時私が住んでいたのが、アメリカでも田舎のほうだったため、コミュニティー内のつながりが比較的強い事もあったかもしれませんが、こういったつながりの場がある事が、どれだけ助けになるのかを実感しました 。

 

「妊娠・出産」は、大きな変化の時期であり、お母さん達にとっては「危機」とも言われるほど、大変な時期となります。こうした時期に、周囲からのサポートが少しでも増えることで、子どもへの対応に余裕が出てくることを、自分自身何度も体験してきました。国や文化がどれだけ違っても、「子育て」が「孤(こ)育て(孤立した中での子育て)」になってゆくと、お母さんはいつの間にか追い詰められ、子育てに困難が出てくるのは、各国共通です。現代では、核家族化や少子化が進む中、ほとんどのお母さんが、子育ての中で、子どもと一緒なのになぜか取り残されたような「孤独」を味わう瞬間があるように思います。なぜだかわからないけれど、無性に子どもにイライラするという時、もしかしたら一人で色々なことを背負いすぎているのかもしれません。 そんなとき、何か、小さなサポートになるもの、ないかな?とまわりを見回してみると、意外なところに「つながり」の種が転がっているかもしれません。 小さくても色々な「つながり」を持つことの大切さを思いおこしつつ、子育てという大仕事に向かう力を、私自身も、蓄えてゆきたいと思います。

2016.07.23 カウンセリング
もう一人の自分の声に支えられて 

                                      西川 昌枝


「カウンセラーをしています」と話すと「人の相談にのれる位なら自分のことも冷静で悩んだりしないのでは?」と何でも解決する能力があるような印象を持たれる事が、た・ま・に・あります。


私は苦笑しながら「いえいえ、、」と答えるのですが、それは謙遜でなくて、実際に自分はどちらかというと悩みの多いほうで、壁にぶつかる度に乗り越えるのに努力が要ったと感じているからなのです。


若い頃は悩みの出口を見つけられず、悪天候が過ぎるのを待つかのごとく、心の嵐が去るのを待っていた姿を思い出します。考えすぎて落ち込んだり、気持ちが苦しくなったとき、自分なりにバランスをとる方法を探し続けてきました。


そんな私に、いつの頃からかもう分かりませんが、しんどいとき、自然にもう一人の自分からのメッセージが頭に浮かぶようになりました。


悩んでいる自分とは違う考えが届き、気付くのです。「できない」「私はだめだ」と考えていれば間髪入れず、「そんなことないよ、できるよ」「どうなりたいの?」と来ます。


できない言い訳の言葉が思い浮かぶと、今度は「自分のペースでやればいいんだよ」「小さい勇気を出そう」「自分の善いところを出そう」「やり直せばいいんだよ」「やってみれば楽しめるよ」「自分で選べるよ」・・・、そして「自分を信じて、大丈夫だよ」「できるよ」「うまくいくよ」「安心して」「大丈夫、怖くないよ」と・・・。


私の頭の中には、こんな風にさりげなく、もう一人の自分から慰めや励ましのメッセージが送られて来ます。その声は、必要なときやってきて私を助けてくれているようです。


受け取るメッセージは、例えるなら「なりたい自分」から優しさが送られてきた感覚です。


それは、今までに与えてもらった助言や解決したくて読んだ本から私の心に残った言葉が、いつしか自分のものとなり、もう一人の声となって、自分で自分を支えるメッセージとして送られてくるようになったのかもしれません。


私自身は、メッセージのおかげで立ち止まれたり、気持ちが穏やかになったり、冷静さを取り戻せている気がします。もう一人の自分の声に支えられながら、日々を過ごしています。

もし、ちょっとした失敗をしてしまって嫌な気持ちになったとき、自分に肯定的な優しいメッセージを思い浮かべてみませんか? 
試してみてもらえたらいいなと思います。

2016.06.21 子ども/子育て
「スマホに依存している」といわれる姿の向こう側

福田ちか子

 

 電車の中で,ふとまわりをみると,ほとんどの人がスマホを見ていた。ネット依存やスマホ依存,SNS上のトラブルなど,マイナスの面が話題になることもあれば,幅広く簡単に情報を発信でき様々なネットワークづくりを実現させるもの,災害時のつながりを支えるもの,としてプラスの面が話題になることもある。コミュニケーションのツールとして,スマホは生活の中に急速に根を張り,広がっている。

