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FLCスタッフエッセイ

2007.11.12 コミュニティ
「パールノート♪」をよろしくね!

村本邦子

 今日(11月4日)は、あゆちゃん(長川歩美)と私(村本邦子)のピアノ・デュオ、「パールノート♪」(真珠の音符っていう意味です。♪のマークの丸い部分には、つやのあるパールが入っているとイメージしてね!)のデビューだった。自分でも嘘みたい!

 ピアノのことは、ブログやエッセイに、これまで何度も書いてきたが、私にとっては、大人になってから始めた趣味であり、長く続けながらも(かれこれ13年ほど?)、なかなか自信が持てないでいた。それでも、毎年、子どもたちと一緒に、発表会で連弾をするのが楽しみだったが、いつの間にやら、子どもたちも成長し、いろんなことに忙しくなり、中学卒業と同時にやめてしまったので、そんな機会も失い、意気消沈していた。

 ところが、縁あって、去年、音大を出てピアノをやってきたというあゆちゃんが、研究所のスタッフに加わってくれた。「一緒に弾く機会があったら嬉しいな~」と言っていたのだけど、何となくの思いつきで、NPOの年次大会でミニコンサートをすることになった。それから、お互い、忙しいなか、かなり頑張って練習して、何度もスタジオを借りて音あわせもした。これが楽しくて楽しくて、やればやるほど、「もっとやりたい!」という気持ちが高まって、終わってしまうことが受け入れがたくなってしまった。

 「これからも続けて一緒にやって行かない~?」おずおずと提案したところ、あゆちゃんも賛成してくれて、「やった~!」。コンサートに向けて行った「認知行動療法」の成果で、今は認知の歪みがだいぶ修正されたが、そのときにはまだ、「大人になってから始めた趣味に毛が生えただけのピアノと本格的なピアノを一緒にするなんて、厚かましすぎないかな?本当は嫌なのに、気を遣ってつきあってくれてるんじゃないかな(構造的力関係があるし・・・)?」なんて疑念も拭い去れずだったけど。

 演奏の評価はともかく、「気持ちよく楽しく、聴いてくれている人たちとのつながりを感じながら、身も心も全存在をかけて・・・」など目標として掲げた細項目の平均点は92点。私にとって、今日は大きな第一歩になった。練習のプロセス、本番で緊張しすぎないための「認知行動療法」のプロセスを通じて、相棒の力を借りながら、自分自身と向き合った4ヶ月だった。

 とりあえずは、来年のミニコンサートに向けて、明日から、さっそく新しい曲に入っていくが(楽譜ももうバッチリ準備してある!)、機会があれば、今後、他のところでも演奏できたらな~と思っている。コンサートホールで聴くプロのピアニストの洗練された演奏はもちろん素晴らしいけれど、もう少し身近に、気楽に、一緒に音楽を楽しんでもらえたらいいな~と思う。うちのNPOの「安心とつながりのコミュニティづくり」のオールタナティブとしても考えられたら。まだレパートリーは少なすぎるけど、ご希望があって、スケジュールさえ合えば、ボランティアで演奏をさせてもらいに行きたいと思っていますので、どうぞよろしく!

(2007年11月)

2007.11.10 子ども/子育て
私の原点~「つながり」の体験

西 順子

 先日、助産師さんたちの研修があった。ご縁があってその1つのコマで周産期のケアについて話をさせていただいたが、その準備の過程で関連図書を読みながら、自分自身の体験を振り返ることとなった。

・・一人目のお産は、里帰り出産で、私が生まれた病院でだった。その時のお産は、あとで振り返ると「孤独」だった。出産後、すぐに母子分離され、赤ちゃんを抱かせてもらえたのは、次の日の夕方頃だったろうか。出産後、一寝入りした後、赤ちゃんと離れている切なさに、新生児室まで這うようにして、赤ちゃんに会いに行ったことは、今もその切なさの身体感覚として思い出す。
 その後、村本が女性ライフサイクル研究所を設立したと聞き、仕事が休みの日にはグループに参加するようになった。そこでは、女性学や女性心理学の本を読みながら、妊娠・お産など、女性の体験について語り合った。自宅出産の体験、助産院での出産体験、病院での体験など、さまざまな女性の体験を聴くなかで、いろんなお産があること、女性が置かれている状況、人それぞれの女性の生き方や選択があることを知った。そんななかで、二人目は納得のいくお産がしたいと、助産院を選んだ。

