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FLCスタッフエッセイ

2017.05.20 目次
目次:FLCエッセイ

カテゴリー別:

[カウンセリング] 
2017年03月  カウンセリングの窓から~花をいけること
2016年07月  もう一人の自分の声に支えられて
2015年10月  トラウマとレジリエンス~カウンセリングで大切にしていること [トラウマ]
2015年05月  カウンセリングの窓から~母娘の心理と癒し〈娘編〉
2015年03月  カウンセリングの窓から~思春期の娘と母〈母編〉
2015年02月  カウンセリングの窓から~女性の傷つきと怒り
2015年01月  カウンセリングの窓から~人生の選択に迷うとき  「女性の生き方」
2014年11月  カウンセリングの窓から~私って誰? 本当の私らしさって?
2014年08月  『モモ』の世界と時間泥棒-時間泥棒・・VS心理療法?!-
2014年07月  カウンセリングの窓から~性暴力被害への理解と対応を
2013年10月  安全な場所を創る 
2011年05月  セルフケアのヒント~肯定的な感覚(リソース)を強める
2011年06月  「心」と「身体」をつなぐトラウマケア  [トラウマ]
2007年07月  トラウマ反応とケア          [トラウマ]
2007年01月  身体感覚との対話
2005年10月  人生の物語を紡ぐ  

[トラウマ]
2015年04月  セルフケアのヒント~アートセラピーの手法を用いてトラウマに対処する
2014年06月  女性のトラウマとセルフケア
2014年05月  女性のトラウマとライフサイクルの危機~映画『8月の家族たち」を観て考えたこと 
2013年12月  クリスマスカレンダー
2013年09月  中秋の名月
2013年05月  環境とつながる~「今、ここ」にいること   [カウンセリング]
2012年01月  トラウマと身体~ソマティック・エクスペリエンス(SE)と出会って
2011年10月  市民の力~被災地に心を寄せる人々
2011年02月  恐怖症の克服
2009年12月  安全でサポーテイブなコミュ二ティを創る 
2008年08月  非暴力と平和を願う~その2
2008年07月  ドラマの力
2008年05月  非暴力と平和を願う
2006年12月  今年のキーワード~トラウマ心理療法、アート、選択
2004年08月  「戦争とトラウマ」を考えて
2003年09月  トラウマ・キルト・プロジェクトの夢

[虐待]

2012年12月  子どものトラウマ~2012年を振り返って   [トラウマ]
2012年07月  ボストン・トラウマセンター研修に参加して  [トラウマ]


性的虐待]
2014年11月  性的虐待の発見と対応・ケアを   [トラウマ]
2011年12月  子どもへの性的虐待を考える~臨床的援助と予防と  [カウンセリング][トラウマ]
2011年10月  見知らぬ人からの手紙

[DV]
2015年12月  ドメスティック・バイオレンス(DV)家庭で育った子どものトラウマと回復 [トラウマ]
2015年11月  DVを受けている女性を支える~なぜ逃げられないのかを理解する
2015年07月  DVを受けている女性を支える~家族、友人、知人として
2014年08月  DV被害者支援と支援者支援
2012年09月  安全でサポーティブなコミュニテイづくり~相互信頼を実感して


[いのち]
2016年04月  語り部バスに参加して
2015年08年  生と死と、自由と愛と~『レ・ミゼラブル』を観て思い巡らしたこと [本/映画]
2007年06月  生老病死~病院臨床に関わりはじめて
2007年03月  嬉野の「命の水」
2005年04月  秘密の世界
2005年04月  安全といのち
2003年05月  自然の声に耳を傾ける

[こころとからだ]
2016年12月     牧場でのひととき-リソースを育む
2015年12月     カナシミのちから(映画インサイド・ヘッドを観て ※ネタバレ注意) [本・映画]
2015年08月  日々のほのぼのエピソード探し
2015年05月     からだの声に耳をすます
2014年10月  女性のストレスとストレスマネジメント
2013年02月  ヨガ入門Ⅱ
2011年05月  ヨガ入門
2010年09月  ドキドキとワクワクは、生活のスパイス
2009年09月  ソマテイック・エクスペリエンス(SE)トレーニングに参加して
2009年07月  身体の声を聴く~身体感覚のリズム
2008年08月  ワークショップ体験~体とつながる
2007年01月  身体感覚との対話  [カウンセリング]
2005年12月  アロマとともに・・・
2005年08月  心の声を信じる
2004年02月  自転車は相棒

[仕事]
2016年03月  あなたのキャリア・アンカーは?~シャインに学ぶ「自分らしい仕事生活」
2004年10月  文化祭の季節に思う

[ライフサイクル]
2014年 09月  女性のライフサイクルと仲間
2014年 04月  初心忘るべからず
2011年 07月  人生の折り返し地点で
2010年11月  お弁当の楽しみ
2009年 09月  ひとり旅
2009年 06月  おさがり
2008年 04月  新車がやってくる!
2007年 04月  棚の整理は心の整理