 

スマホのマイナス面が強調されるのは,スマホがコミュニケーションを阻害する場合であることが多い。その中で,スマホが大人(親世代)と子ども世代のコミュニケーションを難しくさせる状況について,NHKの「あさイチ」という番組で,昨年7月に放送された特集「こどもリアルスマホライフ 10代の本音」をみて考えさせられることがあった。

 

大人側の視点を入口に,10代のこどもたちにスマホ事情についてインタビューをするという企画だったが,まず親世代にとってと,子ども世代にとってのスマホの存在感の違いが,とても大きいことに改めて気づかされた。

 

 学生時代にスマホが無かった親世代からみると「スマホをしている」という大きなくくりで捉えていることが多く,その段階で「意味がわからない」「ネットに依存している」や,「携帯ばかりして勉強をしない」「無駄遣いが多い」などの注意や拒否反応につながり,その向こう側で起きていることのイメージが持ちにくい様子がみられた。

 

 実際には,「スマホをしている」の中にも,音楽を聴いている,動画を見ている,本や漫画,小説を読んでいる,ゲームをしている,SNSで情報を共有しているなどなど,様々な場合がある。また学級や部活動の連絡網として機能しているケースも多い。

 

特にSNSは,子どもたちにとって日常の中で実際の会話と同じくらい影響力や存在感のあるもので,番組の中で,例えば友だちと実際に会ってしゃべりながら,同時並行でSNSにもコメントをのせ,その場にはいない人ともつながりながら,その場の会話が流れていくことや,SNSのアカウントを 「本アカ」「趣味アカ」「闇アカ」などいくつも作って,日常的に会う友だちに伝えるアカウント(本アカ)と,友だちには話しにくいことを話すアカウント(趣味アカや闇アカ)とを場合によって使い分けたりすること...などが紹介されていた。

 

 紹介した例は,ほんの一部だけれど,子ども世代のスマホ事情は奥が深く,「スマホをしている」中にも,本人の興味関心や特技,趣味が反映されていたり,時には友だちづきあいやその悩みが反映されていたりする。四角い箱の中に広がる世界なので,外から見えにくいのが難点だと思うけれど,大人世代とのつながりを断つもの,コミュニケーションを阻害するものとして排除するのみでは,少しもったいないように思う。「スマホをしている」姿の向こう側に興味をもって親子で話すことが,コミュニケーションの切っ掛けにもなると思われるので,是非一度,子どもたちのスマホ事情に興味をもって話し合ってみることをおすすめしたい。

2016.05.11 子ども/子育て
お弁当作り雑考 ー 日米での比較

                                        金山あき子

 春ですね。新学期もはじまり、わたしの娘の幼稚園のお弁当作りも、はじまりました。7年間のアメリカ生活から日本に引っ越してきて1年、いろいろな「逆カルチャーショック」を体験してきましたが、日本のお弁当文化もまたそのうちの一つかもしれません。

アメリカで娘をプリスクール(保育園・幼稚園)に行かせていた頃、よく作っていたお弁当といったら、タッパー入りご飯に、茹でたブロッコリー、プチトマト、そこにゆで卵があれば上出来といった、いたって簡素なもの。周りのアメリカ人達のお弁当にこっそり目をやると、これまたシンプル極まりないランチ。ピーナッツバターを挟んだだけのサンドイッチ。スティック野菜(にんじん)とパン。ケサディヤ(メキシコ風の薄焼きチーズパン)。りんごだけ。ジップロックにナッツだけ(!)などなど。自由だな〜。栄養は大丈夫かな?などと少しの心配はありつつも、私はこの、「自由」な弁当作りの雰囲気を、大いに楽しみ(楽をし)ました。特に、周りの母親達は、共働きの人が多く、彼女らの忙しいライフスタイルには合っているようでした。

しかしアメリカではやはり、子ども達の食事と健康が深刻な問題になっていました。多くの小学校でのランチのメニューはピザ、ホットドッグとハンバーガーのオンパレード。子どもたちがスーパーで買うアメリカ版のお弁当箱「ランチャブル」は、ビスケットとクッキー、プロセスハムとチーズ、砂糖が一杯のパックジュースが箱詰めされたもの。こういう状況もあって、アメリカにおける子どもの肥満の割合は増加の一途を辿っており、ランチの内容をヘルシーに工夫することや、子どもたちへの食育の必要性が叫ばれていました。