 一方、赤ちゃんとの生活にも慣れ始め、いい時間を過ごせるようになったというのも束の間。当時勤めていたクリニックには育休がないため産後8週明けで職場に復帰した。それについてはいろいろ悩んだが、自分も生き生きと生きること(仕事を続けること)は、子どもも生き生きと生きることにつながるはず、と決意したのだが、実際には、子育てと仕事との間で葛藤する日々だった。そんな思いもグループのなかで語った。また、女性の体験にも耳を傾けた。そんななかで、「自分だけじゃないんや」という発見と体験があった。仕事をしている、していないに関わらず、女性が「こういうお母さんであるべき」という周りからのプレッシャーや期待を受けて苦しんでいることを知った。「自分だけじゃない」、それだったら、私は私らしく、私らしいお母さんであったらいいんだと思えた。
 当時読書会で読んでいた『女はみんな女神』の本にも発見がいっぱいあり、女性が人生を主体的に生きるということはどういうことかについて多くのことを学んだ。特に「その真の代償は、それを得るために諦めるものであり、とらなかった道である」という言葉が胸を打った。諦めた道、喪失を受け入れることで、自分の選んだ道がよりはっきりと照らし出されるということも経験した。

 女性たちと語り合い、つながる体験(個人を超えて普遍的なものとつながる体験)のなかで、自分の人生を振り返り、自分自身の過去も現在も受け入れ、これから先の人生を見通せたこと、それが今の私の原点となっている。それが、スタッフや家族、周囲の人とのつながり、そして、今の仕事へとつながってきている。私が女性たちから感じさせてもらったこの体験~自分を肯定し、力を感じ、普遍的なものとつながる体験を、他の女性達にもつなげていくことができればと思う。私が女性たちに助けられ、支えられ、力づけられてきたように、女性が自分の人生の主人公として生きていくことのお手伝いができればと思っている。

 助産師さんの研修では、自分の体験も話した。その後、感想やご意見、助産師さん達の体験もお聞きしたが、立場は違うものの、助産師さん達と「つながり」を感じれたことも嬉しかった。また、助産師さん達の女性と子どもをサポートする思いにも力づけられた。講師の経験を通して、暖かいつながりを感じさせて頂いたことにも感謝したい。

(2007年11月)

2007.07.01 カウンセリング
トラウマ反応とケア

西 順子

 女性ライフサイクル研究所では、設立以来、トラウマからの回復のための心理的援助に力を入れてきています。ここでは、トラウマとは何か、トラウマがもたらす心理的影響としてトラウマ反応についてお話したいと思います。

 〈トラウマとは〉一般的に、心身に不快をもたらす要因をストレスと呼んでいますが、ストレスが非常に強い心的な衝撃を与える場合には、その体験が過ぎ去った後も体験が記憶の中に残り、心理的な影響を与え続けることがあります。このようにしてもたらされた心理的な後遺症のことを、「トラウマ(心的外傷)」と言います。

 〈トラウマ反応〉トラウマが与える心理的な影響のことを、「トラウマ反応」と呼びます。トラウマ反応は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が代表的ですが、うつ、心身症としてもあらわれます。これらは、極度のストレスに対する人間の正常な反応の一つです。

 PTSDの主な症状は三つで、(1)侵入的症状、(2)回避症状、(3)過覚醒症状です。
(1)侵入症状とは、トラウマとなった記憶、イメージ、臭い、音、その感覚が、人々の生活の中に 「侵入」してくることです。フラッシュバックや悪夢など、侵入症状は極度の苦痛を引き起こします。
(2)回避症状とは、トラウマとなった記憶を思い出させる状況、人、出来事を避けることです。苦痛   を避けることで、親密な付き合いから引きこもったり、愛や喜びといった感情を経験することができなくなることもあります。
(3)過覚醒症状とは、トラウマ体験によって、世界への安全感、信頼感に亀裂が生じることによ      り、ビクビク緊張して常に警戒してしまうことによります。その結果、睡眠障害、集中困難となり、ビクビクして驚きやすくなります。

 トラウマとなるような出来事を経験すると、精神的に傷つきやすくなり恐怖感が残るため、自分はおかしくなってしまったのではないか、自分が弱いからだ・・と思ってしまう方もありますが、そうではありません。まずは、自然な反応であることを理解しましょう。

 カウンセリングでは、トラウマを受けた方が自分のトラウマ反応を理解し、症状をマネージメントし、心身のコントロールの感覚を回復していけるよう、お手伝いができればと思っています。

                                                  (2007年7月発行:ニュースレター特集より)

2007.06.12 コミュニケーション
ストレスとつきあう

村本邦子

 「なぁ、久しぶりに動作法やって~や・・・」ストレスでしんどくて吐きそうと訴えている娘。この子は友達に恵まれ、自分のことで悩むことはないんだけど、特定の誰かを嫌って排除するようなことができないために、激しく対立する友人やグループの間に立たされ、振り回されるハメになることがある。