[子ども/子育て]
2016年08月  アメリカの出産で感じたこと-サポーターの大切さ
2016年06月  「スマホに依存している」といわれる姿の向こう側
2016年05月  お弁当作り雑考-日米での比較
2016年04月  子どもたちにとっての喪失体験-出会いと別れの新学期-
2015年01月
  思春期の子どもの世界--通過儀礼と心の成長
2015年11月  出産や子育てを語ること-否定的感情を語る-『楽しく、出産』を読んで
2015年10月  
大人も子どもも楽しめる絵本のすすめ  [本/映画]
2015年08月  思春期の子どもの成長を支える~「バケモノの子」を観て思い巡らしたこと [カウンセリング]
2015年06月  "落ち着かない子ども"の気持ち
2014年12月  大人と子どもをつなぐ絵本の魅力
2013年11月  温かい関係性を育む~「具体的にほめる」ことの勧め
2013年07月  思春期の山を乗り越える
2013年01月  子どもの行動に困ったとき~親子の相互関係を育もう
2010年03月  巣立ちの春
2009年01月  子どもたちの巣立ちを迎えて
2008年02月  受験生とのつきあい方
2007年11月  私の原点~「つながり」の体験   [仕事]
2006年09月  子どもの時間
2006年03月  巣立ちの予感・・・
2003年12月  子どもな学ぶ~人とのつながり、そして平和
2003年07月  懇談の季節に・・・

[女性の生き方]
2017年 05月  女性にとって「自分らしい生き方」って?
2013年 04月  すーちゃん、まいちゃん、さわこさん
2006年 06月  元気の素
2005年 07月  大阪のおばちゃんパワー

[コミュニケーション]
2015年07月  子育て中の夫婦間コミュニケーションのヒント
2014年12月  夫って/妻ってこんなタイプ!! 夫婦間ストレスを減らすコツ?!
2014年10月   あたりまえやん」、ほんとかな?  - コミュニケーションのヒント-
2014年07月  祖母と孫~ジェネレーションギャップ編~
2012年06月  みやげ話
2007年06月  ストレスとつき合う
2003年12月  クリスマスのしあわせ
2003年10月  ほっと一息の瞬間

[五感]
2015年08月  アロマの楽しみ -ディフューザー作り-
2011年08月  夏の香り
2011年04月  ホームベーカリー
2010年08月  古代エジプトの香油
2008年10月  おしゃれを楽しむ
2006年06月  五感を楽しむ

[自然]
2016年10月  ハーブでリフレッシュ!
2016年03月  蒸留水ことはじめ-3.11の日に
2013年04月  カウアイ
2011年02月  朝のジョギング
2009年04月  自然のエネルギーに満たされて~西表島体験

[コミュニティ]
2014年06月  「居場所とは何か」~学会発表のご報告
2014年03月  支えられ、助けられて
2014年02月  私の庭
2013年12月  リーダーシップ~白熱教室に学ぶ
2013年02月  編み物をしながら ・・・
2012年11月  クリスマスの贈り物
2012年03月  マジョルカにて・・・
2012年01月  スペインから「フェリース・アニュ・ヌエボ ! 」
2010年12月  2010年を振り返って~女性ライフサイクル研究所・設立20周年
2007年11月  「パールノート♪」をよろしくね!
2004年10月  前を向いて歩こう♪♪♪

[本/映画]
2014年08月  思い出のマーニー~思春期のこころ   [子ども/子育て]
2014年06月  苦手克服のコツ~池田暁子さんの整理術! シリーズから 

2017.05.16 女性の生き方
女性にとって「自分らしい生き方」って?

朴 希沙

女性ライフサイクル研究所で働き始めて、2ヶ月が経ちました。
カウンセリングでは、おひとりおひとりのお話を丁寧に、真摯にうかがっていきたいと思っています。
今回は私の自己紹介と、女性の「自分らしい生き方」について、最近考えていることを書きたいと思います。

昨今、女性の生き方が様々な領域で取り上げられるようになりました。

小説、マンガ、ドラマ、お笑い...私もひとりの20代女性として、女性が男性の「添え物」ではなく「主人公」として登場する様々な物語に心躍らせ、共感し、楽しんでいます。
特に、最近は鳥飼茜作のマンガ『地獄のガールフレンド』をとても面白く読みました。自分らしい生き方・男性との付き合い方について考えたい方にぜひおすすめしたいマンガです。

また私は在住地域で6年間、在日コリアンの方々への心理社会的サポートをするグループを行ってきました。
特に性別を指定したわけではなかったのですが、そこにはなぜか女性たちが多く集まり、毎週のように皆でたくさんの話をしています。

恋愛のこと、仕事のこと、生き方のこと、子どものこと...ひとりで悩んでいたことも、みんなで話すと思わず笑ってしまう時もあり、グループが終わる頃にはいつも、今までとは違った視点で自分や仲間を見ていることに気づきます。

「こうあらねばならない」「こんな私は間違っている」といった「考え」よりも、「私たちは○○したかった、◎◎を求めていた。そのこと自体は、だれにも責められることじゃないんだなあ」という思いが、胸のあたりにじわっと広がります。