 

かたや、日本の「お弁当」は、海外でも"Bento"の固有名で通るほど、独自の文化です。運動会の日に見た、日本のお母さんたちの作ったお弁当のおかずのバラエティ、色どりや飾りの美しさには、目を見張るものがありました。帰国後は娘からも、「可愛いパンダのお弁当作って〜」と、かつてなかったリクエストが出るようになり、嬉しい反面、朝の忙しい時間に大変やな〜と複雑な気持ちも湧いてくるところ。「周りと違う」ことをあまり良しとしない日本文化の中では、一定の「クオリティ」を持った弁当を作る事が、お母さん達のプレッシャーになってくることもあるだろうなあ・・と考えさせられました。

そんな折、本屋さんで、「今日も嫌がらせ弁当(三才ブックス)」という本を発見。反抗期の娘の毎日のお弁当に、のりやチーズ、カラフルな食材で、時にブラックな、時に愛情いっぱいなメッセージや絵を描き、弁当の面をまるで切り紙細工のように仕立てながら、母親が娘に愛憎を伝えてゆくやりとりが、写真とともに綴られていました。つくづく、日本人にとってのお弁当は、アートや美的なものにもなり、濃密な感情の表現や、コミュニケーションのツールにもなりうるんだなあ、と再確認。「弁当」という小箱には、色んな思いが詰まっているのだ・・などと、しみじみしながらも、ずぼらな私はといえば、アメリカ式ランチボックスで、思いきり楽をする日もあれば、日本的に気持ちを込めて弁当を作る日もあり、 どちらも捨てがたい。でもどちらでも、あくまで「健康・簡単・楽しめる」弁当作り、という具合を保てるように。自分なりのいい塩梅、中庸を模索している今日このごろです。

2016.04.26 子ども/子育て
子どもたちにとっての喪失体験-出会いと別れの新学期―

福田ちか子

 

 4月は、入園や入学,引っ越しや転勤,クラス替えなどいくつもの新しい出会いの時期である。そして同時にそれは、多くの別れも意味している。身近な大人と離れて過ごすことになったり、仲の良い友だちとクラスが変わったり、卒業や引っ越しで、それまで過ごした親しみのある家屋や風景とさよならする別れもあるかもしれない。そうした喪失の体験は、子どもたちにとってどのようなものか、少し考えてみたい。

 

 子どもたちにとって、喪失体験というのは、日常に遭遇する可能性のあるものであり、また心身のバランスを揺るがす波が起こる出来事でもある。波を乗り越えて前に進む力を身につけることにつながる体験でもあり、バランスを取り切れず、調子を崩したり、喪失による傷つきを深める結果につながるものでもある。

 

 精神分析においては、喪失体験を内的なものと外的なものに分けて捉えている(小此木、1979)。森(2015)は、外的な対象喪失とは、「大事な対象が目の前からほんとうにいなくなってしまう、なくなってしまうことを意味」し、内的な対象喪失とは、「その対象が目の前にあり続ける中で、その対象に対するそれまで抱いていたイメージを失ってしまうこと」としている。

 

 こどもが遭遇する内的な対象喪失とは、大切に思っていた大人や、大切に思っていた友だちか裏切られるような体験や、暴力を受けること、相手の、それまでの信頼を裏切るような行動を見聞きしたときに起きうることであり、例えば、思春期に大人への幻滅を感じることや、被害体験としていじめや、虐待に遭った場合などにも起こりうる。

 

 外的な対象喪失は、例えば、大切にしていたものを無くしたり壊れたりすること、引っ越しや進学、クラス替え等の節目に起こりやすい大切な人と別れや、大切な人との死別、ペットとの死別、両親の離婚などがあげられる。

 

 喪失に伴う感情は、怒りや悲しみなど、一般にはネガティブとされるものであるために、子どもたちは「いつまでも悲しまないで」「早く忘れなさい」「そんな風に思わなくても大丈夫だよ」などと、周囲の大人からポジティブな感情に置き換えるように促される場合や、あるいはその喪失が周囲の大人にとっても大きな体験であり、大人たちの悲しみや、日々忙しく十分に悲しむ時間が取れない大人の焦りに圧倒されて、表現する機会が失われてしまうこともある。