 「自分で背負いきれないほど、人の荷物しょったらアカンで。そんなことしても、誰のためにもならんからな。相手のためにもならんし、自分のためにもならん。荷物が自分でしょえる重さを超えたら、きっぱり線引かな~」「うん・・・自分でもわかってるんやけどな。今日、ちゃんと話して帰ってこようと思ったけど、限界やった。明日はちゃんと話すわ」

 自分がどこまで人の荷物を背負えるか、背負えないものはきっぱりと線引いて引き受けないというのは、本当のところ、とても難しい。まず第1に、自分のキャパを十分に知っていなければならない。そして、はっきりとノーを言わなければならない。荷物の持ち主が自分に近しい人であればあるほど、これは難しい。私自身、娘くらいの頃は、うまくバランスを取れずに悩んだものだ。私の場合は、友人ではなく、家族の荷物だったけど。

 ベーシックに肩上げからやり始めるが、体がピクピクひきつっているのがわかる。娘の肩は、本来、ものすご~く柔らかく上がるのだ。片方ずつゆっくりと、手を当てながら何度かしているうちに、少しずつ、ピクピクがなくなり、スムーズに上がるようになる。もう片方、そして両肩。何度も繰り返して、片開きまでやると、ずいぶん楽になったと言う。それは、援助しているこちらにもよくわかる。

 友人関係のごちゃごちゃを親に詳細に語れないこの年齢の子に、詳しい話を聞かず(聞かなくても、概要は推測できるのだけど・・・)、体のことだけで何かしてやれるツールがあるのはとっても良い。「動作法」なんて言葉、よく覚えていたもんだ。たしか、受験のストレスの頃、何度かやってやったんだと思う。

 しばらくすると、「せっかく少しリラックスしたのに、頭が考えてしまうから、また、体が緊張してきた・・・」と言う。「じゃあ、次は、タッピングタッチで行くか」。こちらは、前に一度やった時、息子とともに、「なんか怪しい」とあまり喜ばれなかったんだけど、今回は、「やっぱ、いいな~」と受け入れられた。その後は、すぐ寝付けたようだ。

 人との関係で、ストレスは避けられない。ストレスに自覚的であること、早めに手当すること、誰かにSOSを発信すること、自分の体を労ること・・・いろんなことが今後の人生のための勉強だ。ふだんは、ほとんどもう不要となりつつある親役割だけど、あと少しだけ、残っているものがありそうだ。

(2007年6月)

2007.06.10 いのち
生老病死~病院臨床に関わりはじめて

西 順子

 ご縁があって、今年の4月から病院で週一回、非常勤の心理士として勤務することになった。総合病院だが、婦人科と小児科の所属のため、女性や子どもの相談、カウンセリングが主な仕事となる。これまで、女性ライフサイクル研究所を中心に、女性センターや学校でのカウンセラーも経験してきたが、主に女性や子どもの問題に関わってきたので、病院臨床でもこれまでの経験を活かしていけるだろうと思っていた。しかし、これまでの経験を活かせるところと、新たに勉強していかなければならないことがたくさんあることを日々痛感しているところである。もちろん、臨床の現場によって、どんな方々が来られるか、何が求められているか、それぞれの場での特徴はあると思う。それぞれの場に応じて、新たな学習が必要であるし、経験を積んでいくことも必要である。病院臨床でも、新たな学習が必要なことはもちろんだが、またこれまでとは違った体験をさせてもらっているな・・と感じることがある。

 まだ勤めて3ヶ月もたたないが、病院では、やはり「生と死」について、「命」について、漠然とではあるが考えさせられることに気づく。生きる喜びと、死の悲しみが隣り合わせに感じることもある。生きる喜び、病気の苦しみ、死の悲しみを前にして、自分には何ができるだろうかと問いかける。今の私にできることは、そこに寄り添うこと・・それしかできない、できないのではないか。寄り添うことしかできないが、そこに、共にいさせてもらえるなら・・という気持ちで、お話を聞かせていただいている。

 「命」をありのまま受け入れることは難しいことだと改めて感じる。「命」には、生も、老いも、病も、死も含まれることに気づく。「命」を受け入れるとはどういうことなのだろうかと問いかける。老いも、病も、死もあるものとしての「命」を受け入れるには、スピリチュアルなものが必要といえるだろうか。スピリチュアルとは、人間の力を超えたものに対する畏敬の念、己を超えたものとのつながりを実感することなどである。