また、このグループでは「当事者研究」にも取り組んできました。
「当事者研究」とは、北海道の浦河「べてるの家」で生まれたエンパワーメントアプローチ(自分自身を励まし、助ける方法)のひとつです。
自分が「自分の専門家」となり、自らの抱える生きづらさについて、仲間と共に「研究」します。

つい繰り返してしまう悪循環や、関係のパターン等について、希望する人が自分で研究テーマを決めて、自分自身について、起こっている出来事の状況やパターンを自分なりに研究していきます。
そして各自が研究したものを持ち寄り、お互いにディスカッションしたり、新たな視点で眺めなおしたりします。

こんな風に、わいわいとおしゃべりをしたり客観的に自分自身を見つめなおしたりする活動をグループで行っている中で、気づいたことがあります。

それは多くの人が、社会からの要請(こうあらねばならない)と、自らの欲求(こうしたい!)との間で葛藤するということです。

特に女性の場合、自分の欲求や欲望を我慢することを求められる場面が多いと感じています。

例えば、「もっと他にやってみたいことがあるけれど、周りからなんて言われるか気になってしまう...」「親や親せきに会うたびに、結婚を急かされる...」といった話をよく聞きます。

こんな風に生きてみたい、こんなことをしてみたいという思いを抑えつけたままでいると、いったい自分は何のために生きているのか、何がしたいのかも分からなくなる...そんな経験をされている方がたくさんいると思うようになりました。

それからというもの、私は女性の「自己実現」とは、周りから期待されている「幸せな結婚」をすることや「社会的に成功」するといったことだけではなく、自らの欲求に気づき、それを大切にし、また自分なりのやり方で社会と関わっていくことではないかと思うようになりました。

それは、お仕着せの方法にただ翻弄されるのではなく、試行錯誤しながら自らの人生の主人公になることでもあります。

そしてそのためには、こんがらがっている気持ちを少し整理して、自分の欲求や思い(内的な力)と自分が求められていること(他者からの期待)の両方に気づくことが大切かもしれないと思うようになりました。

「些細なこと」と言われるような悩みであっても、それは自分自身や他の女性、そして世界とつながっていると思います。

そんなことを考えながら、6月より読書会を企画しました。
「自分らしい生き方」って何? と私自身の人生を見つめなおすために、ユング心理学と女性心理学というふたつの視点から書かれた『女はみんな女神』を読んでいきます。ご関心のある方のご参加を、お待ちしております。

女性心理学フリートーク『女はみんな女神』読書会:ご案内ページ

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2017.03.05 カウンセリング
カウンセリングの窓から~花をいけること

                                      西順子

 女性ライフサイクル研究所の朝は、花の水替えから始まります。水あげがよくなるよう、茎の先を少し切り、枯れた葉や花を取って綺麗にして、花瓶に入れなおします。

 玄関のお花をメインに、カウンセリングの部屋に二つと、残った小さなお花は他の棚や洗面所に一輪挿しにしています。花をいける行為を通して、物理的にも、精神的にも、クライエントさんを迎える準備が整っていきます。自分自身が凛とする、精神が統一する、そんな時間でもあります。


 玄関に花を飾る習慣は、1994年に天神橋5丁目に引っ越した頃に遡ります。ワンルームから2DKに移りましたが、玄関に下駄箱が備え付けられていました。毎週月曜日に、前所長が予算1000円で新しいお花を購入してきてくれ、いけてくれていました。カウンセリングに来られるクライエントさんをお迎えするために、花をいける。カウンセリングは準備することから始まる・・という心理臨床の心を、前所長から学びました。


 研究所のスタッフとなる前、精神科クリニックに勤務していました。精神科クリニックの朝も、毎日掃除と花の水替えから始まりました。リーダーの精神科ソーシャルワーカーさんが朝からこまめに動き回り、診察室、相談室、待合室など広い場所を綺麗に整えていきます。診察室の机の上には、小さな花瓶にかわいくお花をいけておられました。私も一緒に、先輩についていこうと、見よう見まねで掃除、お花の水替えをしました。ソーシャルワーカーさんからも、患者さんを気持ちよくお迎えするために、その場を整えるという臨床の心を学びました。

 そして今、私も毎週、だいたい予算は1000円で、お花屋さんでお花を買うのを楽しみにしています。他のスタッフも一緒に、朝は花瓶の花の水替えと、鉢植えの水やりなど、場を整えることからスタートします。


 そしてカウンセリングの時間、お花は見るものに力を与えてくれます。お花の色や形、葉っぱの色や形、その自然界の色は、造花とは違う力を持っています。「生きている」という力とでもいえるでしょうか。

 癒し、慰め、和み、優しさ、あるいは、力強さ、生命力、元気、華やかさ、希望・・を、見るものに与えてくれます。部屋にお花があることで、人間はもちろん、その場に力を与えてくれるように思います。