 

 先人の知恵や、さまざまな研究において、喪失体験は、その体験やそれに伴う感情を(言葉や絵、音楽などどのような形でも)表現すること、一緒に分かち合うことが大切とされている。それは喪失の瞬間に受け止めきれなかった悲しみなどの感情を感じなおす過程でもあると言えるだろう。また山本(2015)は、留意点として、現実に関わる営み(日常生活)を行うことの大切さにも言及し、喪失と向き合い表現し分かち合う時間と、喪失と距離を置き日常の現実に取り組む時間の両方を繰り返していくことが大切であると述べている。

 

 森(2015)は、児童文学を引いて、子どもたちの回復力について、ただ距離を取り忘れ去ることが回復なのではなく、悲しみの中に「ずーっと、ずっと、だいすきだよ」などと、対象との間で確かに体験した楽しかった思い出や、良いイメージを見出し、心の中に取り込むことで成長し、その対象との体験を今の記憶に統合しながら過去のものにしていくことができる回復の過程を示している。

 

 いくつもの出会いの裏にいくつもの別れがある新年度、大人にとっても多くの新しいことが始まる忙しい時期でもあるけれど、もしも身近な子どもに、心身のバランスが乱れるサインが見えたとしたら、別れたものを一緒に振り返る時間をもってもらうことが大切な時であるかもしれない。

 

参考・引用文献 

森 省二 2015 絵本・童話・児童文学にみる「別れ」. 児童心理.  Vol.69 金子書房.

森 さち子 2015 子どもの心を襲うさまざまな喪失体験―その体験を大人が抱えることをめぐって.  Vol.69 金子書房.

小此木啓吾 1979 対象喪失-悲しむということ. 中公新書.

山本 力 2015 子どもの離別と死別-悲しみの心理臨床学. 児童心理. Vol.69 金子書房.

2016.04.04 いのち
語り部バスに参加して

                                          西順子

 2016年3月の連休、何年かぶりに春の旅行に出かけました。子どもが幼い頃は春休みによく家族旅行にいったものでした。
 行き先は、いつか一度行きたいと思っていた宮城県の南三陸町志津川にある南三陸ホテル観洋。以前、コミュニティ心理学会の催しがこのホテルであり、語り部バスがあると聞き、ぜひ行ってみたいと心に残っていました。そして今回、娘2人を誘い旅行として行くことが叶いました。
 バスガイドの職員さんが何度も「ぜひ伝えてほしい」と話されていましたので、少しでも伝えられたらと、見聞きしたこと、感じたことを書きとめておきたいと思います。

 語り部バスとは、「震災を風化させないために」と、自らも被災者となったホテルのスタッフが「語り部」となり当時の様子を伝えながら、南三陸の現状をバスで見学するものです。2012年2月より始まり、毎日バスを運行しています。
 
 南三陸町では東日本大震災当日、震度6弱の揺れと最大20m以上の津波が襲来しました。ホテルは二階まで津波により浸水。ホテルには宿泊客、職員スタッフ、周辺住民あわせて約350名が滞在しており、震災直後から対応されていました。2011年5月からは二次避難所として600名の地元の住民が引っ越して来られ(同年7月24日まで)、共にコミュニティ作りに取り組まれたということです。

 さて語り部バスは朝ホテルを出発して約1時間の行程です。この日は春休みということもあってかバスは二台、しかも満員でした。バスはホテルを出てすぐのところ、周囲は何もないただ土だけが見える場所に止まりました(工事中でトラックがあるだけでした)。土は所々高く盛られ、バスの座席からは見上げるくらいでした。

 「ここには家がありました。店がありました。街がありました。きれいな川が流れていました・・」とガイドさんが教えてくれました。そして、そこにあった小学校の話をしてくれました。より安全なところへと高台へ、そして小高い林へと移動し、寒くて暗い夜を子どもが寝ないようにと、みんなで校歌を歌って夜を明かしたそうです。
 学校があったであろう場所(今は何もなく土が盛られたところ)と、高台にある家、林を見ながら、私は自然災害の厳しい現実に衝撃を受けると同時に悼む気持ちで、ただただガイドさんの話に耳を傾けていました。