 今の私にできることは、ありのままの「命」を受け入れることに伴う苦しみ、痛みに寄り添うこと。そして、苦しみ、痛みを超えて生きていく人間の可能性も感じていたい。

(2007年6月)

2007.04.10 ライフサイクル
棚の整理は心の整理

西 順子

 年が明けたかと思うと、あっという間に4月を迎えた。桜の開花とともに春を感じるが、春の季節は、心の「春」を感じる時でもある。心の「春」とは、生命力、新しい成長に向かう力を感じ、新しい影響と変化を受け入れることである。

 研究所が設立して16年半。この間に引越しが2回あったが、現在の場所にきて5年がたった。引越しの機会は、物を整理する機会でもある。しかし、5年もたつといつの間にか、いろんな物がたまってくる。物が増えるのは家も仕事場も同じだ。最初は広く感じた本社の部屋も、随分手狭に感じるようになり、心機一転、3月は、物の整理・棚の整理をしようと思いたった(自宅の場合もそう。突然、むしょうに片付けたくなる時がある)。

 3月中には終わらせる予定が、4月に食い込んでしまったが、いつの間にかたまった諸々の物を、何が必要か不要かと選択しながら、仕分けし直し、ファイリングし直し・・、徐々に部屋や棚がすっきりと片付いていっている。なんて、気持ちがいいんだろう!

 もちろん、1人でできるはずはなく、スタッフの協力を得て、日々の仕事の合間に、手伝ってもらっているが、スタッフがさらに整理のアイデアを出してくれて、どんどんと整理をして片付けてくれるので、とっても有難い。ファイルには、分かりやすくテプラで打った見出しもつけてくれた。「大きなカブ」のお話のように、1人でできないことも、皆の力があわせられれば、思いもよらない力が発揮されるものだ・・と、力を合わせることの感動も、じんわり体験させてもらっている。

 なかには、10年も前の講演会の時のスタッフの写真、その子ども達の写真も出てきた。子ども達の、なんとかわいいこと。私も、若いスタッフから「若い~」と言われて、月日のたつ早さにしみじみ~となった。思わず、アルバムを見てみたくなったが、見ていると時間がない。それはまたいつかのお楽しみにして、一番端の棚の奥に閉まっておいた。

 新たな年度を迎えるために、棚の整理をしながら、心の棚卸しも一緒にしているように思う。物が整理されていくと同時に、心も整理されていく。片付けや整理の作業は、自分の心を静かにするときであり、自分自身の内面に精神を集中するときである。心の棚卸しは、心に「平安」をもたらしてくれる。私にとっては、そんな意味もある。

 綺麗に、機能的に仕事がしやすくなった研究所で、心新たに「春」の気持ちで6年目を迎え、仕事に精を出していこう~。

(2007年4月)

2007.03.12 いのち
嬉野の「命の水」

村本邦子

 嬉野温泉へ行った時のこと。嬉野と言えば温泉豆腐だが、『まっぷる』に「抹茶豆腐」というのが取り上げられていたので、今回はこれを試してみることにした。嬉野の街は、何だかよくわからないけど、一種独特の不思議な雰囲気を持つ街だ。街中にある「板前東屋」を訪ねる。夕方5時頃、開店一番乗りだったので、お客は誰もいない。嬉野はお鮨も結構いけると聞いたので(勝手に山のイメージを持っていたけれど、案外、海に近いのだ)、握りと抹茶豆腐を頼む。

 手持ちぶさたなので、机の上に積んであるサイン帳を見る。それによれば、料理がとってもおいしいらしいが、ここでは、「命の水」とやらをもらえるらしく、そのことへの感謝がたくさん記されている。「何のことだろう???」と訝しんでいるが、料理を運んできた板前のおじさんが話し出した。

 その昔、このおじさんはかなり大きな交通事故に遭って死にかけた。頭が割れてへこんで、万が一、助かっても植物人間状態と言われたそうだが、夢に裏にある「お湯の神様」が現れて、「お前はもっと生きて、人のために尽くせ」と語ったそうだ。意識を取り戻したおじさんは奇跡と言われたそうだが、それからおじさんは、温泉豆腐の水づくりに精を出した。「お湯の神様」とは、東屋の路地裏にある薬師如来。湯屋のそばにあった大きな楠が対象11年の大火で消失したが、燃え残った木片で掘られたものだそうだ。

 板前だから食べ物を通じて人に尽くそうと考えたのだろう。何しろ、ここは明治の中頃から続く温泉湯豆腐の老舗。20年間、豆腐に合う温泉水を研究し、カルシウムを含む食材を加え調整することで理想の味にたどりついたという。こうして出来た温泉水をお客さんに求められて差し上げているうちに、それが奇跡のような働きをすることがわかったという話らしい。おじさんの父親である90何歳のおじいさんも途中で出てきたが、かくしゃくとして、虫歯の一本もないそうだ。