 どんなに素敵なお花でも、最後は枯れるときがきます。それは生きているからこその摂理。花に触れ、花を愛でながら、限りある命について教えてくれる「花」に感謝して、花と共に「生きる」ことを大切にしていきたい思う今日の頃です。


 花をいけるという営みとその心を研究所だけでなく家でも・・と、最近、自宅でも花をいけるようになりました。お花に感謝。

                今週のお花、メインは八重のチューリップ
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2016.12.16 こころとからだ
牧場でのひととき ーリソースを育む

                                    金山 あき子

 

先日、近くにある牧場に行ってきました。そこは、街中にある、とても小さな牧場なのですが、なぜかいつ行っても、心がほっこり、元気になるので、私の大好きな場所なのです。 

 

牧場の中は、一面、ふさふさと、やわらかいみどりや枯れ草でいっぱいです。どこからか、たき木を焼くにおいがしてきます。うきうきとした様子で、やぎや羊に草をあげている子どもたちの姿。大きな巣で、のんびりしている蜘蛛たちがいます。家で見つけると焦る蜘蛛も、ここではなんだか、仲間に思えます。じーんじーんと虫のなく声・・。

そんな景色の中で、あたたかいお茶を飲んでいると、体ぜんたいが緩んで、自然とお腹の底からゆったりと呼吸をするようになっていました。行く前には何だかもやもやしていた心も体も、帰る頃には大きな伸びをした後みたいにゆるみ、よし、また明日からがんばろう、と目の前がすっきりとしたような、うれしい気もちになって帰途につきます。

 

「リソース」という言葉を、聞いたことがありますか?リソースとは、「自分の心や体が喜ぶ、ものや、こと」のことをいいます。 あるものをリソースと感じるのは、その人それぞれの感性や個性によって違います。この牧場は、まさに私にとってのリソースの一つだなあと思いました。リソースは、人生を楽しく、豊かにしてくれます。自分にとってのリソースが、見つかってゆくほどに、過去からの、そして未来のストレスにも、より良く、安全に対処ができると思います。ではここで簡単な、リソースを育むエクササイズをご紹介します。

 

<リソースを育むエクササイズ>

⭐︎自分にとってのリソースを、一度紙に書き出してみましょう。自分がほっとする場所や自然、もの、人、支えになる関係性、動物、活動、気もち、信じるもの(スピリチュアルな領域)、芸術など・・。 もし、すぐにぱっと思いつかなくても、心配いりません。私たちの心と身体には、たくさんのリソースの種が眠っています。何に心がひかれたか、何にほっとしたのか、体と心がよろぶのか・・。毎日の生活の中で、小さなアンテナを立てながら、ちょっとずつ、自分にとってのリソースを新しく発見してゆくのも、素敵だと思います。できてきた紙に色を塗ったり、お気に入りの写真を貼ったりして、リソースのボードを作り、机に置くこともできます。小さいメモにして手帳に入れ、疲れた時にそっと見るのもいいです。

 

⭐︎近所を散歩してみて、リソースだなあ、と思うもの(景色、お花・・etc) に出会ったら、その対象を五感(色、音、香り、味、触りごごち)で感じつつ、ゆったり、ゆっくりと呼吸してみましょう。五感で感じながら、呼吸することにより、体と心のより深いところに良い感覚がとどきます。いっそう、そのリソース体験は、あなたの宝ものになってゆくと思います。

2016.10.29 自然
ハーブでリフレッシュ!

                                                                                             西川 昌枝

自宅のベランダにハーブの鉢やプランターを置いています。「ハーブ」は葉や茎や花や実に芳香を持つ植物の総称です。ガーデニングブームの頃に何気なく選んだハーブと付き合いが長くなるにつれ、だんだん好きになって種類も増やし、今や自分にとってハーブは生活に欠かせない存在になっています。

「本物ってこんなにいい香り、と感激させてくれるフレッシュミント」、「丈夫でしっかり、抜群の香りのローズマリー」、「小さな葉にかわいい花を咲かせ、すがすがしい香りのタイム」、「レモンよりレモンの香りのするレモンマートル」、「実まですばらしい山椒」が私の美味しいハーブたちです。

ハーブはもともと野生の植物ですからとても丈夫で、基本的には肥料などほとんど必要としません。適応力があるので日当たりと水だけでどんどん大きくなります。成長を促すには育ったところをためらわず、まめに切ってやること。そうするとまたそこから伸びるという具合で、ハーブの生命力の強さに驚かされます。たいして手間もかけてないのに育つ健気さに感心して、時々日光が満遍なく当たるよう向きを変えたり、虫がつかないよう雨や風に当てたりしています(過保護にしません)。

そんな緑色のハーブたちの姿、手で触ると漂う香り、飾ったり、食べたり、年中楽しんでいます。生活の中で、ゆっくりティータイムが取れるときは、このフレッシュハーブたちの出番となります。

絵本「ピーターラビット」のなかで、ピーターの具合が悪くなったときにお母さんが作ってあげたのは、かみつれの煎じ薬(カモミールティ)でした。子どもの頃はかみつれが何かも分からなくて、不思議な遠い世界のことでしたが、今ではすっかりハーブティも身近になりました。