 次に移動したのは、すぐ近くにある中学校。時計は、地震が起こった時刻の14時46分過ぎで止まっていました。建物は残っていますが、震災以後、授業は開かれることはなく、この建物は別の施設になるとのこと。子ども達のために卒業式だけはこの学校で開催されたそうです。校庭には駐車場と仮設住宅が建っていました。お話によると、仮設住宅を出られるのは当初1年後と言われていたのが、2年後、3年後・・と言われ、現在に至るとのこと。そして震災から5年たった今、仮設から出られるのは5年後と言われており、今なお厳しい暮らしを強いられているということでした。

 それからバスは街の中心部へと移動。途中、海岸線に沿って線路があり、電車が通っていたそうですが、線路が流されてしまったということでした。「もう一度ここに電車を走らせたい。それが50年後でもいい、もっと先でもいい、ここにもう一度電車を走らせることに意味がある」というようなお話をされていました。念願がかなってやっと開通した線路で、電車から見える景色は本当に素晴らしかったそうです。でも現在、線路の復旧の目途はなく断念されているとのことで、それでもあきらめずに、働きかけていこうという思いに、本当にこの街を愛していること、自分の命を越えて、未来に生きる人々へと希望をつなげたい・・という思いが伝わってきました。 

 街があった中心部に着くと、そこにあるのは盛り土であり、草はらでした。「ここにもたくさんの店があり、家があり、街があった」とお話してくれました。いずれこの盛り土は平らにされ、何年後かには新しく街ができるということでした。

 そして今も鉄骨が当時のまま残っている防災対策庁舎の前でバスは止まりました。最後の最後まで、「高台に避難して下さい」と住民に向けてアナウンスをしていた職員さんのお話をしてくれました。庁舎は三階建で屋上2mを越える津波が押し寄せたのでした。今年4月から工事の関係で、ここには入れなくなるということです。

 ガイドさんが何度も言われていたことは、この震災の体験を伝えて行かなければならない、風化させてはいけない、ということでした。

 55年前、この地域にはチリ地震、津波が起こり、その経験を元に、防災マニュアルが作られ、皆が津波に備えて訓練していたと。でも今回の東日本大震災は、チリ地震を越えるもので、想像を超えるものであったこと、そしてチリ地震以前に起こった震災の記録、記憶はなく、風化してしまっていたこと。過去に起こった経験を活かせなかった、だから、今回の震災の記憶は、後世に伝えていかなければならないこと、風化させないこと・・、そのような思いで、この語り部バスを続けているとお話くださいました。
 

 最後に、現在取り組んでいる「南三陸てん店(てん)まっぷ」のご紹介がありました。南三陸地域に点々としながも元気に営業しているお店を応援するために、地域のお店のマップを作っているとのこと。そのマップを一枚もらいましたが「このマップを片手に「転々」と南三陸をめぐって復興への願いを天まで届けましょう」と書かれていました。お店の方々は、「人と話をする」ということが希望につながるのだと、だからお店に足を運んでほしいと力と願いを込めてお話してくださいました。

 生きていくために「人と話をすること」がとても大切なこと、人とのつながり大切さを心に留めました。残念ながら、お店をめぐる時間はなかったのですが、またいつかぜひ訪れたいと思いました。

 自分たちの街を愛し、街の人々を愛し、この街で未来を生きる人々のことにも思いを寄せながら、震災の記憶、経験を伝えて下ったガイドさん、そして温かく笑顔でもてなしてくれたホテルスタッフの皆さまに感謝いたします。被災された方々が一日も早く安心して日常生活が送れますよう、被災地の復興を心からお祈りいたします。