 心臓病やら癌やら、さまざまな難病を抱えた人たちの家族が、遠くからお水をもらいにきて、長生きをしているという。たしかにサイン帳に書かれているのはそういった話だ。研究者やマスコミも何度かやってきて取材したが、なぜだか公開されないらしい。たしかに、この「湯の端お茶豆腐」については頻繁に紹介されているが、「命の水」の方はどこにも紹介されていない。従弟の京大病病院の先生から「特許を取って水を売ったら?」などとも言われているが、豆腐を食べに来てくれたお客さんにペットボトルで1本無料で差し上げているだけという。

 私もラベルをはがした古いペットボトルに1本、「命の水」を頂いたが、この地味さ加減がマスコミでブレイクしない理由のような気がする。でも、私は、この地味さ加減が気に入った。サイン帳を読んでいて思い浮かぶのは、家族を思って遠くからやってくる人たちの思い。そして、温泉の神様の夢を守って、水を作り料理を作り続ける職人気質のこのおじさん。なんかいいな~と思う。この水を朝夕、おちょこで一杯ずつ飲むといいんだそうだ。飲み終えたが、効果はいかに!?

 ネイティブ・アメリカンのリザベーションでも、不治の癌の病床で神のお告げを聞き、そこから突然回復し、現在はヒーラーとして働いている女性と出会ったことがある。この手の話を私はそのまま信じるわけでもないが、そんな場でいったいどんなことが起こっているのだろうということには、とても興味がある。「嬉野をフィールドにして研究したら、温泉に通えるなぁ・・・」などと考える私は、やっぱり動機が不純だ。東屋の隣の「古湯」が近く再建されるそうだ。

(2007年3月)

2007.01.10 こころとからだ
身体感覚との対話

 西 順子

 カウンセリングに来談された方から、「こんなに自分と向き合ったことはなかった」と、聞くことがある。確かに、カウンセリングのなかでクライエントさんは自分自身の心の内側と向き合い、心の内との対話がすすむなかで、自分で答えを見つけられていく。人に自然に備わっている力や可能性、そしてまた、人間の力を超えた力の働きに、敬虔な気持ちになる。カウンセラーとして、その答えを見つけるために、よりよいお手伝いができればと思っているが、そのプロセスの途中では、何らかの壁にぶつかることもある。
そんなとき、そのプロセスをすすめるための一つとして、身体感覚と向き合うことが役に立つと感じ、最近では身体感覚を取り入れたアプローチも取り入れている。特に、トラウマ(心的外傷)は身体に記憶されると言われることから、身体感覚に注目するようになってきた。

  そもそも東洋では、心と体は一つのものとして捉えられてきたが、日本語でも、心を身体感覚で表現する言葉が多い。怒りは、「腹が立つ」「腹に据えかねる」「はらわたが煮えくりかえる」「頭にくる」「頭に血が上る」、笑いは「お腹をかかえて笑う」「笑い転げる」、感情が込み上げてきたときは「目頭が熱くなる」「胸がいっぱいになる」、苦しい時は「胸が詰まる」「喉か詰まる」、心の負担感やプレッシャーは、「重い」「軽い」・・など。ほかにも、「ムカつく」「スッとする」「ワクワクする」なども身体感覚の表現である。
  自分の本当の気持ちがわからないとき、どうしていいかわからないとき、心の内側に問いかけても答えが見えないとき、自分の体の感覚に耳を傾けてみることで、自分の気持ちに気づくことができる。私も、心が「もやもや」っとするとき(もやもや・・は胸の辺りの身体感覚)、もやもやってなんだろう・・と「もやもや」に聴く気持ちでいると、ふと「ああ、そうか」と気づきが起こることがある。意識できない気持ちも、無意識から身体感覚を通して教えてくれる。

  先日、10年ぶり?くらいに、フォーカシングを学びなおそうと思ってワークショップに出かけた。フォーカシングとは、「からだを使って、自己の気づきを促し、こころを癒していく、独特のプロセス」(アン・ワイザー・コーネル)である。「からだの気づきに対して興味深い好奇心をもって注意を向けるとき、洞察、身体的な解放、前向きの生活の変化があらわれる」と言う。
  私自身も日々の生活の中で、こまめに体の感覚に耳を傾けているが(まずは、今日は何が食べたい?とお腹にきくことにはじまり・・!)、自分はどう思うのか、どう感じるのかを大切にしたいと思っている。

(2007年1月)

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