一人で静かに頂くハーブティは心の落ち着く緩やかな時間。数人でハーブティを淹れると、いつも予想以上に喜んでもらえてハーブは頼もしい。香りが嗅覚を刺激して語らずにいられなくなるのか、香りの感想を話したり、効能を伝え合ったり、思い出話をしたり、会話も弾みます。先日は研究所の会議の際にレモンマートルのハーブティを淹れたところ、「優しい味で、香りがいい」とほっと一息、皆に楽しんでもらえました。

ハーブティの作り方は、熱いお湯を注いでいい香りが出るまで数分待つだけという手軽さです。ゆったりティータイム以外にも、気分を変えたいとき、高揚してるとき、沈んだとき、寂しいとき、頭痛や喉の痛み等のちょっとした気になる症状をなだめるとき、薬に頼る前にハーブを試してみます。「いま自分はどうなっているのかなぁ」と観察して、好みや体調に合わせてうまく使えば、心と体のケアやリラクゼーションにもなります。「香り」は人の心とも深く結びついているに違いないと感じています。

最近はスーパーでフレッシュハーブを置いてある所も増えました。花屋さんでもいろんなハーブのポットを売っています。まだハーブとお付き合いがないならば、ドライハーブとフレッシュハーブを比べたり、ハーブティを試してみてください(フレッシュハーブがお勧めです)。良さを知ってもらえれば、「ハーブはいいね~」の輪がどんどん広がるだろうなぁと今日も空想しているのでした。

レモンマートル <効能> リラックス、殺菌、消毒 
タイム <効能> 頭痛、気管支炎、去痰、殺菌、消化促進
ローズマリー <効能> 細胞活性、老化防止、精神安定、頭痛、血行促進
ミント <効能> 消化促進、疲労回復、リフレッシュ、殺菌、集中力
参考文献 : 兎兎工房編著 1999 「ハーブ・ハーブ」 永岡書店


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2016.08.31 子ども/子育て
アメリカでの出産で感じたこと - サポーターの大切さ

                                                             金山あき子

 

私は6年ほど前に、アメリカで出産を体験しました。異国の地での出産というのもあったのですが、なにせお産自体が初めての体験だったので、未知なる世界に入っていくような、期待と不安の入り混ざった心地で、アメリカと日本の習慣との違いなどを発見しては、驚いたり、感心したりの日々を過ごしていました。

 

妊娠〜出産期を通じて、何より驚いたのは、アメリカでの出産と育児における、「夫」の役割の大きさについてでした。妻の妊娠中の病院の検診にも、ほとんどの夫が毎回一緒に来ているのにも驚いたのですが 、それだけではありません。出産〜子育ての流れや心構えなどを教えてもらう教室は、アメリカでは「両親教室」しかなく、夫婦二人で通うこととなっていました。両親教室ではまず、夫たちは、妊娠中の妻のお腹がどれだけ重くて動きにくいかを体感/共感するために、おもりのついた大きな服を着て歩き回るワークをします。そして、お産の流れなどの勉強と共により実用的なワークに移り、陣痛時のマッサージの仕方を妻とペアで練習したり、赤ちゃんの人形を使ってオムツの替え方、お風呂の入れ方 などを、数ヶ月に渡って、何度も何度もペアでワークしていきました。

 

ここで教えてもらったことは、実際に出産時や産後の子育てにとても役に立ったし、何より、出産後、夫がすぐにオムツ替え、お風呂を入れるのも当たり前といった意識になっていることに一役買ってくれたな・・と実感しました。お産の前から夫を育児に巻き込んでゆき、夫を子育ての重要な「当事者」とみなしていくやり方は、その後の育児における夫からのサポートを、よりスムーズにしているなあ、と思いました。

子育てにおける夫の役割が特に重視されるのは、アメリカでは、日本のように「里帰り出産」をして、母からサポートしてもらう風習があまりないこと、共働きの家が多いことも関係しているようです。そんな事情から、アメリカでは出産時にまずは夫、そして友人や、住んでいるコミュニティー、ベビーシッターなどのサポートが、より重要になっているのを感じました。

 

当時私が住んでいた町のコミュニティーでは、誰かに赤ちゃんが生まれたら、近所の友人たちは、赤ちゃん誕生のお知らせと共に、「meal train (ミール・トレイン)」と言って、毎日誰かが一品ずつ、おかずを届けてあげる当番を決めるメールを送り合いました。私自身も、新生児を抱えての忙しさや不安にぼう然・・としていた頃、友人たちが食べ物や、おかずを代わる代わる持ってきてくれた際には、涙が出るほどうれしく、本当に助かりました。料理を持ってきてくれること自体も嬉しかったですが、その際に、赤ちゃんの顔を見がてら、何気ない話をしていってくれたりするのが、すごく息抜きになったのを思い出します。また、その町の、子育て支援センターのような場所で、「Doula(ドューラ)」と呼ばれる、お産の支援者の女性と知り合ったことも、大きな助けになりました。そのセンターでは、子どもを連れてのヨガ教室や、出産体験の話を分かち合うグループ、子どものプレイグループなどがあり、そういったプログラムに参加したことが、産後のしんどさや不安をへらし、気分転換するのにとても助けになりました。当時私が住んでいたのが、アメリカでも田舎のほうだったため、コミュニティー内のつながりが比較的強い事もあったかもしれませんが、こういったつながりの場がある事が、どれだけ助けになるのかを実感しました 。