                ウミネコが人懐っこく、迎えてくれましたIMG_1191 (2).jpg

2016.03.14 仕事
あなたのキャリア・アンカーは?~シャインに学ぶ「自分らしい仕事生活」とは

西 順子
              

 女性ライフサイクル研究所では、女性が人生で出会う問題についてご相談を受けていますが、そのなかに「仕事」に関わるテーマも含まれてきます。

 思春期・青年期の方とは、「自分とは何者か」を探索しながら将来の進路選択、学校選択、職業選択について、「自分らしい」選択ができるよう一緒に考えていきます。社会人の方とは職場におけるメンタルヘルスの問題から、転職や再就職の選択での悩みまでご相談を受けていますが、人生の節目においては、これまでの人生のプロセスを振り返りながら「何を大切にして、何を優先して、どう生きるか」という人生のテーマも含めて考えていきます。うつ病などで退職を余儀なくされた方にとっては、カウンセリングの目標に「社会復帰」を挙げる方も多く、人生にとって「仕事」は大きな意味をもっていると感じています。
 いずれにせよ、「仕事」の選択は、アイデンティティ(自己同一性)と関わる問題であり、「私は何者か」と自分を知ることと関わってきます。
 
 今回は、人生の節目で仕事や働くことについて見直すとき、「自分らしく仕事をする」ことを考える手がかりの一つとして、「キャリア・アンカー」を紹介したいと思います。キャリアとは、長期的な仕事生活の有り方に対して見出す意味づけやパターンのことを言いますが(金井、2002)、「自分らしく仕事をする」ためには、自律的にキャリアを考えてみることが大事と言われます。『キャリア・アンカー~ほんとうの自分の価値を発見する』(以下、本書と略す)から、仕事生活における自分らしさを考えるヒントを提供できればと思います。
 

■キャリア・アンカーとは

 キャリア・アンカーとは、組織心理学者エドガー・シャインによって提唱された概念で、「どうしても犠牲にしたくない、本当の自己を象徴する能力、動機、価値感」のことです。ある人がどんな難しい選択を迫られたときでも放棄することができない自己概念、自己イメージです。

 ふつう人々は、どのようなキャリアを歩んでいるときもそのキャリアのなかで広範なニーズを満たそうとします。しかし、これらのニーズが全て同等に重要というのではなく、すべてのニーズをも満たすことができないならば、どのニーズにもっとも優先順位をおいているのかを見極めることが大切になってきます。

 「アンカー」とは船の錨(イカリ)のことですが、錨がないと船は流されてしまうように、自分のキャリア・アンカーを知っていないと、外部から与えられる外部誘因(報酬や肩書など)の誘惑に負けて、後になって不満を感じるような就職や転職をしてしまうと言います。「これだと自分らしくない」と感じてしまい不満になってしまうそうです。
 よって、仕事に対する指向、動機、価値感、才能についての自覚をより明瞭に理解しておけば、キャリアにまつわる将来の意思決定はもっと容易になり、納得のいくものとなると言います。


■8つのキャリア・アンカー

シャインの研究によれば、キャリア・アンカーには8つのカテゴリーがあることがわかっています。下記に、その8つのアンカーを簡単に紹介しましょう。

①専門・職能別コンピタンス
このタイプの人がどうしてもあきらめたくないことは、その領域で自分の技能を活用し、そのような技能をより高いレベルまで伸ばしていくことのできる機会を手に入れることです。自分の技能に磨きをかけることで、自分らしさが生まれてきます。また、最重要なものは、仕事が彼らにとって挑戦的であることです。この人たちの関心は、あくまでも仕事の内容(コンテンツ)そのものにあります。

② 全般管理コンピタンス
経営管理そのもの関心をもち、ゼネラル・マネージャー(全般管理職)に求められる能力を身につけているタイプです。このタイプの人たちは組織の段階を上がり、責任ある地位につき、その立場にたって組織全体の方針を決定し、自分の努力によって組織の成果を左右したいという願望をもっています。専門・職能的な人々と違い、専門的な仕事に特化するのはよくないとみます。経営管理にアンカーをもつ人は、重い責任のある仕事を望みます。挑戦的で変化に富み、皆をまとめるような統合的仕事を好みます。

③ 自律・独立
このタイプの人がどうしてもあきらめたくないことは、仕事の枠組みを自分で決め、仕事を自分のやり方で仕切っていくことです。組織に所属している場合は、いつどのように仕事をするかについて自分の裁量で柔軟に決められる仕事に取り組みたいと思います。自律的な立場を維持するためにならば、あえて昇進や昇格のチャンスを断ることもあるでしょう。自律にアンカーがある人たちは、自分の専門分野の範囲内で明確に線を引き、時間を切って仕事をすることを好みます。