 

「妊娠・出産」は、大きな変化の時期であり、お母さん達にとっては「危機」とも言われるほど、大変な時期となります。こうした時期に、周囲からのサポートが少しでも増えることで、子どもへの対応に余裕が出てくることを、自分自身何度も体験してきました。国や文化がどれだけ違っても、「子育て」が「孤(こ)育て(孤立した中での子育て)」になってゆくと、お母さんはいつの間にか追い詰められ、子育てに困難が出てくるのは、各国共通です。現代では、核家族化や少子化が進む中、ほとんどのお母さんが、子育ての中で、子どもと一緒なのになぜか取り残されたような「孤独」を味わう瞬間があるように思います。なぜだかわからないけれど、無性に子どもにイライラするという時、もしかしたら一人で色々なことを背負いすぎているのかもしれません。 そんなとき、何か、小さなサポートになるもの、ないかな?とまわりを見回してみると、意外なところに「つながり」の種が転がっているかもしれません。 小さくても色々な「つながり」を持つことの大切さを思いおこしつつ、子育てという大仕事に向かう力を、私自身も、蓄えてゆきたいと思います。

2016.07.23 カウンセリング
もう一人の自分の声に支えられて 

                                      西川 昌枝


「カウンセラーをしています」と話すと「人の相談にのれる位なら自分のことも冷静で悩んだりしないのでは?」と何でも解決する能力があるような印象を持たれる事が、た・ま・に・あります。


私は苦笑しながら「いえいえ、、」と答えるのですが、それは謙遜でなくて、実際に自分はどちらかというと悩みの多いほうで、壁にぶつかる度に乗り越えるのに努力が要ったと感じているからなのです。


若い頃は悩みの出口を見つけられず、悪天候が過ぎるのを待つかのごとく、心の嵐が去るのを待っていた姿を思い出します。考えすぎて落ち込んだり、気持ちが苦しくなったとき、自分なりにバランスをとる方法を探し続けてきました。


そんな私に、いつの頃からかもう分かりませんが、しんどいとき、自然にもう一人の自分からのメッセージが頭に浮かぶようになりました。


悩んでいる自分とは違う考えが届き、気付くのです。「できない」「私はだめだ」と考えていれば間髪入れず、「そんなことないよ、できるよ」「どうなりたいの?」と来ます。


できない言い訳の言葉が思い浮かぶと、今度は「自分のペースでやればいいんだよ」「小さい勇気を出そう」「自分の善いところを出そう」「やり直せばいいんだよ」「やってみれば楽しめるよ」「自分で選べるよ」・・・、そして「自分を信じて、大丈夫だよ」「できるよ」「うまくいくよ」「安心して」「大丈夫、怖くないよ」と・・・。


私の頭の中には、こんな風にさりげなく、もう一人の自分から慰めや励ましのメッセージが送られて来ます。その声は、必要なときやってきて私を助けてくれているようです。


受け取るメッセージは、例えるなら「なりたい自分」から優しさが送られてきた感覚です。


それは、今までに与えてもらった助言や解決したくて読んだ本から私の心に残った言葉が、いつしか自分のものとなり、もう一人の声となって、自分で自分を支えるメッセージとして送られてくるようになったのかもしれません。


私自身は、メッセージのおかげで立ち止まれたり、気持ちが穏やかになったり、冷静さを取り戻せている気がします。もう一人の自分の声に支えられながら、日々を過ごしています。

もし、ちょっとした失敗をしてしまって嫌な気持ちになったとき、自分に肯定的な優しいメッセージを思い浮かべてみませんか? 
試してみてもらえたらいいなと思います。

2016.06.21 子ども/子育て
「スマホに依存している」といわれる姿の向こう側

福田ちか子

 

 電車の中で,ふとまわりをみると,ほとんどの人がスマホを見ていた。ネット依存やスマホ依存,SNS上のトラブルなど,マイナスの面が話題になることもあれば,幅広く簡単に情報を発信でき様々なネットワークづくりを実現させるもの,災害時のつながりを支えるもの,としてプラスの面が話題になることもある。コミュニケーションのツールとして,スマホは生活の中に急速に根を張り,広がっている。

 

スマホのマイナス面が強調されるのは,スマホがコミュニケーションを阻害する場合であることが多い。その中で,スマホが大人(親世代)と子ども世代のコミュニケーションを難しくさせる状況について,NHKの「あさイチ」という番組で,昨年7月に放送された特集「こどもリアルスマホライフ 10代の本音」をみて考えさせられることがあった。

 

大人側の視点を入口に,10代のこどもたちにスマホ事情についてインタビューをするという企画だったが,まず親世代にとってと,子ども世代にとってのスマホの存在感の違いが,とても大きいことに改めて気づかされた。

 

 学生時代にスマホが無かった親世代からみると「スマホをしている」という大きなくくりで捉えていることが多く,その段階で「意味がわからない」「ネットに依存している」や,「携帯ばかりして勉強をしない」「無駄遣いが多い」などの注意や拒否反応につながり,その向こう側で起きていることのイメージが持ちにくい様子がみられた。

 

 実際には,「スマホをしている」の中にも,音楽を聴いている,動画を見ている,本や漫画,小説を読んでいる,ゲームをしている,SNSで情報を共有しているなどなど,様々な場合がある。また学級や部活動の連絡網として機能しているケースも多い。

 

特にSNSは,子どもたちにとって日常の中で実際の会話と同じくらい影響力や存在感のあるもので,番組の中で,例えば友だちと実際に会ってしゃべりながら,同時並行でSNSにもコメントをのせ,その場にはいない人ともつながりながら,その場の会話が流れていくことや,SNSのアカウントを 「本アカ」「趣味アカ」「闇アカ」などいくつも作って,日常的に会う友だちに伝えるアカウント(本アカ)と,友だちには話しにくいことを話すアカウント(趣味アカや闇アカ)とを場合によって使い分けたりすること...などが紹介されていた。

 

 紹介した例は,ほんの一部だけれど,子ども世代のスマホ事情は奥が深く,「スマホをしている」中にも,本人の興味関心や特技,趣味が反映されていたり,時には友だちづきあいやその悩みが反映されていたりする。四角い箱の中に広がる世界なので,外から見えにくいのが難点だと思うけれど,大人世代とのつながりを断つもの,コミュニケーションを阻害するものとして排除するのみでは,少しもったいないように思う。「スマホをしている」姿の向こう側に興味をもって親子で話すことが,コミュニケーションの切っ掛けにもなると思われるので,是非一度,子どもたちのスマホ事情に興味をもって話し合ってみることをおすすめしたい。

2016.05.11 子ども/子育て
お弁当作り雑考 ー 日米での比較

                                        金山あき子

 春ですね。新学期もはじまり、わたしの娘の幼稚園のお弁当作りも、はじまりました。7年間のアメリカ生活から日本に引っ越してきて1年、いろいろな「逆カルチャーショック」を体験してきましたが、日本のお弁当文化もまたそのうちの一つかもしれません。

アメリカで娘をプリスクール(保育園・幼稚園)に行かせていた頃、よく作っていたお弁当といったら、タッパー入りご飯に、茹でたブロッコリー、プチトマト、そこにゆで卵があれば上出来といった、いたって簡素なもの。周りのアメリカ人達のお弁当にこっそり目をやると、これまたシンプル極まりないランチ。ピーナッツバターを挟んだだけのサンドイッチ。スティック野菜(にんじん)とパン。ケサディヤ(メキシコ風の薄焼きチーズパン)。りんごだけ。ジップロックにナッツだけ(!)などなど。自由だな〜。栄養は大丈夫かな?などと少しの心配はありつつも、私はこの、「自由」な弁当作りの雰囲気を、大いに楽しみ(楽をし)ました。特に、周りの母親達は、共働きの人が多く、彼女らの忙しいライフスタイルには合っているようでした。

しかしアメリカではやはり、子ども達の食事と健康が深刻な問題になっていました。多くの小学校でのランチのメニューはピザ、ホットドッグとハンバーガーのオンパレード。子どもたちがスーパーで買うアメリカ版のお弁当箱「ランチャブル」は、ビスケットとクッキー、プロセスハムとチーズ、砂糖が一杯のパックジュースが箱詰めされたもの。こういう状況もあって、アメリカにおける子どもの肥満の割合は増加の一途を辿っており、ランチの内容をヘルシーに工夫することや、子どもたちへの食育の必要性が叫ばれていました。

 

かたや、日本の「お弁当」は、海外でも"Bento"の固有名で通るほど、独自の文化です。運動会の日に見た、日本のお母さんたちの作ったお弁当のおかずのバラエティ、色どりや飾りの美しさには、目を見張るものがありました。帰国後は娘からも、「可愛いパンダのお弁当作って〜」と、かつてなかったリクエストが出るようになり、嬉しい反面、朝の忙しい時間に大変やな〜と複雑な気持ちも湧いてくるところ。「周りと違う」ことをあまり良しとしない日本文化の中では、一定の「クオリティ」を持った弁当を作る事が、お母さん達のプレッシャーになってくることもあるだろうなあ・・と考えさせられました。