④ 保障・安定
このタイプの人がどうしてもあきらめたくないことは、会社の雇用保障、あるいはその職種や組織の終身雇用権などです。安全で確実と感じられ、将来の出来事を予測することができ、しかもうまくいっているとゆったりと仕事ができ、そんなキャリアを送りたいという欲求を最優先させるタイプです。保障・安定にアンカーのある人たちは、組織に縛られることを苦にしません。終身雇用権の代償として、進んで会社の指示に従う忠誠心や意欲があります。

⑤ 起業家的創造性
このタイプの人がどうしてもあきらめたくないことは、障がいを乗り越える能力や意欲をもとに、自分自身の会社や事業を起こす機会です。社会に対して自ら頑張れば、結果として事業を創造することができると証明したいと考えています。創造的な衝動は、新しい組織、製品、サービスの創造に向かいます。起業家タイプが他のアンカーと違うのは、自分が新しく事業を起こすことができるということを、とにかく試してみたいという熱い思いに取りつかれている点です。

⑥ 奉仕・社会貢献
どうしてもあきらめたくないことは、たとえばもっと住みやすい世界をつくる、環境問題を解決する、民族間の調和を図る、他の人々の援助をする、治安を改善する、新製品を開発して病気を治す等、なにか価値のあることを成し遂げる仕事を追い求める機会でしょう。このタイプの人たちは、何らかの形で世の中をもっとよくしたいという欲求に基づいてキャリアを選択します。奉仕にアンカーをおくタイプの人が望んでいる仕事は、自分の価値感にあう方向で影響を与えることが可能な仕事です。

⑦ 純粋な挑戦
自分のキャリアの特徴は、何事にも、誰にでも打ち勝つことができるということを自覚しているところにあるというアンカーの人たちです。彼らにとって「成功」とは、不可能に思えるような障害を克服すること、解決不能と思われてきた問題を解決すること、極めて手ごわい相手に勝つことです。専門・職能にアンカーをおく人たちと違うところは、問題が起こる専門分野ならどこでも挑戦したいというところです。

⑧ 生活様式(ライフスタイル)
このタイプの人のキャリアの条件の一つは、「生活様式(ライフスタイル)全体を調和させることができなければならない」ということです。何よりも柔軟であることを望みます。組織のために働くことに非常に前向きですが、ただし、自分の時間の都合に合わせた働き方が選択できるという条件を求めます。「自分らしさ」とは、特定の職能や組織と関わるよりも、自分のトータルの人生をどう生きているのか、自分がどこに落ち着いて住んでいるのか、家族とどのように接しているのか、といったことと関わってきます。

            
 以上、8つのキャリア・アンカーを紹介しました。皆さんは、どのキャリア・アンカーに馴染みがあり、「そうそう」と共感を覚えたでしょうか。自分のキャリア・アンカーについて洞察を深めることで、キャリア計画や選択をうまくすすめていくことができるとしています。本書では、自己診断用「キャリア指向質問票」を用いて点数をだし、キャリア・アンカーの1位~8位の順位が分かった後、「パートナーをみつけてインタビューしてもらう」ということを勧めています。質問票の結果と過去・現在・未来のキャリアをインタビューをしてもらい十分議論することで、自分の選択の仕方やパターンがわかると言います。


■私の場合

 私が、キャリア・アンカーという言葉を知ったのはちょうど10年前。女性ライフサイクル研究所の内部研修で「仕事」がテーマとなったときです。スタッフ各々が自分のキャリア・アンカーについて「キャリア指向質問表」にチェックをして順位を出した後、「仕事」についてワークシートを用いて自己を振り返る時間を持ちました。「仕事と聞いて何を連想するか?」「 子ども時代に仕事に関して家族からどんなメッセージを受け取ってきたか」「仕事とジェンダーに関してどんなメッセージを受け取ってきたか」「年齢と共にその捉え方は変化してきたか」「仕事についてどんな理想を持っているか」・・等について自分を振り返りました。そして、みんなで考えたことやそれぞれの体験を聞きあい、シェアしあいました。

 自分や他者のキャリア・アンカーを知り、人によって「仕事」について大切にしている価値感や欲求が違うのだということがわかり、目からウロコだったことを今も覚えています。人によってそれぞれが大切にしている価値感を元に、どんな職業につくか、どんな職場で働くか、どんな働き方をするか、自分の優先順位によって選択していること、また何に満足し、何は譲れないのか等が違ってくることを理解しました。
 