そんな折、本屋さんで、「今日も嫌がらせ弁当(三才ブックス)」という本を発見。反抗期の娘の毎日のお弁当に、のりやチーズ、カラフルな食材で、時にブラックな、時に愛情いっぱいなメッセージや絵を描き、弁当の面をまるで切り紙細工のように仕立てながら、母親が娘に愛憎を伝えてゆくやりとりが、写真とともに綴られていました。つくづく、日本人にとってのお弁当は、アートや美的なものにもなり、濃密な感情の表現や、コミュニケーションのツールにもなりうるんだなあ、と再確認。「弁当」という小箱には、色んな思いが詰まっているのだ・・などと、しみじみしながらも、ずぼらな私はといえば、アメリカ式ランチボックスで、思いきり楽をする日もあれば、日本的に気持ちを込めて弁当を作る日もあり、 どちらも捨てがたい。でもどちらでも、あくまで「健康・簡単・楽しめる」弁当作り、という具合を保てるように。自分なりのいい塩梅、中庸を模索している今日このごろです。

2016.04.26 子ども/子育て
子どもたちにとっての喪失体験-出会いと別れの新学期―

福田ちか子

 

 4月は、入園や入学,引っ越しや転勤,クラス替えなどいくつもの新しい出会いの時期である。そして同時にそれは、多くの別れも意味している。身近な大人と離れて過ごすことになったり、仲の良い友だちとクラスが変わったり、卒業や引っ越しで、それまで過ごした親しみのある家屋や風景とさよならする別れもあるかもしれない。そうした喪失の体験は、子どもたちにとってどのようなものか、少し考えてみたい。

 

 子どもたちにとって、喪失体験というのは、日常に遭遇する可能性のあるものであり、また心身のバランスを揺るがす波が起こる出来事でもある。波を乗り越えて前に進む力を身につけることにつながる体験でもあり、バランスを取り切れず、調子を崩したり、喪失による傷つきを深める結果につながるものでもある。

 

 精神分析においては、喪失体験を内的なものと外的なものに分けて捉えている(小此木、1979)。森(2015)は、外的な対象喪失とは、「大事な対象が目の前からほんとうにいなくなってしまう、なくなってしまうことを意味」し、内的な対象喪失とは、「その対象が目の前にあり続ける中で、その対象に対するそれまで抱いていたイメージを失ってしまうこと」としている。

 

 こどもが遭遇する内的な対象喪失とは、大切に思っていた大人や、大切に思っていた友だちか裏切られるような体験や、暴力を受けること、相手の、それまでの信頼を裏切るような行動を見聞きしたときに起きうることであり、例えば、思春期に大人への幻滅を感じることや、被害体験としていじめや、虐待に遭った場合などにも起こりうる。

 

 外的な対象喪失は、例えば、大切にしていたものを無くしたり壊れたりすること、引っ越しや進学、クラス替え等の節目に起こりやすい大切な人と別れや、大切な人との死別、ペットとの死別、両親の離婚などがあげられる。

 

 喪失に伴う感情は、怒りや悲しみなど、一般にはネガティブとされるものであるために、子どもたちは「いつまでも悲しまないで」「早く忘れなさい」「そんな風に思わなくても大丈夫だよ」などと、周囲の大人からポジティブな感情に置き換えるように促される場合や、あるいはその喪失が周囲の大人にとっても大きな体験であり、大人たちの悲しみや、日々忙しく十分に悲しむ時間が取れない大人の焦りに圧倒されて、表現する機会が失われてしまうこともある。

 

 先人の知恵や、さまざまな研究において、喪失体験は、その体験やそれに伴う感情を(言葉や絵、音楽などどのような形でも)表現すること、一緒に分かち合うことが大切とされている。それは喪失の瞬間に受け止めきれなかった悲しみなどの感情を感じなおす過程でもあると言えるだろう。また山本(2015)は、留意点として、現実に関わる営み(日常生活)を行うことの大切さにも言及し、喪失と向き合い表現し分かち合う時間と、喪失と距離を置き日常の現実に取り組む時間の両方を繰り返していくことが大切であると述べている。

 

 森(2015)は、児童文学を引いて、子どもたちの回復力について、ただ距離を取り忘れ去ることが回復なのではなく、悲しみの中に「ずーっと、ずっと、だいすきだよ」などと、対象との間で確かに体験した楽しかった思い出や、良いイメージを見出し、心の中に取り込むことで成長し、その対象との体験を今の記憶に統合しながら過去のものにしていくことができる回復の過程を示している。

 

 いくつもの出会いの裏にいくつもの別れがある新年度、大人にとっても多くの新しいことが始まる忙しい時期でもあるけれど、もしも身近な子どもに、心身のバランスが乱れるサインが見えたとしたら、別れたものを一緒に振り返る時間をもってもらうことが大切な時であるかもしれない。

 

参考・引用文献 

森 省二 2015 絵本・童話・児童文学にみる「別れ」. 児童心理.  Vol.69 金子書房.

森 さち子 2015 子どもの心を襲うさまざまな喪失体験―その体験を大人が抱えることをめぐって.  Vol.69 金子書房.

小此木啓吾 1979 対象喪失-悲しむということ. 中公新書.

山本 力 2015 子どもの離別と死別-悲しみの心理臨床学. 児童心理. Vol.69 金子書房.

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