 ちなみに、私のキャリア・アンカーをみると(当時のプリントを見返すと)、1~3位は、①専門・職能コンピテンス、②自律・独立、③奉仕・社会貢献、でした。
 確かに、この10数年は、臨床家としてクライエントさんによりよい援助を提供できればと①に最も力を入れてきました。2年前、所長となってからは自然と③奉仕・社会貢献を意識するようになりました。でもキャリア・アンカーはあまり変わらないそうですので、なるほど・・と思います。

 そして、私自身のキャリア・アンカーには、子ども時代から「仕事」について見聞きし、経験してきたことが土台にあることに気づきました。それは母がずっと会社員として仕事をしてきたことです。仕事をする母を一つの「たたき台」のようにして、「自分は何がしたいのか、どんな働き方をしたいか」を、子どもの頃から漠然と考えてきたように思います。
 母とはキャリア・アンカーは異なりましたが、今も内的イメージとして印象に残っているのは、
仕事をしている時の母の活き活きしていた笑顔・元気な姿です。仕事をすることへの肯定的なイメージをもってこれたことに感謝したいと思います。

 フロイトは、人生で最も大切なことは「愛することと、働くこと」と言いました。社会・時代の変化のなかで、労働環境は厳しいと言えますが、そうした環境にあっても「自分らしく仕事をすること」を大切にしてほしいと願っています。


参考・引用文献 
『キャリア・アンカー~自分のほんとうの価値を発見しよう』エドガーH.シャイン著、金井壽宏訳、白桃書房。
『働くひとのためのキャリアデザイン』金井壽宏著、PHP新書。

2016.03.13 自然
蒸留水ことはじめ − 3.11の日に


                                    金山 あき子

 

先日、とあるご縁で、フルーツやお花や野草、ハーブ、木くずなどを蒸留し、そこから植物のエッセンスを抽出し、香りのついた水、芳香蒸留水を作るというワークショップに参加してきました。「水を蒸留する」とは、水を熱し、気化させたものを冷まして液化させ、不純な成分を取り除き、水を精製してゆく作業のことのようです。 まずこの日は、ローズマリーの葉と、ジンジャーを、蒸し器のような、手作りの蒸留キットに入れて、芳香のついた蒸留水を作ることに。 抽出されて出来たのは、なんともすっきり、目が覚めるような、ほんのり甘い香りの蒸留水。これを、スプレーボトルなどに入れて、ルームスプレーにしたり、化粧水などにしたり。薬能のあるとされるハーブで作った蒸留水は、ちょっとした消毒、鎮静など、色々な用途に使えるとのこと。何より身近に咲いている草花で作るのがいいよ、と聞いたので、春になって、山歩きをした際には、桜の花や、ヨモギ、松の葉などで蒸留をしたみたいな・・などと色々な実験のアイデアが浮かんでは、ますます春が待ち遠しい気持ちになりました。

 

今回、芳香蒸留の方法を教えてくれた先生は、仙台から来られていたのですが、この先生が手作りの蒸留器を作ることを思いついたきっかけが、5年前の震災時の体験だったとのお話がありました。この蒸留器は、もともとは、震災時の水不足や停電のある状況でも、なんとか自前で安心に飲む水を作りたいという思いから考えられたとのこと。そして、その思いが、月日が経つ中で、好きだったハーブを作ることと合わさり、より色々な「芳香のついた水を作る」というアイデアとつながっていった、とのお話でした。今回はまさに、3月11日に、このワークショップを受けたことに、色々な意味を感じつつ、震災のあった地に、人々に黙とうをささげました。

5年間という月日は、長いのでしょうか、短いのでしょうか。あれから、色々なことが変わり、でもまだ変わらない状況のままのこと、解決していかなくてはいけないことも依然として存在しています。日々の生活の中で、この時の痛み、そしてまだ、続いている痛みを忘れないように・・。帰り道で、カタコトと音をたてる蒸留器を抱きかかえながら、少しでも、自分のできることを考え行動にしていきたい、と思いました。

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                 蒸留キット。とても軽く、万が一の際にもさっと持ち運べる大きさ。

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